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βー3

 俺はいつもの通学路を歩いていた。学校の最寄り駅を降り、徒歩で十分ほどの道のり。

利用している私鉄は朝であるにもかかわらず、ラッシュのラの字もなく、それ以前に人がほとんど乗っていない。地元の人間しか利用しない、どこにでもあるようなローカル線なのだ。おかげで毎朝座って通えるわけなのだから文句など言う気はさらさらないのだが、一つだけ言わせてもらうと本数が少なすぎるね。いくらなんでもこの通学時間に十五分に一本はないだろう。


 さて、そのことは置いておいて、俺は昨日のことを思い出していた。今まで不本意ながら面倒事に多々巻き込まれてきた俺の第六感が耳元で叫んでいる。『あれは始まりの合図だ』と。


 しかし、と俺は思う。俺にもいくらかは言い分がある。見ず知らずとはいえ、同学年の女子がフェンス越しに聞くに耐えない罵声を吐いた後、フェンスを乗り越えたのだ。自殺すると思うだろう。止めようと思うだろう、普通。説得の言葉は我ながらどうかと思うが、それを言い終えた直後、意味深なことを言って泣き始めたんだぞ。焦るだろう、普通。


 その場にいても俺にできることはないのだが、逃げ出すのもアレだったから泣き止むまで待った。泣き止んだら泣き止んだで、実に微妙な雰囲気になってしまい、どうしようかと思っていたら冷たい缶のお茶を持っていることに気付いた。


 あれは屋上に来る前に、学校内に備え付けてある自動販売機で買ったものだ。当然ホットを買おうとして、ホットのボタンを押したんだが、あのくそ自販機の野郎、冷たい奴を出しやがったんだ。今思い出しても腹が立つ。仕方ないから違うものをもう一つ買ったのだが。ホットの方は自分で飲んだ。冷たいのは忘れていたわけだが、とりあえずこの微妙な雰囲気を打開するために渡してみた。


 案の定、変な顔をされた。困った俺はもっともらしいことを言ってどうにかごまかした。仕方ないとはいえ、失態だったな。この女子は確実に厄介ごとを抱えている。そんなことを考えていたら時間は結構経っていて、俺は帰るか、と切り出した。せめてもの悪あがきとして、俺はあの行動言動の動機は最後まで聞かなかった。それを聞いたらおしまいだと思ったからだ。

と、ここまでで終わっていれば、このままで何もなく過ぎていく日常だった。しかし、俺はこのあと最大の失態を犯してしまった。なんで俺はアレを渡してしまったのだろうか。昨日に戻れるなら殴ってでも止めてやりたい。


 しかし、渡した理由は解っていた。俺も病んでいたのだ。岩崎の暴挙に耐えかねて相談者が来ることを望んでいたのだ。結果あの行動に出たというわけだ。はあ、かわいそうな俺。そしてあの女子と別れたあと、部室に行き、岩崎の尋問を適当にかわしながら帰った。


 あの様子だと、昨日の今日でも相談を持ちかけてくる可能性もある。岩崎もさらに機嫌を悪くしているかもしれない。頭が痛い。こんなにいい天気なのにな。


 教室に入ると、自分の席に座っている岩崎は、予想通り、仏頂面だった。こんな予想当たらなくてもいいんだが。


「よう」

「おはようございます、成瀬さん」


 朝の挨拶もそこそこに、岩崎は早速愚痴り始めた。


「どうして相談者が来ないのでしょうか?」


 未だこの事実が信じられないようだ。事実を無視しているから進歩がないんだよ。


「きっと皆さん大した悩みがないんですね」


 どうあっても自分のミスだとは考えないらしい。


「私はこんなに大きな悩みを抱えているのに」


 岩崎はチラッと俺を見て、はあー、っとわざとらしくため息をついた。


「俺が原因だと言いたいのか?」

「そうです。成瀬さんのその鈍感さが私の悩みの一つなんです。いったいいつになったら気付くんでしょうね」


 何でこいつに俺の鈍感さについて悩まれなくてはならないんだ。俺は適当に流しておいた。


 しかし、こんなに参っている岩崎を見るのは初めてだった。実に新鮮だ。岩崎はいつも元気で、参っていたのは俺のほうだったからな。まあ俺は今も参っているのだが。


 それから岩崎は机に突っ伏したまま口を開かなかった。どうやら本気で悩んでいるらしい。それがTCCについてのことなのか、さっき言っていた大きな悩みという奴なのか俺には解らなかったが。


 直後、チャイムがなり、担任が教室に入ってきてホームルームを始めた。


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