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あるヒーローの戦い

作者: はくたく

「うわーっ!! 助けてくれーっ!!」


 助けを求める声が響く。

 建物の隙間を、何千人もの人々が、銀色の肌を燦めかせながら逃げていくのだ。

 それを襲うのは、巨大な鳥だ。

 身長約百二十センチはあるだろう。

 

「ちっ!! フェザントか。あんなのまで一緒に異世界こっちに来てやがったのかよ!!」


 俺は一人、人の流れに逆らって走る。

 その腕をつかんで引き留める者がいた。


「シンハ!! 何してるの!? ツマムラ隊長キャップからの指示よ!! スタッグに戻って!!」


「アキ、先に行ってくれ!! 俺は……この先に逃げ遅れた人がいないか見てくる!!」


 同僚の女性隊員の手を振り払い、俺はフェザントに向かって駆け出した。

 そして、人々の流れが絶えたところで、懐から亜空間転送装置の端末を取り出す。

 ボールペンにも似たその小さな装置のスイッチを押すと、亜空間から俺の「本当の肉体」が現れるのだ。俺は一瞬にして光に包まれた。


「うおおおおおおっ!!」


 自分の足で大地に立つのは、じつに二週間ぶりだ。

 身長百六十五センチ。体重五十七キロ。

 亜空間には異物は持ち込めないから、むろん全裸だ。

 割と毛深い方で助かった、と言えるのだろうか? 戦闘前の緊張で縮こまった局部は、体毛でほぼ隠れていて見えない。

 近視なので敵・フェザントの姿はよく見えないのが助かる。

 フェザント……とは、この惑星の住人達が名付けた怪獣名であり、目の前にいるのは、なりこそでかいが、ただの「ニホンキジ」である。

 だがやってみれば分かるが、自分とほぼ同等サイズの鳥と正面から対峙するなど、恐怖以外の何ものでもない。

 往年の覆面レスラーのような顔つきのキジの雄は、目つきの悪さと相まって、かなりな悪人面なのである。

 思わず知らず、腰が引け、前屈みになってしまう。

 俺は葉谷田 真。日本人だ。だが、この世界ではシンハ=ヤタと名乗っている。

 べつに露出趣味があるわけではないから、正直、全裸はかなり恥ずかしいが、この状況ではそうも言っていられない。


「マランウートル!! マランウートルが来てくれた!!」


「がんばれー!! マランウートル!!」


 無責任な子供達の声援が足元から聞こえる。危ねえっての。早く逃げんか。

 この「マランウートル」という妙な名も気に入らない。

 この惑星の言葉で、「毛の生えた男」という意味らしいのだ。そりゃ、この星の人々には俺みたいな長い毛は生えていないわけだが。


「あっ!!  マランウートルの顔色がっ!!」


 そうそう。息を止めて戦っていたんだった。

 俺の顔色が白っぽい感じから赤、そして青、土気色に変わるとき、マランウートルは永遠に立ち上がる力を失ってしまうのだ。

 この惑星は超低重力である。ゆえに、気圧が異常に低い。

 だから、俺は呼吸がしづらくて元の姿で居続けることが出来ず、仕方なくこの星の人類と同じ姿の仮想化身アバターを作り、自分の体を亜空間に保存したのだ。

 とはいえ酸素分圧の高さ故、一呼吸で死に至るようなことはない。しかも、次元転移の時に俺と共にこっちの世界に引きずり込まれた地球の生物たちの中には、このキジのように、豊富な餌と高濃度の酸素、低重力、温暖な気候に過剰適応し、本来の数倍から十数倍にまでも巨大化してしまったものまでいる。


 それらが出現するたびに、こうして俺は戦っているのだ。

 何故って?

 仕方ないからだ。つまり……自分のやったことの後始末だ。


 俺は空間物理学者だった。

 やっていたことは不老不死の研究。自分の肉体を亜空間に保存し、代謝を止めてしまう。そして、代わりに現実世界には、仮想分子で構成された仮想化身アバターを置き、それを脳波でコントロールすることで生活を送る。

 理論的には、完全な不老不死が手に入る……はずだった。

 だが、その実験の際に、なんと亜空間転送装置が暴走。俺は周囲の山林や海岸線ごと、この惑星に転移されてしまったのである。

 その時に亜空間転送装置のメインコンピュータは故障。こうして自分一人分だけの転送装置は使えるが、二度と地球には戻れない。

 俺は、ここで生きていくより他になくなったのである。

まあ、このキジや他の生き物たちには申し訳ないとは思うが、異常に巨大化した地球生物が、この星を蹂躙してしまっては、それこそこの星の人々に申し訳ない。

適応、巨大化には時間が掛かるらしく、しかも種によって違うため、ぼちぼちと小出しに現れてくれるので、こうして一匹ずつ退治しているのだ。


 この惑星の生態系は優しすぎる。

 脊椎動物のまったくいない生態系なのだ。植物と無脊椎動物だけの、穏和な生物たちには、「捕食」という概念がほとんど無い。

 昆虫から進化した、身長二センチ程度の人類。彼等は、植物質のみを栄養源として生きているのだ。

だが、昆虫から進化しただけあって、地球人類とは見た目からずいぶん違う。

 彼等には、前述したように髪の毛や胸毛といった体毛はない。薄くうぶ毛のようなものが生えてはいるのだが、ほぼ、つるっとした印象の体だ。

 その体は、銀色の鱗粉のようなものに包まれ、赤や青の模様まで入っている。

 青や赤の模様の違い、またその入り具合は人種の違い、なのだそうだが、べつに差別があるわけでもなんでもなく、色の混じり合った者もたくさんいる。また、気候が温暖なせいもあって、服を着る、という習慣はない。そして大きな複眼の目。

 つるりとした仮面のような顔には、必要がないせいか、触覚も牙も見当たらない。まあ、成人した男性の中には、耳にあたる部分から、角状の突起が生えるものもいるようだが。


「マランウートルを援護するッ!!」


 科学的攻撃隊ツマムラ隊長キャップの声が聞こえる。

 別に外部拡声器が付いているわけではない。俺の仮想化身アバターは亜空間転送されているが、胸の小型無線機は、今も彼等の通信を受信しているのだ。

 科学的攻撃隊の戦闘攻撃機「スタッグ」から、怪光線が発射され、キジの羽をわずかに焼く。怪光線、といっても、酸素分圧の高さを利用した空中放電に過ぎない。

 バカだなあ。

 あんなんじゃ怒らせるだけ……っと思っているウチに、怒ったキジの羽ばたきの風圧で、最新鋭攻撃機「スタッグ」は、簡単に墜落していった。


「きゃー」


「うわー」


 同乗の隊員達の悲鳴が響く。

 なに? チーム全員乗ってんの?

 無駄に人数乗るんじゃないって、何度言ったら分かるのかなこの人達は……。

 放って置いてもいいのだが、俺の勤務先が無くなると困る。俺は慌てて手をさしのべ、空中でスタッグをキャッチして、そっと地面に置いた。

 紙飛行機並みの機動力と攻撃力で、巨大キジに立ち向かうんじゃないよまったく。

 この星の文明程度は、地球でいえば1960年代くらいか。

 しかし、平和すぎて戦争が無い上に、低重力下のため金属、鉱物、すべてが脆い。地球の高重力下で育まれた、強靱な里山の生物たちに通じるような武器は一切ない。

 仮想化身アバターを手に入れて、落ち着き先を探していた俺が、格闘センスとちょっとした武器……黒色火薬を製造して見せただけで、一も二もなく隊員に推挙してしまうほどだ。

 いい加減な組織、というよりも、一般の地球人並みの戦闘センスや科学知識を持つ者など、皆無に等しいといえる。

 だが、ということは俺が利用できる武器もまったくないのである。

 せっかくの黒色火薬も、その爆発に耐える銃身がないため、銃も砲も作れない有様だ。

 つまり……俺が素手で仕留める以外に、この未曾有のバイオハザードからこの星を救う手だてはないのである。

 そうそう、キジを退治するんだった。

 とりあえず、近くの建造物を引っこ抜いて殴りかかってみる。

 しかし、さすが低重力。金属製と見えたその建造物も、キジの頭であっさりとへし折れた。キジは無反応。


(そりゃそうだろうなあ。振り回す時点でしなってたし)


 心の中でぶつぶつと呟く。

 俺に、巨大化した地球生物に対するアドバンテージがあるとすれば、亜空間に保存しているが故に代謝が停止し、いまだに地球重力下の筋力を維持している肉体以外にないのである。

 巨大化してしまっているとはいえ、このキジも飽食と低重力下での怠惰な生活に慣れきって、動きが異常に鈍い。むろん、飛べないから逃げられる心配もない。

 だが、それにしたってこのサイズ。本気を出されては厄介だ。戸惑っているウチに片付けなくてはならない。


「うわっと!!」


 俺は目を狙ってつついてきたキジの嘴を、すんでの所で避けた。

 キジの武器は嘴と蹴爪だ。亜空間で代謝の止まっている肉体は、傷が治ることもないから、怪我には特に気をつけなくてはならない。

 なんとか回り込んでフェザント=キジの背中に馬乗りになると、首を締め上げた。

 酸素分圧が高いとはいえ、気圧が低いことに変わりはない。気管を締め上げられれば、巨大化しているだけにキツイはず……と思った通り、キジの動きが急に鈍くなった。

 だが、毎回のことだが、最後の決め手に欠けるのだ。いくらなんでも素手で殺せるほど相手も小さくはない。

 槍か弓矢みたいなもの、いや棍棒でもいい。そんなのを作る素材が見つかれば、それだけでもありがたいのだが、この惑星にはそれすらないのだ。

 仕方なく、己の身を削ってとどめを刺すことにする。

 ふらふらと立つキジに向かって狙いを定め、仁王立ちになって構える。ヤバイ。もう息がキツイ。


「いかん!! マランウートルの顔が土気色に!! 」


「カルシウム光線だッ!! カルシウム光線を出してッ!!」


 はいはい。言われなくとも出しますよ。

 亜空間転送装置の応用だ。

 この星で今最も堅いもの……俺の体内のカルシウム粒子を取り出し、荷電・加速させて相手に叩き込むのだ。

 文字通り骨身を削った攻撃だが、一度の攻撃で使用する骨は数グラム。まあ、使いすぎなければどうということはない。

 加速された荷電粒子との激突で、キジの体は弾け飛んだ。

 もう息がホントにヤバイ。俺は、口を押さえて思い切りジャンプした。一跳びで彼等の視界から消えるためだ。さすが超低重力。まさに空を飛んでいる感覚である。

 山影に隠れたところで亜空間転送装置を始動させ、元の仮想化身アバターに戻る。そこからまた、転送装置で彼等の近くにアバターを転送するのだ。

 面倒だが、俺の正体が全裸の巨人だと知られないためには仕方がない。

 あわてて帰る途中、ちょうど、凱旋してくる科学的攻撃隊の面々と行き会った。口々にマランウートルを褒め讃えている。


「やったーッ!! やっぱりマランウートルは強いなあ」


「カッコいいよね!! あの、胸から下半身にかけて毛がいっぱい生えているところなんか、特に素敵」


 …………美的感覚も随分ズレている。

 地球じゃ、むだ毛だらけの俺はそれだけで、女性に嫌われていたものだったが。


「おいおいシンハ。どこ行ってたんだよ? マランウートル、カッコよかったぜ」


 攻撃担当のラシア隊員だ。

 自分の乗っていた戦闘機を落としてしまったクセに、のんきなものだ。


「これでまた、平和が戻ったわけだ。よかったよかった」


 それ以上にのんきなツマムラ隊長。あのキジが複数いて、巣でも作っていたらどうする気なのであろう。平和主義の彼等には、そういう発想すらないらしい。


「要救助者を捜していたら、瓦礫の倒壊に巻き込まれてしまって……マランウートルの活躍を見損ねてしまいました。残念だなあ」


「はっはっは。さあ、本部に戻ろう。戦士の休息だ」


 君ら、基本的に何もしてないわけだが。

 しかも、スタッグがないって事は、ここから歩いて戻るわけか……自分の体なら一瞬の距離だが、この体アバターでは一時間近くも掛かるだろう。疲れはしないがめんどくさい。俺は影でこっそり溜息をついた。

 俺と共に飛ばされてきた生物たちは、まだまだいるであろう。

 なんとか、素手で斃せるレベルの生物で済めばいいのだが……イノシシやツキノワグマが転送されてきていないことを心から願いながら、俺は彼等と共に歩き始めた。



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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。 はくたく様の作品は、以前から気になっていたのですが、今回初めて拝読いたしました。 危うく深夜に大爆笑するところでした。大変、楽しませていただきました。 SF設定が手堅いのが、…
[一言] カルシウムといっても空気中で粒子ビームとしてぶっぱなしたらあなどれんしなあ。
[一言] 読ませていただきました。 ウルトラマンじゃなくて、マランウートルの活躍にしびれます。 ちなみに、巨大化したキジは殺しちゃったので、その後みんなで美味しく食べたんでしょうかね?
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