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Dragon of heartbreak  作者: 有智 心
∞第4章∞ 〜Change〜
11/31

気の重いパーティー

 今日は朝から落ち着かない……朝食の用意をしていても、掃除していても刻一刻と迫ってくる時刻にワクワクではなく困惑と緊張……何度も時計を見ては溜め息を吐いて、時が止まって次に動き出したら明日になっていれば良いのにと、あり得ない事を願ったりもしていた。


「薫さん?……何だか朝から元気が無いようですがどうかしましたか?」


 ボォ〜とテーブルを拭いていたので目の前に丸岡さんが立っているのに気が付かず突然声を掛けられ置いてあったシュガーポットを倒してしまった。


「あっ!……す、すみません。どうしよう……」

「慌てなくいいですよ……驚かせてしまいましたね。申し訳ありません。」

「いえ…私が悪いんです。」

「……さあ、此処は私がやります。

 薫さんは出掛ける用意をして下さい。……女性は準備が大変ですからね。」

「はあ……」


 返事とも溜め息とも取れる声を出して力無く頷き応接室を出て行こうとした時呼び止められた。


 丸岡さんはソファの横に置いてあった大きな袋を手にして私の前に差し出した。


「なんですか?」

「……竜也様からです。

 今日のパーティーに着ていくドレスの様ですよ。」

「私に?」


 私は少し頬を染めて受け取った。


「きっとお似合いになると思います。」


 胸の前で大事に抱えてニヤケてしまいそうな顔を引き締め、さっき迄の重い気持ちが一変し階段を上る足も心なしか軽やかだった。


 自室のベットにドレスの入った箱を置いて、ドキドキしながら蓋を外す……見ただけで高級な服だとわかる上質なシルクでラベンダー色のシンプルで品の良いドレスだった。

 そっと自分の身体にあて鏡に映して見る。


 ドアをノックする音。

 開けると優しく微笑んでいる東條竜也とうじょうたつやがいた。


「……ドレスは気に入ってもらえましたか?

 」

「はい。……でも、あんな高価ドレスいただいて宜しいのでしょうか……」

「仕事とはいえ骨の折れる場所に付き合ってくれるお礼ですから気にしないで下さい。

 ……其れとこれも良かったら身に付けて下さい。」


 そう言って差し出したのは一連のパールのネックレスとピアス、指輪だった……私は受け取るとその美しさに目を奪われ魅入った。


「……僕の母が若い頃使っていたものです…宝石の事はよくわからないけど良い品だと思いますから今日身に付けていっても恥はかかないと思いますよ。」

「お母様の品!……いけませんそんな大切な宝石借りれません。」


 私はパールの入ったケースを彼の膝の上に慌てて返した。


「構わないです……僕が持っていても身に付けること出来ないので、薫さん、使って下さい。」


 今度は彼が私の手にケースを押し付け車椅子を反転させて戻っていった。


 私はケースをもう一度開けてその乳白色に輝く形の揃った大粒のパールを見つめた……


 母親の形見の品を本当に身に付けていいものか迷ってしまう。

 でも、押し付ける様に置いていったものを身に付けないのも失礼になると思い今回は言葉に甘えて借りる事にした。


 時計を見ると出発まで一時間程しかないのに気付いて急いでシャワーを浴び、ラベンダーのドレスを着た。

 ……鏡の前でクルリと一回転してみる。柔らかなシルクの裾がふわりと広がった。

 そして、パールのネックレス、ピアスと指輪を身に付けて今度は鏡の前でモデルの様にポーズをとって微笑んで見る。


 ……中々捨てたもんじゃないわね。


 時計を見ると出発まで時間がなかった……私はドレスと一緒に入っていたストールを肩に掛け、スワロスキーが散りばめられた小ぶりのクラッチバックを持って部屋を出て一階へ下りた。


 玄関の所には既に彼と丸岡さんが待機している。


 丸岡さんは余り何時もと変わらないスーツ姿だが、彼の方は光沢感のある紺色のフォーマルスーツに身を包み何時ものさらさらヘアでは無くきちんとセットしていた。

 こうして見るとやはり育ちの良さが滲み出て改めて住む世界が違う人種なんだと思い知らされてしまう。


「お待たせしてすみません。」

「おお!…これは……素敵ですよ薫さん。」


 丸岡さんは目を丸くして褒めてくれた。

 彼の方はというと、一瞬目を見開き驚いたのかなと思ったら、憎まれ口を言った。


「……孫にも衣装ですね。……さぁ、行きましょう。」


 私は少しだけ頬を膨らませたが、ほんの一瞬だけ彼が見惚れた表情をしたので気持ちよく出かける事にした。


 ……素直じゃないわね、普通に褒めればいいのに…まぁ、いいわ。


 彼がサッサと玄関を出るので急いで前もって出して置いた持っているヒールの中で一番いい靴を履き外へ出た。




 ◆◆◆◆◆




 都内に入り真っ直ぐパーティー会場であるホテルへ向かうのかと思ったら、ビルの地下駐車場に入り三人で車を降て、エレベーターで一階へ上がりその一角に店を構えている一軒の靴屋に入って行った。


 ……今日履く靴を買うのかな?


「……これは東條様いらっしゃいませ。

 今日はどのような靴をお探しですか?」


 店の奥から店長らしき男性が嫌味のない笑顔で近付いてきた。


「…今日は彼女の靴を買いに来ました……このドレスに合うのを見繕ってくれないかな。」


 店長は私に視線を移し〝かしこまりました″といい女性店員と何か言葉を交わし靴を探し始めた。


「あ…あの、私のって……」


 困惑しながら彼を見ると顎に手を当て私を上から下へ目を移し少し口を横に曲げた。


「……今履いている靴も悪くないけど、折角だからドレスにあった靴の方がいいと思ってね。」


 靴まで買ってくれるの!

 ……なんかこんな感じの映画があったわ……大金持ちの手によって娼婦がどんどん洗練された女性に変身していく話し……で恋に落ちて…喧嘩して……最後は、ん?確かハッピーエンドだった筈……なんて映画だったかなぁ……


「お待たせいたしました。」


 店長と女性店員が何足か靴を手をしてソファの前に並べた。


「サイズは大丈夫だと思いますが……」


 えっ?……サイズ聞かれてないけど一流になると見ただけでわかるのかしら……


「薫さん…履いてみて下さい。」

「はい。」


 靴を履き替えるたび立ち上がり彼に見てもらった。どの靴も履き心地は最高で迷ってしまう。

 全部履き終えると私は彼の顔を伺った。


「……どれがいいと思いますか?」


 彼は並べられた靴の中からドレスと同じラベンダー色の靴を指差した。


「……これが一番似合っていましたね。

 薫さんはどう思いますか?」


 どれも良かったけど、私もこの靴が気に入っていた。


「私も此れが一番好きです。」

「じゃあ、決まり!……店長この靴にします……このまま履いて行くので今履いている靴を包んで貰えますか。」


 女性店員が新しい靴を綺麗に磨き私の前におき、今度は履いていた靴を受け取りやはり綺麗に磨いて包んでくれた。


 所でこの靴幾らなのかしら?

 色違いの靴があったので彼が会計している間こっそり確認した。


 …………!!

 な…七万円!嘘でしょ……こんな高価な靴貰えない。


「……じゃあ、行きましょう。」

「あ…あの」

「なんですか?」

「あの……靴……」

「ん?……お礼なんていいですよ。行きましょう…パーティーに遅れます。」


 上手く言葉が出てこなくて情けなかった……

 車に乗り込み会場のホテルに向かう中、新しい靴を見つめながら本当に貰って良いのか悩んでいた。しかし、支払いも済ませこうして使用してしまっては、高価過ぎて貰えませんなんてもう言えないし…購入する前にきちんと値札を見て置くべきだった……


 後部座席の彼の方を見ると、窓に頭を付けて何を考えているのか流れる街並みを見ていた。

 ホテルに到着するとパーティー会場に直行せず、今回は宿泊する事にしていたので先ずチェックインし部屋に荷物を置いて、時間があったので彼のスイートルームでお茶にする事になった。


 ドアホンが鳴った…開けると黒いオフショルダーのドレスにストールを巻いた姿で東條ゆりなが立っていた。


「久しぶり薫さん……お兄様いるでしょ。」

「ゆりなさん……お久しぶりです。……今、お茶にしてました。どうぞ……」


 今回のパーティーは二人の父親で東條グループ社長、東條範之とうじょうのりゆきの古い友人で作家の遠山庄二郎とおやましょうじろう初の自叙伝出版と作家三十周年記念パーティーで、海外に出張中の社長の名代で彼が出席する事になったのだ。


 ……彼はかなり嫌がっていた。

 ゆりなさんが出席するなら自分出席しなくてもいいだろうとか、何故兄貴は駄目なんだとか……この話しを丸岡さんから聞いた時初めてゆりなさんの他に兄弟がいるのを知った。


 彼は面白くなさそうに結構しつこく丸岡さん相手に文句を言っていた様で、意外と往生際が悪いなと苦笑しながら聞いていた。

 まぁ、そんな私もセレブが集まるパーティーなんて興味もあったが腰が引けていた。

 そして其れに輪を掛けたのが、出席者予定リストの暗記だった。

 ……そんなの丸岡さんがいれば問題ない筈なんだけど、今回ゆりなさんに付き添う事に成ったので丸岡さんは別行動になったのです。

 そんな訳で彼には私だけなので分厚いリストを一週間かけて覚えた。


 ……銀行に勤めていた時窓口業務をしていたから顔と名前を覚えるのは得意な方だけど、短い間で二百人以上を頭に入れるのはかなりキツかった。


 なんとか頭に叩き込んだけど……ちょっと不安もある。

 なので、パーティーは私にとっても憂鬱な場所だった。


 丸岡さんは〝ある程度竜也様も知っているので大丈夫ですよ″なんて呑気に笑いながら言っていたけど、其れで私の緊張と憂鬱は緩和される筈もなく時間と共に顔が徐々に強張ってきていた。


「……そろそろ会場に行かないと……丸岡さん宜しくね。」

「かしこまりました。」


 その言葉を合図に四人でエレベーターに乗り込み会場へ向かった。




 ◆◆◆◆◆




 パーティー会場は既に人で溢れていた。

 あちこちに花が生けられ、氷の彫刻なんかも飾られている。

 会場正面のひな壇の頭上には【遠山庄二郎先生、自叙伝出版、三十周年記念パーティー】と書かれたボードが誇らしげに掲げられていた。

 会場に集まった人達も男性は皆フォーマルスーツ、女性は彩り鮮やかなドレス姿で談笑し中には名刺交換などもしている。

 どこを見てもセレブ感満載で一般庶民の私には眩しすぎて目がチカチカしてしまう。


「……じゃあお兄様、丸岡さん借りるわね。

 また後で……」


 ゆりなさんは軽く手を振って会場の奥へ進んで行った……途中年配の男性に話しかけられ耳もとで丸岡さんが何か囁き頷くと、満面の笑みを見せて挨拶をしていた。


 彼はというと渋い顔で溜め息をついていた。

 私は深呼吸をして、どうか失敗しません様にと心の中で祈り何時でも乗り込む?……態勢を整えた。


「……いやぁ、凄い人だね。」


 突然耳もとで声がして半歩引いて横を見ると朝日田浩輔あさひだこうすけがいつの間にか立っていた。


「朝日田さん!」

「こんにちは、薫さん。」


 その声で彼も振り向き胡散臭そうな嫌な表情を見せた。


「……なんだ、浩輔も招待されてたのか。」

「久しぶりだな竜也……お前こそこんな所に来るなんて珍しいじゃないか……真夏に雪でも降るんじゃないか?」


 白い歯をチラリと見せ目を細めて彼の顔を覗き込み、彼は馬鹿らしいといった表情をして朝日田さんの後ろに目を向けた。


「……一人か?」

「あん?……ああ…会社の娘連れて来たけど……どっかその辺に居るだろ。」

「なんだ其れ……ほっといていいのか?」

「女性同伴で、なんて面倒なんだよな全く。」


 朝日田さんは顔を顰めて首の後ろを掻き本当に面倒臭そうに言った。

 そんな表情を見て彼は鼻で笑い〝お先に″と言って会場の中へ入って行ったので私は朝日田さんに一礼して慌てて後を追った。


 中に入ると彼は早速たくさんの人に囲まれ顔を引きつらせながら挨拶を返している。

 特に若い女性は目の色を変え、普段よりトーンが高いのではと思う声をだし話し掛けている。

 ……何この女性達は?

 品が良さそなセレブの仮面を被って何だか凄くガツガツ来るのね。

 まぁ…仕方ないのかな……東條グループ社長の息子で独身、顔も…まぁイケてるし、此処で顔を繋いでおいて、あわよくば……何て考えるわよね。


「か……薫さん……」


 珍しく情けない声を出して私に助けを求めて来たので、周囲を見回し少し離れた所にゆりなさんを見つけたので、取り囲んだセレブ達に〝申し訳御座いません。失礼します。″と言い人をかき分け車椅子をそちらの方へ押して行った。


 振り返ると女性達は残念そうにこっちを見てからそれぞれ散っていった。


「助かったぁ……だから嫌なんだ。人に囲まれ鬱陶しくて堪らないよ。」

「其れだけ人気があるって事にじゃないですか?」

「……ただ東條というブランドに群がっているだけだよ。」


 そう言うと鼻の頭に皺を寄せて私を見上げた。

 ……ふん、ちゃんとわかっているんだ。

 だからこういった場所に、来たがらないんだろうけどね。

 そんな事を思っているとパーティーの始まる時間になったのか、司会進行役が出てきて話し始めた。

 招待客が一斉に正面を向き今日の主役が現れるのを待っている。


「其れではお呼びしたいと思います。

 初の自叙伝を書き下ろし、そして作家として三十周年を迎えられました…遠山庄二郎先生です。」


 会場から割れんばかりの拍手と歓声の中を羽織袴姿で登場する遠山庄二郎はひな壇の中央に立って拍手に応えると、一度マイクのスイッチが入っているか確かめて、招待客を見回した。


「本日はお集まりくださり有難う御座います

 ……………」


 招待客は誰もが口を閉じ遠山先生の話しに耳を傾けているが彼だけはコッソリと欠伸をしていた。


 長くなるのかなぁ……私は欠伸をしない様に気を付けないと、丸岡さんにでも見つかったら後で小言を言われ兼ねないわ。

 所でゆりなさんや朝日田さんはどの辺にいるのかしら?

 二百人以上の客の中から探すのは一苦労だわ……さり気なく周りに視線を向けたが何処に居るのかわからなかった。


「……其れでは、此処で遠山先生の永年の友人であります東條グループ社長、東條範之様にお言葉をいただきたいと思いますが、本日は海外に出張中との事で、御子息であられる東條竜也様にお越し頂きました。

 ……東條竜也様、どうぞ此方へお越しください。」


 私は彼をひな壇の近くまで車椅子を押して行き、スタッフに壇上へ上げてもらい司会者の後ろの方へ控えた。


 マイクを受け取った彼は遠山先生に一礼してから前を向き話し始めた。


「……本当ならば父、範之がこの場に立つ筈でしたが、残念な事に出席出来なかった事を代わりにお詫び申し上げます。

 ……其れでは、私が父より預かってきたメッセージを先生に贈りたいと思います。

 〝……遠山、おめでとう。お前の本は小難しくて余り真面目に読んだ事はないが三十年という間第一線で文壇を引っ張ってきた事に敬意を表するよ。

 そして、その苦労、喜びを書いた自叙伝は面白く読めそうなので後でサイン付きで送ってくれ、宜しく頼む。″」


 招待客からクスクスと笑い声が上がる。


「〝……今日は出席出来なくてすまない…近い内に呑みに行こう。

 遠山、本当におめでとう。″

 …………遠山先生の事を呼び捨てて言いましたが、此れは父からなのでお許し下さい。」


 またクスクスと笑いが上がる。

 遠山先生も嬉しそうに頷きながら彼を見ていた。


「この様な場所に折角立たせて頂きましたので私からも御祝いの言葉を述べさせていただきます。

 ……幼い頃父に連れられ先生の仕事場にお邪魔して原稿用紙によく悪戯書きをしゲンコツをされました。しかしその後直ぐに笑顔で許し、一緒に原稿用紙で紙飛行機を作り飛ばして遊んだ事を憶えています。

 今思えば…そんな時は筆の進みが悪い時だったのではと勘ぐってしまうのですが如何だったのでしょうか?」


 彼が笑顔で問いかけると、遠山先生はニヤリとして〝その通り……いい気分転換になっていたよ。″と応えた。


「…それは良かった…安心しました。

 遠山先生、本当におめでとう御座います。

 此れからも良い作品楽しみにしています。

 ……以上、御祝いの言葉とさせていただきます。御拝聴有難う御座いました。」


 会場からたくさんの拍手が湧き彼は遠山先生と招待客に向かって一礼して壇上から下がった。


「竜也君、気持ちのこもった言葉有難う。随分見ない内に立派になって驚いたよ……また昔の様に遊びに来てくれ酒でも一緒に呑もう……今日は有難う。」


 更に大きな歓声と拍手が上がり会場はとても良い雰囲気に包まれている。

 その後、出版社の社長が乾杯の音頭をとりパーティーは華やかに進行していった。


 父親の代理として無事責任を果たした彼は喉が渇いたのかお酒ではなく烏龍茶を一気に飲み干した。


「東條!……東條竜也久しぶりだな。」


 後ろから声を掛けられ振り向いた彼は怪訝な顔で相手を見ている……招待客リストを頭で巡らしたが出てこない…いや、無かったような気がするけど……誰かしら。どうしよう。


「なんだよ忘れたのか?……アメリカに留学してた時一緒だった佐々井和人ささいかずとだよ。……俺は一年だけだったがな。」


 ようやく思い出したのか瞳を少し動かし笑顔を見せた。


「……佐々井か、久しぶりだな。今何しているんだ。」

「今回遠山先生の自叙伝を出す出版社に勤めている。ちょっと部署が違うんだが、今日は手伝いに借り出されて来ている。」

「……そうか。」

「其れで、此方の美しい女性は誰なんだよ。紹介しろよ。」

「彼女は……松本薫まつもとかおるさん色々手伝って貰っている。」

「初めまして松本薫と言います。」

「なんだ、彼女じゃ無いのか……初めまして佐々井です。竜也とは留学先で一年だけですが一緒でよく遊んでました。」


 眼鏡をかけ少し神経質そうな文学青年といった印象かな……出版社に勤めているからそう見えるのかも知れないけど…私って単純よね。

 佐々井さんと握手を交わしそんな事を思っていた。


「……所で…怪我したって話しは聞いてたが車椅子とは驚いた。」


 佐々井さんは痛ましそうに顔を歪め車椅子の彼を見つめている。

 〝こんな身体だけど何とかやってるよ″と戯けた様に応えると佐々井さんは〝彼女は如何してる?″と聞いてきた。

 彼は誰の事を言われているのか分からないのか眉を寄せている。


「ほら、留学してた時付き合ってた……名前なんて言ったかなぁ?」


 佐々井さんは思い出そうと宙に目を向け、彼は……ん?……なんか様子が変?……こめかみに手を当て下を向いている。


「思い出した…エレノア……エレノア・マクウェルだ。」

「……エレノア?」


 彼がそう言うと顔を顰め汗が滲み出し苦しそうにしている。


「大丈夫ですか!」


 私は車椅子の横に屈んで汗を拭こうと覗き込むと彼の顔は真っ青で頭を両手で押さえ掠れた声を出した。


「……そ、外へ……連れてっ…て……」


 私は驚いている佐々井さんに〝失礼します″と軽く頭を下げて、庭園に出れる方に向かって人にぶつからない様気を付けながら急いで車椅子を走らせた。


 庭園にでると彼は大きく深呼吸をしてグッタリと背もたれに身体を預ける。


「……お水でもお持ちしますね。」


 力無く頷く彼を少しの間でも一人にするのは心配だったけど、ハンカチを握らせて汗を拭くように言って立ち上がった。


「竜也様。」


 丸岡さんとゆりなさんが心配そうにやって来た……二人を見て私は安心して泣きそうになるのを我慢して、彼の事を頼み水を取りに行った。




 ◆◆◆◆◆





 ホテルのスィートルーム……彼はベットの中で疲れた様に眠っている。


 庭園で一旦落ち着いた所で丸岡さんが部屋に戻って方が良いのではないかと進言したが、遠山先生にも未だきちんと挨拶をしていないので戻る訳にはいかないと言いパーティー会場に戻った。

 私はまた気分が悪くなるのでは気がきでなく不安そうにしていると、ゆりなさんが自分と丸岡さんも一緒に行動するから大丈夫だと言ってくれた。


 間もなく遠山先生と挨拶する事ができたが、顔色が冴えないのに気付かれ返って心配を掛けてしまった。

 彼は何でもないと無理に笑顔を見せていたが遠山先生はまるで父親の様に気に掛け、体調がすぐれないなら遠慮しないで休むといいと言ってくれた。

 其れからも数人と言葉を交わしたが時折り頭痛がするのか頭を押さえるので、丸岡さんがやはり戻りましょうと言い彼を連れて四人で部屋へ戻った。


 ゆりなさんと丸岡さんは東條家の者が二人とも居ないのはうまく無いのでパーティー会場へ戻った。

 部屋を出る時ゆりなさんが〝お兄様…無理しないでね″と声を掛けるのに弱々しい笑顔を見せて頷いていた。


 一体どうして急に気分が悪くなったのか……佐々井さんからエレノアという女性の話しになってからだ…でも、憶えてない様子だったけど…アメリカで何か有ったのだろうか?


 私は彼の過去について余りにも知らな過ぎる……今迄はただの使用人だから深く知る必要も無いと無理に思い込み丸岡さんに聞く事もしなかったけど……其れでいいのだろうか?


 バックからスマホを取り出し、東條竜也、アメリカとワードを打ち込み検索してみた。


 その中で、東條グループ社長の息子留学先で大怪我…という見出しがあった。


 開いて見ると……留学先の大学の卒業パーティーで銃を持った男に監禁され撃たれ重症……他一名死亡。

 犯人も警察が突入する前に銃で自殺……


 ……この時の怪我で車椅子に?


 亡くなった人って誰だったのかしら?


 ……ん?メールがきてる。美保からだ。


 〝今、都内でしょ…明日会えないかな?

 私、そっち行くから…どう?″


 明日は日曜で休みだけど……彼がこの状態なのに出掛けるのは気が引けた。

 多分美保の話しの内容は見当が付いてるし、気になっているのだけど……どうしよう。


 〝明日の朝に会えるか返事するね…ごめん″


 ……美保ごめん。

 スマホの向こうの美保に謝った。


 気を取り直し他のワードで検索してみたが、五年以上前の事だからか目ぼしい記事は見つからなかった。

 ……彼に直接聞くのは憚れるのでやはり此処は丸岡さんに聞くのが一番いいかも知れない……


 ベットルームから音がする。

 ……起きたのかしら?

 ノックをしてドアを開けるとベットから起き上がり額に手を当てていた。


「……大丈夫ですか?まだ頭痛がひどいですか?」

「……大丈夫。もう平気だから……薫さんは自分の部屋に戻っていいですよ。」

「でも…あの、せめて丸岡さんが戻るまで居させて下さい。」

「そう……じゃあ、好きにして。」


 彼は一度も顔を上げないで何だか面倒くさそうに言って又布団の中に潜った……まだ頭が痛いのかもしれない。

 側について居たかったが何故か彼は一人にして欲しい様な気がしてドアをそっと閉めた。


 今の私には何も出来ない……ただ見守るだけしか……

 唇を噛んでソファに身体を預け目を閉じ深く息を吐いた。





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