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βー6

 今日も岩崎に捕まり、鬼のようなありあまるパワーによって部室にやってきた俺は、進入部員と簡単な挨拶を交わしてから、部室の中に入った。


 新入部員ね。おそらく相談しないとは思っていたが、まさか入部するとはさすがに予想外だ。こんな怪しげな団体に自ら入るやつがいるとは世の中広い。さらに驚くことに日向とはね。


 新たな話し相手を得た岩崎は、まさに水を得た魚。楽しそうに話していた。これは俺にとってもいいことだった。部室で雑誌が読むことができる。これは素晴らしいことだ。二人のときは雑誌を開いた瞬間、怒鳴られていた。いやよかった。これで少しは岩崎の機嫌も安定するかもしれない。今までの岩崎の機嫌の不安定さといったら、富士の樹海の方位磁針並みだったからな。


「ところで、」


 岩崎のマシンガントークを遮って、日向が口を開いた。岩崎が首をかしげる。


「いつもこんなんなの?」


 こんなんとは、今の状況のことだろう。相談者の来ない部室など、岩崎のトークショー会場でしかない。


「そうなんですよ。何かいい案はないですかね?」


 岩崎は一転、困ったような表情をした。この質問に日向も困った表情になる。


「悩んでる人が少ないとは思えないけどね」


 日向は当たり障りのないことを言った。まあこの意見には俺も同感だ。要は頼りになるかならないか、だ。何回も言うようだが、こんな怪しげな団体に悩みを打ち明けようと思うやつなんていない。まだ教師にでも相談したほうがましだ。


「もっと大きく宣伝したら?」


 わりとまともな案だが、俺の名前は伏せておいてもらいたい。こんな怪しげな団体に関わっていたとなると恥ずかしくて外を歩けなくなってしまう。将来就職活動とかにも影響が出そうだ。


「簡単に宣伝とは言っても、生徒会下の団体なんで生徒会に申請しないといけないんですよ」

「へえ。いろいろ面倒なんだね」

「はい。難しいんですよ」


 何やらへこんでいるようだが、さらに面倒なことになる前に口を挟まさせてもらう。


「肝心の相談だが、ちゃんと悩みを解決してやれる自信はあるのか?」

「当たり前じゃないですか!そうですね、例えば何がありますかね?」


 どんなものが来るか、考えてもいなかったらしい。世間では根拠なしに自信満々なやつのことをバカと呼んでいる。


「やっぱ恋愛関係じゃないの?」


 素直に日向が答えた。


「あー恋愛ですか。それは考えてなかったですね。私自身、今悩んでますからねー」


 恋愛の悩みなんて一番ポピュラーだろ。しかも聞かれてないことを答えているし。


「日向さんはどうですか?恋愛経験多そうですけど」

「いや、あたしもあまりないな。実際付き合ったことないし」

「そうなんですか?でもよく告白とかされるでしょう?」

「告白されるけど、告白したことないし」

「うわー。うらやましいですねー」

「岩崎さんこそ結構告白されてそうだけど」


 何だ、この会話。全く入れない。女の会話だ。


「そうですか?でもされないですね、告白。たぶん成瀬さんのせいですね」


 唐突に自分の名前が出てきた。


「俺が何だって?」


「成瀬さんが四六時中一緒にいるから、私は告白されないんです!」

「そんなのはお互い様だろ」


 というか、俺はなるべく離れようとしているのに、あんたがくっついてくるんだろ。


「成瀬さんが告白されないのは自分のせいですよ。直したほうがいいですよ、その性格!」

「大きなお世話だ」

「別にどうでもいい話ですけどね」


 どうでもいいなら、俺に話を振らないでいただきたい。


「とにかく、恋愛関係の相談なら俺はお手上げだからな」

「そんなのは熟知してます。成瀬さんは乙女心がまるで解ってないですからねー」

「そりゃ最悪だね」


 何だ?こいつら。昨日会ったばかりのくせにすっかり仲良くなりやがって。乙女心なんてものはたぶん一生解らないだろうよ。それは自分でも解っているが、ここまででかい声で言われるとさすがに腹が立つな。というか、ここは問題じゃないんだよ。


「要するに、恋愛に関しての悩みを解消してやれるやつがここにはいないんだよ」


 ようやく理解したのか、岩崎は難しい顔をした。


「確かにそうですね。それについては検討の余地がありますね」


 部の設立から検討し直してもらいたい。


 岩崎は手帳を取り出し、メモを取ってから、


「他には何があると思いますか?」


 と言った。日向は悩んでいるようだが、俺が言うべきことは決まっていた。


「いじめ、だな」


 俺は二人の様子を窺いながら言った。


「なるほど。いじめですか」


 先に答えたのは岩崎だった。日向は黙っている。表情に変化はない。


「うちのクラスにはなさそうですね。特進クラスということも関係してそうですが。日向さんのクラスはどうですか?」

「あたしも知らないな。というか、あまりクラスのこと詳しくないし」

「確かに。たった二ヶ月程度では細部まで見えてこないですよね」

「あのさ。ちょっと気になったんだけど」

「何ですか?」


 日向は突然話題を変えた。岩崎がそれに応じる。日向は俺の手元を示し、


「あんた、料理するの?」


 と言った。そして俺の料理雑誌を手に取った。


「ああ、まあな」

「一人暮らし?」

「そうだ」

「成瀬さんの作ったものはなかなかおいしいですよ」


 岩崎は会話に入り込んできた。またしても若干自慢げである。


「へえ。岩崎さん、食べたことあるの?」

「はい!泊まりに行ったときにいただきました」


 『泊まり』という言葉に反応し、日向の顔が少し歪んだ。念のため言っておくことにする。


「勘違いするなよ。こいつの他にもあと二人いたんだ」

「ああ、なるほど。ところであたしも食べてみたいんだけど」

「いいですよ」


 俺の代わりに岩崎が答えた。俺の代わりに答えるならば、俺の気持ちを代弁してほしい。今の答えは、俺の気持ちと正反対だ。


「成瀬さんは毎日、お弁当を自分で作っているので明日の昼食のとき、ここに来て下さい」


 この会話の主人公的立場にいる俺なのだが、俺の気持ちが何一つ反映されないのはどういうことだろうか。俺を差し置いて話がどんどん進んでいく。


「じゃあ成瀬さん。明日はお弁当を三つ作ってきてください」

「ちょっと待て。何で今の会話の流れで三つになるんだよ」

「いいじゃないですか。一つも二つも三つもあまり変わりませんよ。問題は作るか作らないか、です」

「断る」


 若干哲学的な言い回しをしてもだめだ。何で俺があんたたちの弁当を作らなければならない。


「これは親睦を深めるためにやるんです。仲間である我々は、もっと互いに知り合わなければいけないんです。そのための第一段階として成瀬さんの作ったお弁当で昼食を一緒に食べるんです」

「親睦を深めるだけなら一緒に飯を食うだけで事足りるだろ。それに放課後こうして部室でいろいろしゃべるだけでお互いを知ることができる」

「成瀬さんのお弁当が必要不可欠なんです!つべこべ言ってないでいいから作ってきて下さい!お願いしますよ!」


 最終的にこの一言で押し切られて終了。俺は論理的に言葉を並べていたのだが、暴力の前では役に立たなかったらしい。結局乙女心なんて解らないものなのだ。


 解ったことは日向が意外と世渡り上手だということだ。昨日で岩崎には逆らってはいけないと悟ったのだろう。その成果が今日のいくつかのセリフに現れていた。


 長いものには巻かれろ。


 実は日向グループが今の地位にいるのはこの手口かもしれない。


 そして今日解ったことで一番の大物は日向が心に抱えている問題についてだ。俺はいじめの可能性が高いと見た。リアクションは薄かったが、話題の変え方が急で不自然だった。理由としてはあまり強いものではないが、可能性はいくらか高くなった。的が絞れれば少しは動きやすくなる。動くかどうかは別にして。


 そしてもう一つ解ったことは、俺は自分で思っている以上にお人好しだということだ。この性格を直さないと、俺は一生面倒ごとに巻き込まれていくことになるかもしれない


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