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Dragon of heartbreak  作者: 有智 心
∞第4章∞ 〜Change〜
14/31

解決と不安な彼

「……薫、本当にありがとう。」


 洋館の玄関に立っている美保とご主人の祐介さんは深々と頭を下げた。


「やめてよ……何もしてない、全部彼の指示通りにしただけだから……」


 私は応接室の方に視線を向けて言った。


 無事に美保の疑いが晴れ、それを導いてくれた東條竜也にお礼を言いに来ていたのだ……さっきまで美保達は感謝の言葉を繰り返し言い、彼はいつになく照れながらたまたま上手くいっただけだと謙遜していた。

 そんな姿を何だか〝可愛い″と思って肩を震わせて吹き出してしまった…彼は私を見て面白く無さそうに口を横に曲げる。其れも可笑しくてまた吹き出し、彼は呆れた様な表情をして溜め息を吐いていた。


 そう…………義母に対しての傷害容疑を掛けられていた美保の疑いは晴れた。

 全て彼のおかげ……




 ◆◆◆◆◆




 高良亜美がどんな様子で何を言ったか私は彼に直ぐ報告しようと電話をした。

 2コールで電話に出た彼は私を驚かせた……何と今横浜にいると言うのだ。だから話しはホテルの方で聞くから来る様にと……

 私は祐介さんと別れ指定されたホテルに何故かドキドキしながら向かった。


 スィートルームのドアホンを押すと間もなく丸岡さんが〝ご苦労様でしたね薫さん″と笑顔で部屋へ招き入れてくれた。


「……竜也様、薫さんがいらっしゃいました。」


 背を向けていた彼は車椅子を反転させ爽やかな笑顔を見せて私を迎えてくれた。

 今朝まで一緒にいて、ほんの少し離れていただけなのにとても懐かしく心が落ち着いて安心する。

 ……彼の指示通り行動していただけなのに今更ながら不安で一杯だったと自覚した。


「どうでしたか?……彼女は何を言い、どんな様子だったか聞かせて下さい。」

「……はい。」


 私は高良亜美がスタッフルームから出て来た所から話し始めた。


「……彼女にとって私はお邪魔だったみたいです……祐介さんに見せた顔と私に向けた顔が全然違くて、とても分かりやすい人でした。」


 私がクスリと笑うと彼は口元だけ動かして笑みを浮かべた……


 最初に会う時私と祐介さんに見せる表情をよく見ておく様に言われていたので、わざと後ろに隠れるようにして座り後から顔を出したけど、彼には分かっていたのだろうか?……高良亜美が祐介さんの事が好きだって事。

 気になって聞いてみたら、彼は可笑しそうに表情を崩して、カンだと言った。


 本当にそうなのかしら……余りカンというものを信じない方だと思っていたけど…必ず何らかの根拠が無いと口にしたり行動したりしない人だと思っていたのだけれど……

 そして納得がいかない私の心を見抜いた様に笑みを浮かべて言った。


「……カンを確実なものにする為祐介さんと薫さんに見せる表情をよく観察する様にと頼んだんですよ。」


 成る程ね……


「まぁ……其れだけではまだ確定は出来ませんが……それで、美保さんとお姑さんの口論については何と言ってましたか?」


 私は亜美さんが言った通りのまま伝えた。

 その部分に関して嘘はないと彼にも分かっていた様で、〝刑事に偽証してまで美保さんを陥し入れ程愚かでは無いと思っていましたから……″と、少し得意げな顔をしていた。


「…其れで、あれは聞いてくれましたか?」


 亜美さんへの二つの質問……一つは、美保をどう思っているか。此れに彼女は初めは美保の事を〝いい奥さん″と言ったが私が突っ込むと祐介さんを気にしながら、〝離婚したいなんて祐介さん達を苦しめて酷い人だと思っていると″……批判した事を伝えた。


 彼は自分の予想通りの答えだったのか薄っすらと嬉しそうに口元を緩め、其れからもう一つの質問にはどう答えたのか…この質問の答えがとても重要なんですよと言って好奇心丸出しの幼児みたいな目をして私を見た。


「……自宅を車で出て間もなくのコンビニに寄ったと言ってました……駅に向かう道沿いにあるコンビニです。

 ……この話しをした時彼女何だか落ち着きがなかった様に感じます。」


 彼の目が光った様に見えた……この答えを待っていたとでも言うようにイキイキとした表情になり満足そうに頷いている。

 ……一体この質問の何処が重要なのか分からないし、コンビニに立ち寄ったという答えに何故そんなに顔を輝かすのかサッパリ理解できなかった。

 ……彼が何をどう考えているのか凡人の私には想像がつかない。……悔しいけど。


「……では、薫さん。

 高良亜美さんに会いたいのですが段取って貰えますか?……出来れば今日中……其の方がお友達の美保さんにとってもいい筈ですから……」

「えっ!……今日中ですか?

 今会って来たばかりなのに…………私、印象悪かったし会ってくれるかしら?」

「どうにかしてアポ取って下さい……宜しく御願いします。」


 そう言うと一瞬にして興味が無くなったみたいに背を向けると読みかけの本を手に取り続きを読み始めた。

 そんな態度に少し腹が立ったけど、彼の頭の中では本を読みながらな次の事を考えているのだと思う事にし、私が早急に行動に移さなければならない事に頭のスイッチを切り替えた。

 私は彼に背を向ける形でソファに腰を下ろし高良亜美に会うにはどうしたら良いか考え始める……会社に電話して言ってもおそらく断られると思うし、此処はやはり祐介さんに言って貰うのが一番確実だわ……でも、誘い方を間違ったら彼女は会ってはくれないだろう……どう祐介さんに言って貰うか……よく考えなきゃ……


 丸岡さんがコーヒーを出してくれた……その時耳元で小声で教えてくれた。

 〝竜也様…悩んでいる薫さんが気になるようで本に余り集中出来てません。″…と言い、真面目な顔に口元だけ少し緩め、そして背筋を伸ばし元いた場所に控える。


 背中合わせの彼の方に振り向きかけたけど、そんな様子は絶対私には見せないだろうと思い止めた……気になるなら一緒に考えてくれればいいのに…でも背中から彼の体温が感じられる其れだけで心が落ち着き、頭の中の余計な考えが取り払われ答えが見えてくるような気がした。




 ◆◆◆◆◆




 一時間程前から雨が降り出して舗道には色とりどりの傘が、雨で霞んでモノトーンに見える街並みを立体的に見せていた。


 ホテル一階のカフェ…祐介さんは外を眺め時折り腕時計で時間を確かめながら約束の時間になっても現れない人物が来るのを不安気に待っている。


 カフェの入口に赤い傘を持ち雨の雫をハンカチで拭き窓側に座っている祐介さんを見つけると安心した表情になり急ぎ足で近付いていった。


「……ごめんなさい祐介さん。

 仕事が予定より長引いちゃって遅れしまったの……随分待たせたわよね。」

「あつ…大丈夫、それより何度も悪いな時間使わせて……」

「平気だけど……」


 彼女はカフェのホールを警戒する様な目で見回している。


「本当に一人なんだ……電話で今度は二人だけで会いたいって言われたけど、もしかしたらあの人…松本薫さんも一緒なのかなっと、ちょっとだけ思ったんだよね。」


 彼女、高良亜美はほっとした様に笑いかけたが、正面に座っている祐介さんの目が自分を通り過ぎて後ろに焦点が定まっているのに気付き振り返った。


「……初めまして高良亜美さん。

 東條竜也といいます……少しお話しさせて下さい。」


 彼女は目を大きく開き突然現れた見知らぬ車椅子に乗った人物を見つめ、その後ろに私がいるのに気付くと表情を硬くし、座っている祐介さんに恨めしそうな視線を送った。


「……悪いな…嘘ついた。」

「何なのこれ……酷いわ。」

「私が祐介さんに無理にお願いしたんです……責めないでください。

 でも、こうでもしないと亜美さん私に会ってくれないと思って……ごめんなさい。」


 彼女は唇を噛んで頭を下げる私を睨んでいる……今日一日で何度睨まれたことか…人にこんな目で見られる事は今まで無かったから自分が凄く酷い人間に思えて気持ちが落ち込んでしまいそうだった……


「……祐介さん嫌な役目有難う御座いました。どうぞ自宅で待っている美保さんの所に帰ってあげて下さい。」


 祐介さんは申し訳なさそうに亜美さんを見ると一言謝り立ち上がって彼と私に頭を下げた。


「祐介!…本当に帰っちゃうの?……こんな…よく知りもしない人達の所に私一人残して」

「……亜美…………僕は本当に情けない男だ…でも変わらなきゃな……辛い目にあっている美保を助けたい……その為なら嘘もつく。

 …もし、何か知っているならこの人達に話して欲しい……頼む。」

「私……聞かれた事には正直に言ってる。嘘なんかついて無いわ。」

「そうだと思う……でも、彼等の話しに耳を傾けて……答えてくれ……」


 祐介さんは硬い表情をしてもう一度私達に頭を下げ足早にカフェを出て行き、亜美さんは悲しく唇を噛んでその後ろ姿を見送った……

 私は車椅子を固定させ彼女の前に座り、俯いてさっきまで祐介さんが飲んでいたコーヒーカップをジッと見つめている亜美さんに声をかけた。


「……亜美さん、騙す形で此処まで来させてごめんなさい……彼が貴方と話しをしたいと言っているので付き合って下さい。お願いします。」


 口の辺りに力を入れて私を見てから彼に視線を移し目を細め不機嫌そうに口を開いた。


「……嫌だって言ったら如何するの?」


 彼女の挑戦的な言葉は彼の穏やか表情を崩せるはずも無く、一分の隙のないその姿に観念したのか大きく息を吐いて右手で額をさすると〝話してって何?″と言った。


「私は貴方を助ける為、忠告に来ただけです……」

「助ける?……はっ…何から助けると言うの?」


 彼女は眉を寄せて硬い表情のまま引きつった笑みを浮かべ彼を見ている。


「……貴方は警察に聞かれた事に嘘はついていない…しかし聞かれなかった事に対しては何も話しては無い……その事が美保さんの潔白を証明するかもしれない情報だと薄々分かっていてあえて口を閉ざしていると思っています。」

「……何を言っているの?さっぱり分からないわ。」

「亜美さん、いまだに祐介さんの母親は意識が戻っていません。もしこのまま亡くなる様な事になれば美保さんはどうなるか……そして貴方がこれから先も何も話さなければ、自分自身を苦しめる事に成るから、其れを止めたいのです。」


 亜美さんは不安そうに瞳を揺らし小さく開けた口に手を当ててから目を逸らした。


「……会社から戻る途中コンビニに寄ったと聞きました……そこで見たのではないですか……ご主人の実家に戻ろうとしている美保さんを……」


 私は驚いて彼の顔を見た……だからあの質問をさせたの?…自分の仮説が正しいかどうか知る為に……でも、コンビニに寄ったからと言って美保を見掛ける確率なんてとても低いと思えるけど……


「……此れは想像に過ぎません。貴方が美保さんを見たと言う証拠は無いし、警察でも無い私は其れを突き止める術も持っていない……でも、警察がコンビニの防犯カメラを調べれば写っているかもしれません。」

「…………」


 顔を上げるとその表情から心を読み取られそうで怖いのか亜美さんは口に手を当てたまま俯いている。


「……怖がる事はないです。貴方は嘘は言っていない…ただ、誰にも聞かれなかったし、忘れていただけです。」


 彼女は口に当てた手を外して顔を上げた…


「……忘れてた?」

「そうです……貴方は美保さんを見かけた事を警察の聞き込みの時はすっかり忘れていたんですよ……」


 キュッと顔の筋肉を引き上げる様な表情に笑みを浮かべた。

 ……忘れていた事にする?…何故?彼は何を考えているの……


「亜美さんの嫉妬、羨望、怒りが今回の何でもない事故が事件へ向おうとしてます……祐介さんを困らせる美保さんにお灸据えたかっただけ……祐介さんの母親が目を覚ませば真実は解明され疑いなんて直ぐに解かれる筈だと思いちよっとだけ意地悪をした……違いますか?」


 彼女はずっと息をするのを忘れてたみたいに大きく深呼吸をした。


「そう……コンビニを出た所で急いで戻る美保さんを見た…何故?…って思って後ろ姿が見えなくなるまで見つめてた。

 其れから十分程して救急車とすれ違い、その時はまさかおばさんの家に向かっているとは思わなかったわ……」


 其れから彼女はつっかえていた物が外れた様に話し始めた。

 祐介さんの母親が階段から転落して救急車で運ばれたと知ったのは会社から戻ってからで、隣りの家に警察も来ていて驚いたと言う。

 その内刑事がやって来て、色々聞かれ……

 そしてお嫁さんの事で何か聞いてないかと聞かれたと言う。


「私は、口論している姿と家を出る美保さんを見たと言ったわ。

 刑事に家に戻ってきたのは見てないかと聞かれたけど、私は家に入る姿は見て無いから首を横に振ったの……コンビニの前を通り過ぎる姿は見てたけど言わなかった……ちゃんと話した方が良いとは思ったけど、貴方が言う様に美保さんに意地悪をしたかったの…こんな事おばさんの意識が戻れば問題無いと思っていたし……」

「……しかし祐介さんの母親は意識不明の重体、美保さんは疑われて警察に連れて行かれる……どう思いましたか?」

「……正直バチが当たったんだ、いい気味って……祐介さんと結婚出来たのに我儘にも離婚したいなんて言う美保さんが許せなかったから……最初はね。

 でも段々不安になって来て…言うタイミングも分からなくて……」


 辛そうに顔を歪めている。


「……自分のちょっとした意地悪で真実が捻じ曲がってしまうのではと思ったら……怖くて堪らなかったでしょうね……」


 彼の優しい表情と言葉に彼女は声を震わせながら返事をした。


「……人は誰でも暗い部分を持っていると思います…この薫さんもそして私も……その暗くて深い穴に落ちなければいいですよ。

 大丈夫、貴方は後悔してるし、恐れてる。

 その気持ちが有れば落ちてしまう事はないです。」

「……ごめんなさい。」


 一筋の涙が頬を濡らした……後悔と懺悔の涙。




 ◆◆◆◆◆




 美保と祐介さんを見送り応接室に戻ると彼はいつもの様に丸岡さんが淹れるハーブティーを飲んでいる。


「二人とも本当に感謝してました。

 私からも御礼を言います……美保を助けてくれてありがとうございます。」


 私が頭を下げると持っていたカップをソーサーに置いた。


「……最悪の事態にならなくて良かったです。」

「はい。……初めから分かっていたんですか?その…美保は無実だって。」

「まさか……分からないから薫さんを行かせたんです。」


 彼は少し驚いた様に瞬きをして軽く首を振りながら笑っている。


 あの日、ホテルのカフェで三人で話した後、亜美さんは直ぐに警察に行き、コンビニを出たところで戻る美保を見かけたと証言してくれた。

 ……刑事に何故今頃になって言いに来たのか聞かれた時、彼女は忘れていたと言ったそうだ……此れは彼がそう証言しても別に問題無いからと言い、亜美さんの複雑な心を晒して痛くもない腹を探られるのは本意では無い、そう証言した方が丸く収まるから……と澄ました顔で言ったのだ。


 警察の対応は早くコンビニの防犯カメラを確認し店の前を通り過ぎる美保が映っている事が分かった。それによって戻った時間と119番へ通報した時間との差がほとんど無い事が分かりほぼ嫌疑は晴れたが、決定的だったのは意識の無かったお姑さんが目を覚まし、警察に自分で階段を踏み外し転落したと証言したからだった。


「お姑さんの意識が早く戻って何よりでした……離婚問題で揉めていたと言え其れだけの動機でイコール殺害に結び付ける様な乱暴な逮捕などないと思っていましたが……何があるか分かりませんから打てる手は早いほうがいいです。」


 本当にそうだ……亜美さんを説得できず、お姑さんも意識が戻らなかったら今頃まだ美保は嫌な思いをしていたかもしれない。


「……でも、こんな〝やっかい事は″もうごめんです。薫さん、呉々も持ち込んだりしないで下さい。」


 少し怖い顔をして私を見つめ後は澄ました表情でハーブティーを美味しそうに飲み始めた。


 別に解決してほしいなんて頼んでないのに、自分からあれこれ指示したくせに……美保達にお礼言われている時は嬉しそうにして、全く素直じゃ無いわ。


 やや膨れっ面の私を見て丸岡さんがクスクスと笑っていた。


「丸岡さん、笑わないで下さい。」

「これは失礼いたしました。」


 姿勢を正し真面目な表情を作ろうとしているが笑いのツボにはいったのか口をヒクヒクさせている。

 彼は我関せずといった態度で見向きもしないで優雅にティータイムを楽しんでいた。


 〝ハァ…″溜め息が出てしまった。

 いつもこんな感じで私だけが道化役をしているけど、この立ち位置はいつ卒業できるのかしら……

 膨らんだ頬も萎み肩を落とした。


 突然彼の携帯が鳴った。

 まぁ、電話なんていつも突然かかって来るものだけど……

 彼は携帯を取り上げ表示された名前を見て眉を顰め口を横に曲げた。

 ……出ようか迷っている…と言うよりは、段々険しくなる表情を見るとできれば無視したい相手みたいだ。


「出ないんですか?」


 わざと意地悪く言ってみた。

 彼は口うるさい母親でも見るように私をチラッと見て仕方なさそうに電話にでた。


「……何の用だ浩輔。

 ああ……問題ない。……えっ?」


 浩輔さんからか……随分不機嫌そうだ事。

 もしかしてまた〝やっかい事″を持ち込んできたのかしら?


「はぁ?…………佐々井?…怪我したって……」


 佐々井さんって……パーティーで会った人よね……

 彼は電話の向こうにいる浩輔さんの話しに頷きながら聞いていたが徐々に様子がおかしくなって来た。次第に顔色が悪くなり頷くのさえ苦しそうにしている……私はパーティーの時を思い出し、慌てて彼に駆け寄った瞬間携帯を落とし頭を抱え前のめりに丸くなってしまった。


「大丈夫ですか?」

「竜也様!」


 酷い汗をかいている……私は丸岡さんと顔を見合わせ頷いた。


「……浩輔様、申し訳ございません……また後で掛け直させていただきます。」


 丸岡さんは電話を切るとキッチンへ向かい冷たいおしぼりを持ってきてくれた。

 私はそれを受け取り汗を拭こうと手を伸ばすといきなり振り払われた。


「触るな!」


 今まで聞いた事のない冷たくて暗い声と全ての闇を集めたような瞳。

 私は石像みたいに動けなくなり彼を見つめた。


「……うっ!」


 苦しそうに声をあげると車椅子から転げ落ち床へうずくまってしまった。


 丸岡さんが急いで助け起こし抱えあげる。


「このまま部屋へ運びますので、薫さんは車椅子を……」

「………」

「薫さん?……薫さんしっかりして下さい!」


「……は…はい。」

「車椅子をお願いします。」


 丸岡さんの声で命を与えられた石像の様にぎこちなく動き出し後を追った。


 ……さっきの彼は誰?


 急に背筋が寒くなった……身体中に何かが這っているみたいに気持ちが悪い。


 ……彼だけど違う……まるで別人。

 嫌な感じがする。


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