αー15
みんなと別れて、一人家に向かう道中、あたしの頭はパニクッていた。さまざまな感情が渦を巻いていた。怒り、悲しみ、混乱。それらとともに疑問符が仲良く頭の中でぐるぐる回っていた。先ほどの疑問は何一つ解消されていない。あいつが誰かの恨みを買うようなやつとは思えない。あれほど人畜無害なやつも今どき珍しい。そんな斉藤がどうして・・・・・・。
ICUから出てきた斉藤は全身包帯だらけだった。相当痛めつけられたに違いない。それに成瀬だ。成瀬の様子も気になる。成瀬は結局あれから一言も口を利かずに帰っていった。いつもクールなあいつがなぜあんなに熱くなっていたんだ?
あたしは自ら疑問符の数を増やし、さらに頭の中に余裕をなくしていた。だからこいつの接近に全く気付くことができなかった。
「よう」
あたしは後ろから声をかけられて飛び上がりそうになった。振り返ると、久しぶりの登場、スーパーナルシスト野郎の山内が立っていた。暗いせいか、いつもと雰囲気が違く見える。
「なんだ、あんたか」
「何だとはご挨拶だな」
マジでどうでもいい。こいつと会話するならまだピーマンと会話したほうがまだ有益な気がするね。頭の中を空っぽにする方法とか教えてくれそうだし。
何の用か知らなかったが、こいつ自体に興味のかけらもないあたしは、きびすを返して再び帰路に戻った。
「待てよ。少しくらいしゃべろうぜ」
「あんたとしゃべることなんて何もないね」
あたしははっきり言ってやった。こんなやつに構っている時間ない。まあ時間があっても構ってやらないと思うけど。
「冷たいな」
「・・・・・・」
「そういや今までどこに行ってたの?」
「・・・・・・」
「駅前の市立病院?」
「・・・・・・」
こんな感じでしつこくあとを追って話しかけてくる山内を、あたしはひたすら無視し続けていた。こいつ、いつまで付いて来るんだろうか。いい加減止めていただきたいね。
「もしかして斉藤のお見舞いとか?」
しかしなんでこいつこんなに的確に要所をついてくるんだろうか。あたしは無表情だし、もちろん一言もしゃべっていない。ヒントになるようなことは何一つしていないと思うんだが。
まさか・・・・・・。
「斉藤の容態はどうだった?あの様子じゃICU送りかな。たぶん死にゃしないと思うけど」
あたしは初めて山内の言葉に反応した。今なんて言った?
「それ、どういう意味?」
「まだ解らないかな?意外と鈍いんだな」
そんな安い挑発に乗るほど、あたしはバカでもお人好しでもない。だが、その一言で全てを理解した。
「あんた、まさか・・・」
「勘違いするなよ。俺がそんな野蛮なことするわけないだろ」
そう言うと、山内は気持ちが悪い笑みを浮かべた。あたしは思わずぞっとする。
「俺は後ろで糸を引いているだけだ」
すぐには理解できなかった。後ろで糸を引いている?ということは、つまり、
「この事件、シナリオ書いたのは俺だ」
繋がった。全て理解した。あたしが怒りの矛先を向けるべき相手はこいつなんだ!
「あんたが斉藤のことを・・・」
「俺だってこんなことはしたくなかったが仕方なかったんだ」
ふざけるな!そんなセリフがどうして出てくる。そんな楽しそうな顔をしているやつからどういう理屈でそんなセリフが出てくるんだ!
あたしは隠そうともせずに、殺気を山内に向かって飛ばしまくる。しかしそんなことお構いなしに山内は相変わらず楽しそうにしゃべり出す。
「今回は簡単だった。相手はただのガリ勉君だったからな。一人で事は済んだ。面倒だったのはあの副会長だ。まさか三人を相手にあそこまで圧勝するとはな。さすがの俺も驚いた。念には念を入れて阪中を配置しておいてよかったよ。それにしても不良三人と目撃者三人はさすがに結構な出費だったぜ」
こいつはいったい何を言っているんだ?何の話だ?なぜこんなに楽しそうにしゃべれる。なぜ自慢げにしゃべれるんだ!
「あんたは最低だ!とても同じ人間とは思えない」
「全部お前のせいだ」
山内が真面目な顔になる。
「どういうこと?」
「あのとき、お前が素直に俺の告白を受けていれば、俺に恥を掻かせなければこんなことにはならなかったんだよ!」
あたしは編入した当時のこいつの告白を思い出した。
「俺は、俺はあんなに恥を掻いたのは初めてだった。だから俺はお前に復讐してやろうと思ったんだ。実際退院した直後に復讐を開始した」
あたしは気付いた。やっと気付いた。この一連の事件、中心にいたのは常にあたしだった。
あたしは急に寒気がした。
「安心しろ。お前には手を出さない。だが、お前に関わる全ての人間に不幸を与えてやろう!お前に関わることを苦痛にしてやろう!だから横山にも、斉藤にも、そして阪中にも制裁を加えてやった!これから誰かと仲良くしてみろ!そいつに不幸が訪れるだろう!そしてお前には誰も寄り付かなくなる!お前は独りぼっちになるんだ!お前を助けてくれるやつはどこにもいない!」
あたしはこの話しを聞いて、まず、TCCの二人の顔を思い浮かべた。あの二人が狙われる。あの二人が大変なことになる。そして、あの二人があたしから離れていく。
あたしは恐ろしくなった。膝が折れ、地面にうずくまった。
ヤメテヤメテヤメテヤメテ。
あたしの眼からは自然と涙が溢れてきた。お願い、あの二人にだけは手を出さないで。あの二人にだけは、避けられたくない。
そんなあたしの様子を見て、山内は満足したのか、高らかに笑った。そして近づいてきて、あたしの頭をなでながら、耳元で、
「俺に跪いて謝れ。そして俺に忠誠を誓いな。そうすれば普通の暮らしをさせてやるよ」
と呟いて、あたしの前から姿を消した。
あたしはしばらくその場から動くことができなかった。あたしのせいで、横山が、斉藤が、阪中が、岩崎さんが。そして、成瀬が。
だがふと気が付いた。あいつ、TCCの二人について何も言ってこなかった。ということはまだ二人のことは知らない。
あたしの心は一瞬で決まった。明日、TCCを辞めよう。他に方法はない。これ以上あたしのために犠牲を増やしてはいけない。犠牲になるのはあたし一人で十分だ。あたし一人で。