αー3
振り返ったその先には、実につまらなそうな顔をした少年が立っていた。何でこんな時間に屋上にいるんだ?怪しいな。
そいつはあたしが黙っているのをいいことになにやらえらそうなことを言い始めた。
しかし飛び降りをしようとしているであろうやつにこんなこと言うか?いつものあたしなら相手にしない。
でも今のあたしはいつものあたしとはかけ離れていた。
ストレスもたまっていたし、いっそのことそいつにぶちまけてやろうかと思ったが、口から出た言葉はあまりに弱々しく、情けなく、あたしの口から出た言葉とは思えないようなものだった。あたしもただのちっぽけな少女に過ぎなかったわけだ。唐突に今まで普通じゃないような振る舞いをしていたあたしがバカバカしく思えて、気がついたら涙を流していた。
充血したあたしの目からこぼれ出る涙は、とどまるところを知らず、本当にこのまま止まらないのかもしれないと思った。そいつは突然泣き出したあたしを見て、かなり焦っていた。こういうやつがいるから涙は女の武器とか呼ばれているんだな。おそらく泣いているあたしのほうが冷静だったと思うね。
それからは涙で景色が滲み、周りを見ている余裕などなくなり、それ以上そいつの焦っている顔は見ることができなかった。
そして永遠かと思ったあたしの涙もとうとう終わりを告げ、激昂していた気持ちも落ち着いてきた。しかしすっきりしたね。やはり金とストレスは溜め込むものじゃないな。
そんなことを考えてからようやく、目の前にいたそいつの存在に気付いた。てか思い出した。そいつはあたしが泣き始めたときと同じポーズのまま、あたしが泣き終わるのを待っていたようだ。
「落ち着いたか?」
そいつはさっきと同じように全く感情のこもっていない声色であたしに問いかけた。
「うん、だいぶ」
あたしはいったい何をしているんだろうね。あとこいつも。
「はいよ」
こいつはあたしに何か手渡した。あたしは反射的に受け取ってしまったが、あたしの手の中には冷たい缶のお茶があった。この肌寒い中に冷たいものはないだろ!
あたしの思考をトレースしたようでそいつはもう一言つけ足した。
「目、冷やしな」
相変わらずその声には感情はなかった。が、あたしには感情の変化があった。涙は止まったもののあたしはさっきまでものすごい勢いで泣いていたのだ。確認していないがきっと眼ははれているに違いない。あたしは素直に従った。冷たい缶は腫上がった眼には気持ちよかった。
沈黙。順番から考えてあたしが何か言う番なのか?しかしあたしから言うべきことなんて多くはないぞ。その多くない言うことの一つであるさっきの行動の動機は言いたくないし、もう一つは恥ずかしいから言いたくない。なんでこんなことに気を使わなきゃいけないのか解らないが、あたしはいろいろ考えていた。
そんなあたしの心情を知ってか知らずか、そいつは口を開く気配がない。それどころか、自分の世界に入り込んでいてあたしの存在を忘れているような気さえする。
そしてそのまま時は流れ、気が付くと下校時刻になり、それを告げるチャイムが学校全体に響き渡っていた。
「帰るか」
「ん?う、うん」
さっきの空白はなんだか未だに理解できないが、こいつの一言で帰宅が決定した。なんかあたしこいつに振り回されてないか?
屋上をあとにして、校舎内を昇降口に向かって歩いていたのだが、あたしの、もしかしたら一緒に帰らなきゃいけない流れなのか、っていう心配をよそに、
「俺寄るとこあるから」
と、言って、二階まで降りたところで足を止めた。
結局名前も聞くことなく、言うこともなく、お互いの帰路に着くことになるんだ。どうやらあたしはそんな感じを表情に出していたらしく、そいつは苦笑気味に顔を破綻させた。そしておもむろにかばんから一枚のプリントを取り出して、あたしに渡した。あたしは疑問符を頭の上にたくさん浮かべながらそいつを窺うと、そいつは穏やかに微笑みながら、
「興味があったら顔出しな」
そういうときびすを返し、暗い廊下に消えていった。
あたしの手の中に残ったプリントには『人に言えない悩みを持っている生徒諸君に朗報。生徒による生徒のためのお悩み相談所TCC設立のお知らせ』と書かれていた。