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Dragon of heartbreak  作者: 有智 心
∞第4章∞ 〜Change〜
13/31

災難は突然やってくる?

 夏独特の生暖かい空気に包まれ少し汗ばんでくる。

 外気温が高くなってきたので丸岡さんは温かいハーブティーからアイスティーに飲み物を替えた。……氷が溶けグラスの中で新たな模様を描いて揺れる。


 私は、口にしてしまった美保の離婚話しを後悔しながら、今更やめる訳にもいかず最後まで話してしまった。でも、後悔しながらも彼がどう思い、考えるかとても興味がありその言葉をジッと待った。


「……僕は結婚したこともないら、夫婦や相手の実家の存在とか理解が出来かねるけど……誰も味方がいないのはとても孤独で辛い事ですね。」

「はい……私もどう言ってあげたら良いか分からなくて……兎に角ご主人と二人でもう少し話し合った方がいいと在り来たりな言葉しか言えませんでした。」

「……其れで良いと思いますよ。」


 ……えっ、其れだけ?


 彼はニッコリと私を見て言ってアイスティーを飲んだ。

 あっさりし過ぎて拍子抜けした……どんな言葉が出てくるか期待していたのに裏切られた感じがした。…勝手に期待される方は迷惑だろうけど……


「あの…他に何か……」


 何をこれ以上聞くのかというような顔をして片眉をピクリと動かした。


「何も……部外者である僕にこれ以上何を言えと言うのですか?」

「それは……」


 ずるい私をその澄んだ瞳が見透かしている……友人の悩みを安易に解決して貰おうなんて浅はかな考えは彼の前では通用しなかった。


 ……顔を伏せた。


「……夫婦の問題は繊細に扱わないとならないと思います……独身の僕が言うのも変だけどね。だから今迄の様に薫さんはその…美保さん?…の話しを聞いてあげるだけでも救いになるんじゃないですか?」


 顔を上げると穏やかに微笑む彼が首を傾げて私の顔を覗き込む様に見ていた。

 ……〝千里眼″…三島園長が彼に言った言葉を思い出した。

 ……千里さきの事を見透す目、遠い場所の事や未来、人の心の中を見透す目の事。

 本当に未来なんかを言い当てる訳じゃ無いけど、冷静で繊細に物事の本質を見極め他人の心の中を見透かしてしてしまう能力には長けてる。


 彼にズルは通用しない……そんな事知ってた筈なんだけど駄目ね私って。


「薫さん……?」

「……すみません。そうですね仰しゃる通りだと思います。私なりに美保の助けになります。」

「美保さんは幸せですね…薫さんみたいに真剣に悩んでくれる友達がいて、羨ましいです。」


 貴方の周りにもいるじゃないですか……丸岡さんやゆりなさん、朝日田さん皆んな心配してますよ……そして私も。

 ……そう言ってしまいそうになるのをグッと抑えた。


「……おや?何だか天気が怪しくなってきましたね。ひと雨きそうです中に入りましょう。」


 丸岡さんの言葉で空を見上げると、南の方角から厚い雲が直ぐ其処まで近付いて来ていた……空気も一段と湿っぽくなって雨が降る時の独特な匂いがした。




 ◆◆◆◆◆




 二週間ぶりに実家に戻っていた。

 父や母は喜んで迎えてくれるが兄の健人けんとは〝何だクビになったか″と憎まれ口を言って私を毎度からかう。だから私も〝まだ奥さんに愛想つかされて無いんだね″と言ってやると〝ばーか!″と苦笑いしながら何処かへ出掛けて行く。

 ……日曜日によく一人で居なくなるけど何処に行っているのか不思議だったので兄嫁の加奈子さんに聞いてみたらパチンコだと顔を顰めて教えてくれた。


 休みの日位たまに何処かへ二人で出掛けたいのに全然そんな気が無いみたいだと加奈子さんが愚痴ってきたので其れには私も同意した……結婚前はデートばっかりしてたのに夫婦になったらこうも男性は変わってしまうのかと結婚に期待が持てなくなる……世の男性が皆そうでは無いだろうけど、周りで結婚した友達の話を聞くと恋人の頃の様には出掛けなくなったと口を揃えて言う。

 一度も結婚していないのに夫婦の現実を聞かされ、夢の?……結婚というものが色褪せ、たいした事ないように思えて来て溜め息がでたりする。


 私の一番の友人美保も離婚を考え何度か話しを聞いていたが、三日前にご主人と二人でよく話し合ったようで、お互い愛情を確認しあえ、ご主人は親離れをしてくれると約束してくれたそうだ。

 問題は子離れしていない母親で明日三人で話し合う事になったと電話をしてきた。


 どうやら離婚は回避出来そうで胸を撫で下ろした。


 ……次の日の夜中美保からまた電話がきたが話し合いは平行線で、ご主人が母親に暫く二人の生活を大事にしたいからマンションに来るのは控えて欲しいと告げると母親は怒り出し美保を罵倒したそうだ……なんと言われたかは教えてはくれなかったが随分酷い言われ方をした様だ。


 そして母親が美保を罵倒するとご主人が庇うので今度は泣き始め、〝母親を捨てるのか″とすがりつく始末で収集がつかず一旦話し合いは止めて日を改める事にしたと言う。


 どうして其処まで息子に執着すのかよく分からないと言うと、どうも父親の仕事が忙しく家の事は勿論子育ても一人で全部こなした様で、特に一人息子にはめい一杯愛情を注いだらしく、美保が言うには息子だけが自分を必要としてくれる存在だったので今だにその思いが強く子離れ出来ないのだと言う。


 ご主人とじっくり話せた事で両親への思い…特に母親への思いを聞いて何故この人を好きになったのか思い出したと言う。


「……凄く母親を大切する優しい人だと思って其処が好きになったの……」


 何だかノロケを聞いているみたいで私は〝ごちそうさま……これ以上話すと独身の身は胸やけしそうだから切るね″と言った。

 美保はそんなんじゃ無いと慌てていたが、私は、〝また何か有ったら連絡頂戴″と笑いながら電話を切った。


 ……まだ問題は有るけど二人が夫婦としてしっかりしていればきっと何時かは母親の方も分かってくれるだろう……なんと言ったって子供の幸せが一番なんだから。


 ノックと同時にドアが開いて加奈子さんが顔を出した。


「薫ちゃん…お母さんがお見合い写真揃えて下で待ってるよ。」

「えっ!……ホント?」

「うん。……如何する?逃げるなら手貸すけど……」


 ニヤリとする加奈子さんに頷き、バックを手に階段を静かに下り玄関から靴を取って裏口から出る。その間加奈子さんが母の注意をひいてくれて上手くいった。


 結婚というものに消極的だったりもするが、いずれはしたいと思っている……でも、其れはお見合いでは無くやはり自分で見つけて好きになって結婚したいと思う。


 …………東條竜也の顔が浮かんだ。

 私は首を大きく振り頭の中から追い出した。

 ……あり得ないし…なんで出て来るのよ。

 勝手に顔を出さないで欲しいわ。……と、遠くに見える彼の住む洋館を睨めつけ其方へ向かって大股で歩いて行った。




 ◆◆◆◆◆




 ドアホンが鳴った…こんな朝早くから誰だろう?

 キッチンの時計を確かめると七時を少し回った所だった。


 玄関で丸岡さんと客の話し声が聞こえる…何処かで聞いた事のある声だと思い廊下に出てみると立っていたのは美保の母親、菅原涼子すがわらりょうこだった。


「……おばさん。如何したの?」

「アアア……薫ちゃん。」


 おばさんは近付いた私にすがりつき震える声で言った。


「……美保が、美保が警察に捕まったって……祐介さんから連絡あって……どうしょう……薫ちゃん。」

「警察!……どうして!」


 おばさんは身体を震わせながら声にならない声を上げて泣くだけで、私の腕を掴んで離さなかった。


「……薫さん、兎に角中に入って貰って下さい……何か温かい飲み物でもお出ししましょう。」

「すみません……」


 丸岡さんの言葉に甘えておばさんを応接室に案内しソファに座らせた。


「おばさん……美保が警察に捕まったってどういう事?」

「……薫さん、もう少し落ち着いてから聞いても遅くありませんよ。

 …………カモミールティーです。気分が落ち着きますよ。」


 丸岡さんはティーカップをおばさんの手に持たせて飲むように勧めた。


 ……やや震える手で口に持って行き一口……二口と飲んだ。

 私は隣に座りずっと背中に手を添えていた。


 おばさんは少し落ち着いたのかカップをテーブルに置き、今自分が何処にいるか分からないようで部屋を見回し、隣の私と目が合うとやっと洋館にいる事に気が付き慌てて恐縮し始めた。


「……ああ、すみません。

 朝っぱらから押し掛けて…たっ、大変失礼な事……」

「おばさん。そんな事良いから美保が如何したって言うの?」

「…そう……そうなの美保が……」


 おばさんはもう一口話す前にカモミールティーを飲んでから話してくれた。


 昨夜美保のご主人、浜田祐介はまだゆうすけから電話が入り彼の母親が自宅の階段下で血を流して倒れているのを美保が見つけ、病院に運んだが全身打撲と後頭部を酷く打ち付けていて意識不明の重体……更に、事故なのか其れとも誰かに襲われたのか判断がつかず、警察では両方の線で捜査する事になり、第一発見者の美保が事情を聞かれた……という事らしい。


 話しを聞くと美保は警察に捕まったのでは無く、おばさんが警察と聞いて動転してしまい捕まった……と言ってしまった様だ。


「……驚かせないでおばさん。」

「薫ちゃん、ごめんね。」

「……昨日の夜のことでしよ、きっとその日の内に帰されて今頃起きて…もしかしたらおばさんの家に電話してるかもよ。」


「それは如何でしょう……」


 応接室の入口にいつの間にか車椅子に座った彼がいた。


 緊張した面持ちで中に入って来ると私達の前に車椅子を固定すると少し身を乗り出して言った。


「警察は事故と事件の両方で捜査すると言ったんですよね……なら、第一発見者である美保さんは一番の容疑者と見なされるかも知れません……しかも、息子さんとの離婚の事で揉めていた事が耳に入れば尚更です。

 おそらくもう情報は掴んでいると思いますが……」

「そんな……美保がご主人の母親を襲うわけ無いじゃない!…そんな事言うなんて酷い!」

「僕が思っている訳じゃ無いですよ……警察はあらゆる可能性を疑い捜査します。

 其れを言っているんですよ…薫さん。」


 いつに無く鋭い目を見ると冗談や意地悪で言っている訳じゃないと……身体が強張ってきた…美保はどうなるのか?

 となりに座るおばさんは真っ青な顔をして今にも気を失いそうに見えた。


「……薫さん、兎に角一度美保さんの実家へ行って連絡がきてないか確認して、まだなら此方から連絡してみて下さい。そして、美保さんの自宅または警察へ行ってみて下さい。

 ……直ぐ連絡がつけば一番良いのですが……多分そう上手くはいかないかも知れません。」


 眉間に皺を寄せる彼を見ると難しい状況なのだと更に恐ろしくなった。


「……何をしているんです。

 早く行った方がいいです…………丸岡、二人を車で送ってやってくれ。」

「かしこまりました。」


 私はおばさんの身体支えながら玄関に出た。


「薫さん、いいですか落ち着いて目にした物を焼き付け、耳にした事を心に留めて其れを私に教えて下さい。遠慮無く連絡して来ること分かりましたか?」


 さっきまでの緊張した表情は消えて、穏やかな瞳と心強い言葉で私を送り出してくれた。


 外に出る……振り向いてドアが閉まる瞬間まで彼の姿を見つめた。


 大丈夫。……彼がいてくれる。


 丸岡さんの運転で美保の実家へ向かった。




 ◆◆◆◆◆




 美保夫婦のマンション……


「……本当、事情聴取が終わって良かったわ美保…母さんあんたが逮捕されたらどうしようかと…心配で……」


 おばさんは隣に座る美保の手を握って泣きそうな表情で言った。


「……お義母さんや薫さんには心配掛けました…すみません。」


 疲れ切っている美保の代わりに祐介さんがお茶を出しながらホッとした様に言うと美保は〝ごめんね″と呟いた。

 おばさんは無事に帰って来た娘を強く抱きしめて背中を優しく撫でる。


 私は祐介さんやおばさんの様に手放しで喜ぶ事がまだ出来なく、かと言って暗い顔をしているのも心配させると思い笑顔を見せたが、どうも強張ってちゃんと笑えているか微妙だった。


「……美保、疲れているのにこんな事聞くの気がひけるんだけど……何を言われ、聞かれたの?」


 唇を噛んで暗い瞳を見せ警察での事を話すのが辛そうにしている……

 おばさんは何を聞くのかと責めるような表情をして私を見たが、其れを無視して美保が口を開くのを待った。


「……お義母さんに会いにいった理由から話すね。」

「うん。」


 …………昨日突然美保一人呼び出され会いに行ったらしい。

 何を言われるかだいたい予想はついていたが、それ以上にきつい言葉を浴びせられたと、酷く傷付いた表情をした。

 ……散々ロクでもない嫁だと言われ、挙句の果てには離婚したいのは他に男が出来たんじゃないかと疑われ、突然美保のバックを引ったくり携帯を見せろと目を吊り上げて中身を出し始めたと……美保は余りに乱暴な言い様と行動に抵抗してバックを取り戻そうと二人で引っ張りあいになり、そして美保がバックを引っ張り戻した瞬間お姑さんは勢いで後ろへ尻もちをつき、バックの中身が部屋の中に散乱したそうだ。

 携帯や化粧ポーチ、ハンカチその他中身をバックに戻していると、転んで腰を打ったのか手で摩りながら呻いているので側に行って助け起こし、大丈夫か聞いたと言う。〝…痛……乱暴な人ね貴方は……″と言われたそうだ。


「祐介さんには悪いけど乱暴な事してるのお義母さんなのに…ってちょっとムカついた。」


 ……確かにそうね。

 祐介さんは申し訳なさそうに身体を小さくしていた。

 そんな祐介さんを情けなさそうに見つめ美保は話しを続けた。


 転んだ事で少しだけ気持ちが落ち着いたのか、其れとも腰が痛くて話すのが億劫になったのか分からないが、〝明日の夜にでも二人で来なさい…もう一度話しましょう。もう今日は帰って頂戴″と、追い立てられる様に家を出た。……所が駅まで行ってからバックの中に財布がない事に気付いて、散乱した時拾い忘れたのだと慌てて戻り、そしてお姑さんが階段下で倒れているのを見つけて救急車を呼んだ。


 病院に着いて処置が終わるのを待っていると刑事が二人やって来て発見時の状況を話した。話し終わると刑事は意味あり気に目を合わせて、また聞くことがあるかも知れませんのでその時はご協力お願いしますと言って一旦帰って行った。


 夕方の六時頃に祐介さんとお舅さんが到着し間も無く処置も終わり医師の説明を聞いている所に先程の刑事がやって来て、医師から患者は意識が無く、重体なので会うのは無理だと告げられて渋い顔をしていたと言う。

 そして病院の一室を借りて刑事はお舅さんと祐介さんにもそれぞれ話しを聞いた。


「祐介さん…どんな事聞かれたんですか?」

「其れが……」


 祐介さんは美保にチラリと目をやりとても言いづらそうにしている。


「……えっと、そのぉ…最近、母は何かトラブルに巻き込まれて無いかとか、人に恨まれるような事はないか、近所付き合いはどうだとかそんな事を聞かれ、トラブルや恨まれる様な事はないと思うし聞いた事がないと答えました。」

「…そうですか。

 離婚……離婚の事は何も聞かれませんでした?」

「あっ……ええ、聞かれました。

 おそらく父が話したんだと思います。…刑事さんにトラブル有るじゃないかと睨まれて焦りました。」

「……薫、やっぱり離婚の事でお義母さんを階段から突き落としたと思われているみたいなんだ……警察署でも散々聞かれた。

 どうも、近所の誰かに揉めている所を見られてたみたいで……」

「えっ?……家の中での事を?……誰?」


 美保は分からないと首を振った……まぁ、刑事も誰が言っていたかなんて教える筈が無いけど……誰なんだろう?


「あ……其れは隣りに住んでいる亜美……高良亜美こうらあみだよ。」


 確信をもっている言い方をするので三人が祐介さんを驚いて見た。

 私が何故知っているのか聞くと、昨夜彼女から電話が有って……美保と母親が言い合いをしている声と揉めている姿を見たと……そして其れを話を聞きに来た刑事に話したと言っていたそうだ。


 ……なるほどね。


 祐介さん、高良亜美の事呼び捨てにしてたけど、どんな関係なのか気になって聞いてみた。

 そうすると彼女は同級生で幼馴染み、家も隣同士なので子供の頃から家族ぐるみの付き合いだったそうだ。


 ……ふうん。

 そういう事なら隣の家で言い合いする声が聞こえたら覗き見もするかも……


「……でも、亜美さん何故その時間家に居たの?…確か、ウエディングプランナーの仕事してるって前に聞いたけど……」


 美保は会ったことあるんだ……


「家に仕事の資料を取りに来てたまたま見たそうだ……実家を出て行く美保の姿も見たって言ってた。」

「じゃあ、美保が戻って来た姿は?……見てないの?」

「……美保が出て行って間もなく亜美も家を出たらしく見てないと言っていた…」


 残念だわ……美保が戻ってきた時間と119番に電話した時間の間隔が短い事が其れで証明できれば疑いも晴れるかも知れなかったのに……他に近所の人は戻って来た美保の姿を見てないのかしら?

 ……ああぁ…刑事に聞く事が出来れば早いんだけどそんな事教える訳無いし。


「……ねぇ美保、戻ってくる時誰か知っている人には会わなかった?」


 力無く首を横に振る……


「誰か私の事見てたらこんな風に警察に疑われる事無かったのかな……

 明日も任意だけど…来てくれって言われたわ。」

「……明日も……か。

 其れで今日はどんな事聞かれたの美保。」


 俯いて泣きそうな顔を覗き込んだ……何だか私まで刑事になって美保を苛めている様な気がしてきて、一旦聞くのを止めて休ませた方が良いのでないかと思い始めた。


「…薫ちゃん、もう美保を休ませてあげて…疲れきった顔して…こんな事になるの知ってたらさっさと離婚許してやれば良かった。」


 祐介さんはバツが悪そうに頬をヒクつかせ、おばさんは後悔と悔しさで唇を震わせ美保の手をぎゅっと握っている。


 おばさんにとっても娘の憔悴しきった姿を目にしているのは辛いだろうと思い一度休んでから話しを聞く事にした。




 ◆◆◆◆◆




 私は美保をおばさんに任せてご主人の祐介さんと一緒に高良亜美の職場に来ていた。

 ……東條竜也の指示だった。


 此処へ来る前に彼に電話をして美保が話した所までこと細かに教えた……電話の向こうでたまに相槌を入れながら口出しもしないで黙って聞いていた彼が、話し終わると〝高良亜美さんに会って話しを聞いて来て下さい。″……と、そして〝彼女の表情、言葉何一つ取りこぼしのない様にね……薫さん。″……彼は高良亜美が何か知っていると思っているのだろうか?……其れとも隠してる?

 〝……薫さん、最初から偏見や先入観を持って会っては駄目ですよ……透明な心と目でお願いします。″


 ……また驚かされる。

 私の心の中を読んだみたいな言葉……やっぱり千里眼なのかしら?……でも彼の言う通り偏見や先入観は物事の本質を見失なう恐れがある……其れが言いたいのだと思った。


 私は彼の様に冷静に見極められるだろうか……かなり役不足だけど美保の為やれるだけやらなきゃ……


 ……平日なので客も少ないのだろう……私達が待たせてもらっている場所でウエディングプランを相談しに来ている客は二組ほどしか居なかった。

 素敵な式を挙げる為に客もプランナーも真剣な表情で話している。……いつか私もこんな所に来るのかな……?

 ……私の馬鹿!今はそんな事考えている時じゃないでしよ。

 頭を軽く振って関係無い事を追い払った。


 祐介さんが肘で私を突いた。一人の女性が奥のドアから出て来て此方に気がつくと満面の笑みを見せる。祐介さんは彼女が近付くと立ち上がり〝仕事中ごめんな″と言った。

 その後ろに居た私も立って頭を下げると、彼女…高良亜美の笑顔が引っ込み一瞬にして警戒する表情に変わった……

 私は名前を名乗り、祐介さんが美保の友人だと補足すると彼女は頬を微妙に強張らせ引きつった笑顔を見せた。


「其れで、話しってなに?」


 ……何って?……昨日の今日でおおよそ見当が付くはずなのにワザと分からない振りをしている……?まぁ、いいわ。


 私と祐介さんは顔を見合わせから彼女に向き直り緊張と不安が入り混じった顔を見て口を開いた。


「……電話で美保と母が揉めているのを目撃したって言ってたよな…」

「ああ…その事。」

「詳しく聞きたいんだけど……」

「詳しくって言われても電話で言った通りよ……私が見た事を正直に警察に話しただけ、嘘も誇張もないわ。」


 高良亜美は自分が偽証していると思われ不快に思ったのかきつい目を向ける。

 その瞳は突然押し掛けて来た見知らぬ女と幼馴染みを非難でもする様に強く真っ直ぐ私達を捉えている。


「……ごめん。警察にも同じ事話してまた繰り返させる事聞いて……」


 祐介さんが申し訳なさそうに目を伏せると彼女は表情を緩ませて少し寂しそうに〝謝らなくてもいい″と言い……そして、本当に電話で話したこと以外は何も知らないし見ていないとまた表情を硬くして言った。


「……おばさんの容態はどうなの?」

「まだ意識が戻らない…今、父が付き添っているけど……医師の話では待つしかないようだ。」

「そう……お見舞い行きたいんだけど…」

「まだ親族以外面会は無理なんだ……」

「そっか……」


 彼女は唇をキュッと結んで目を伏せた。……その表情から幼い時から……おそらく可愛がって貰ったのだろう…幼馴染みの母を心配する気持が伝わって来る。


「…………忙しいのに悪かったな、時間作ってくれてありがとう…帰るよ。」


 彼女は何処かホッとした様なでも名残惜しそうな表情で祐介さんを見つめ頷いている。

 ずつと黙っていた私はそんな高良亜美に質問をしてみた。


「……亜美さんは美保の事どう思いますか?」


 質問の意味が直ぐには理解できず、突然何を聞くのかと眉をひそめ怪訝そうに私を見ると、どうしてそんな事を聞くのか意味が分からないと不機嫌な声で言葉を返してきた。


「答えて貰えませんか?」


 しつこく聞く私を警戒する様にジッと見つめて言った。


「……どう思うって……言われても。

 今回の事と何か関係があるんですか?私が美保さんの事どう思っているかだなんて必要ないと思いますけど……」

「……そうですよね。

 でも、出来れば答えて頂けませんか?亜美さん。」


 くいさがる私を見て彼女は溜め息を吐くとチラリと祐介さんに目をやり苛々とした口調で答えた。


「……いい奥さん…なんじゃないですか。」

「いい奥さん……本当にそう思ってます?

 ……亜美さん、二人が離婚の事で揉めているのは知っているんですよね。」

「ええ……」

「知っててそう答える……」


 彼女は唇を軽く噛んで私を睨んだ……そりゃ睨みもするわね……だってとても意地悪い言い方してるもの…でもこれも東條竜也の指示なのよね。


「……貴方何なの!少し失礼じゃない?」


 祐介さんは私と亜美さんの間に流れる険悪な空気をどうしたら良いか分からずオロオロしていた。


「ただ……正直な気持ちを聞きたいだけです。」


 今にも席を立って行ってしまいそうな雰囲気を出しながらまたチラリと祐介さんに目をやりそして私を睨んだ。


「…………さ、最初はいい奥さんだと思ったけど、今は離婚したいなんて贅沢な事言って祐介やおばさんを苦しめてるから酷い人だなって……」

「最近は良くは思ってなかった……」

「かと言って嘘の証言なんかしないわよ!」

「はい。嘘をついてるなんて思ってないですから……」


 私の態度や言い方に苛々するのだろう脚を組んで椅子の背もたれに寄りかかり右手で唇をいじっている。


「……あと一つだけ良いですか?」

「まだあるの?」

「此れで最後です。

 ……あの日自宅から会社に戻る途中何処かに寄りました?」

「えっ…ええ。」

「其れは何処ですか?」

「……自宅から車でわりと直ぐのコンビニだけど…」

「駅に向かう道路沿いの?」


 亜美さんは口元を微かに震わせてそうだと答えた。

 私は微笑んで答えてくれた事に礼を言い、隣りの祐介さんに帰りましょうと言い立ち上がった……彼女は目を細めて私を見上げわざとらしく口元を綻ばせ〝さようなら″と言った。


 外に出て今迄座っていた場所を見ると既に高良亜美の姿はなく口も付けなかったコーヒーカップだけがテーブルの上に二組置いてあるだけだった。


 私は大きく深呼吸をする……やっと緊張から解放されたが上手く出来たか心配だった。

 何故って…全て彼の指示通りの質問をしていたからで自分の言葉では無かったからだ……報告しないとな……

 隣りの祐介さんは私と亜美さんのピリついた空気から解放され一気に疲れに襲われたのか可哀想な位憔悴した表情をしている。


 ……だらしないわね。私の方が大変だったのに…美保が常々情けない人と言っているけど本当ね。でも、其れが良くて結婚したんだから恋愛って分からないものだわ……ヤダ!…恋した事無い女みたいな事思ってしまったわ……その辺の感情枯れかけてるのかなぁ…まだ二十代そんな事あったら終わりだ。

 恋しなきゃ…………ある人の顔が浮かんだ。

 頭の中の消しゴムでゴシゴシと消した。

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