βー4
窓の外はたくさんの生徒で溢れていた。放課後になるといつもこうだ。その生徒はだいたい三種類いる。部活に行く奴、帰宅する奴、そして特にようはないが学校に残る奴。俺は最初か最後か微妙なところだ。
結果から言わせてもらうと、俺は今部室にいる。今日は来るしかなかった。他に手はなかった、というか他に手はあったのかもしれないが選択する暇がなかった。選択肢を見る暇もなかった。俺だって学習する。昨日かばんを取られたことは頭に残っていたからホームルームが終わるとともに、まずかばんを確保した。しかし甘かった。ホッとしたのがいけなかったのかもしれない。
暴君と化した岩崎はこともあろうか、かばんの代わりに俺の首根っこをむんずと掴むと、そのまま部室に向かって走り出した。というわけで部室にいるのだが、相変わらず暇だ。
「今日は暇ですねー」
今日も、だろ!という突っ込みをすんでのところで飲み込む。
「何がいけないのでしょうか?」
「さあな」
ほぼ全てだろうよ。来たくなるような要素を探すほうが難しい。
「成瀬さん!何でそんなに無関心なんですか!名ばかりとはいえ副部長なんですよ!ちょっとはまじめに考えて下さい」
「誰が副部長だって?」
「成瀬さんですよ!」
「部長は誰だ?」
「私に決まってるじゃないですか!」
初耳だ。つまり俺はあんたの部下か。いつの間にそんなことになってしまったんだ。
「とにかく成瀬さんも原因を一緒に考えて下さい」
面倒だ。こんな阿呆な団体、さっさと撤退しろよ。とはさすがに言えないので、適当にそこそこまともなことを言うことにする。
「やはり信用がないんだろ。相談てのは少なからず近しい人にするもんだ。もしくはそれ以上に信用がある人だ。俺たちの場合、不特定多数の人を相手にするんだから後者しかない。つまり信用を高めるしかない。この人たちなら何とかしてくれると思われなきゃいけないんだ。俺たちはそう思われてないんだろうよ。あるいは単純に知名度がないのかもな」
岩崎は図星をつかれたようで、ううっ、とうなり、黙り込んでしまった。これで少しは大人しくなってくれたら幸いだ。
「じゃあ具体的にどうしたらいいのでしょう?」
「信用度を高めるには何か問題を解決するしかない。どっちにしろまずは一人目だな」
うーん、と岩崎はまたうなった。
「難しいですね。もっと簡単に集まってくると思ったんですが」
あんたは簡単に考えすぎだ。しかもまだ序の口も序の口。本当に難しいのは相談を受けてからだ。『好きな人がいて・・・』とかならまだいいが、『親が離婚しそう』とか『家庭内暴力を受けている』とか言われたらどうするんだ。もしくは思いもよらないような相談が来たらどうする。『それは我々の手には負えません』じゃ済まないぞ。相談てのは少なからずプライバシーが関わってくるような内容だ。聞いた以上は何かしらの処置をしないと許してもらえないだろうよ。ま、こいつはそこまで考えてないんだろうが。せめて俺に火の粉が降りかかってこないようにしてもらいたいね。
それから俺は岩崎の無理難題を適当に受け流していたら、時刻は午後五時を回っていた。
「今日もやっぱり来ませんかね?」
岩崎はふう、とため息をつき、すねたように口を尖らせながら言った。
「・・・・・・さあな」
俺は一瞬返事が遅れた。それは相談しに来そうな人物に一人、心当たりがあったからだ。昨日屋上に来た変な女子。今日は来ないのか、それともこんな変な団体には関わりたくないのか、あるいは人を頼りたくないのか。あいつの泣き顔は助けてくれと言っているように見えたのだが。
などと考えていると、変なところで妙に鋭い女、岩崎は一瞬の間と俺の思案顔に目ざとく反応した。
「成瀬さん、何か隠してませんか?」
「俺が何を隠そうとあんたには関係ない」
「昨日の放課後のことですか?」
俺は閉口せざるを得なかった。ここまで鋭いとはさすがに予想外だ。
「吐きなさい!ネタは上がってるんですよ!」
岩崎は俺のネクタイを掴み強引に自分のほうに引き寄せた。何言ってんだ?こいつは。刑事ドラマの見すぎだ。しかも証拠のしの字もないじゃないか。
「おい止めろ!これは脅迫だぞ」
「違います!これは拷問です。それにバレなきゃ平気です!」
確かにそうかもしれないが、そうなってくると刑法とか民法とかっていう問題じゃなく、憲法違反だ。それに俺が通報すれば一発でバレる。まさかこいつ俺を殺す気か?
俺は岩崎の手を払い、鬼のような威圧から逃げ出すと、部室の真ん中にあるテーブルを挟む形で対面した。これ以上距離を縮められないと解ると、岩崎は手元にあったものを手当たりしだい投げてきた。
「物を投げるな!しかも全部俺のものじゃねえか!」
「止めません!さあ観念して全てを話して下さい。ええ、きっと怒りませんから!」
すでに怒ってるじゃねえか!しかも怒る怒らない以前になぜ全てを話さなきゃいかん。こいつはプライバシーという言葉を知らないのか。
俺のものを投げ終えた岩崎は、次に部の備品に手をつけた。自分のものは投げたくないようだ。この野郎、理性吹っ飛んでるように見えて意外と冷静だな。
最初は文房具だったが、それも投げ終えると、食器を手に取った。そりゃまずいだろ。マジで俺を殺す気か。
しかしこの夫婦喧嘩みたいなやり取りは意外な方法で幕を閉じることになった。
岩崎がティーセットを両手に持ち振りかぶったところで、開かずの扉だった部室のドアが開かれた。俺と岩崎はそろってドアのほうを見る。初めてそのドアを開けたという偉業を達成したそいつは、俺の予想通りの人物だった。