α―18
どうやら本当に彼らはやる気らしい。昨日、妙な光景に遭遇してから、それが夢であるように祈っていたのだが、夢落ちなんて都合のいいことは作り話の中のことのようで、少なくともあたしの周りの現実世界では存在していないようだ。彼らは相変わらずあたしに関わる気でいる。しかもあたしの敵である、山内を仲間にして。
昼休みにうちの教室に来て、何やら話していた。あたしは一番窓側なので話の内容はほとんど聞こえなかったが、岩崎さんが楽しそうに話していたから、どうやらいいことがあったらしい。それを山内に教えている時点から、その情報はあたしにとっていいことじゃなくなったと思うけど。
山内は心の中で爆笑しているに違いない。敵である自分にそんな情報を与えるなんて、という感じだ。
もう放課後になっていた。時刻は五時を回り、校内に残っている生徒は半分もいなかった。あたしはまた教室に一人で残っていた。何とかこの袋小路の状況を脱出する方法を考えているわけなのだが、正直思い浮かびそうにない。彼らのことを考えるだけで、気が気じゃない。
あたしに関わることを止めさせたい。でもあたしから彼らに近づくのは躊躇われる。いったいどうすれば・・・。
そこであたしの目の前は真っ白になった。難しいことを考えすぎて、頭がおかしくなったかと思ったが、どうやらそんなことはなく、ただ真っ暗だった教室に明かりが点いただけだった。
あたしは蛍光灯のスイッチのあるドアのほうを見た。そこにいたのはまたしてもあいつだった。
「こんな遅くまで何をしてるの?」
気持ちの悪い満面の営業スマイルを浮かべた山内が、昨日のデジャヴのように、そこに立っていた。だが、昨日と違って、その背後に二人はいないようだ。
「あんたこそ、こんな時間に何しているんだ?」
「君が心配だったんだ」
「お生憎様。あんたに心配されるほど落ちぶれてないよ。いい加減あたしのこと、放っておいてくれない?」
あたしは冷たく言い放った。だが、山内はそんなことお構いなしにいつもの微笑を湛えたまま、
「放っておけるはずないだろ?君は僕の彼女なんだから」
「いつあたしがあんたの彼女になった!過去も、今も、未来も、あたしはあんたの彼女に成り下がるつもりは毛頭ないね」
こう言うと、山内は表情を一転させた。今までの善人面した営業スマイルは一気に消え失せ、代わりに怒りの表情を浮かべる。
「まだ、あんたは自分の立場が解っていないようだな。まあいい。今日はそんなあんたの石頭でも簡単に理解できるであろう、とっておきのショーを用意している。あんたに見せることはできないが、きっと明日、学年中の噂になっているだろうから、それを聞いて現状を理解してくれ」
何やら意味深なことを言った。あたしは眉をひそめて、
「どういうこと?」
「この前紹介した、俺の敵であり、同時に仲間でもある連中が、今日の昼休みにうちの教室に来ていただろう。その二人が面白い情報をくれた」
二人が来ていたことはあたしも知っていたが、内容は知らない。とても嫌な予感がした。
「あの二人は誰かの依頼を受けてあんたをいじめから守るために動き出したんだ。その依頼主が阪中みゆきだと明かしてくれた。しかもクラス中の目の前で。これによって俺は、あの二人組みに加えて、もう一人の裏切り者に対して、制裁を下すチャンスを得た。俺があの二人に制裁を与えなかった理由は一つ。計画を俺にしか話していなかったからだ。俺にしか話していなかったはずの計画が、いじめの黒幕に筒抜けになっていたら、はっきり言って怪しい。だから俺は動くことができなかった。しかし公衆の面前で計画が話された今は、そんな心配はない。だからこれから処刑を決行することにした」
あたしは心臓が止まったかと思った。いや、実際に止まったのかもしれない。寒い。急に寒くなった。あたしの周りだけ、気温が一気に下がった気がした。そんな感覚とは矛盾し、身体中から生暖かい汗が噴出し、心臓はその鼓動を早めている。
止めてくれ!お願い、それだけは・・・。
あたしは叫んだ。だが、声は出なかった。声帯丸ごと、誰かに取られてしまったかのように、全く声にならなかった。あたしが一番恐れていたことが、今現実になろうとしていた。
あたしは腰が抜けたように膝から倒れた。そんなあたしを見て、山内は満足そうにうなずいた。
「先に阪中の方に制裁をしよう。確か、男が呼び出していたな。そのあとにあの二人をやろう」
ゆっくりと身体をドアのほうに向け、山内が歩き出した。あたしは何とか這って動き、山内の足にしがみつく。そしてのどの奥から搾り出すように叫んだ。
「止めて!あたし、あんたの言うこと聞くから。何でも聞くからそれだけは止めて!」
「ありがとう。やっと僕の気持ちが届いたんだね。でも、いつ裏切るか解らないからなぁ」
山内の顔は、本性である悪人面から、営業用の善人スマイルに早代わりしていた。
「そうだ!君が二度と僕から逃げ出さないために、今回は保険としてやっぱり決行しておこう。そしたら君も誰が本当の主人であるか、忘れないよね?」
そう言って、得意の営業スマイルであたしに微笑みかけると、強引にあたしを振りほどくと、ドアの向こうの闇の中に消えていった。
「待って!お願いだからそれだけは・・・」
あたしの叫び声は、校舎中に響き渡り、そして消えていった。まるで、先の見えない、闇の中に吸い込まれていくように・・・。