βー9
俺は大きく伸びをしながらパイプ椅子の背もたれに寄りかかった。夕日が赤かった窓の外もすっかり暗くなっている。
会長さんが持ってきた警察調書を一通り読んでみたが、横山は圧倒的に不利な立場にいることが解った。目撃者も横山の傷害行為を有力なものとしている。まあ突破口がないわけではないが、あまり期待できるものではないだろうな。
「おい」
俺は調書を読みながら手帳にまとめている岩崎に声をかけた。岩崎は顔を上げる。
「何ですか?」
とても嫌な顔をされた。作業を中断させたのがいけなかったようだ。俺は気にせず言う。
「調書を見る限り、横山の無実を立証するのはかなり難しいぞ。どうするつもりだ?」
「むー、とりあえず阪中さんにアプローチしてみましょうか。あと横山さんにも」
ふむ。こいつにしては悪くない考えだ。だが、マイナスにならない、というだけでこの行動がプラスに繋がるかというと必ずしもそうはならない。
「そうですねー、横山さんは日向さんに任せておきましょうか。私たちは阪中さんですね。今日は遅いので明日から具体的に動きましょう」
やけに楽しそうに見える。やっと依頼が来たから舞い上がっているのか、難関だから燃えているのか解らないが、とりあえず誤った判断を下しそうな状態ではあるな。
あと日向のほうだが、協力してくれるだろうか。来るかどうかも不明なわけだし。
「そういえば日向さんはどうしたんですかね」
「さあな」
「何か知っているような雰囲気ですね」
この時折異常なくらいに鋭くなるのはなぜだろうか。その辺の構造について詳しく知りたいのだが、こいつのことなどどうせ理解できないので聞いたりはしない。そして俺は日向のことでこいつに話すことはない。今のところは、まだ。いずれ協力してもらうために話す日が来るかもしれないが、それは今ではない。
予想どおり俺の無言に対して岩崎は、機嫌が悪くなったが。
さて。これから先、来るか来ないか決めるのはあいつであって俺ではない。つまり俺がどうこう考えたところで全くの無意味。考えることは他にある。
しかし急に忙しくなってきたな。抱えている問題はまだ解らないことの方が多いし、横山のことに関しては期限が決められている。
やれやれだ。
それから不機嫌な岩崎を適当に丸め込み、六時を過ぎた辺りで下校した。