βー10
さて、最初の相談者が来てとうとう動き出した我々TCCは、アクション第一弾として調書の裏付けが行われようとしている。最初に生徒会副会長横山大貴と、その横山が救出したであろう少女、阪中みゆきだ。
岩崎は阪中を捕獲しに、彼女の元へ行った。なぜかというと現在は放課後で、阪中は帰宅部だからである。時間上の問題から事情聴取は必然的に放課後にしか行えないわけだし、放課後になれば帰宅部阪中が帰ろうとするのは必然的のこと。しかし俺たちの立場では帰ってもらっては困る。だから捕獲である。
というのは、岩崎の説明である。放課後にやるのが必然なら事前にアポ取っておけばいいはずだ。それに言うに事欠いて捕獲はないだろう。せめて任意同行にしておけ。人権侵害を訴えられたらどうするんだ。
岩崎が出て行ってから結構な時間が経った。そろそろ帰ってくるだろうと思ってた矢先、部室のドアノブが動いた。
「なんだ、あんたか」
俺がそう言うと入ってきた人物は、
「何だとは何よ。なんか文句でもあるわけ?」
と、不機嫌そうに応答した。
日向だった。しばらく来ないかと思っていたが、意外に早く復活したな。
「今日はどういったご用件ですか?」
「し・つ・こ・い。あたしは相談を受ける側の人間だ」
どうやら昨日何かあったらしい。何があったか知らないが、不安定だった意思が固まっている。
「それなら丁度いい。あんたにやってほしいことがあるんだ」
「・・・依頼あったの?」
驚いているようだ。まあ俺もそうだが。未だにこの事実を信じることができない。デキレースという解釈のほうがまだ信じられる。
とりあえず俺は日向に簡単な事件の概要を説明した。
「へえ。なんだかややこしい事件だね。それで、あたしは何をすればいいの?」
「あんたには横山の話を聞いてきてもらいたい」
「解った。で、主に何を聞いてくればいいの?」
「事件の概要でいい。あとは横山の気持ちとか思惑とか、そんな感じの主観的な話を聞いてきてくれ」
「了解。じゃああたしはもう行くね」
そう言うと自分の荷物を持ってさっさと部室から撤退した。なんだか知らんが、相当やる気になっているようだ。昨日のように動揺がない。岩崎のやる気が伝染したんだろうか。まあ俺は俺で独自にやらせてもらうとしよう。
不意にドアの向こうが騒がしくなる。そしてドアが開いた。
「遅れましたー!」
そう言って入ってきたのは岩崎だった。岩崎の右手の先には手首を掴まれて少し怯えている、大人しそうな女子生徒がいた。
俺の横に岩崎が座り、その正面に女子生徒が座った。そしてそれぞれの目の前にはティーカップ。いつの間に買っていたのか、茶葉はオレンジペコである。
岩崎がコホンとわざとらしく咳払いをして、その場を仕切り始めた。
「初めまして。申し遅れました。私はTCC部長の岩崎です。この人は成瀬さんです」
無駄に大きな声を出して自己紹介をした。そして右手の手のひらを上に向けて彼女に差し出した。『今度はあなたの番ですよ』という意味らしい。
彼女はしばらく困惑したようにおろおろしていたが、何とか意味を理解したようで、
「えっと、阪中みゆきです」
と言って、軽くお辞儀をした。
「今日お呼びしたのは他でもありません!」
さらに声を張り上げる岩崎。阪中みゆきと名乗る少女は必要以上に怯えている。これじゃまともに話を聞けないだろう。
「少し落ち着け」
立ち上がろうとしている岩崎を制して、いったん場を落ち着かせる。阪中は少し安心したようだ。
「あんたに聞きたいことは横山大貴についてだ
表情が変わった。どうやら初めて現状が理解できたようだ。
「警察にも質問されたかもしれませんが、もう一度私たちの質問に答えてください」
今度は岩崎が俺を制し、阪中に話しかけた。仕切り役を取られたくないようだ。俺は争う気など全くないので、あっさり譲ることにする。
「横山さんはあなたを助けるために被害者である他校の生徒に暴力を振るったそうですね。それは本当ですか?」
「いいえ。私は無関係です」
「午後五時頃、事件があったとき、あなたは何をしていましたか?」
岩崎は事情聴取のように話を進めていく。
「友達を一緒にいました。下校途中でした」
岩崎は手帳を見ながら阪中の答えを聞いている。そして俺のほうに顔を向けると小声で、
「調書どおりですね」
と言った。阪中はおどおどしている様子とは打って変わって、きっちり返事をしてくる。一度聞かれていることだから、というだけではない気がする。俺から質問。
「横山はあんたのことを助けたとはっきり証言している。以前から交友はあったのか?」
「私は副会長であるということだけしか知りません」
これも即答だな。ちなみにこの答えも調書どおりだ。
「じゃあ何で横山はあんたの特徴を正確に答えることができたんだろうな」
「私には解りません」
阪中は部室に入ってから一度も俺の目を見ていない。
「それはそうだが、横山があんたを示したのは何でだろうな」
「・・・」
「そのときそこにあんたがいたからじゃないのか?」
この質問に対して、阪中は突然立ち上がり、
「わ、私用事を思い出したので、あの、帰ります」
「え?ちょ、ちょっと!」
岩崎が止めようとしたが、俺はそれを制した。
「悪かったな。無理矢理連れてきたりして」
そう言って阪中の帰宅を促した。
阪中が部室を出て、その足音が消える。そこで岩崎がため息をついた。落胆を感じさせる。
「結局調書以上のことは得られませんでしたね」
「まああまり期待していなかったが」
横山に有利な証言は横山自身の口からしか出てきていない。
「やっぱり横山さんが嘘をついているんですかね?」
岩崎が独り言のようにつぶやいた。はっきり言ってその解釈のほうが納得できる。だが、そうできないのが俺たちの立場だ。
「そうだとしたらさっきの俺の質問はどうなる?」
横山は助けた女子生徒の特徴をしっかり上げているのだ。さらにその特徴と見事合致した人物がいるのだ。そして当事者二人の間に交友はないと互いに証言している。ならなぜ横山は阪中みゆきを示したのか。
「それはそうですが・・・。成瀬さんはどうお考えですか?」
「とりあえず横山の証言を信じるしかないだろう。そう考えると、嘘をついているのは阪中・目撃者・被害者ということになる」
はっきり言って信じ難い。
「被害者が嘘をつくのは解ります。自分たちの罪を隠せますし、自分たちに恥じを掻かせた人物に仕返しができますからね。でもなぜ阪中さんと目撃者が嘘をつくのでしょう。特に阪中さんは絡まれていた人物を庇い、助けてくれた人物を罠にかけているのでしょうか?」
「嘘をつくことに何らかのメリットがある。または真実を言うことに何らかのデメリットがある、のどちらかだな」
「嘘をつくことにメリットがあるというのは、つまり横山さんを警察に送りたかったということですね?」
そういうことだ。簡単に言うと復讐だ。これの場合、黒幕は阪中でほぼ間違いない。本来なら被害者である阪中が中心でないと、この説はありえないからだ。おそらく加害者を庇うというデメリット以上のメリットが嘘をつくことで発生したのだろう。あるいは被害者である他校の生徒もグルかもしれないな。
「では真実を言うと発生するデメリットというのはどういう状態のことですか?」
「簡単に言うと脅迫だな」
岩崎は少し考える顔をしてから、なるほど、とうなった。
「つまり阪中さんが真実を言うことで不利益を被る連中から圧力をかけられているということですね」
そういうことだ。一番解りやすいのは阪中に絡んでいた連中が黒幕であるという見解だが、この説には少々無理がある。
「そうなると阪中さんに絡んでいた他校の生徒ではないように思えますが」
意外なことに岩崎も同じ考えに辿り着いたようだ。
ナンパを邪魔された上に、返り討ちに遭い、ボコボコにされた。復讐するには十分な動機だが、如何せん時間が足りない。これは結構大掛かりな小細工だからそれなりに時間が必要だ。少なくとも、阪中については、真実を言わないように脅さなければならない。そして目撃者がいたならばそいつらも脅さなければならない。つまりこの説の場合はまだ見ぬ誰かが黒幕ということになるな。
「これから何をしたらいいんでしょうか?」
「そうだな。阪中と横山の情報を集めよう。徹底的にな」
「なるほど。やってみましょう」
果たしてどうやって集めるんだろうか。興味はあったが、違法な手段であるような気がして聞かないでおいた。
日向には直帰を要請して今日のところは解散することにした。