表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dragon of heartbreak  作者: 有智 心
∞第1章∞ 自分の人生愛せてますか?
3/31

愛せる自分である為に

 朝日田さんが一人の美しい女性を連れて洋館にやって来たのは、電話があってから二日後だった。


「いらっしゃいませ、浩輔様。」

「こんにちは丸岡さん、それに薫さん……

 竜也居るよな……」

「はい。応接室の方にいらっしゃいます。」


 〝失礼するよ″と言い、後ろに控えていた女性に目配せし応接室に向かった。

 私と丸岡さんの前を通り過ぎる時、その女性は軽く会釈して恥らう様に朝日田さんの後をついて行った。


 部屋に入ると朝日田さんは大きな声で名前を呼び、車椅子の東條竜也に襲いかかった…………違った……ハグをした。


 突然の事で彼は目を白黒させ、迷惑そうにその腕から逃れようとジタバタしていたが、太い腕から逃れる事は不可能と判断したのか、途中から身体の力を抜きされるがままに成っていた。


 やっと彼を解放すると部屋の隅に立っていた女性に手招きする。


「見つけたぞ竜也。」


 爽やかな笑顔を見せる朝日田さんを無視して、彼は澄んだ優しい瞳でその女性を数秒見つめてから微笑んだ。


「……久しぶり、高校の卒業以来だね。

 佐藤歩さとうあゆむ君。……いや、今はなんと名乗っているのかな?」

「お久しぶり…東條竜也君。

 今は…漢字はそのままであゆみと名乗っているの……」


 はにかんだ笑みを見せるこの女性が佐藤歩?

 ……嘘…この人が男?


 今度は私が目を白黒させて、失礼な程彼を…………彼女?…を見た。

 隣にいる丸岡さんは、いつもと変わらない穏やかな表情をして控えていた。

 ……さすがだわ。


「朝日田様、佐藤様お座りになって下さい。直ぐにお茶の用意を致しますので……」


 二人は丸岡さんに促されソファに腰を下ろし、彼も車椅子を移動させテーブルを三人で囲んだ。


 程なく丸岡さんがカウンターワゴンにティーセットを乗せやって来た。

 温めてあるポットにティースプーンで人数分の茶葉を入れ、お湯を高い所から注ぎティーコジーで保温、数分蒸らす。

 ポットの中をスプーンで軽くかき混ぜ、茶こしで茶がらを漉しながらティーカップへ注ぐ。

 …………この一連の動作がいつ見ても美し過ぎて見惚れてしまう。

 丸岡さんから一応淹れ方は習ったけど、同じ様に美味しく淹れる事がまだ出来ない……


 ……いい香り。

 今日はアールグレイなんだ。


 三人の前にティーカップを置くと私と丸岡さんは応接室を退出しようとしたが、彼が止めたので後ろの方で控えた。


「……しかし写真を持ってニューハーフの店をあたってみろと言われた時は驚いたよ。」

「でも、欲しい情報は手に入っただろ。」

「大変だったけどな……今迄かいた事の無い汗が大量に出たよ。」


 そう言って浅黒い肌に似合う白い歯を見せて渋い表情で笑った。


 私は後ろで控えながら、ニューハーフの美女達…?に囲まれ困っている朝日田さんの姿を想像して、少し吹き出してしまい、隣の丸岡さんに目で窘められた。


 そんな私を見て彼の口元が笑みを浮かべていた。


「しかし何故わかったんだ…歩がその……ニューハーフと言うか、性同一性障害だって……」


 彼は歩さんの方へ顔を向け少し首を傾げて見つめる。


「……もう、話しても構わないよね。」

「はい……」


「それじゃあ……

 浩輔が佐藤歩が旅行に行ったきり連絡が取れないと僕の所に話しを持ち込み、旅行先が何処か尋ねると、東南アジアだと言った。

 ……シンガポールやカンボジア、タイなど国を一つ一つ頭に浮かべていたら、ある事に気付いた。……性転換手術。

 特にタイは盛んだ。日本でも出来るけど向こうの方が料金的に安いのだと思う……かなりの数の外国人が年間訪れる様だ。

 そして、その根拠に直ぐにいきつく、昔の打ち明け話を思い出したんだ。」


 彼はもう一度歩さんを見て哀しそうに顔を曇らせ、彼女も……哀しそうに顔を歪ませた。


「学生の頃僕はよく友人、先輩後輩、時には先生もいたけど……彼等から相談を持ち込まれていた。

 佐藤歩もその一人だったんだ。」


「なんでその時俺に教えないんだ……」


 朝日田さんは表情を曇らせて言った。


「……僕に持ち込まれた話しだ。何故浩輔に言わなくてはいけない……一番知られたくない相手に話すわけが無い……」

「えっ?」

「……いいから黙って聞いててくれ。」


 彼はうんざりする様に顔を顰めた。


 ……私は何となく分かった。そう言う事なんだ。


「佐藤歩の場合は打ち明け話……そうカミングアウトだった。

 自分は、性同一性障害で男でいるのが苦しい……でも、周りに知れたらどんな好奇な目で見られるかと思うと怖い……何より大好きな人に拒絶されたら生きて行けない…とね。

 ……その好きな人って言うのが浩輔……お前だ。」


 歩さんは恥ずかしそうに俯いていて、その隣にいる朝日田さんは口をアングリと開けて驚いている。


「僕は、佐藤……いや、彼女に如何したら解決できるか知りたいのかと聞いた。

 でも、彼女は首を横に振って、一番良い方法は分かっている……後は自分次第なんだと哀しそうに笑っていた。

 ……何故この話しを僕にしたのかと聞いたら、東條君になら素直に言えそうな気がしただけだと……聞いてくれて有難う。少しスッキリした。と言って立ち去ろうたした時、少し意地の悪い質問をしてみた。

 ……この話、他人にしてしまうかも知れないよ。…と……

 でも彼女は、きっと僕は誰にも言わない……と言った

 ……この時のやり取りを思い出し、もしかして手術を受ける為海外へ行ったのではないかと考えついた。

 ……聞いていいかな?手術はタイで?」

「……そうタイで受けました。一回だけじゃ無いわ。夜働きながらお金貯めて数回タイで手術した。」


 少し潤んだ瞳で口元は微笑んでいた。


 ……そうしなければ生きて行く事が出来なかったのだと思う。

 ……私にはきっと彼女の哀しみや苦しみを深い所で理解してあげる事は出来ないかも知れないけど、今、ソファに座って全てを話している彼女のいじらしさと勇気に拍手を贈りたい。


「……でもまさか女性として俺の店で働いていたなんて……面接の時会っている筈なのに全然気が付かなかった。

 如何して言ってくれなかったんだよ。」

「浩輔……馬鹿か。…………怖かったんだよ。

 名乗ってもし拒絶されたらと思うと言えなかった。だからせめて好きな人の側に、少しでも近くに居たくて、お前の所に面接に行ったんだ。」


 彼は女性の気持ちがわからない朝日田さんを呆れた様に見て、溜め息を吐き首を横に振った。

 彼女は何だか嬉しそうに目を細めている。


「……やっぱり、東條君には何でも分かってしまうのね。」


 そう言った彼女の顔を真剣な表情で見つめ口を開いた。


「……あの時の最後の質問憶えてる?

 ……君はこう言った。〝自分が嫌いだ″って」

「よく憶えている。

 そして私に言ってくれた……〝自分を愛しなさい。もし出来ないなら愛せる自分に成れる様に変われば良い、そうすれば愛せる人生を歩めると思うよ。″……って……この言葉が胸の奥にずっとあった。

 変わりたいけど怖くて、でも心と身体が別ものなのが苦しくて…嫌いで凄く悩んで……悩んで……やっと覚悟が出来た。

 東條君の言葉が勇気をくれたの……自分を愛せる人生を歩みたい……だから、時間はかかったけど手術を受けた。」


 歩さんの心にある悲痛な叫びが声となって私の耳に届いた時、何故だか東條竜也の暗い影が見え隠れする瞳を思い出し、彼の顔を見つめた。

 彼は……自分の人生を愛せているのだろうか?

 今彼の瞳は本当の自分を手に入れた歩さんを優しく見ている。……そこには影は見あたらなかった。


「歩……俺は正直如何したらいいか分からない。でも、君が大切な友人である事には変わらない。

 今は其れしか言えない……ごめんな。」


 歩さんの目に涙が浮かんでいた……でも其れは、哀しみの涙では無く、その反対の意味の美しい涙だと感じた。


「……有難う。そう言ってくれるだけで私は幸せ……拒絶されると思っていたから。」


 朝日田さんは涙を拭う歩さんの肩を抱いた。

 嬉しそうに泣きながら微笑む彼女は綺麗だった。


 彼は二人を見て口元をほころばすと静かに背を向け窓の外を眺めた。

 ……何か他の事を思い出している……そんな後ろ姿に見えた。




 ◆◆◆◆◆




 こうして朝日田浩輔が持ち込んだ事件…?でも無いわね。……そう、彼の言葉を借りれば〝やっかい事″が解決して朝日田さんと歩さんは、今、玄関に立っている。


 ……こうして並んで立っていると、とても似合いのカップルに見える。


「竜也…色々有難う。助かったよ。」

「もう二度とやっかい事は持って来ないでくれ…」

「それは……約束出来ない…かもな。」


 そう言って豪快に笑い、彼はその顔を憎らしそうに眺め溜め息を吐いた。


「東條君、本当に有難う。」

「別に…たいした事してないよ。…そうだ。

 最後にもう一度聞くよ。君は今、自分の事愛せてる?」


 佐藤歩は瞳を輝かせて微笑んだ。


「勿論、愛せてる。」

「なら良かった。」


 彼は少年っぽさの残る優しい笑顔で見送った。


 玄関のドアが閉まると、急に静かになった……彼は車椅子を反転させる。私はグリップを持って押すと一言〝有難う″と言って少し疲れた様に背もたれに身体を預けて目を閉じている。


「……あの二人どうなるんでしょう。」

「さあ……僕には未来はよめない。……でも何かが変わるとすれば、其れは浩輔だろう。」

「……そう…ですね。……あっ、すいませんお疲れですよね。」

「少しね……」

「横になりますか?」

「そうするかな……寝室へ頼みます。」


 彼の部屋の前にはもう既に丸岡さんが待機していて、そこから先は任せ私は応接室へ戻り後片付けを始めた。


 不思議な魅力を持つ東條竜也に益々興味が湧いてきた。

 穏やかな大海の様な心と、時折り見せる冷たさ、少年っぽさや人を癒す言葉を発する美しい青年。

 やっぱり、この人をもっと知りたいと思う。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ