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Dragon of heartbreak  作者: 有智 心
∞第1章∞ 自分の人生愛せてますか?
1/31

丘の上の洋館

 東京から車で一時間半程にある地方都市の小さな町の小高い丘に建つ洋館は、もう何十年も空家になっていた。

 人が住んでいた頃はさぞ美しかったで在ろう庭は見る影も無く、雑草が生え、立派な木も枝が四方に伸び、見る影もなかった。

 洒落た門扉も永年の雨ざらしでサビて壊れていた。


 私が子供の頃は、お化け屋敷だとか犯罪集団のアジト、カルト宗教の信者が恐ろしい薬を製造してるだとか根も葉もない噂をして、面白半分で怖がったりしていた。


 幼稚園位の子だと本当に怖い所だと信じて、親もそれを利用し悪さをしたり、言う事を聞かないと〝丘の洋館に閉じ込めるぞ″……なんて言ったりしていた。


 実際私が幼稚園の時、町で一番のいじめっ子が、父親に引っ張られ洋館の前まで連れて行かれて、恐ろしくなり失禁してしまったという話しもある位だ。

 それ以来弱い者いじめをしなくなった。


 本当に其れだけの理由でおとなしくなったのかは判らない……単にそういう年齢が過ぎる時期と重なっただけではないかとも思う。

 いくら子供だって何時までも弱い者いじめをして喜んでいる訳じゃないし……


 中高生に成ると今度は男子が度胸試しに洋館を利用した。

 夜中に懐中電灯一つ持って中をひと回りして来る。……其れが度胸試しに成るのかと私にはピンとこなかった。……なんかズレている様な……

 よく友人の美保達と一緒に〝男子ってくだらない″と言って笑っていた。


 少し話がそれてしまったけど……このように誰も住まなくなって永い年月が経っているので、誰が持ち主なのか町民の記憶を薄れさせていた。


 所がその丘の上の洋館に、ある日一人の若い男が住み始めた。


 歳は三十前後、背の高さは……わからない。

 何故なら車椅子に座っていたからだそうだ。

 顔も後ろ姿だけで見てないと言う。

 ……其れでよく歳が三十前後だと言えるもんだと、私は半ば呆れながら感心していた。


 ……この情報は、洋館に比較的近くに住んでいる話し好きな中沢圭子なかざわけいこという中年の女性が、引っ越して来た時遠くから見たそうで、会う人皆んなに得意げに話していた。


 少し見かけただけで何で得意になるのか……おそらく、誰も知らない情報を自分だけが握っているという優越感がこんな風に話しを拡散させているのだと思う。


 こんな小さな町、目新しい事などほぼ皆無なものだから、こういった話しは少しの間町民の口を軽くする……ネット社会でいえば検索ワード第一位だ。


 そしてもう一つ洋館の住人についての情報が流れていた。


 これは洋館にお酒の配達に行った酒屋の主人から聞いたんだけど、若い男の他に初老の男も一緒に住んでいるらしい。

 ……物腰の柔らかい中々感じの良い人物だったみたいで酒屋の主人は、〝あんな雰囲気の人を紳士と言うのかねぇ″…と今迄使った事がない単語を口にして感心していた。


 考えるに……その初老の男は使用人。

 何故そう思うか……聞いた話しを総合すると、あの大きな洋館に今現在二人しか住んでいない。

 足の不自由な人間を世話する人が必要だし、あの洋館に住む位だからお金持ちに違いない……とすれば、人を雇う筈。

 と、余りにも単純過ぎる推理よね……誰でも想像がつくわ。

 ……初老の男は使用人。……気取った言い方をすれば執事?……かな。


 こんな田舎に執事を連れて暮らす若い男って何者なんだろう?……どこぞの御曹子。

 其れとも、何処かの国のプリンス……何てことは無いわ。

 日本人で間違いない。

【東條】って表札があったと酒屋の主人が言ってたもの……

 でも金持ちの息子には変わりないわね。


 ……随分長く話してましたが、私の名前は、松本薫まつもとかおる27歳独身、女性です。

 二ヶ月前まで大手都銀に勤務していたのですが、事情があり退職。

 理由は……考えただけでも腹が立つので今は控えます。

 少しのんびりしようと実家に戻り、一週間も休んだら就活し、次のステップへいく予定の筈が、自分が思う様に人生はいかず、現在も無職。


 この町ではたいした仕事は無いし……するつもりも無いけどね。


 親は見合いでもして結婚しろと言うし、実際、親戚の叔母さんが写真を数枚持って家にやった来たが……其れは丁重にお断りした。

 結婚相手は自分で探すし、永久就職する為に見合いするなんて相手の男性にも失礼な気がする。

 結婚するつもりもまだ無いしね。


 母なんて〝そんな事言っていると、あっという間に、30、40になって本当に貰い手が無くなるわよ。″…と言って私を脅してきた。………まさか…其れまでには見つけるわ……多分。


 洋館の住人の話しから私の話しに成ってしまったけど、さっきも言った通りもう少しの間、この新しい住人の事を町民達は噂すると思う。


 ……何だか私の方が興味津々みたいね 。

 今、暇だから仕方ないわ。


 でも、早く仕事見つけないと〜何処かにいい就職先ないかなぁ……




 ◆◆◆◆◆




「カンパ〜イ!」


 今夜は、結婚して横浜に住んでいる友人、浜田美保はまだみほと、何年ぶりかで会い、町内の数少ない居酒屋で二人だけの女子会をしている。


 いくら仲が良くても、どうも結婚してしまうと会いづらくなってしまう。


 独身女性は時間にも、使えるお金も余裕とはいかないが、自分で働いて稼いだのだから気兼ねなく使える。

 しかし、パートナーができてしまうと、時間だって、お金だって気を使うのではないかと、此方からは声を掛け難くなりいつの間にか疎遠になってしまう。


 前に寿退社した会社の先輩が言っていた。〝結婚して幸せだけど仕事まで辞めてしまうと、いっきに行動範囲が狭くなってしまう。

 外に出るのは買い物くらい…何か習い事しても、やはり近所で、それだって週一程度。

 此れが社宅だったら大変らしいわ。

 毎日上司の奥様に気を使わないといけない。……幸い私は社宅じゃないから良かったけど″……と、深刻そうに話していた訳じゃないけど、何だか幸福という檻の中に入れられた様に見えて気の毒に思った事があった。


 美保ともそんな感じで疎遠になっていたが、私が実家に戻っていると聞いて連絡をくれた。


「こっちには何時まで居られるの?」

「んん〜決めて無いんだけど……もう少し居るつもり。」

「ヘェ〜……旦那様いいの?」

「エッ? うん…大丈夫。

 結婚してから殆ど帰ってなかったから、少しゆっくりして来いって……」

「優しいじゃない。」


 美保は鼻で笑いながらビールをゴクゴクと喉に流し込んだ。

 私は照れているのかと思い、その横顔を見て少し羨ましかった。





 ◆◆◆◆◆




 …………全くこんなに酔っ払うとは思わなかったわ。

 生ジョッキを三杯、焼酎なんて帰る頃はボトルが空になっていた。

 私はそんなにお酒が強い方ではないので、焼酎は美保が殆ど呑んだ事になる。

 今まで見た事がない位酔っ払って、私の体内のアルコールは何処かに吹っ飛んでしまった。


 小さな町でタクシーなど殆ど走ってないし、家も歩いて行ける距離なので、美保に肩を貸して二人で歩いていたが、〝もう一軒″なんて騒いで、私の手を振り払い縺れる足で呑み屋を探しまわっている。


 突然うずくまった。


「うっ、気持ち悪い……」

「えっ!嘘。…ちょっとこんな所で吐かないでよ!」


 辺りを見回すがコンビニも無いし、公衆トイレも無い……バックの中を探ってスーパーの買い物袋があったのでそれを広げ、此れに吐いてと言って渡したが、トロンとした表情で〝嘘でーす。″と言ってゲラゲラ笑い、呆気にとられた私の顔を見ながら手を叩き、振り返った時人とぶつかりお互い道に倒れてしまった。


「美保!…大丈夫?もう何やってんのよ。」

「いた〜い……もう!

 ……ちょっとお兄さん!ちゃんと前見て歩いてよぉ……」


 其れは男性の方が言う言葉よ美保……


 私は後ろで尻もちをついている男性に声を掛けたが、相手は何も言わず立ち上がりフラフラと歩いて行ってしまった。


 ……あの人も酔っていたのかしら?


「……薫、手かして……立たせてぇ……」


 子供が駄々をこねるみたいに両腕を振り甘えた声を出している。

 大きな溜め息を吐いて手を引っ張ってやると勢いで抱きついて来た。

 そして耳元で感情の無い声で言われた。


「……私、離婚するかも……」

「えっ!」


 身体を引き離て、私に見せた顔は微笑んでいたけど、とても哀しそうだった。




 ◆◆◆◆◆




 〝離婚するかも″と言っていた美保は二人で呑んだ次の日横浜に帰ってしまった。

 あの言葉が本当だったのか、からかっただけなのか確かめる事が出来なくて胸の中に小さな棘が刺さったままになっている。


 私は布団から上体を起こし大きく首を振り、手で顔を覆った。


 一階から兄嫁の加奈子さんが呼んでいる……なんだろ?


 二ヶ月も無職状態で生活が乱れきっていた私は午前10時を過ぎても部屋着のままで、顔も髪も整えていなかった。

 そんな姿で少し面倒くさそうにトレーナーの裾に両手を巻き込んで階段を降りていくと、加奈子さんが小走りにやって来た。

 そして、何だか落ち着かない表情でこう言った。〝薫ちゃん、丘の洋館の人が来てる。″


 …………何で?


 私は階段の途中でかがみ玄関の方を怖い物でも見るようにゆっくりと覗いた。

 黒いスーツに蝶ネクタイ、白髪交じりの髪もきちんと整え背筋をまっすぐに伸ばした初老の紳士が立っていた。


「ええ? 何で……何で?」


 最後の〝何で″は加奈子さんに向かって言ったが、彼女は首を傾げているだけだった。


「……申し訳ございません。

 御都合が悪ければ改めて参りますが……」


 加奈子さんは引きつった笑顔で〝大丈夫です……今来まっ…参りますので少々お待ち下さい″……なんて舌を噛みそうになりながら応えた。そして、私の手を引っ張り玄関で待っている紳士の前に押し出したのです。


「おはようございます。

 お寛ぎの所突然押しかけ申し訳ございません。私、東條家に仕えております執事の丸岡と申します。」


 誰もがホッとする穏やかな微笑みを浮かべ頭を下げるので、私も慌てて深く頭を下げた。……その目に映ったのは部屋着のスウェットパンツ……しかも、グレー……

 失敗した…こんな格好で出て来るんじゃなかった。

 そう思った瞬間顔を上げるのが恥ずかしくなって、声を掛けられるまで腰を折ったままだった。


「あの、松本薫様お顔を上げて頂けませんか?お話が出来ませんので……」

「はい…」


 決まりが悪くて引きつった笑顔で丸岡という執事を見ると、彼は少し安堵したかの様な表情をした。


「あのぉ……私に何か?」

「はい。本日は薫様にご相談と言いますか、お願いに上がりました。」

「お願い?」

「是非、当屋敷で働いて頂きたくお願いに参りました次第です。」


 私はポカンと口を開け……何言っているのこの人?

 あの洋館で働いて欲しい?

 朝からからかうにも程がある。そんな話しにのらないわよ。……って、初めて会う私をからかいに来ないわよね……じゃあ何で?


「……如何でしょうか。」

「いや……あのぉ、そう言われても、何故私にそんな話しを持って来るのか分からないんですが……」

「後もっとです。

 私がお仕えしております東條竜也とうじょうたつや様の強い希望なのですが、理由については当家の方にいらして直にお聞きになられては如何でしょうか?」

「えっ!あの洋館に行くんですか?」

「はい、是非。」


 そんな穏やかな笑みを見せられたら、嫌とは言えないじゃない……嫌じゃないけどね。

 だって、働くかは別にしてその竜也って人に会ってみたいし、洋館の中も気になる。

 私の好奇心を擽られる申し出……とりあえず行ってみようかしら?

 ……面白くなって来た。




 ◆◆◆◆◆




 今私は東條家の応接室で高級なソファに緊張しながら腰を下ろして、執事の丸岡さんから仕事の内容について説明を受けていた。


 就業時間は午前六時から午後八時まで、但し、場合によっては延びる時もある。

 仕事の内容は主に執事の丸岡さんの補佐と使用している部屋の掃除。それ以外の場所は月に一度ハウスクリーニングが来るので必要ないと言われた。

 後はその都度頼まれた事をするだけの様だ。


 ……そんなに大変ではなさそう……とりあえず次の仕事決まる迄働いてみようか?


 雇用契約書が目の前に置かれ、其処には給与の事も記載されていた。

 ……あら、福利厚生しっかりしてるじゃない。バイト扱いだと思っていたけど、かなりきちんとした内容だわ……んっ!


「……あ、あのう。お給料何ですが……」

「おや、足りませんか?」

「違います。こんなに頂いていいんですか?

 これ、間違っているんじゃ……」


 私の慌てる姿を見て少し目を丸くしたが直ぐに微笑んで、〝此れで間違いないです″と言った。


「拘束時間も長いですし、足の不自由な竜也様の事も有りますから、これ位が妥当かと思いますよ。」


 まぁ、確かにそうだけど……週の休みも日曜だけだし、でも……この金額は破格だわ。

 書類を見つめながら考えていると、執事は思いもしなかった事を口にした。


「それに、住み込みで働いて頂くので、気を使う事に成りますでしょうし……」

「はっ?……住み込み?」

「はい。お部屋の方はご用意させて頂きます。」


 何……それ聞いてない。

 如何しよう……無職だし、給料もいいし心が傾いていたけど、住み込みかぁ……悩むわ。


 ……ふっ…と、風も吹いていないのに上品で余り甘くない爽やかな香りが応接室を包んで、私の心と身体を緊張から解いてくれた。

 その香りを運んで来たのは、車椅子に乗った東條竜也だった。


「いらっしゃい、松本薫さん。」


 白いドレスシャツの胸元のボタンを一つ開け、ボトムスは黒のパンツ姿で車椅子を操作しながら、優しい何処かあどけなさが残る笑みを見せて私の目の前に現れた。

 そして、徐に右手を差し出し握手を求めて来たので、私の手も自然に彼の手を握っていた。


 だいぶ自分が思っていた印象と違っていた。

 車椅子の生活だからもっと華奢で蒼白く暗い感じなのかと想像していたが、目の前にいる東條竜也は体格も意外としっかりとしていて血色も良く、何処か少年っぽさを残した好青年だった。


「すみません。突然お宅に押しかけられて驚いたでしょう。」

「はい。あっ、いえ……はい。」


 何どぎまぎしてるの……訳のわからない返事して恥ずかしい。

 彼は声をたてずに笑っている。

 私は身体中が、かあぁと熱くなり頬を両手で押さえた。


 そして彼はくるりと車椅子を反転させ、後ろで控えていた執事の丸岡さんに近寄り聞いた。


「一通りの説明は終了したのかい?」

「はい、終わって御座います。」

「で…返事は?」

「まだ頂いておりません。」


 彼が再び此方を向いたと同時に、部屋中響く声で〝働きます″と言っていた。

 あまり大きな声だったので二人も驚いた表情をして、少し間がありそして笑われてしまった。

 益々身体が熱くなり又頬を手で押さえた。


 ……ああ……やだ。

 こんな場違いな所に居るから調子が狂うんだわ……落ち着いて…落ち着くのよ薫。


 そして次の日には、身の回りの物を用意された部屋に持ち込んでいた。



 こうして絶対にあり得ない……いいえ、考えてもいなかった東條竜也と私の人生がリンクして、今までに無い時間を過ごす事になる。


 そう言えば、何故私なのか聞くのを忘れていた。……まぁ、何時でも聞く事は出来るから急ぐ必要は無いわね。









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