β―19
やることが決められているとはいえ、はっきり言って、あせる必要など皆無で、いつも同じのんびりした午前中を過ごした。そして四限が終わり、昼休み。俺たちは隣のクラスに行った。
「すみませんが、山内さんと阪中さんを呼んでいただけませんか?」
岩崎はクラスの出入り口にいるやつにそういい、連中を呼び出した。呼び出された二人は少し困惑顔をしてるように見える。
「何ですか?」
「何か急用?」
二人はそれぞれの反応で俺たちを出迎えた。
「お二人のお耳に入れたい情報を持ってきました」
二人はさらにいぶかしんだ。理解できないというような感じである。
「ほう。それはどんな?」
「聞いて驚いて下さい!」
岩崎は二人の質問を聞き、そう答えた。そしてどっかのクイズ番組の司会者のごとく、深夜番組の合間合間のコマーシャルのごとく、溜めに溜めてこう言い放った。
「なんと!例の事件の下手人らしき人物を捕らえることに成功しました」
二人はとりあえず驚いておこう、といった感じで驚きの表情を見せた。岩崎的にはその何倍かのリアクションを期待していたようで、少しがっかりしていた。
まったく何回言えば気が済むんだ?しかるべき発言をするときには声の大きさというものを考えてもらいたい。一応公衆の面前であることを忘れているのではないだろうか。
「それは本当かい?」
「マジです!大マジです!こうなったらもう事件は解決したも同然ですね。大船に乗った気持ちで待っていて下さい!あとは下手人を締め上げれば黒幕のこともすぐに吐いちゃうでしょう。はっきり言って私は怖いですよ。いろいろ情報を持っていますからね」
本当に怖いことを言う。おそらく脅迫すると言っているのだろう。俺はこいつの仲間でいいのだろうか。真剣に考えてしまうね。
「ところで、」
こう言ったのは山内だった。こいつは岩崎に恐怖を抱かないのだろうか。俺には関係ないと思っているのだろうか。頭がいいのか、悪いのか。
「阪中さんは何でここにいるんだい?」
「それは阪中さんがこの事件の依頼主だからです!」
突然地雷を踏んだ。阪中は案の定、びびりまくって周りを見ている。この前の俺の配慮はいったいなんだったんだ。
「それって言ってよかったの?」
山内は苦笑いで岩崎に問いかける。
「全然問題ありません。というかこのままじゃ我々の完全完璧勝利が不動のものになってしまって、面白くありません。これくらいのハンデを差し上げないと」
山内は、ふーん、と興味なさそうに相槌を打った。その表情にはかすかだが変化が見られた。
「あと、こんなところでそんな大きな口を利いてもよかったの?黒幕がいるかもしれないよ?」
「構いません!どうせ勝つのは我々です。結果が同じならばあとはどう面白く演出するかを考えなければなりません。これがその演出です。それに黒幕さんは全く怖くありません!現場には現れずに命令だけ出して、汚い仕事は下っ端さんにやらせる。そんな卑怯なやつに私は屈したりはしません!どうせ自分が傷つくのが怖いんです。弱虫さんの泣き虫さんです!だからきっとこの我々の宣言を聞かれても何ら恐れることなどないのです!逆に怖くなっていじめをしなくなってしまうかもしれないですね。まあ今から反省しても手遅れですが」
岩崎は自信満々に言い放った。その自信は聞いている者全てを圧倒している。
しかしここまで言う意味はあったのだろうか。正直半分くらいで十分だったと思う。
「とりあえず下っ端さんを捕まえたのでもう少しで解決できるであろうことを聞いてもらいたくて参上仕った次第でありますので、用事は済みました。何か質問は?」
二人を見た。二人は何も言わない。阪中は周りにいるであろう黒幕に怯えていたが、岩崎の圧倒的な自信を前に呆然としている感じである。気のせいか、焦点が合っていないようだ。俺のことを見ているわけでも、岩崎のことを見ているわけでもない。どこか中途半端な空中に視線を泳がせているようだ。
対して、山内はいつもの微笑を顔に貼り付けている。内面の変化は俺には把握できないが、外見は変化ないと思う。
「ではないようなので、私たちはこれで。申し訳ありませんでした。貴重な昼食タイムに呼び出してしまって。結果は追々お伝えしていきたいと思いますので悪しからず」
これまでずっと黙っていた俺だが、最後に一つ付け加えておくことにする。
「阪中は放課後六時くらいに中庭で待っててくれ。聞きたいことがある」
そう言って教室をあとにした。自らの教室に帰り、昼食である弁当を持ってTCCの部室に向かう道中、
「あとはお前の求心力にかかっているぞ。せいぜいお前の交友関係の広さが本当であることを祈っててやるよ」
「間違いなく本当ですよ。任せて下さい。期待に応えて見せましょう。というか、できなきゃ私たちは結構ピンチなので死ぬ気でやりますよ」
そりゃよかった。別に本当に信じていないわけじゃないのだが、俺の人生があいつの力量にかかっているという事実が、なんだかとても俺を嫌な気分にした。