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Dragon of heartbreak  作者: 有智 心
∞第5章∞ 闇の中の記憶
15/31

決断は最強?それとも最悪か

 うだるような暑さが全身に纏わりつき門の前を掃いている私の身体中から水分と塩分が失われていく。

 アスファルトには陽炎が立ちジッと見ていると歪んだ世界に引きずり込まれそうな気がして目を逸らした。額の汗をふき空を見上げると太陽がうんざりするくらいギラギラと輝いて瞳を瞬きながら〝フゥ″と息を吐いた。

 丘から見える小学校はとっくに夏休みに入っていて子供たちの元気な声や姿は無かった。

 ……もう少ししたらプールに入りに子供たちが来る頃かな?

 その前に蒸し風呂のようなこの状況からおもいっきりプールにダイブしたら気持ちいいだろうな……なんて出来もしない誘惑にかられていた。

 外での作業は汗をかくけど家の中に入ってしまえば温度と湿度が保たれた快適な空間が迎えてくれる。……有難いわ…でも電気代はバカにならないわよねぇ…いったいひと月幾ら払っているのかしら?……一般庶民には目が飛び出る金額かもしれないな。


 家の中に戻るととても静かで私一人しか住んでいない様に感じてしまう……別に何時もうるさい訳ではない…どちらかと言えば静かだ。何故そう思ってしまうのか、其れはこの洋館の主人、東條竜也とうじょうたつやの体調がこの所おもわしくなく部屋に籠る事が多くその為丸岡さんも付き添って一階にいる事が少ないからだった。

 ……私は二階を見上げた。

 一日中部屋で寝ているわけではないけど、今朝も下りて来なかったのでまだ顔を見ていない。

 そろそろお茶の時間になるけど……このぶんだと無しかな?

 そんな事を思っていたら、二階からドアの開閉する音がして丸岡さんが下りてきた。


「様子はどうですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。」


 丸岡さんは穏やかで誰もがホッとする様な笑顔を見せて言ったけど、六ヶ月近くも一緒にいれば微妙な表情の違いがわかり、今はどこか暗さが見て取れる。


「丸岡さんは?」

「私?……」


 自分の事を心配されたのが意外だったのか瞬きをしてから目尻を下げ首を縦に振った。


「大丈夫ですよ。お気遣いありがとう御座います。」

「……丸岡さんまで倒れたらこの家は回りませんから…」

「そんな事はありませんよ。……身体は至って丈夫にできておりますので心配は無用です。」


 其れから丸岡さんはキッチンへ行きお茶の用意を始めた。でもどうやら部屋で済ませるみたいでワゴンに乗せエレベーターで二階に上がっていった。

 ……また彼の姿を見る事は叶わなかった。


 私は冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注ぐとキッチンの窓の所に椅子を置き庭を眺めながら彼が倒れてからの事を思い出してみた。


 朝日田さんから電話をもらった日からこんな風になってしまっている……どうも〝佐々井さん″は留学していた頃の嫌な思い出を甦らすのかパーティーの時と今回で二度目になる。…………朝日田さんも不用意に名前を出したりして、あの倒れた次の日慌ててやって来て謝っていたけど私はまだ許せないでいた。


「……本当に申し訳なかった。

 パーティーの時のこと知っていたのに…まさか名前を出しただけでこんな事に成るなんて俺が迂闊だった。済まない。」


 朝日田さんは謝るべき相手が部屋で寝ているので丸岡さんや私に平謝りした。

 大きな身体を縮ませて何度も頭を下げる姿は凄く後悔しているのが分かったけど、丸岡さんの様に寛容にはなれなかった。


「浩輔様……その様に頭を下げるのはおやめ下さい。」

「いや、そうさせてくれ…じゃないと自分が許せないんだ。」


 困った表情でいる丸岡さんを横目に私はきつい顔をして立場をわきまえない言葉をはいた。


「朝日田さんがそう言っているんだからいいじゃないですか。本当に迂闊な事したんだから謝って当然です。」

「薫さん…そんな風におっしゃっては…」

「いや……彼女の言う通りだ。」


 ますます身体を縮ませ頭を下げるが、元々体格がいいのでそんなに小さくなった様に見えないのが残念な感じだ。


 立って話すのも何なので兎に角座る様に丸岡さんがソファを勧めると申し訳なさそうに腰を下ろし、そして様子は如何なのか聞いてきた。


「昨日倒れてからベットでお休みになっておられます。」

「一度も目を覚まさないのか?」

「……たまに薄っすらと目を開けますが、起きあがる気力は無いようです。」


 朝日田さんは苦い薬でも飲んだかのように表情を崩し右の拳を膝に押しつけている。


 私は何故朝日田さんが友人でもない佐々井さんの怪我を知り得たのか不思議で聞いてみると、経営しているカフェの取材で訪れた雑誌編集者と佐々井さんが同期でその編集者もこの間のパーティーに手伝いとして来ていたので、インタビューや撮影終了後コーヒーを飲みながら話している内に情報を得たらしい。


「佐々井さんが怪我?」

「あれ?うちの佐々井ご存知ですか?」

「……彼も遠山先生のパーティーに来てただろ。」

「…ああ、そこで。」

「それでどうして骨折なんか……」

「あいつが言うには……駅を出た所の階段で誰かに押されたって言うんですよ。」

「故意に押された……」

「はい……だから俺、冗談で恨み買うような事してるんじゃないかって……笑いながら言ったんです。……そうしたら人から突き落とされる程の酷い事なんか身に覚えが無いって

 ……えらい剣幕で怒られました。」


 ……編集者は軽口過ぎたと思っているのか口をへの字にして渋い表情をして頭を掻いていたという。

 私はパーティーで初めて会った時の佐々井さんの姿を思い出した……眼鏡をかけ少し神経質そうな文学青年風に見えたな……

 確かに故意に突き落とされる程人に恨まれる様な人物には見えなかったけど…此れはあくまで勝手な印象で人間どんな暗い部分を持っているかは傍目から分からない。


 その編集者は軽口を叩いたものの大勢人が行き交う駅だから単に誰かがぶつかっただけだろうと、佐々井さんの怪我をただの不運だと言っていたらしい。 

 朝日田さんも故意に押されたというのはどうかと思ったみたいだけど……

 そんな話しを聞いて留学時代の友人だし東條竜也に知らせた方がいいかと思い電話をかけたと言う。


 ……本当に大きなお世話だ……いいえ、大いに迷惑な事をしてくれたわ。


 私の顔がよっぽど怖かったのか時々チラ見をしては目を逸らし頬の辺りを指で掻きながら気まずそうにうな垂れていた……

 丸岡さんは体調が回復したら連絡するので余り気にしないで下さいと微笑んでいたが、朝日田さんは玄関を出る時も元気がなく、肩を落として帰って行った。


 朝日田さんは嫌いなタイプの人では無いし、大らかで話し易くていいけど……これに関しては心が狭いと言われても簡単に許す気にはなれなかった。


 その訪問から三日、一階に降りてきたのはたったの二回……それだって憔悴しきった顔で軽く食事をしただけで言葉を交わす事もできず、何より私自身どう言葉をかけたら良いか分からず、ただ心配しながら体調の回復を祈るだけだった。


 ……私はグラスに残っていた麦茶を一気に飲み干した。


 しかし……いくら留学時代恐ろしい経験したといっても、その当時佐々井さんは既に帰国していて直接的には関係無い……なのに事件を思い出してPTSDを発症してしまう。

 ……本当に其れだけであんな風になってしまうのか?…何か見落としている様な……とても大事な事に気付いて無い気がして頭がどんよりと重かった。


 食器の触れる音がしたと思ったら丸岡さんがワゴンを押して戻って来た。


 椅子から立ち上がり側に来た私の顔を見て優しい表情で口を開いた。


「……竜也様に薫さんがとても心配しているとお伝えしましたら、夕食は此方で召し上がると仰いましたよ。」


 私は自分でも分かるくらい嬉しそうな表情をした。暗い海底を彷徨いやっと浮上して青空を目にしたみたいな安堵感……


「……良うございました。」

「じゃあ、メニューは何にしましょう。」


 私は冷蔵庫の中を確認しに行った。




 ◆◆◆◆◆




 暗い……どこを見ても暗くて静かで、今は夏なのに手足の感覚が麻痺する程寒い。

 私はその場にしゃがんで丸くなった……震えていると後ろに何か気配を感じ振り返る。

 目を凝らすと青白い光の中に人のシルエットが浮かんできた……立ち上がり少しずつ近付いて行き恐る恐る手を伸ばした。


「触るな!」


 言葉と同時に見えない力で飛ばされたように距離ができて、伸ばした手を引っ込め怖くて顔を伏せた……

 それでもよく知っている声なので、自分がおもっている相手か確かめる為もう一度顔を上げてみると一瞬にして青白い光に浮かぶシルエットの前にワープして、金縛りにでもなった様に動けなくなり目の前をジッと見つめた……現れた顔は無表情で全ての闇を集めた様な冷たい瞳をした東條竜也だった…………違う……彼じゃない。

 彼はそんな暗い目をしない……


 闇を宿した瞳が妖しく笑い私の肩を押した。


 私の思考は停止していて助かろうともがきもせず、ただ…底へ底へと落ちていった。


 …………ベットからとび起きる。

 ぐっしょりと汗をかいていた……エアコンのスイッチも入ってない、窓もしっかり閉じられていた。

 寝苦しくて変な夢を見たのだろうか?

 時間を確かめると午前二時を少しまわっている……私はベットから足をおろし額の汗を拭った。

 頭がボゥとしている……あの夢はなんだったのだろう…………駄目だ…夢の中の自分と一緒で思考が停止している。

 大量の汗で身体が気持ち悪い。

 シャワーを浴びに行きたいけど運動機能も停止しているようで一向に動けないでいる。


 ………どうしちゃったんだろう。




 ◆◆◆◆◆




 まだ日中は夏真っ盛りで気が遠く成る程の気温の高い日が続いているけど、夕方になると幾分過ごしやすくなり少しずつ秋が近づいている感じがする。

 それでも病み上がりの彼の身体を考えて丸岡さんはテラスではなく開け放たれた窓の所にテーブルを置き車椅子を固定させていた。


 昨日の夕食からダイニングで食事を摂るようになって、今日は殆ど一階で過ごしている……しかし言葉かずは少なくまだまだ心配だった。

 私は仕事をしていても目の端に彼が少しでも映ると手を止めて様子を伺い、何を考えているのか、身体は辛くないのか、心は大丈夫だろうかと気がきではなかった。

 おかげで作業の効率が悪く何時もよりだいぶ時間が掛かってしまったが、丸岡さんも似たようなものでお互い同じ様に彼を見つめている場面に出くわすとなんとも言えない苦笑いをして顔を見合った。

 そんな風にしてあっという間に時間は立ち、日もだいぶ傾いてきたので窓を閉めよと思い、応接室に行き彼の後ろ姿を見たら今朝見た夢を思い出した。


 あんなのは夢だし難しく考える必要もないと思っているけど、倒れた時一瞬見せた姿が夢に出てきた妖しく笑う彼と重なり背筋が寒くなった……でも目の前で背中を見せている彼からはそんな雰囲気は微塵も感じられない……あれはただの夢、倒れた時も気分が悪かったからつい出た言葉。

 私はそう自分に言い聞かせた。


「……そろそろ奥へ入りませんか?」

「そうだね……」


 彼は車椅子で少し下り窓を閉める私を見上げている。


「……薫さん、色々心配かけたね。」

「えっ?」


 カーテンを閉める手を止めて彼を見るとやつれてはいるが何時もの少年ぽっさの残る笑顔を見せてくれた。

 私は思わず泣きそうになるのを堪えて首を横に振った。


「とんでもないです……何も出来なくて…」

「そんな事ないですよ。」

「……元気になって下されば良いです。」

「ありがとう。」

「…やだ……あっ…他の部屋の戸締り見なきゃ……失礼します。」


 目から溢れようとするものが堪えられそうも無いので慌てて顔を伏せて逃げる様に応接室を出た。

 ドアを閉め廊下の壁に背中を押し付けると、両手を胸に当て深く息を吐いた……心臓の鼓動と一緒に動脈が波打つのがわかる。

 手に力を入れて胸を強く押さえて高鳴る心音が早くおさまる様に願った。




 ◆◆◆◆◆




 食器をこするように今夜彼が残した肉や野菜を生ゴミ入れに捨てた……丸岡さんが身体のことを考えて調理した食事がゴミ箱の底で無惨な姿を晒している。


 ……もったいないけど、まだ何時もの食欲は戻ってないのだから仕方ないかな……

 私は溜め息をつきながら蓋を閉める。


 汚れた皿を食洗器の中に収めると、キッチン横のテーブルに用意されている私の夕食に手をつけた。


「美味し……」


 彼は今応接室で丸岡さんの淹れるハーブティーを飲んでいる。

 ……手にしていたフォークを置き、壁に塞がれ見える筈もない応接室の方を見つめ、その様子を頭の中で描いてみたが、元気な時の姿では無く憔悴した顔しか浮かんでこなかった。

 私は溜め息と共にテーブルに目を落とし食べかけの食事を見つめ…………そして再びフォークを手に取ると食べ始めた。


 ……私まで食欲無くしてたら駄目よね……体力、気力しっかりさせて置かなきゃ!


 女性らしさのないガツガツした食べ方をしていると、其処へ丸岡さんが私を呼びに来た。

 食事が済んだら応接室の方に来て欲しいと言うのだ。直ぐ戻って行ったので理由は聞けなかったが、ワザワザ言いに来たという事はどういう事?……彼から何か話しがあるのだろうか……私は急いで食事を済ませ応接室に向かった。


 応接室に入って来た私を見る彼はなんだか少し緊張した様な強張った笑みを見せている。

 こっちまでその緊張感が伝染して身体まで硬くなってくる。


 彼は食事を急かしたんじゃないかと心配し謝るとソファに座るように勧めてくれた。


「あの、私に何か……」


 小さく頷いてから後ろで控えていた丸岡さんの方を見て私の隣に座るよう言った。

 滅多にない事なので驚いて自分は此処でいいと遠慮していたが彼が強く勧めるので丸岡さんは戸惑った表情でソファに腰をおろした。


 ギュッと口を引き締めて私達二人を見てから緊張をほぐす為なのかフゥ…と息を吐き少し間をおいて話し始めた。


「……二人にはここ数日心配を掛けてしまった。すまない……そして有難う。」


 改めて礼を言われ私達は心配するのは当然だとか、頭を下げないでとかそれぞれが慌てふためいた。


「自分でも何故倒れてしまうのか…ずっと考えていた。

 記憶の奥に隠れている何かを引っ張り出そうとしたけど、その度に酷い頭痛が邪魔をして僕の意思を拒絶するんだ。

 心と脳がバラバラで不安定な自分がとてももどかしい……」


 欠けてしまっている記憶を取り戻そうとしても知らない自分がそれを拒んでしまう……

 彼の自分への苛立ちと淡々と語る悲痛な言葉が私の中に浸透してヒリヒリと心が痛んだ……握った両手に力が入る。


「…………もう、薫さんも聞いて知っているよね…アメリカ留学時代の事件については……」

「はい……」


 多少なりとも話す事を躊躇っていたあの時の三人の顔と何がなんでも聞き出そうとくいさがる自分を思い出した。


「酷い……なんてもんじゃなかった…パーティーも終わりに近づいた頃犯人が銃を持って現れ、銃口を僕に向けるといきなり足に撃ち込んだ……隣にいた人が助け起こそうと肩を貸してくれた……其れが一緒に監禁されたもう一人なんだけど、誰なのか思い出せない……命を落としてしまったのにね。」


 頭が痛むのかこめかみに手を当て顔を伏せる。


「竜也様!……無理に話される必要はありません……おやめ下さい。」


 丸岡さんが腰を浮かせ側に行こうとするのを静止させ、痛みに耐える様な表情を浮かべながらも話を続けた。


「……周りにいた奴らは我先にと逃げて行ったよ……まぁ…当たり前だ誰だって撃たれたくない。僕だって足を撃たれていなければ一目散に逃げたと思う。……本当、運が悪かった。」


 ……運が悪かった。

 そうなのかもしれないけど……何故か私は違和感を感じたが頭の中に霧がかかっていて何がどう変なのか…違うのかハッキリとはしなかった。


「……警察が突入し、犯人が自らの銃で頭を撃ち抜き亡くなるまで、犯人と僕達との間にどんなやり取りがあったか永い時間が経った今でも思い出せない……多分これが頭痛を引き起こす要因の一つじゃないかと思っている。」


 彼はとても疲れた様に一度ゆったりと車椅子に全身を委ね瞳を閉じた。


 隣に座る丸岡さんに目を向けると今迄見た事ないくらい落ち着かない、彼と一緒に痛みに耐える様な表情をしていた。


「……もうこれ位になさっては如何ですか?

 お身体にさわります。」

「……いや、もう少しだけ……大丈夫言わせてくれ。」

「しかし…」


 真剣な表情をして首を横に振る。

 その瞳は何か決意でもしたのか強く真っ直ぐに私達を捉えて、丸岡さんは痛いくらい悲しい顔をしてソファに身体を沈めた。


「もう……原因も分からず苦しむのは終わりにしたい。

 何処をどう辿れば失った記憶を取り戻せるか分からなかったけど、ここへきて何故佐々井なのか不思議だが、其処から何か見えてきそうな気がするんだ……だから、佐々井に会ってみようかと思う。

 また倒れてしまうかもしれない……其れでも今動かなければ一生記憶を取り戻す事は無いと感じるんだ……だから二人には理解して欲しいし、協力して欲しい。」

「そんな事はおやめ下さい。」


 彼も私もいつになくハッキリ否定する丸岡さんを驚いて見た。

 今迄彼の言う事に一度も逆らう様な言葉も態度も見せた事が無いのに、眉をきつく寄せて怒っている顔をしているけどその奥に恐れを隠している様にも見えた。


「……無理にこじ開けても苦しいだけで何も良いことがありません。

 それより、自然に思い出していく事の方が心にもお身体にも良いかと存じます。

 お願いです……おやめ下さい。」

「……何故そんなに反対する……丸岡、何か知っているの?」

「まさか……アメリカ留学時代は竜也様の側には居りませんでした。

 何も知りようが御座いません。」


 負けないくらい真剣な表情で訴える丸岡さんを、彼は目を細めジッと見つめていたが、フッと一度表情を緩めてから、今度はどんなに反対されても意思を曲げる気はないと言わんばかりに顔を引き締めて見せた。


「丸岡がどんなに反対しても気持ちは変わらない。……やりたい様にやらせて貰う。

 自分自身の問題だ誰の指図も受けない……」

「竜也様!」

「…………」


 二人の間に揺れる微妙な空気…息苦しくて私は首に手を当て唾を飲み込んだ。


 丸岡さんの主人を心配する気持ちも、記憶が無い事の苦しみから解消されたいと望む彼の思いも分かる。

 でも、結局彼自身の事でどう選択するか他人に左右される事じゃない。

 本人が決めたなら私達は其れを見守るしかないのだと思う。

 しかし、丸岡さんがこれ程彼の意思に反意を示すなんて如何したのだろう?

 何か知っているのではないかと勘ぐってしまう。

 ………彼だって強くは問い詰めはしないけど疑っているに違いない。


「どうしても気持ちを変えては下さらない……」

「僕の性格は丸岡が一番よく分かっていると思うけど……」


 渋い顔の丸岡さんを少し茶化すようにニヤリとする。


「……致し方ないですね。」


 疲れた様に手を瞼に当て丸岡さんは根負けしてしまった。


「ただし…お身体にさわると判断した場合は何がなんでもお止め致します。」


 彼に負けないくらいの決意を表した顔は少し怖いくらいだった。

 そんな丸岡さんの思いを受け止め彼は薄っすらと微笑み頷いた。

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