表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dragon of heartbreak  作者: 有智 心
∞第3章∞ 勇敢に人生と向き合う
10/31

目を逸らさずに前へ

 ある一軒の民家の前に車を停車させる。

 門の所に【愛慈園】とかかれた看板が備え付けられていた。

 私は車を降りてトランクに積んだ車椅子を出しセットすると、丸岡さんが彼を抱き抱え座らせた。


 建物自体はそう大きくは無く、後から増築した様な古い建物だったが、庭にはブランコや鉄棒、砂場がありわりと広く花壇の花もよく手入れされている。

 園の子供達はまだ学校に行っている時間なので人気は無く静かだった。


 一人の老女が出てきて優しい笑顔を見せ頭を下げている……私達も其れに応える様にゆっくりと頭を下げた。



 時間を戻すこと一時間前……朝食を済ませると彼は出掛けるので私も準備しておくようにと澄ました顔で言った。

 少し頬を赤らめ小声で返事をすると、不思議そうに私を見つめる。


「……何だか顔が赤いですよ?」


 私は慌てて両手を頬に当て俯きそんな事はないと否定した。

 彼は首を傾げコーヒーを飲み、それが飲み終わると、丸岡さんにも準備をしておく様に言った。


「えっ?」


 彼と丸岡さんが私の方を見る。

 ……私は口に手を当て目を泳がせた。


「……どうかなさいましたか?薫さん。」

「あ……いえ、何でもないです。」


 両手を胸の前で振り慌てている私を見て彼が意地の悪そうな笑みを浮かべ言った。


「もしかして……僕と二人で出掛けると思っていたんですか?」

「ちっ、違います!」


 思っていたけど……


「丸岡も一緒ですよ。」

「当たり前です……三人で……はい。」


 飲み終えたコーヒーカップをワゴンに片付けながら丸岡さんがクスリと笑いキッチンへ持って行ったので、その場を早く立ち去りたくて慌ててついて行った。


 ……恥ずかしかったぁ。

 そりゃそうよね…私一人じゃ彼を車から乗り降りさせられないもの……よく考えれば分かる事じゃない。


 キッチンのテーブルに片手をついて溜め息と一緒に肩を落とした。


「……私はお邪魔ですか?」

「はっ?……やだ、丸岡さんまで変な事言わないで下さい。

 そんなんじゃ無いですから……」


 多分笑った顔はかなり引きつっていたと思う……だって丸岡さんが肩を揺らして必死に笑いを堪えていたもの……


 変な期待は見事に打ち砕かれ落ち込んだけど、出発する頃には何時もの?……自分に戻り〝さ・ん・に・ん″で、車に乗り込み洋館を後にし、児童養護施設【愛慈園】の前に立っていた。


 中に案内され玄関正面に二階へ上がる階段があり、左手に広いダイニングルーム、その隣に六畳くらいだろうか和室があった。

 その前を通り過ぎ廊下を奥まで行くと園長室と書かれた部屋に通された。

 南向きの部屋には太陽の光がよく入り、出窓の所には子供達の写真がたくさん飾られていた。

 どの子供の顔も笑顔で、この場所がいかに愛情に溢れた居心地の良い施設なのかが伺え、慎吾少年が此処を残したいと大胆な行動までして切望する気持ちが良くわかる気がした。


「……初めまして園長の三島依子みしまよりこと申します。」


 歳は七十前半だろうか……とても小柄でだいぶ白いものが目立つ髪を短くカットしていた。


「……この度は当園の子供がご迷惑をお掛けしまして申し訳御座いませんでした。」


 良く通る声はとても張りがあり、穏やかな表情は丸岡さんに劣らない位心を和ませる。


「気になさらないで下さい。

 申し遅れました…東條竜也と言います。

 此方は松本薫さんで隣はご存知かと思いますが、先日お邪魔した執事の丸岡と言います。」


 頭を下げた私達に園長は座るように椅子を勧めてくれて3人掛けのソファに腰を下ろした。


「本当なら此方からお詫びに伺わなくてはなりませんのに、八十も近くなりますと中々電車などに乗るのが辛くなりまして……歳はとりたく無いものです。」


 そう言って恥ずかしそうに口に手を当て小さく笑っていたが、私は目を丸くして園長をマジマジと見てしまった。

 ……八十近い!……とてもそうは見えない。

 長年子供達と接していたからなのだろうか、とても若々しく見えた。


「先日丸岡と話された事をもう一度伺いたいのですが宜しいでしょうか?」


 園長は笑顔で頷いた。


「……有難うございます。」

「それでは…昔話しにお付き合い下さい。」


 園長はホゥ…っと息を吐いて何処か遠くを見る様な目をして話し始めた。


「五年前に亡くなった主人との間には子供がおりませんでした……二人とも子供好きでしたのに何故なんでしょうね……神様は与えてはくれませんでした。」


 そこ迄話すと出窓に飾ってある写真の一枚に目を向けて微笑みかけた。

 たくさんの子供達に囲まれ今より少しだけ若い園長の隣で大きな口を開け笑っている、人の良さそうな丸顔の男性……ご主人に間違いない。


「……主人が五十歳の時私に言ったんです。このままずっと二人で暮らすのも悪くはないが、たくさんの子供達に囲まれて暮らす人生はどう思うかと……」


 その時の情景を思い出したのかクスリと笑った園長の表情は少女の様に可愛らしかった。


 ……ご主人の突然の問い掛けに驚いた園長は何を考えているのかと逆に質問したそうだ。

 そして会社を辞め児童養護施設を始めたいと言われた時は驚きのあまり直ぐには返事ができずジッと見つめていたみたいで、園長は〝きっとポカンと間抜けな顔をしていたと思いますよ。″…と苦笑いをした。


「……おそらく主人は、どちらかが先に亡くなった時この家に一人で居るのは淋し過ぎると思ったのだと思います。

 確かに主人が先に逝ってしまった時は悲しかったですが……其れを子供達が直ぐに埋めてくれました。……主人にも子供達にも感謝しております。」


 長い年月を重ねた深い皺が穏やかに微笑み私の心に沁みた。


「……そんな大切な場所を閉鎖してしまう理由を聞かせて下さい。」

「そうで御座いますね……一番の理由は私の年齢的な事です。先程も申しましたが後二年もすれば八十歳になります。」


 園長は少し肩を落とし、やや悔しそうに眉をひそめて、ここ数年で身体も衰え通院する事も多くなり、子供達の面倒どころか逆に労わられ面倒を掛けていると言った。


「……一番下の子がまだ七歳です……手を掛けてあげなくてはいけないのに、体調が思わしくないと一番年長の子に面倒を見させる始末で……情けなくなってしまいます。」

「……でも其れは決して悪い事では無いと思います。お互いを労わりながら絆が深まって

 ……」


 私は初めて口を開いた。

 園長は優しい表情で私を見ると〝そうね″と言い話を続けた。

 ……ご主人の大切な園を命の限り続け様と心に決めていたが、其れは自分勝手な思いで、もし突然亡くなる……もしくは寝たきりなどになったら残された子供達はどうなってしまうのか……そう考えだしたらまだ身体が動く内に閉鎖し、子供達が暮らす良い場所を確保する事が自分の残された使命ではないかと思うようになったと言う。


「……では、建物の老朽化や資金繰りと言った理由は?」

「確かに其れも頭を悩ませる事ではありましたが、今迄も乗り越えてきました。たいした理由ではないのです。」

「例えば、園長が隠退なさった後園を任せられる人物が現れたら此処の閉鎖は考え直していただけるのでしょうか?」


 彼の澄んだ瞳は強い光を放ちどんな表情の変化さえ見逃さないよう真っ直ぐ園長に注いでいる。

 園長は彼の問にどう答えたら良いか迷っているのか眉を寄せ其れから立ち上がり出窓に飾ってあったご主人の写真立てを手にした。


「そうですねぇ……此れでも数人を面接したんですよ。どなたも良い方達でしたがどうもピンとこなくて、全てお断りしました。」


 私達に背を向けたまま話す園長はもしかしたら彼に本心を読み取られるのが怖いのではないかと感じた。


「ですから、主人と二人で始めた愛慈園はやはり私の手で終わらせるのが一番だと思いました。」


 写真に写っているご主人を愛おしそうに指で撫でている。


 彼は両手を合わせ顎の辺りに軽く押し当てると目を閉じた……何を考えているのだろう?

 私は隣でその横顔を見守る様に見つめた。


 静かに息を吐き目を開けると園長の背中に視線を移した。


「……お話しを聞かせて頂いて有難う御座いました。」


 写真を撫でる手を止めて園長は少し意外そうな目をして振り返った。

 園長を見つめる彼の瞳は何処か淋しそうで笑みを浮かべている口元も何だか哀しそうに私には見えた。


「私達はこれで失礼させて頂きます。」

「もう…お帰りですか……年寄りの話しにお付き合い下さり有難う御座いました。

 ……少し迷いが有ったのですが貴方に話す事で其れも消えました。」


 悟りを開いた尼の様な穏やかな表情で彼を見つめていた。


「……そう…ですか。

 園長…貴方に会え、お話しを聞けて良かったと思います。

 ……くれぐれもお身体を大切にその日が来るまで良い日々を過ごされる事を願います。」


 園長は何故か驚いた様に彼を見て、ふぅ…と息を吐くと満面の笑みを見せて言った。


「……貴方は千里眼でもお持ちなのでしょうか……」

「いいえ、ただの若造ですよ。」

「そう見えませんが……」

「買い被りです……園長。

 ……でも、もしかしたら僕の中のもう一人の僕が感じ取ったのかもしれませんね。」


 二人は目を合わせて妖しい笑みを浮かべた。


 私には二人の会話が禅問答の様に聞こえ意味がわからなかったが、確実に彼と園長の間では通じ合っているようだ。


 園長室を退出し、車の所まで来ると彼が園長向かって最後の質問をした。


「園長……教えてもらえますか?

 ……面接した人達は何がいけなかったのですか?」

「…………私の最後の質問に即答出来なかったからです。」

「その質問とは?」

「お知りになりたいと……」

「はい、出来れば……」


 園長は少し困った様な顔をして彼を見つめてから頷いた。


「……ここの子供達の為に……命を落とせますか?…と……」


 彼は息を吸い何か言おうしたが、すぅ…息を吐き口元を綻ばせると黙って園長に頭を下げた。

 園長も出迎えてくれた時の様に優しい笑顔を見せ私達を送り出してくれた。


 何だか夢の様な、幻の中にいた様なそんな数時間だった……ゆっくりと時が流れていた様にも感じ、でもあっと言う間だった様な……

 不思議な感覚。




 ◆◆◆◆◆




 車の中では暫く誰もが口を閉じそれぞれが違う方向に顔を向けていた……勿論、丸岡さんは運転しているので進行方向を見ている。


 丸岡さんが超安全運転なので、後ろを走る車がもの凄い勢いで追い越して行った。

 その車のあっという間に走り去る姿を見ながら自分の様だと思った。

 目の前にある障害物を早く取り除き進む事だけ考えて、人の話しや状況の確認を怠ってしまう軽率な人間……それに比べて物事の本質を見抜く洞察力と思考力を持ち合わせる彼には驚かされてばかりだ。

 きっと今日の面会で彼は園長の言葉にしていない言葉を感じとっているのではないかと思った。

 おそらく、園長にした最後の質問の答えさえ彼にはわかっていたのかも知れない。


「……園の子供達の為に命を落とせるか……なんか凄いですね。

 そんな質問私も答えられないと思います。」

「三島園長は…その覚悟を知りたかっただけだと思いますよ。」

「覚悟……ですか。」

「………他人の…しかもワケ有りの子供達の面倒を見るのです。曖昧な覚悟では出来ないという事をよく理解しているのでしょう。人生の経験とは貴重ですね。」


 そう言うと彼は目を閉じた……疲れたのかな?…其れとも先程までの事を思い出しているのかも知れない。


 車は相変わらず制限速度を守り田舎の一本道を私達の住む町へ進んで行く。

 私は流れる景色を眺めながら、此れから愛慈園はどうなるのかやはり心配だった……園長の思いを聞いた今、先日迄の熱い思いは随分と萎んでしまった私だけど、子供達が此れからどう考え行動するのか……どうなってしまうのか晴れない霧の中を彷徨う様な不安が心に住みついて、後部座席で目を閉じている彼に助けを求め視線を送ったが、そんなテレパシーなんか届くはずもなく、溜め息と共に移り変わる景色に視線を戻した。




 ◆◆◆◆◆




 ここ二日ばかりずっと雨が止まない……どうも梅雨に入ったみたいで太陽が厚い雲で覆われたままなので、そろそろ顔を出さないかなと空を見上げる事が多くなっている。


 キッチンで午後のお茶の準備をしながら何気につけていたTVの情報番組から【愛慈園】という言葉が私の耳に飛び込んできた。

 画面に目をやると子供達が雨の中募金箱を手に園を存続させる為の活動をしていた。

 私は慌てて応接室に向かい部屋の滅多に付けられる事のないTVのスイッチを入れた。

 驚いている彼と丸岡さんに向かって興奮した口調でTVを見てくれる様に言った。


 画面には募金箱を持ってお願いする子供達、そして、活動が終わった後お礼として町の清掃を雨に濡れながら一生懸命している姿が映し出され、番組MCやコメンテーターが子供達を褒めていた。

 最期に〝愛慈園の存続を心から願いたいと思います。″と、やや他人事の様にも聞こえる言葉が付け加えられたが、其れでもTVに取り上げられたら宣伝にもなりいい方向に向かうのではないかと期待してしまう。


 此れで彼が施設を助ける理由が出来たのではないかと思い黙って見ている彼に、笑い掛けながら顔を向けた。

 でも、私が思う程嬉しそうではない表情に不安を覚え早く何か言って欲しくて声を掛けた。


「あの…子供達頑張ってますね。」

「……そうだね。」


 彼はTVに背を向け飲みかけのハーブティーを口にした。


 ……それだけ?

 子供達なりに考え自分達が園の為にできる事を頑張っているのに、此れでも貴方の心は動かされないの……


 TVでは芸能ニュースに話が変わり楽しい話や不快な話題で盛り上がっていた。

 私はリモコンのスイッチを押し消して、彼の後ろで控えていた丸岡さんに助けを求める様に顔を向けた。そんな私の気持ちが伝わったのかハーブティーのお代わりを注ぎながら口を開いた。


「……竜也様は愛慈園の事どの様にお考えなのですか?…宜しければ私共にお話し下さいませんでしょうか。」

「…………」


 ハーブティーを飲んでから息をついて、私達二人の顔に沈んだ瞳を向けた。


「……今の段階で僕が出来る事は何も無い。

 二人も園長の気持ちは聞いたはずだ…閉鎖する事が子供達の為になると考えているのに部外者が口出すのは余計な混乱を招くかも知れない。」

「……もし、園長の気持ちが変わったら助けてあげるんですか?」

「薫さんの気持ちはよくわかります……もしそうなれば出来るだけの事はしようと考えてます。」


 その言葉が嬉しくて笑みを浮かべた。でも、それは直ぐに困惑へ変わってしまった。


「しかし……」


 ……何?


「其れは難しいでしょう……」

「どうして……ですか?」


 とても悲しそうな瞳で私を見るので理由を知ろうとした事を後悔した。

 何だか話すのを迷っているようで、悲しそうな瞳を伏せ、そして先程まで付いていたTVに視線を向けた。


「……子供達の願いが強いだけ辛いです……此れは確定ではありません。」


 前置きがあればある程次の言葉が怖くて耳を塞ぎたくなる衝動に駆られた。

 其れは辛そうに顔を引き締める彼の表情で更に強まった。


「……おそらく園長は完治の見込みが無い病気にかかっているのではないかと思います。」

「そんな……」

「本人に確認したわけでは無いので100%ではないが……多分間違い無いと……」


 どんなに力を持っていても、どんなにお金を持っていても死を免れる事は誰にもできない……素晴らしい洞察力と思考力を持ち合わせた彼でさえ叶わない事……だからこそ園長の意思を大切に思い見守っているのかも知れない。


「……ご主人と子供達との思い出がたくさん詰まった園を閉めると決断する迄の間様々な葛藤があったと推察します…一番園を閉鎖したくないのはきっと三島園長本人だと思いますよ。それでも決めたんです……子供達と離れる覚悟をした。」

「……もう無理なんでしょうか?」

「絶対は無い……けど難しいですね。

 後は園長がどんな風に話すか……子供達がそれを聞いてどう考えるかだと思います。」


 彼は雨が打ち付ける窓に近付き少し灰色がかって見える庭を眺めた。ガラスに映った顔は不安そうで頼りなく見え、彼でさえそうなのだから私が如何にか出来る問題では初めからなかったのだと痛感した。


 窓の外に広がる厚い雲を見つめた……何時まで雨は続くのかな……せめて天気だけでもスッキリ晴れて欲しい。




 ◆◆◆◆◆




 玄関のドアを開けるとそこには三島園長と慎吾少年、中学生位の少女が立っていた。

 私が驚いていると後ろから丸岡さんが〝お待ちしておりました″といい三人を応接室に案内した。


「薫さん、竜也様を連れて来て貰えますか?」

「は、はい。」


 突然の訪問では無いみたいだ…事前に連絡があったのだろう…どうして私には教えてくれないのか少し腹が立った。

 ……驚かされるのは何時も私だけ……はぁ、信用無いのかしら?


 彼を連れて応接室に入るとソファに座っていた三人が腰を浮かしたが彼は〝そのままで″と言い堅苦しい挨拶を省略した。


 初対面の少女は中学二年で名前は前川美織まえかわみおりと言いストレートロングの髪が印象的で大人っぽく落ち着いて見えた。慎吾少年は落ち着きがなく口をギュッと結んで彼をチラチラと見ている……其れを前川美織ちゃんが顔を顰めて肘でつつき何かを促す様に目で合図している。

 慎吾少年は迷惑そうな表情で睨むと声は出さずに〝わかってるよ!″と口を動かした。


「あのぉ…この家に初めて来た時失礼な事ばかりして…ごめんなさい。」


 立ち上がって頭を下げる慎吾少年と一緒に前川美織ちゃんも頭を下げた。


「本当にすみませんでした。

 ……私達、愛慈園が閉鎖するって園長先生から聞いて不安で、離れて暮らすなんて考えられないから話し合ったんだけど答えは見つからないまま時間ばかりが過ぎて……皆んなイラついたり、悲しんだり、其れを見てるのが慎吾は辛かったんだと思います。

 だから、あんな大胆な事してしまって……すみませんでした。」


 隣りで必死になって謝っている姿を唇を噛みながら申し訳なさそうに見つめている慎吾少年はもう一度頭を下げた。


「……そんなに謝らなくていいですよ。

 この間園長から充分謝ってもらいましたから、もう気にしないで、二人とも頭を上げて下さい。」


 彼は少し恥ずかしそうに表情を崩しもう一度座る様に言った。

 二人は胸につかえていた物が消え安心したのか顔を見合わせて頷いて座った。


 丸岡さんがワゴンにミルクティーを四人分乗せてテーブルに置いた。

 部屋に柔らかな香りが漂い心を和ませてくれている。


「……園長……やはり愛慈園は閉鎖するのですね。」


 彼の方から結論を切り出したので私は驚いたが、園長はその言葉には動じず小さく頷いた。


「……何もかもお見通しですね。

 私の中途半端な説明で子供達に不安な思いをさせてしまい、自分が情けなく思いましたが、先週もう一度話し合ってわかってもらいました。泣かせてしまいましたが子供達は納得してくれました。」

「……全てお話しになったのですか?」

「はい、包み隠さず。」

「そうですか……」

「子供達六人の次の施設も決まりました……残念ながら全員同じ所とはいきませんでしたが、新しい施設に入っても逞しくやっていけると信じています。」


 隣に座っていた慎吾少年の手を取って園長は握りしめた。


「子供達を育てた園長が言うのならきっと大丈夫でしょう。

 ……其れで、園長自身はどうなさるのですか。」


 彼にとってそこが一番気になる事なのかも知れない。

 前に言っていたように病気を抱えているとしたら子供達が居なくなった園で一人暮らしをするのは淋し過ぎる。


「園の場所を売りに出し、何処か別の場所で暮らそうと思っています。」


 彼は軽く頷いでから丸岡さんに目配せしてA4判の茶封筒を持って来させ園長の前に差し出した。

 其れを不思議そうに受け取り中身を出さずに見ると一瞬目を見開きそして彼の方を見た。


「……気にいった所が有ればお知らせ下さい。直ぐに手配できますので……」

「お心遣いありがとうございます……でも、とても私など入れる場所では御座いません。」

「……そこはご心配なく……園の土地、建物は僕が買わせていただきますから其れで安心して残りの人生穏やかに過ごしてください。」


 園長は勿論二人の子供達もその言葉に驚き顔を見合わせている。私もそんな事を考えていたのかと驚きながらも、彼の頭の中では至極当たり前の事だったのかもしれないと納得し、何時からそんなシナリオを考えていたのか聞きたいと思った。


 余りに皆が驚いているので嬉しかったのか、少年の様に得意げな表情をしてニヤリとした。


「……何故そこ迄して下さるの?」


 園長が素朴な疑問を口にした。

 彼は真っ直ぐに慎吾少年を見つめ〝彼との奇跡の出会いが運命の出会いだったのでしょう″と何だか楽しそうに顔を緩めて笑った。


 奇跡の出会いが運命の出会い……なんか擽ったいセリフだけど彼が言うとピタリとはまってすんなり耳に入って来るから不思議だわ。

 それから彼は園長に向かって土地、建物を売って貰えるか聞き了解を得ると手続きなど細かい事は丸岡さんに任せるので何でも相談して下さいと言った。


 愛慈園が閉鎖されるのは残念だったけど、ここにきて話しがトントン拍子に進み私の頭の中は状況を整理しようとフル回転していた。


「薫さん……」

「…………」

「薫さん?何ボォ〜っとしているんですか?」

「えっ!…はい。」

「……愛慈園の土地をどう活用しするか何かいいアイディアは無いですか?」


 そんな突然何かアイディアは無いか聞かれても……というか、其処は考えてなかったの?

 とっくに構想が出来上がっていると思っていたけど……


「何でも言って下さい。」


 彼が私を試している様な気がしてきて簡単に降参すのは嫌なので必死に考えを巡らした。


「……あの、出来れば想い出の詰まった建物を残したいです。」

「なる程……でも、ただ残しておいても仕方ないのでは?」

「そうですよね……んん〜」


 残して置くだけで人が居なければ荒れてしまう……あっ!


「……例えば、近所の方に解放しては如何ですか?……えーと、庭が広いから子供達が遊べる遊具を増やして公園にするとか。」

「……今時の子供達はゲームやネットに夢中で外では余り遊ばないと思うけど……」

「あ……あっ、子供だけじゃなく、その親……母親達のコミュニティーの場所として建物を解放して悩みとかを相談できたら良いと……それと、若い世代だけじゃなくて年配の方達のコミュニティーの場所としてもいいと思います。……庭を区切って菜園として貸したりしたりするのもいいかも知れません。」


 アイディアとも言えない内容だけど何も提案しないのは悔しいので思い付くことを言った。

 鼻で笑われてしまいそうだけど……

 不安だから言葉を並べ立てた。


「……うん。悪くないかも……」


 意外な言葉を聞いて自分の耳を疑った。

 私は思いついた事をいうのに必死で彼が真剣に聞いている事に全く気が付かなかった。


 今提案した事なんて何処の町にでもあるようなありふれたものなのに真面目な顔をして考え込んでいる姿は驚き以外何物でもなかった。


「あのぉ……大した意見じゃ無いですけど……」

「うん、そうだけど……でも、実にシンプルでいいですよ。

 ……丸岡、あの辺りに住む人の年齢層はどんな感じ?」

「はい。園の周辺は古い住宅地で若干年齢の高い方が多いようですが、しかし歩いて十分程度の所に新しい住宅地もあり若い世代の方が多い地域で小さなお子さんがいる家庭が多い様です。」

「そう……では、薫さんの意見をベースに詳しく調査して進めてみるとしよう。」

「かしこまりました。」

「あの……」

「ありがとう薫さん。」

「はい……」


 彼は満足そうに頷いて礼を言うけど、私を置き去りに進んでいくので困ってしまった。


「園長、如何ですか?」


 自分達の大切にしていた場所が壊されず残る事に、園長を含め二人の子供達も嬉しそうに瞳を輝かせながら喜んでいた。


 ……あれで良かったのかな?

 他人に素直に喜びを表されるととても嬉しい事に気付き心が暖かくなるのを感じ胸に手を当てた。


 園長は〝宜しくお願い致します″と目を潤ませながら頭を下げていた。

 ……展開の早さに若干ついていけてないけど、彼と丸岡さんに任せていれば大丈夫。……勿論、私に出来ることが有れば協力は惜しまない。

 これが一番ベストな結論なんだわ。


 今回の〝やっかい事″で彼と初めて意見を言い合ったけど、その事でまた少し彼の人なりが見えた気がした。

 あらゆる事を頭の中で想定、熟知し時には大胆に驚くような行動するけど、それも全て計算している……

 ちょつと出来過ぎよね…アラを探したくなる。


 園長や子供達と話している彼は本当に楽しそうに笑っている。

 ……好きだなぁ……と頭に浮かんでドキッとした。

 違う違う……笑顔が好きなだけ、男性としてなんて見てない。

 だいたい私には割と意地悪だし、大事な話しは丸岡さんにだけにして私には全然してくれないし…………ん?

 ……何だか丸岡さんにヤキモチ妬いてるみたい?……ううん、そんな事無い。

 ああああ!…もう、頭の中であれこれ考えるの止めよう!消すの薫!


 外では厚い雲がいつの間にか消え去り陽が部屋に差し込んできた。目を細めて視線を向けるとやや西に傾いた太陽がとても大きく見えた。そろそろ梅雨明けも近いかな……




 ◆◆◆◆◆




 愛慈園の子供達はそれぞれ新しい場所へ散って行った。慎吾少年も前川美織ちゃんもそして会う事が無かった他の子供達も不安な気持ちを強さに変えて別れて行ったのではないかと思った。

 そして園長もまた長年住み慣れた場所を離れ、癌と向き合い限られた日々を穏やかに共存していくため彼の勧めたホスピタルに入った。

 一度休みの日に一人で面会に行ってみると数人の子供達も来ていて庭のベンチで楽しそうに話していた。私を見つけると嬉しそうに笑い顔色も良く安心した。


 子供達が帰った後二人で散歩していると園長がフッと思い出した様にでも前から伝えたかったみたいに口を開いた。


「竜也さんは……とても大きな傷を抱えている様に見えるの、それが彼を苦しめている。

 私は彼の様な千里眼は持ち合わせていないから其れが何なのか分からないけれど……」

「彼が苦しんでいる……」

「薫さんも何となく感じでいるのではないですか?」

「……分かりません。

 でもたまに何処か見えない何かを見ている様な声が掛けられない時が有ります。」

「そう……いつか其れが何なのか分かる時が来るかもしれないわね。

 その時は薫さん……何があっても一番の理解者に成ってあげてね。」

「はい。」


 彼と出会って半年も経っていないのに迷いもなく返事をする自分は何なんだろうと思うけど、理由などなかった心がそう言わせているだけなのだ。


 園長は私を優しく抱きしめてくれた。




 ◆◆◆◆◆




 愛慈園は私の提案がほぼそのまま採用され、まず、建物のリフォームがなされた。

 床は全て段差をなくし、手摺も至る所に備え付けられた。

 広い庭は一部区切られ自由に菜園や花壇として使用できる様にした。

 前からあった遊具は安全を考え新しい物に変えられ着々と新しい愛慈園へと変貌して行った。


 完成も間近になった頃久しぶりに近くの森林公園に彼と散歩に出掛けた。


 私は疑問に思っていた事を思い切って聞いてみる事にした。


「あの……今更なんですが、何故子供達にあんなに強い人間になる事を望んだんですか?

 …それに越した事はないんでしょうけど……」

「……僕が弱い人間だからかな?」

「えっ!……弱い?」

「そんな風には見えない?」

「はい。……いつも冷静に判断し決断するじゃないですか。自分の事ならともかく他人の事を考えて決断するって勇気がいるし、強くないと出来ないと思います。」


 彼は何だか自虐的な笑いを浮かべた。


「……かいかぶりだよ。

 弱いからそう見せてるだけ……これって意外と疲れるんだ。子供達にはそう成って欲しくないから……どんな事があっても目を逸らさない人生を…と願うから強くなる事を望んだんだよ。」


 彼の今までの人生で何か目を逸らしてしまった事が有るのだろうか?

 もしかしたら、園長が感じた大きな傷とは其れなのかもしれない……どんな事が有ったのか知りたいけど今はまだその時ではない様な気がしてそれ以上聞くのを止めた。


「……子供達は強くなったと思いますか?」

「そうだな…僕が思うより初めから強かったかもしれないね。」


 穏やかで嬉しそうに表情を緩め遠くに見える入道雲を見ている。


「私も……強くなりたいです。」


 本当にそう思う……いつか彼の傷や苦しみを知った時受け止めるだけの強さを……


「薫さんは強いですよ……僕なんかよりずつと……」

「えっ?」

「腕力がね!」

「はぁ?腕力……って、酷い!」


 少年の様な悪戯っ子な顔をして車椅子を走らせた。

 本当、ガキみたいな時がある……頭にくるけど此れが憎めないのよねぇ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ