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Dragon of heartbreak  作者: 有智 心
∞第6章∞ 横顔の肖像
23/31

彼が居てこそ完成する

 何処を探しても彩香さんは見つからなかった。

 家出なのか、其れとも誘拐なのか。

 家族のほぼ全員が後者……つまり誘拐されたのではないかとそんな空気が漂い始めていた。

 ……でも、どうやってセキュリティのしっかりしたこの屋敷から出る事が出来るか。

 防犯カメラには不審な人物は映って無かったと聞いている。

 もし……身代金目的の誘拐なら犯人から何らかのコンタクトがあってもいい筈だけど……既に昼の12時をまわっている。


 時間は容赦無く過ぎていく。


 ……ただこうして居ても何の解決にはならないと思うが……誰一人口を開く者はいない……ネガティヴな言葉を言ったらその通りになるのではと恐れているみたいだ。

 初め余り深刻に考えていなかった雅之氏や香澄さんも朝食の時とは違い表情を固くしている。


「……朝食も摂らないで、昼を過ぎても姿を見せないなんて……何かあったのよ。あなた、警察に届けましょう。」


 今にも泣きそうな表情をして雛子さんが意を決したように口を開きすがりついた。……雅之氏は眉を寄せ口を固く結んで唸った。


「あなた!お願いです。」

「……」

「でも……誘拐だったら…警察に届けるのはマズイんじゃない?」


 誰もが口に出す事を躊躇っていた言葉を香澄さんが言うと、雛子さんは真っ青な顔をして振り返り震える手を口にあて恐怖の声をあげた。

 そして気を失いそうになり身体が揺れる……


「雛子!」


 雅之氏がしっかりと支えた。


「……だ、大丈夫……平気よ。

 ……そうね。…警察は……でも如何したらいいの……」


 誰にとはなく問い掛ける雛子さんの言葉にどう答えたらいいのか分からず、全員が押し黙り重い空気が更に増していった。


 此処まで何ひとつとして言葉を発しないで黙っている彼の顔を覗いた。

 彼の視線の先…ある特定の人物をジッと見つめていた。


 ……何が気になるんだろう?…でもこの状況下で意味のない事をする人ではない。

 きっと考えがあるんだわ。


 …………海斗君が香澄さんの腕を引っ張り何か耳打ちをしている。

 徐々に表情が曇り話し終えた息子を見つめる。そして父親や兄夫婦の様子を伺うと海斗君の手を引いてそっとリビングを出て行った。


 如何したのかな?


 私はまた彼の顔を覗いた。

 彼は顔に手をやり鼻の横をゆっくりとさすり始めた。


 時計の針が進む音だけが聞こえる……このまま息苦しい時間が永遠に続くのでは思わせる音だ。




 ◆◆◆◆◆




 長い沈黙を最初に破ったのは範之氏だった。


「雅之、警察に連絡を……」

「しかし…」

「家出にしろ、誘拐にしろ連絡した方がいいだろう……事情を説明して派手な捜索を控えてもらって……我々だけで此処にこうしていても何も進展しない。」


 範之氏の言葉に隣で震える妻の意思を確かめるかの様に目を合わせ、そして二人で頷いた。


「本当にそんな事していいの?」


 今まで特に妹を心配する様子も見せなかった旭さんが初めて口を出した。


「誘拐だったら犯人が何処かでこの家の様子伺っているかもよ。もし、警察に通報したのがバレたら彩香は如何なるんだ……」


 その言葉を聞いた彼の口元が微かに笑みをもらしたように見えた。


「……旭の言う通りだ。

 犯人は僕たちを監視している。……警察に届けるのは待った方いいと思うよ。」


 彼もやっと口を出した。……でも、何か違和感が…旭さんと同意見を言っているのに何処か違う感じを受ける。


 そして何やら意味ありげな瞳を旭さんに向け、旭さんは眉をひそめた。


 雅之氏は息子に止められ又迷い始めて唸り声をあげている。


「薫さん……」


 彼が小声で私を呼んだので顔を近づけると耳元で〝……姉さんと海斗がまだ戻って来ない。探してきて貰えるかな…″と頼まれた。

 ……そういえばさっき二人で出て行ってから2、30分は経っている。

 私は頷きそっとリビングを出ようとしたその時、蒼ざめた顔をして海斗君の手を握り香澄さんが戻って来た。


「香澄さん。」


 奇妙に顔の筋肉をヒクつかせながら私の方を見た。


「あの、戻りが遅いから今探しに」

「波留が……」

「えっ?」

「波留の姿が…何処にも見当たらないのよ。」

「波留ちゃん?」


 私は何時もいる筈の海斗君の横がぽっかりと空いている事に気付き彼を振り返った。


「香澄姉さん…」

「竜也…波留がいない。トイレに行くと言って……其れから戻って来ない。探したんだけど見つからない。」


 震える声で娘の安否を心配する姿は今朝の雛子さんそっくりだった。

 ……私が此処へ来て初めて見せる親らしい顔だわ。


 香澄さんの異変に他の人たちも気付き皆の意識がこちらへ集中する。


「香澄さん……どうかしたの?」


 成美さんの言葉に引き寄せられる様に近付き義理の母の肩を掴んで今度ははっきりとした声で言った。


「波留が何処にもいないの……ねぇ、成美さん知らない?」


 かなりの力で掴まれたのか成美さんは表情を歪めながら香澄さんを見つめた。


「いないって……ちゃんと探したのか?外へ出た様子はないのか。」


 範之氏が苛立った様に言うと、香澄さんはヒステリックな声で探したと言い返した。

 そしてフラフラと雛子さんに近付き、昨夜の事根にもって意地悪しているんじゃないか、波留は関係無いのだから返してと詰め寄り困惑させた。


「し…知らないわ。」

「嘘よ!」

「どうして私がそんな事…」


 香澄さんは両腕を掴んだ。


「ねぇ、娘は何処にいるの……」

「だから知らないと言っているじゃない!」


 雛子さんが力一杯彼女の腕を振り払うと、その勢いで床に倒れた。


「わ…私は彩香の事で頭が一杯なの……貴方の娘に構っている余裕なんて無いわ。」

「彩香……まさか波留も……あ…あああ…」


 床にうずくまり嗚咽する。


 その取り乱す母親を海斗君は鼻をすすりながら今にも泣きそうな顔をしている。


 ……でも、芝居じみて見えた。

 気のせいかな?

 でも、一度そう見えてしまうとその思いを払う事は難しかった。


 リビングに響く嘆きの声が家族の胸をかき乱し、痛々しい香澄さんの姿を憂色を浮かべながら見つめる者、怯えるように目を伏せる者……何故二人の子供が突然消えてしまったのか?此れから如何したら良いのか決めかね貝のように口を閉じ動けないでいる。


 そんな家族の動揺する姿を見まわし、彼は海斗君に近付き声を掛けた。


 母親の隣で目を潤ませながらしゃがんでいるのを立ち上がらせ優しく微笑む。


「……波留はリビングを出て行く時なんて言ったか憶えている?」

「…トイレに行くって……其れだけだよ。」

「本当に?」


 海斗君の視線が一瞬およぎ、そして頷いた。


 その目の動きを見逃さなかった彼は目を細め唇を少しだけ横に広げた。


 彼の表情がどんな風にみえたのか、頼りな気な目をし固く絞った口を奇妙に動かし、逃げるようにピアノの椅子に座っている旭さんの影に隠れた。

 そして其々妹が突然消えるという同じ状況にみまわれた二人を、彼は憐れむような目をして見つめると肩を落とし背を向けた。


「さて……此れから如何したら良いのか考えなくてはならない。」


 思考が停止していた人達がキッパリと淀みのない声に引っ張られるみたいに顔を上げた。


「まず…さっきも言ったけど、警察に届けるのは待ったほうが良いです。」


 そう言うと彼は泣き崩れていた香澄さんの肩に手を置いて〝波留は大丈夫だから″と声を掛け私に目配せした。

 私は彼女に近付き立ち上がらせるとソファに座らせた。


「警察にも届けず如何するというんだ。」


 息子に自分の考えを否定され面白くないのか声が少し苛立っている?……まさか…そんな事はないわね。

 あれだけの大企業のトップがそんなに器が小さいわけがない。

 二人の孫娘が突然消えるという事態に戸惑い苛立ち棘のある口調になってしまった。……そう思う事にした。


「そうですねぇ……」


 彼は鷹揚に構えそして口元を緩める。


「……とりあえず何か食べませんか?」


 その場の全員…もちろん私もその言葉に呆気にとられ目を白黒させた。

 一見その場に相応しくない言葉だったけれど、重く張りつめた空気を変えるには効果的だった。其々がピンと張っていた糸を緩めるみたいに表情がほぐれていったのは間違いない。


 私はキッチンに足を向けた。




 ◆◆◆◆◆




 足音を立てずに周囲を用心深く…誰にも気付かれないようにリビングを出て行く背中を私は追った。

 手に持った皿の上には遅い昼食に出したサンドウイッチがのっている。其れを落とさないように注意をはらいながら階段を上がる。

 ある部屋の前まで来ると誰にもつけられていないか確認する様に振り返り見まわすと中へ入って行った。


 私はその部屋にすんなりと入って行った事に驚いた。


 ……ドアノブに手をかける。


 …………「もし、誰かがこっそりリビングを出ようとしたら、何処に向かうか後をつけてください。……でも深追いはしないで何処に行くか確認するだけでいいですからね。……薫さん…確認するだけですよ。」


 そう彼から念を押されていた……ウズウズする気持ちを宥めドアノブから手を離す。

 名残り惜しかったが戻ろうとした……


 ……駄目だわ。

 好奇心の方が勝ってしまった。


 ドアノブをゆっくりと回しほんのチョットだけ開けて覗く……そろりと足から中へ。

 慎重に気配を消し、音を立てないように探った。

 ……心臓がバクバクしてる。


 ……誰もいない。

 何処に行ったの?……隠れる所なんて無いのに……

 巨大な本棚の前にサンドウイッチが一つ転がっていた……消えた……?




 ◆◆◆◆◆




 私はリビングに戻りどの部屋に入ったか彼に耳打ちすると間もなく、こっそり抜け出した本人もなに食わぬ顔をして戻って来た。


 勿論部屋の中に入った事は黙っていた。


「じゃあ……少し落ち着いたところで、此れから如何するか考えましょう。」

「竜也……お前この状況を楽しんでいる様に見えるぞ。」


 お腹も満たされ喋る元気が出たのか雅之氏が眉間に皺を寄せ不快そうに言った。


「…そう……かな……」


 否定とも肯定とも取れる曖昧な言い方をする弟に、雅之氏は更に不快な表情を見せた。

 しかし彼にとって自分の態度をどう捉えられようとどうでも良い事なので、兄の機嫌など気にも留めず話を続けた。


「少し整理をしておきたいと思います。」


 賛同を得るように一同を見回し、誰も意見を言う者がいないのを確認し、満足そうに頷き更に続けた。


「……じゃあ初めに……雛子さん。

 彩香が家出をする理由は思いあたりますか?」


 とんでもない…とでも言うみたいに首を横に振る。


「彩香は…優しい娘で……勿論なにも不満が無いとは思っていないけど、そんな…家出する程の理由なんて私には……思いつかない。」


 本当に思いつかない自分が情けなく不安でなのか、心当たりがあるけど認めたくないからなのか、言葉の最後の方は自信なさそうな声だった。

 そんな雛子さんを彼は憐れむ様な目で見ると小さく頷き、今度は兄の雅之氏に尋ねた。


「兄さんは……何かないですか?」

「私が…分かるはずないだろう。」


 雅之氏の迷惑そうな苦り切った表情を、彼は瞼に深い哀愁を込めて見つめた。


「……そうですか。

 では、父さんや成美さんは?」

「んん……何か悩んでいる様な話は聞いたことがない。」

「私も何も……ごめんなさい…分からないわ。」


 この二人から有益な情報は得られるとは思っていないのだろう……軽く頷きまた一同を見回した。


「他に心当たりのある人はいないですか?」


 全員が黙り込んでいる。


「……いない様ですね。

 困りました……誰一人として気付いていないのか、其れとも知っていてだんまりを決め込んでいるのか…どちらでしょうか……」

「竜也さん…其れは彩香が何か不満や悩みがあって家出したと言っているの?」

「其れはまだハッキリ言えません。誘拐という可能性も否定できないので……」

「そんな……」


 雛子さんはハッキリしない彼の言葉にガッカリして、非難するみたいな視線を送った。


 ……そんな視線は理不尽にも思えるけど、母親としては一刻も早く娘がどんな状況にあるか答えが欲しいのだと思った。


 彼はそんな兄嫁の気持ちを理解しているのだろう…〝焦らないで″と、優しく声をかけ眉間に微かな小皺を漂わせて微笑んだ。

 その二人の様子を雅之氏は痙攣のような薄笑いを浮かべながら強い眼差しを送っている。


 ……まるで嫉妬しているみたい。


「……では次に、誘拐の可能性について考えてみましょう。

 この屋敷は……いえ、広い敷地のあちこちに防犯カメラが設置されています。外から他人が侵入するのはかなり困難で、例え侵入出来たとしても、ドアや窓をこじ開けたりしたら直ぐに警報が鳴り、セキュリティ会社から警察へ連絡がいきます。

 ……ただし、家族の中に手引きする者がいれば別ですが……」

「竜也!我々を疑うのか!……そんな事をする者など家族にはいない。

 可能性があるとすればお前が連れて来た彼女の方がよっぽど怪しいだろう。

 よからぬ者と連んで防犯システムを解除し中に招き入れたとも考えられる。」


 ……えええぇ…私⁈


 彼は此れまで見た事のないような怖い顔をして雅之氏を睨んだ。


「兄さん。……僕は常々この世の出来事に絶対はないと言ってきました。

 兄さんが言うように薫さんがそんな行動をする可能性はゼロではありませんが……今はその考えを曲げて言わせてもらいます。

 薫さんは決してそんな事はしません。

 ……そんな浅はかで愚かな女性ではないです。……僕の前で彼女を侮辱する事はいくら兄さんでも許しません。」


 彼の冷静でいて強い言葉に雅之氏は、額に青筋を張らせ唇を滑稽なくらい震わせていた。

 ……雅之氏への強い眼差しは徐々に憐れみを含んだ深い憂いの光をたたえた瞳に変わっていく。


「……そんな目で見るな……」


 そう言うとイライラと爪を弾く自分の指に視線を落とした。


「……薫さんはこの屋敷に来るのは初めてです。それに僕に同行する事が決まったのは二日前……其れからセキュリティの暗証番号や、此れだけ広い敷地の防犯カメラが何処にあるか調べるのは、かなり骨の折れる作業でしょう。

 薫さん犯人説は余りにも強引な考えと言えます。」


 一同を見回し最後に雅之氏に目をとめて、そして後ろに控えていた私を振り返り少年のような笑顔を見せた。


 私は疑われた事などどうでもよかった。

 彼が強く否定し、自分を信頼してくれている事が嬉しかった。


 感謝をこめて深く頭を下げた。


 彼は笑みを引っ込めフッと息をはいて真剣な表情になる。


「……家族を疑う発言をして怒らせてしまいましたが、外から他人がこの屋敷に侵入するのは非常に困難である事は分かってもらえたかと思います。

 ……消えた時間は異なりますが波留の場合も同じです。

 其れに彩香を誘拐するなら同じ部屋で寝ていた小さな子供の方が連れ去り易い……僕ならそうします。

 ……じゃあ、何故彩香なのか。」


 彼は勿体つける様に言葉を切り、やりきれない嘆きの表情を見せる。


 その場にいた全員が固唾をのんで次の言葉を待った。


「何故彩香か……其れは首謀者が彼女自身だったから…ではないかと思います。」


 誰もが一瞬思考が止まったみたいにその言葉に驚いていた。


「た……竜也さん…じゃあ、彩香は家出をしたって事?其れとも狂言誘拐をしたって事なの?」

「んん…正確には家出ではないし、狂言誘拐って訳でもないですね。…………強いて言えば〝反乱″…でしょうか。」

「反乱?」

「そうです。」

「何に対して反乱を起こしたと言うんだ。」


 雅之氏はきつく眉間の間に皺を寄せ苛立ちを抑えられない様な早口で言った。

 彼はそんな兄を青く澄み渡った水のように冷ややかな憐れみのこもった表情で見つめ、そして視線を落とすと、旭さんと海斗君に近付き二人に目を向けるとクルリと反転し大人たちの顔を一人ひとり見た。


「……皆んなが彩香を探している間、僕は此処で海斗と波留に彼女の事を幾つか質問しましたが、返ってくる言葉は…〝分からない″、〝知らない″……其ればかりでした。

 おそらく彩香の事を聞かれても何も言ってはいけないと、固く口止めされていたんでしょう。……なので、質問を変えてみました。

 …ママの事を好きかと……二人は頷いていたけど、とても寂しげな表情でした。

 僕は何故そんな顔をするのかと聞いたら、ママは家にいる事が少なくて相手をしてくれない…嫌われているんじゃないかと……」


 香澄さんが驚いた目を向けると、海斗君は怒られるのではないかと不安になったのか旭さんの影で身体を固くしている。


 香澄さんが何か言おうとした時それを遮るように話し出した。


「次に……姉さんと雛子さんの喧嘩について聞きました。

 会えば何かしら口論が絶えないみたいですね……最初に喧嘩を吹っかけるのは何時も姉さんのようですが…二人とも嫌がっていました。そして、彩香も同じように思っていたと二人が口を滑らしました。」


 香澄さんと雛子さんは互いに見合って。そして気まずそうに目を逸らした。


「……こうも言っていたそうです。

 母達の事も不快に思うが、一番嫌なのは時折見せる自分を見る父親の目だそうです。

 冷たい目だと……何故そんな風に見られるのか分からない…と言っていたそうですよ。……兄さん。」


 彼の鋭く光る瞳が真っ直ぐに雅之氏を捉えていた。


「そ…其れは……」

「この事は僕も何度か電話でのやり取りでしたが彩香から聞いていました。

 其れともう一つ……兄さんも雛子さんも彩香の留学を随分反対していたようですね。

 その理由は僕のアメリカでの事件だそうですが……まぁ、親としてみれば近親者がそんな事に巻き込まれれば二の足を踏むのもわかります。……僕のせいで反対されるなんて申し訳ないという気持ちです。

 しかし、彩香にしてみれば留学を諦める理由にはならない。

 ……〝何処にいたって危険な目に遭う時は遭うようになっている。″…と苛立った言い方をしていました。」

「……そんな事までお前に話していたのか。……やはり…」

「兄さん、変な勘ぐりはやめた方がいいです。何もありませんよ……彩香が産まれたのは家族で海外赴任中で、14年前だ。

 あり得ないという事は分かっていると思いますが……妄想を膨らませて娘を悲しませてはいけない。」


 雅之氏は表情が固まり両手を握りしめ視線を落とした。


 何だかイマイチ話の内容が掴めない……雅之氏は何を勘ぐって妄想していると言っているのかしら?

 ……私……鈍いのかな?


 フッと彼の後ろにいる旭さんに目がいった。

 両親を見る目はとても冷ややかで、馬鹿にしたように唇を微かに動かすとポケットに手を突っ込み、スマホを取り出して指を動かし始めた。


 ……メール?

 こんな状況で誰にメールをしているのか……


「……其れが反乱の理由だとお前は思っているのか。」


 暫く口を挟まず傍観者でいた範之氏が彫刻のような固い表情をして言った。


「はい……」

「そんな理由でこんな騒ぎを起こしたというのか……」

「父さん、子供たちにとってはたいした理由になるんです。

 親から愛されているのか、自分たちをどう思っているのか確認したい…裏返せば、親を愛しているからそう思うんです。どうでもいいなら何も悩んだりしませんからね。」


 彼は柔らかな風のように息を吐く。


「……騒ぎを起こして心配を掛けさせる。

 親はどんな顔をするだろう……どう行動するのか見たかった。

 とても子供らしい……一番効果的なやり方だ……まぁ、賛辞出来る事ではないですが……」

「じゃあ、波留や彩香は何処かで私たちが慌てている様子を見ているの?」


 胸元に手を当て香澄さんは眉を顰めた。


「本人たちは無理でしょうね……様子を逐一メールなんかで教えていたんでしょう。

 ……そうだろ旭。」


 彼は振り返り全てを見透かした表情で口角に小さな皺を寄せ、スマホをギュと握りしめている旭さんを見た。

 旭さんはアルカイックスマイルを見せ妖しくゆっくりと瞬きをした。


 突然旭さんの名前があがって不意打ちにあったような驚愕の色を表情に表し、全員が言葉が出ないようだった。

 彼がどの辺りから子供たちを疑いだしたのかハッキリしないけど、ずっと注視していた事は間違いない。私にも途中から行動を見守るように言ってきていた。

 だから以前彼が使用していた部屋に海斗君がくすねた昼食を持って行く後を追った。

 そして戻って来た時、旭さんが渋い顔をしていたのも知っている。

 おそらく、その行動は予定外の事だったのだと思う。


「やっぱり竜也君にはわかっちゃうね。……そう、全部僕たちが考えて行動した事だよ。」


 悪びれた様子もなく、ゲームでも楽しんでいるかの様な明るいトーンで言った。


「でも…竜也君が居てくれて良かった。

 父さんたちだけじゃ深く考えもしないで警察に届けて、大ごとなるからね。」

「成る程……僕がいてこの反乱は完成するって事だね。」

「そう!そうなんだ。……さすが竜也君、ちゃんと理解してくれている。」


 少年らしい輝いた瞳をして前のめりに話す。


「旭…お前……一番年上のくせに一緒になって……止めはしなかったのか!」


 自分を非難する父の顔を嘆くように表情を曇らせて凝視する。


「兄さん今回の事は……勿論褒められる事じゃないけど、責める事は出来ないですよ。

 元はと言えば親へ不信感を抱かせてしまった事が原因なんですから……お願いですもっと心をフラットにして信じてあげる事は出来ませんか?」

「しかし……」


 親のプライドなのか納得出来ないでいる兄を見て彼は首を小さく振った。


「まぁ、直ぐにとはいかないか……仕方ないです。

 所でそろそろ姿を現してもいいんじゃないかな?」


 そう言ってニヤリとして旭さんを見ると彼はリビングの入口へ顔を向けた。


 ゆっくりと…やや緊張した表情をした彩香さんが姿を見せた。その手に繋がれた波留ちゃんは口をギュと固く結んで立っている。


「彩香!」

「波留!」


 二人の母親が抱きしめた。





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