βー7
「楽しみですねー。早く日向さん来ないですかねー」
部室で長机をはさみ、俺と岩崎は向かい合って座っていた。目の前には三つの弁当箱。三つとも同じプラスチック製の使い捨て弁当箱だ。
もうお解かりだろうが、三つとも俺が作ったものである。作ってしまった。いや、作らされてしまった。さすがに今回は作ってやる気など、全くなかった。俺の分ですら作る気なかった。 じゃあなぜ作ったのかというと、こともあろうに、岩崎がうちに押しかけてきやがったからだ。今朝七時、オートロックを難なく突破して俺の家のチャイムを鳴らした岩崎は、玄関を開け、出てきた俺に対して最初に発した言葉は、弁当のことだった。朝の挨拶もない。
そこからは言うまでもなく、俺は産業革命期の労働少年のごとく、ごみのような賃金で働かされた。岩崎の口から出た賃金の額は、百五十円。つまり『ペットボトルおごってあげますよ』
だった。
俺たちが部室に来てから五分ほどして日向がやってきた。
「お待たせ。で、例のぶつは?」
「ちゃんとありますよ。さあ早くいただきましょう!」
日向が机に着くや否や、二人仲良く、合掌して、
「いっただっきまーす!」
と、ハミングした。日向が一口食べる。
「お味はいかがですか?」
俺ではなく、なぜか岩崎が日向に感想を聞く。
「うん!予想以上においしいね」
「ですよねー!」
おいしいと言われているにもかかわらず、俺は全然喜べない。むしろバカにされているような気がするのは俺の被害妄想か?
「あれ?成瀬さん食べないんですか?では私がいただきます!」
岩崎が俺の弁当を横取りしようとする。俺は当然それを阻止する。
「人のまで食おうとするな!どこまで食い意地張ってるんだ」
「お、女の子になんてこと言うんですか!」
「女の子として扱われたいならそれ相応の行動をしろ」
「いいですよー。どうせ私は女の子らしからぬ行動をしてますよ!」
岩崎は頬を膨らませて、腕を組み、そっぽを向いた。『私は怒ってますよ』というアピールだろう。
「良かったですねー。日向さんみたいなかわいー女の子が入部してきて!」
「え?ちょっ、あたし?」
日向は突然自分に話を振られて驚き、戸惑っているようだ。岩崎は戸惑う日向を無視して、俺の顔をじっと見ている。どうやら俺の返事を待っているようだ。いったい何がしたいのか、サッパリ解らん。しかし誤魔化しきれそうにないので答えてやることにしよう。
俺は日向を見た。日向も俺を見ていた。少し緊張しているように見えたが、たぶん気のせいだろう。
「俺は・・・」
「俺は?」
二人とも俺に言葉を繰り返し、続きを待っているようだ。
「俺はもっと普通の女性のほうが好きだな」
「・・・」
「・・・」
沈黙。これをきっと嵐の前の静けさというんだろう。だんだん俺の言っていることが理解できてきたみたいで、二人の表情が険しくなっていく。うーむ、恐ろしい。
「それじゃ私たちが普通じゃないみたいじゃないですか!」
「そうだよ!そりゃあたしは大企業の一人娘だけど」
日向はさりげなく付け足した。自慢のつもりだろうか。
「それも含めて普通とは言えないな。第一、こんな変な団体に参加している以上、どんなによく言っても一風変わっていると言わざるを得ないな。創設者は論外だ」
バン!と二人が同時に机を叩き、プラスチック製の弁当箱を俺に向かって投げつけてきた。中身が入っていなかったのが不幸中の幸いだ。
この後の展開はいつかと同じだった。違ったのが、岩崎一人ではなく、日向も加わり、二人仲良く俺に部室の備品を投げつけてきたことと、投げつけてきたものが物的なものだけではなく、俺に対しての不満を言葉という名の爆弾にこめて投げつけてきた、ということだけだった。俺は昼休みの終了を告げるチャイムが鳴るまで、かわし続けることしかできなかった。