αー16
放課後、あたしは成瀬を探していた。別に岩崎さんでもよかったのだが、彼女だと話がややこしくなりそうだし、あたしもそんなにうまく嘘をつく自信がない。うまく誤魔化せなければ岩崎さんは辞めさせてくれないだろう。
だが、成瀬ならみなまで言わなくても理解してくれそうだし、話が早そうだからだ。いやいや、それ以前にあたしのことなんてまるで興味ないから、理由も聞かずに辞めさせてくれるかも。
・・・正直、今のあたしにはこの冗談は笑えないな。
恐る恐る部室のドアを開けると、幸か不幸か誰もいなかった。もし岩崎さんがいたら、あたしは辞めることはできなかったかもしれない。辞めなくてもよかったかもしれない。
あたしは辞めたくなかった。少しも、辞めたくなかった。だが、これ以上この人たちに迷惑をかけるわけにはいかない。名残惜しい気分からか、腰を下ろそうとする自分の身体に鞭を打ち、あたしは部室をあとにした。さて成瀬はどこにいるだろう。ぶらぶら歩いているとあたしに頭に天啓がひらめいた。あたしが成瀬と初めて会ったあの場所にい行ってみよう。
目の前の扉を開けると、そこは赤一色。夕暮れ時の屋上は燃えるような赤で一面覆われていた。そこに一つの黒い影。その影はまさしくあたしの探し人その人だった。
「こんなところにいたんだ」
成瀬はゆっくり振り返る。いつぞやのようにその顔には表情はない。
「探したよ。部室には誰もいなかったし」
あたしはフェンス越しに外を眺める成瀬に近づいた。
「俺に何のようだ?」
「あたし、TCC辞めるよ」
単刀直入に言った。あたしの心情に気付かれないように。成瀬は表情を変えず、あたしを見ている。
「斉藤の件はもういいのか?」
「見舞いは行くよ。けど犯人探しはしない」
「ずいぶん早い心変わりだな。理由は何だ?うちの部長が納得できるような答えをくれ」
あたしは用意してきたものを答えた。
「あたしは日向の跡取りだ。いろいろ忙しいんだ」
「なるほど」
口ではそう言っているが、成瀬は全く納得していないように見える。だが、思ったとおり、成瀬はこれ以上追及してこなかった。そのことを、少し寂しいと思っている自分がいる。
「じゃああたしはこれで・・・」
あたしは成瀬に背を向けた。あまり時間をかけて、山内に見つかってしまうと元も子もない。早いとこ撤退しよう。というのは言い訳で、本当は今にも泣き出してしまいそうだったからだ。
「あんた、神を信じるか?」
成瀬はあたしの背中に聞いてきた。あたしは振り返り、
「いや」
と言った。あたしは微笑んだつもりだったが、正直うまく笑えているか自信がない。
「じゃあ奇跡を信じるか?」
「いや」
「そうか。俺も信じちゃいない。そんなうまい話あるわけがない。努力や才能を根本的に否定しかねない。やることもやらず、できることもせず、神や奇跡を信じ、生きていくなんて俺は認めない」
こいつは相変わらず何が言いたいのか解らない。だが、あたしは黙って聞いていた。そんなあたしの顔を見て成瀬は柔らかく微笑んだ。そして、
「だが、自分のやれることを全てやり、できることを全てやり、それでも状況が変わらない場合、神や奇跡を信じてもいいんじゃないか、と俺は思うんだ」
学校をあとにしてから、あたしの頭の中には成瀬の言葉が無限リピートしていた。やることもやらず、できることもやらず、か。今のあたしにできることは何だろうか。以前のあたしからすると、考えられないくらい自信がない。というより、あの自信はまやかしだったのだ。
『日向ゆかり』には力がある。しかし『あたし』にはない。
さて、『あたし』には何ができるだろうか。