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双子のファーストキス競争。前編



 世界がヴァンパイアの存在を認め、共存が始まり十年が経つ。両親を亡くして、七年が経った。

 双子の弟と二人きりの生活に随分と慣れ、始まったばかりの高校生活にも慣れてきた。

 朝は私が所属する部活、モンスター部の活動として校内の見回りのために早く登校する。

 弟は生徒会に専念したいということで部活には入っていないけれど、心配だからと毎日一緒に見回りをしてくれた。

 運動部が来る頃には見回りは済ませるから、ホームルームまでの時間は授業の予習をする。

 運動部の朝の練習のかけ声を耳にしながら、私はあることを訊いてみた。


「キスって、どんな感じがするの?」


 高校生に成り立てで、そういうことに興味を抱き始めたから、弟に訊いてみる。


「へっ?」


 星奈(しょうな)にはいつも教えてもらったけれど、今回ばかりは答えがない。

 私とよく似た顔立ちでも、男の子らしく眉毛が濃く、ちょっとだけつり目が大きく見開かれた。

プチ、とシャー芯はノートの上で折れる。


「藪から棒に……なんで? ナツちゃん」

「知的好奇心。この前"キス友"の話題が出て、そうしたらクラスメイトの女の子の半分以上が経験してたの」

「え、なに。その、キス友って」

「キスするだけの友だち」

「恋人じゃなくて?」

「キスするだけの友だち」

「軽い浮気相手のことも指すみたいだけど、私の周りの子達は恋人未満の友だち、あるいは恋人候補の友だち、遊びの友だちを指すみたい」

「ええっ……」


 星奈(しょうな)の顔がみるみるひきつる。

浮気相手を指すとなると軽蔑してしまうけれど、キス友は色々あると最近教えてもらった。


「若い子の大半は、興味本意でキスをするだけや、練習相手とかだって」

「キスって、好きな人とするものでしょ?」

「キスって、挨拶でもするでしょ?」

「日本では滅多にしないよ!?」


 しれっと返したけれど、星奈(しょうな)にぎょっとされてしまった。


「今時の子ってわからない……」

「一部の流行りだと思う。あぁ、今時の子と言えば、ヴァンパイアをキス友にしたいと思っている人が増えているみたい。クラスの子も、生徒会長や星ちゃんとキスだけでもされたいって思ってるって」

「僕!?」


 クラスの子だけじゃなく、学園のほとんどの女の子は夢見ていると言っても過言じゃないと思う。

 星奈はヴァンパイア故にスポーツも万能だけれど、成績も優秀学年トップ。中学校でも生徒会長をこなし、人望も厚い人気者。

 ヴァンパイアという生き物は、魅力的な外見で異性を惹き付けるから、顔が整っているのは当たり前。

認められた存在である今や、キスだけでも経験したい相手。


「え、夏ちゃんは……それ聞いて、どう思ったの?」

「……流石は自慢の弟だと思った」


 姉としては教える側の方がいいはずだけれど、最初は母から教わっていた私が家事をしていたから、フォローするために勉強を教えてくれた。

 生徒会長もして、人気者の星奈は自慢だ。

気が利くし、誰とも仲良くなれるし、素敵な紳士。

女子に魅力的な異性として見られるのは、当然だと思う。

 褒めたのに、星奈は拗ねたように頬を膨らませた。すぐになにもなかったみたいに、にこーと笑いかけてくる。


「それで、話は最初に戻るけれど、そういう話は聞いたことないけど、キスってしたことある?」

「それはもちろん、決まってるじゃん!」


 改めて問うと星奈は、言葉の続きを言わずに笑顔のまま固まった。

ひきつらせると、視線を泳がして白状する。


「したこと……ないです」


 星奈も未経験。

未経験なら、教えられない。


「でも星ちゃんはモテるから、そのうち経験しそうだよね。キス友希望者はいるし」

「や、やだなぁ……。それを言うなら夏ちゃんもモテるから……」

「私、モテたこと、ある?」


 星奈が告白される話はよく聞くけど、私は告白されたことがない。

首を傾げてしまったけれど、お世辞だと受け取ることにした。


「夏奈は可愛いよ! とっても優しくて、僕の自慢のお姉ちゃんだよ」


 私に手を伸ばすと、星奈が朝セットしてくれた髪に触れて、にっこりと笑いかけてくる。

軽くカールしたボブヘアーは、一番似合うと星奈は褒めてくれて毎朝セットしてくれた。

 私は星奈と違い、愛想が欠けていることは自覚している。星奈は冷静沈着だといい言い方をするけど、無愛想だからモテないと自己分析できた。

 星奈の褒め言葉は、弟の欲目があるに違いない。


「……じゃあ、私ならキスしてもいいって思ってくれる人を見付けられる?」

「もちろんだよ! 夏ちゃんは魅力的だもん」

「それなら私の方が早く経験できるかもしれないね」

「うん! ……え?」


 くりくりと指先で唇を小突いてくる星奈の手を退かして頬杖をつく。

目を丸めた弟に提案してみた。


「どっちが先に経験できるか、競争してみよう」


 今まで先を越された姉として、ちょっと未経験のことを先にやりたいと闘争心が湧く。


「ちょ、待って! 話の流れからして……キス友を見付ける気!? だめだめ! 好きな人とじゃなきゃ、僕許しませんよ!」

「なに言ってるの、星奈。キスがしたい相手、つまりは少なからず好意を抱いている相手ということ。少女漫画とかでもキスから始まるようなロマンチックな恋もあるし、キスがしたいと思う友人とキスして、恋人になりたいと思い始めたら恋愛のスタートしてもいいでしょ?」


 順番は通常の逆ではあるけれど、何事も例外はある。

反対した星奈は、キスから始まる恋に賛成なのか、黙り込んだ。でもちょっと表情は固い。


琴姫(ことひめ)にも、私は鈍感だから自分の感情と向き合えって、この前言われたの。普通に考えてみても自分に恋愛感情があるかどうかはわからないから、私は相手にキスしてもいいかを聞いて確かめてみる」

「……コトめ……」

「え?」

「なんでも!」


 感情豊かというより、自由気ままな友人には、鈍感だから感情表現に乏しいと指摘された。

 キスをして、どんな風に感じるかを確かめれば、なにかわかるかもしれない。

 キスをして、相手への気持ちが膨れるとか。


「でも、でもでも……なんか、こう……それってさ、焦らなくてもいいんじゃないのかな?」


 笑みをひきつり気味にして星奈は首を傾げた。

私も同じ方に首を傾げる。


「恋愛感情は焦らなくてもいいけど…………キスをしたいと思ってる」

「……っ」


 恋愛感情が今すぐ膨れ上がらなくともいい。焦ってはいない。

一番の目的は、キスを経験すること。

 星奈は顔をほんのりと赤くした。けれどもすぐに難しそうに顔をしかめる。


「星ちゃんはいつも経験したことを私に教えてくれたから、ちょっと競争したかったのだけれど。嫌なら一人でするよ。お姉ちゃんが先に初体験する」

「ちょ、待って。やらないとは言ってないよ! やるよやる! ただし僕が先に経験したら、夏ちゃんは誰ともしないで! 恋人ができたらにして! いい!?」

「……いいよ。そういうルールでいこう」


 星奈が慌てて掲示したルールに、少し考えてから頷いた。

一方がキスの相手を見付けてしたら、一方は恋人ができるまでお預け。

 星奈から感想を聞いたら、した気にもなるだろうから、知的好奇心は満たされるはず。

それでもいい。

 ファーストキス競争スタート。



 星奈は一年A組。私は一年B組。

休み時間は親しい友人と過ごすけれど、今日は星奈が来た。


「僕もいーれて」

「おう、どうぞ」


 持ち前の愛嬌の良さですんなり受け入れられて、真珠琴姫(しんじゅことひめ)に空いていた椅子を貰い座る。

 琴姫は黒髪美人。

前髪を右にわけて額を出していて、背中まで伸びる長い黒髪は右耳の後ろ辺りに一つに結んで肩から垂らしていた。まるで黒真珠のように美しい。

 膝まで長い制服のワンピースにはスリッドを入れて、黒いタイツのすらりとした長い足は妖艶だ。

睫毛も長く眼差しはキリッとしている彼女は、男前なところがある。

 琴姫もモンスター部。

ヴァンパイアの血を狙うモンスターから、生徒を守る部だ。

 琴姫の兄は吸血鬼に関する犯罪事件を解決する警察機関のトップ。

 七年前に吸血鬼ばかりが参加していたパーティーにテロリストが襲い、ヴァンパイアの命と血がたくさん奪われた。両親もその事件の被害者だ。

 ヴァンパイアは自己治癒に優れているだけで、不死身ではない。本当の不死身はほんの一握りだけ。

無理矢理人間がヴァンパイアの血を取り込もうとすれば、人間でもヴァンパイアでもない。

 貪欲にヴァンパイアの血を欲しがり、襲いかかる異形の怪物と成る。

そんな最悪な人間達を、世間は軽蔑も込めてモンスターと呼ぶようになった。

 だからモンスター部。

ヴァンパイア対策機関の仕事の見学と体験をさせてもらえると話はつけたらしい。

今は忙しくてまだ出来ず、近いうちに約束させたと琴姫は胸を張って言った。

 モンスター部に所属する生徒はヴァンパイアだけ。大半は将来的にヴァンパイア対策機関に就きたい生徒が入る。

琴姫も私もそうだ。


「次はなにするかを考えてたの」


 にっこりと穏やかに微笑むのは、ブロンドの美少女。ハーフの帰国子女。

 名前は白鳥シェリー。

クラス委員長で人間だ。

彼女は学年一美人だと男子にとても人気。性格は穏やかでやや天然、誰にも優しく接する子。

モテる子は彼女を指す。


「先週はバレーやったもんね。僕はドッチボールやりたいなぁ」

「それは先月やったじゃない」

「そうだよ、星奈くん」

「えーもう一回やりたいー」


 琴姫とシェリーに挟まれた位置にいる星奈は、甘えたように言って笑う。

 ヴァンパイアは身体能力も高いから、人間の生徒相手では本領を発揮できないことが多い。

人間に馴染むことに慣れ生き物だから、手を抜くことは簡単。でも時々全力を出したい時もあるし、特にモンスター部は身体を動かしたがる。

 だからヴァンパイアの生徒で集まり、スポーツを楽しむことを週に一回はしていてシェリーはいつも審判だ。

 並んだ三人を見て、星奈が遊びに来た理由に気付く。

ファーストキスの相手捜しだ。

 琴姫とシェリーが候補?

仲が良い友だちでも、琴姫は高嶺の花。

彼女にはリーダーシップがあり人を集めてまとめる才能がある。週一のスポーツも彼女が提案して始めた。

姉御肌で美しくとも、自由気ままなところは時には欠点。少々がさつなところもあるし、異性に容赦ないところもある。

それは琴姫が学年ーの美人と呼ばれない大きな理由だろう。

 キスをしたいなんて言えば、星奈も蹴りをもらうはめになるはず。

 口説こうとした生徒会長の溝に蹴りを入れたことは学校中が知っている。ああ、これが一番の理由でしょうね。

 シェリーの方かもしれない。

シェリーはヴァンパイアの男子にも人気でよく囲まれている。本人は天然を発揮して友だちとしてしか見ていないらしい。

 星奈がシェリーをよく可愛いと褒めているのを聞く。もしかしたら、本命かもしれない。

星奈とシェリーなら、誰もが羨む恋人になりそう。


「……?」


 星奈の相手より、私自身の相手を気にしようと右に目を向ける。

 毛先が黒い明るい茶髪は長めで、目元を少し隠すのはヴァンパイアの男子生徒。目が合い、きょとんとされた。

やや猫目の彼の名前は、園塚エル。彼もハーフ。同じモンスター部。

 エルは異性の前では喋れない心の病気。

だからすぐに視線は逸らされるし、口は聞いてくれない。

 でも私達と一緒にいる。時々異性の前だと忘れてポツリと声を出すこともあるから、彼の声は知っているし、異性が嫌いではないらしい。

 それでも話すこともできないのに、キスをしてほしいだなんて頼めない。

エルはだめ。


「ん? どうかした? 霧島」


 そのエルの隣にいるのは、同じくモンスター部に所属している鷲島大智(わしじまだいち)くん。

金のメッシュと茶髪で、爽やかな笑みで笑いかける人。ちょっとお調子者で、普段から声が大きい。度々人の話を聞き流す欠点があり、よく琴姫に怒られている。

 彼はシェリーが好きでいつもべったり。

それに私は彼とキスがしたいとも思わない。だから除外。

「なんでもない」とだけ返す。


「……なんだろ、今一瞬物凄く霧島に興味がないって顔を向けられた気がする」

「大智がうざいからでしょ」

「コトさん……酷いっす」


 胸を押さえて傷付いた素振りをする大智くんは、シェリーに慰められたいだけだ。

「そんなことないよ」と微笑んでフォローするシェリーに、にんまりと緩んだ顔をする大智くん。

そのあと、机の下から琴姫に蹴られることは簡単に予測できた。


「どうしたの、夏奈。エルみたいに黙っちゃって」

「ううん、本当になんでもないよ」


 琴姫も気にしてきたので、私は首を振っておく。

それでも気にした様子の琴姫の隣にいる星奈は、教室を観察するように周りを見ていた。

星奈は選り取りみどりね。



 次の休み時間は、音楽室に移動するついでに二年の教室を横切ってみた。


「ねぇ、夏奈。二年の誰に用なの?」

「あーうん……別に」


 シェリーは相談があるとかで他の女子生徒と先に音楽室へ行き、琴姫が私についてきて聞いた。多分、まだ気にしているのだろう。

 琴姫に話したら、なんだか大事(おおごと)にされてしまいそうだから黙っておく。

 二年B組の教室を覗く。このクラスに親しい先輩は二人いる。

一人は少し気の弱い生徒会会計。

 もう一人はモンスター部の先輩で、名前は赤星灯火(あかぼしとうか)

 教室の中に彼らの姿は見付けられなかった。


「遊びに来たの?」


 ゆったりとした口調の男の人の声が後ろから聞こえて振り向けば、赤星先輩。

 猫背を曲げて赤星先輩は琴姫の肩に顎を乗せた。

少し赤っぽく艶めく黒髪と、猫目な人。常に無気力な様子で、隙があれば琴姫に寄り掛かり眠ってしまう。

 そんな甘えた仕草は満更でもないらしく、琴姫はいつも笑って赤星先輩の頭を撫でる。


「ちょっと覗いてみただけです」


 私が答えれば「そう」とだけ眠たそうに返された。


「今日は雨が降る……遊ぶ?」

「だめです、部活動です」

「……わかった」


 今日の午後は雷雨の予報だ。

放課後の部活は見回りや稽古をする。いつも屋上で稽古をやるから、雨の日は校内で遊んでしまうことがあった。

 今日はちゃんと部活をすると琴姫は笑って言う。

部長が決めることだけれど、どうも琴姫の決定を求めることが多い。

 また放課後に会いましょう、と赤星先輩とわかれて音楽室へ向かう。

 二年のヴァンパイアはまだいる。いたずらっ子で口が悪く、いつも琴姫に叩きのめされる先輩。彼はシェリーに夢中だから除外。

赤星先輩も私より琴姫に夢中のようだから除外。



 音楽室の授業が終わると必ずイケメンな音楽教師の高木先生は女子生徒達に囲まれて、流行りの曲をピアノで演奏してほしいとせがまれる。

困ったように笑いながらもリクエストに応え、女子生徒達は歌う。

 琴姫もシェリーも加わるけれど、今日は遠慮して先に一人で教室に戻る。


「あれ……霧島さん。こんにちは」

「部長、こんにちは」


 廊下で部長と会ったので会釈をした。

 黒髪で黒縁眼鏡をかけた魚沼彩葉(うおぬまあやは)部長は、とってもおっとりした性格で優しく微笑む人だけれど、狼人間。

 大昔にヴァンパイアは狼人間を奴隷にしていた。今や、希少な種族。

狼人間特有の怪力で、モンスター部の部長を務めている。

満月の夜は狼の姿になるらしいけれど、恥ずかしいからと見せてもらったことがない。

 でも時々尻尾が出るから、もふもふな尻尾は見たことがある。

尻尾が出るのも恥ずかしいらしく、部長はその度に顔を赤くして俯いてしまう。

 琴姫はそんな部長をからかうのが好きで、その放課後は大半二人はおいかけっこしている。


「? どうかしたのかい、霧島さん」

「ああ……いえ……」


 長身の部長をじっと見上げていたら、にっこりと微笑んで首を傾げられた。

ちょっと失礼だったかな。

 部長にキスしてほしいなんて、頼めない。とてもいい人だからこそ、困らせたくない。

もう一度会釈してから離れる。階段を下りようとしたら、生徒会長が上ってきた。


「あっ、夏奈ちゃーん!」


 人懐っこい明るい笑顔を向けて、目の前まで来た。

 御子柴獅音(みこしばしおん)生徒会長は、モデルみたいに右側に髪を寄せて左耳を出した癖のある髪型をしていて軟派な印象を抱く人。どちらかと言えば可愛い顔立ちのヴァンパイアだ。

見た目通り、少し軟派。でも親しみやすい人だと私は思う。


「……えっと、誰ですか?」


 三段下にいる彼に首を傾げてみる。


「え? 俺を知らないの? 俺は皆が大好き、御子柴獅音生徒会長です! ぜひ君の美しい目に焼き付けて覚えてね」


 驚いた反応をしたあとすぐに生徒会長は胸を張って名乗り、それから私の手を取りそこにキスをしてウィンクする。

 会う度にするやり取り。

毎回同じ台詞と同じ動作でやってくるから、可笑しくて私は笑ってしまう。


「あはっ。夏奈ちゃんとこのやり取り好きだなぁ」

「私もです」

「じゃあ両想いだね!」


 私が笑うと必ず生徒会長は、笑いながら私の頬を人差し指でつつく。


「あれ、そう言えば、姫ちゃんとシェリーちゃんは? 夏奈ちゃんが一人なんて珍しいねー」


 クリンと首を傾げると、生徒会長は私の左右を見て二人を探す。


「高木先生のピアノ聴いてます」

「あ、音楽だったんだね。今から俺も音楽なんだ、挨拶しよーと」

「……琴姫をそう呼ぶと、また蹴られちゃいますよ」

「だいじょーぶ、もう慣れた!」


 琴姫は、姫と呼ばれることが嫌い。姫ちゃんなんて呼ばれたら、また蹴られる。

 軟派な異性が嫌いな琴姫は、生徒会長に容赦ない。

それを慣れていいものだろうか。


「シェリーちゃんの歌聴きたいなぁ」

「シェリーを口説くと琴姫に蹴られちゃいますよ」

「だいじょーぶ、もう慣れた!」


 にぱっと笑う生徒会長はめげない。蹴りを繰り出すためにスリッドを入れるくらい、琴姫の蹴りの威力は凄いらしいのに……。

 軟派な生徒会長は経験豊富そう。特定の誰かと付き合っている話は聞いたことないけれど、キス友にしたい吸血鬼だけあってモテている。

 琴姫とは違い大半な女子は、甘い台詞を言われて微笑まれることが好きなんだ。

シェリーは天然を発揮して流すけれど。

 生徒会長なら、頼んだらキスを引き受けてくれそう。私の親しい友人の中で、一番可能性がある。

事情を話せば、キスを教えてくれそう。


「ん? なにか悩みでもあるの、俺を見つめちゃって」


 私を避けて音楽室に行こうとした獅音会長は、黙って見る私を首を傾げて覗く。


「えっと……その……」


 いざとなると躊躇してしまう。

流石に軟派な彼にも、キスしてほしいですなんて言いにくい。


「え、なになに。本当に悩み事? 才色兼備で仲良し双子の君達は、なんでも解決してきたんじゃないの? 星奈くんには相談できないようなこと? なになに、俺が代わりに相談受けてあげるよ」


 目を丸めた獅音先輩は、興味津々の様子で顔を近付けてきた。

 私と星奈の仲の良さは周知の事実。私が星奈を頼りにしていることも、知られている。

大抵のことは星奈が解決してくれていたから、悩みなんて長く抱えたことはない。


「ほら、夏奈ちゃん。先輩に言ってごらん?」


 私の後ろにある手摺に手をついて、獅音会長は更に顔を近付けて優しく微笑む。

会長の両腕に挟まれた私は、逃げ道をなくした。


「……その」

「ん……?」


 やっぱり緊張してしまう。

獅音会長から甘いコロンの香りがした。形のいい唇は三日月のようにつり上がって笑っている。

 キスをしてください、と言えばあとは会長が優しく教えてくれるはず。

教科書をきゅっと抱き締めて言おうとした。


「うわぁい、会長、どうもっ!!」


 星奈の声が聞こえたかと思えば、獅音会長が吹っ飛んだ。星奈が飛び蹴りを決めたからだ。

 星奈は私の目の前まで着地。会長は危うく踊り場に頭から倒れるところだったけれど、手をついて壁に足をついて受け身を取った。


「危ないじゃん! 星奈くん!!」

「ごっめんなさい! 感極まりました!」


 踊り場に着地すると獅音会長は怒った。ヴァンパイアだって痛覚はある。

でも琴姫の時はそんなに怒らないのに……。

 星奈は笑顔で謝罪しながら階段を下りて、獅音会長の前に立つ。手には化学の教科書。教室に戻るところらしい。


「僕の可愛い夏奈に近付くなって言ってるでしょ……会長」

「君はかっわいくないねぇ……」

「次は琴姫にチクりますよー」

「うぐっ……卑怯な」


 ボソリと小声で話すけれど、私には聞こえてる。

釘をさし終わると私の元に戻ってきて手を引いて階段を下りた。

 私が会長を振り返ると「またね」と口パクで伝えてくる。


「……星ちゃん、妨害は反則だよ」

「会長だけはだめ!! ぜっったいだめ! あんなたらしは認めません!」


 離れてから、腕を絡ませる星奈は膨れっ面をした。

獅音会長を除外されたら、私に頼める人はいなくなるのだけど……。




つづく。



いちゃつく双子を書こうと思ったのですが、どうしても、ファンタジー要素が入れたくなり、保留していた吸血鬼ネタの世界観を取り入れたら、膨らみすぎて長くなりましたので、前編と後編でわけました!!


周りが個性的になりすぎました(笑)

なんかごちゃごちゃしてすみません(笑)



後編はそのうち更新します!


20140603

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