α−5
あたしは今、TCCと書かれたネームプレートのついている部室の前にいる。来てしまった。不覚。さすがのあたしも弱っているのかもしれない。人を頼るなんて情けない。
しかしそう思いながらもあたしはここにいるのだ。理由はおそらくあの男。興味がある。何か今まであった奴とは違うにおいがする。相談するか否かは置いといて、とりあえず中に入ってみよう。
コンコン。
ノックした。応答なし。
コンコン。もう一度。
またまた応答なし。
ドアノブを握る。あ、開いた。
そこにはティーセットを両手に持って、大きく振りかぶり、今から投げますよってポーズをしたかわいらしい女子と、両手を前に出して静止を促しているようなポーズをとっている例の変な男がいた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
三人は見つめ合い、無言。そのとき確かに時は止まった。
先に動き出したのは男のほうで、しゃがみこみ、床に散らばったもの拾いながら女の子に向かってこう言った。
「客人だぞ、部長殿」
「わ、解ってますよ!成瀬さんはちゃんと片付けといて下さい」
男の言葉に女の子も息を吹き返す。どうやら男は成瀬というらしい。
成瀬は片付けるのを止めていた。さっき拾っていたのは自分の物だったらしく、かばんに詰め込んでいた。
「断る。あんたがやったんだろ」
「じゃあ成瀬さん代わりに応対してくださるんですか?」
成瀬はあたしのほうをチラッと見る。そして、
「それも断る」
と、言った。あたしはちょいと頭に来たから口を挟むことにする。
「ちょっと!あんたが来いって言ったんでしょ!」
「強制はしてない」
カチンと来た。そして理解した。こいつは嫌なやつだ。昨日のは何だったんだ。あたしは何か言ってやろうとしたら女の子ににらまれた。思わず開きかけていた口を閉じる。
「どういうことですか?」
女の子は成瀬に問いかける。うわっ!この娘マジで怖い!そこら辺のヤンキーがナスに見える。
しかし成瀬はそんな威圧感じていないようで、
「あんたには関係ない」
さらっとこう言った。女の子が机を持ち上げにかかったところで成瀬はあたしの横を抜け、さっさと部室から逃げていった。
「追わなくていいの?」
あたしは恐る恐る聞いた。しかし女の子はさっきの威圧が嘘のように消えていた。そしてあきれたような口調で言った。
「いいですよ、もう。明日問い詰めますから」
女の子は床に散らばったものを拾い集めだした。あたしも一応手伝うことにする。
「で、何かあったの?」
ブチギレモードから元に戻ったようなので聞いてみる。
「よくは解らないんですけど、たぶん女の子絡みです」
よく解らないのにアレか。いいのか?それで。
「女絡み?」
また聞いてみる。女の子は浮気性の彼氏を責めるような口調でこう言った。
「いつものことなんですけどね。また女の子にちょっかい出したようなんです。昨日の放課後なんですけど」
やっぱ男なんてみんなそうなのか?一人の女じゃ物足りないんだろう。と、思ったところで気が付いた。昨日の放課後?それって・・・。
「それもしかしてあたしかも・・・」
女の子がゆーっくりこっちを見る。ふむ。これが目で殺すってやつか。などと暢気に言っている場合ではない気がする。もしかしたらあたし殺されるかも。
最後に鉛筆を拾い終わり、片付けが終了すると彼女はふーっと息を吐き、あたしに身体ごと向き直った。
「ありがとうございます。お客様に手伝っていただくなんて本当に恐縮です。どうぞ座ってください。飲み物を用意いたします。紅茶でいいですか?」
あたしはこの変化についていくことができ、ただうなずくことしかできなかった。とりあえず座らせてもらう。
しかし居心地悪いな。なんてタイミングで来てしまったのだろうか。下手すりゃ殺されてしまうかもしれない。いや、本当に。
ところでこの二人の関係はいったいなんだろうか。まあ仲悪くは見えないが、特別良くも見えない。成瀬の反応を見ている限りでは付き合っているようにも見えないし。ケンカするほど、ってやつなのか?
そうこうしているうちに紅茶を入れ終えた彼女がこっちにやって来た。
彼女はあたしの正面に座って、自分で入れた紅茶を一口飲んでからゆっくり話し始めた。
「繰り返しになりますが、申し訳ありませんでした。先ほどは大変お恥ずかしいところを」
「あ、いえいえ。あたしも変なタイミングで来てしまって」
あたしとしたことが畏まってしまった。しかし、コロコロと表情が変わる人だな。
「とりあえず成瀬さんとの事を聞いてもいいですか?昨日成瀬さんと何をしていたんですか?日向さん」
とりあえずそこなんだ。そんなに気になるのか?まあ大した話じゃないんだけど。しかしどう切り出せばいいのか。むー。あれ?そういえば・・・。
「ねえ。あたし自己紹介したっけ?」
そういえば何であたしの名前知ってんだ?あたしの記憶ではまだしてないと思うんだけど。というかする暇なかった。
「あたしのこと知ってんの?」
「知ってますよ。日向さんは有名ですから」
げっ!やはりいじめっていうのは生徒間じゃ筒抜けなのか?しかも編入生だからな、あたしは。と思ったのだが、
「あの日向コンツェルンのお嬢様ですからね。それに見た目も目立ちますからね」
ああ、そうか。あたしはスーパー美少女お嬢様だった。忘れてた。最近自分を見失いかけたからな。
「ああ、そっか。そうだね」
「それで、成瀬さんとは何を?」
すかさず話を戻された。いや、そらす気はなかったんだけどね。
あたしは昨日の流れをざっと説明した。誤魔化すとあとが怖いから、結構丁寧に説明した。だけど泣いたところは割愛させてもらった。恥ずかしいし、直接関係ないしね。
「で、別れ際にこれをもらったわけ」
もらったビラを渡した。
「なるほど。じゃあ今日ここに来たのは相談ですか?」
机から身を乗り出して、今度は子供のような目をしている。もうキラッキラしている。本当にやりにくいな、この人。ていうか、相談持ちかけられて嬉しいのは解るけど、それじゃ相手も話しにくいし、根本的に喜ぶところじゃないでしょ。
まああたしは最初から相談を持ちかける気はなかった。
「違う違う。それはもう済んだから」
「そうですか。じゃあ成瀬さんは余計なお世話だったわけですね。悪く思わないで下さいね。あの人はああいう人ですから。それで今日来た用事はなんですか?」
何か一気に言っていたけど何言っているか解らなかった。
まあそれは置いてといて、うーん、どうやって誤魔化そうかな。考えてなかったな。
「えーっとあたしも悩んでいた時期が、まあ、あったんだけど、そのときにやっぱ人に悩みを聞いてもらって、楽になった、かなって思った、ような気がしたわけで・・・」
何言ってんだ?あたしは。彼女もそう思ったらしく、
「つまり?」
って聞き返された。つまり、
「まあ、あたしにできることがあれば、協力したいなー、なんて・・・」
思うことは、まあ多少はなくはなかったりするのは当たらずとも遠からずというか、と言おうと思ったけど、彼女の机を叩く音に遮られた。
両手で机をぶっ叩いた彼女は、勢いよく立ち上がり叫んだ。
「TCCに入って下さるんですね!」
「えっと、あたしも人並み以上に忙しいからそんなに手伝えるか解らないけど、あたしにできることがあるなら」
「ありがとうございます!じゃあ入部ということで、さっそく書類を作成することにしましょう。あ、いいですよ。こっちのほうでやっておくんで。心配なさらないで下さい。私は生徒会にも顔が広いので、明日までに承認して下さるように頼んでおきます。役職は何がいいですか?やっぱり日向さんは会計ですかね?いや、資金提供を頼んでいるわけではないですよ!そんなこといきなり頼むわけないじゃないですか!でも日向さんがもし快く了解してくださるんでしたらお願いしちゃったりしてもいいですかね!」
という感じで、一方的に押し切られてしまった。
「じゃあ今日はこの辺でお開きにしますか」
あたしの入部が決定したことに気を良くしたのか、部長を名乗るこの少女は解散を促した。あ、そういえば・・・。
「ねえ、名前まだ聞いてなかったよね?」
すっかり忘れていた。というかあたしはほとんどしゃべっていない気がする。
「そういえばそうでしたね。申し遅れました。私は岩崎といいます。さっきの人は成瀬さんです。もう一人いて現在は入院中ですが、麻生さんです。男性です。部長は一応私が担当しています。成瀬さんが副部長です。みんな日向さんと同じ、一年生です。よろしくお願いします」
と、簡単な紹介を受けた。部員はたったの三人。まああたしを入れて四人か。校則に違反していないか?もちろんあたしはそんなこと言わなかった。
「明日から放課後、部室に来て下さい。じゃあ帰りましょう」
こうしてあたしはこの怪しげなTCCという団体に加入することになった。しかしこの人たちの仲間なのか?あたしは。何か嫌だな。