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ブサイクの逆襲  作者: 黒田 容子
本編
6/33

女としての自信はないけど。別な自信ならあるの。

 あたしは、月末土曜日、残業代が出ないのも承知で、カイシャにきていた。カイシャっつても、自分の職場じゃないよ?


「同じカイシャじゃなかったら、御用になってたわよ?」

 目の前には、ちょっとアタマが上がらないお姉様な先輩。


 対するあたしは、軽くたしなめられて、ショゲてます…ンナワケ無いでしょ? まあでも、イチオウ謝っていた。


「スミマセン… 多分そうかな、と思って打ったら空いちゃったんですよ」

「権田さん、いくら何でもやりすぎよ」 

 あたしはいま、この人に会いたくて押し掛けていた。


 西東京事業部 牧瀬詩織サン


 あたしが今いる現場を、お客さんから話を持ってきた人。

 この人、元々は経理業務の内勤さんでね、人が足りないからって、営業事務も任されちゃった貧乏クジな経緯を持つ。

 仕事振りは堅実、正確無比。基本的に安定した確実性で、淡々と処理を積み上げてくれる大人のお姉様。

 

 このお客さんもまた、牧瀬さんを気に入って、どんどん仕事任せてくれるようになって。そこから、横展開で付き合いが広がった、と聞いている。


 …オフィシャル的には。


 そう、オフィシャルがあるなら、オフレコも存在するのが、大人の世界。あたし、聞いちゃったのよね。チョット耳を疑うような噂話を。


 牧瀬さんとお客さんは、デキてるらしい。


 いや、あたしだって、知りたくて知ったんじゃないわよ?そこ、誤解しないでね?

 牧瀬さんのお客さんに出入りする他の業者にさあ、あたしのお客もいたのよ。で、そのお客と一緒に同行してきたウチの作業員が凄い噂を聞いてきたから、さ。 


 何のハプニングでそうなったかは知らん。けどまあ、担当者は、聞けば結構なイケメンで、二人はひっそり同棲中だとな。


 バラしてどうこうするのも、面倒だし狙ってもないから、「あっそう?」で聞き流したけど、あたしは、妙に納得した。


 そりゃ、あんだけ横展開もするわ。




 イチオウ、きちんとハッキリさせとくけど、あたしは、庄内カナコと違って、牧瀬さんは嫌いじゃない。

 この人は、根が真面目でむしろ、責任感がちゃんとある。分からないことは、そのままにしないし、自分で努力して勉強する事も、自然体で出来る人。


 だから、客先と付き合ってるって聞いた時は、変なオトコに捕まって、人生フイにしてなきゃいいなと気になったくらいよ??品行方正、真面目で大人な優等生タイプだから、恋愛で脱線してなきゃいいなと思ったもん。

 むしろ、まあ、あんだけ清純な人なんだし、人生に派手なヒミツが一個くらい隠れてる方が面白いと思える。なので、ここは楽しいから放置。



 でも、今回 あたしが、こんなことになっちまったしさ。知恵くらい、貰いに行こうと思ったワケ。




 だか、牧瀬さんとゆっくり話がしたかったから、大いに問題ある入館を致しましたの、アタクシ。

「ずいぶん慣れてるみたいだけど…いつもこんな事してるの?」

 牧瀬さんが驚くのも無理はない。


 というのも。

「暗証番号の意味がないわね…これじゃ」

 西東京事業部の人間しか知らないはずの社員用通用口を、あたしは、難なく空けてしまった。


 だってえ?

 そうでもしないと、ゆっくり二人で話せないデショ~?



 ちなみに。何で入れちゃったかというと、アタシの管轄の作業員にさ、悪いのがいてさあ。そいつ、学生時代、ビルの掃除屋にいた時のことを教えてくれたの。


「公共の(建物の)暗証番号は、大体パターンあるんすよ。殆どがね…」

 こやつ曰く

「絶対覚えられないバカが居るんです。鍵とか暗証とか、どんなに技術があっても、最後は使いこなす人間が足を引っ張るんすよね」


 その時の話を思い出して、まさかと思って打ち込んだら開いちゃったのよ。イッヒッヒッヒッ



 そして、会話は冒頭にもどる。

「スミマセン… 多分そうかな、と思って打ったら開いちゃったんですよ」


 牧瀬さんは、ため息を吐いた。

「…で、コーヒーでいいかしら?」

 牧瀬さんは、自分のケータイで缶コーヒーを買う。そして、また同じのを買うと、そのまま1本をあたしに手渡してきた。

「西東京事業部へ ようこそ」

 その顔は、もう怒ってなかった。 


…クックックッ、そうでなくっちゃ!

あたしのテンションがひっそりと上がっていくのがわかった。



 牧瀬さんに連れられて通された事務所は、 肌寒くそして薄暗かった。というのも、物流会社自体は、年中無休なことが多いけど、事務方は休むことの方が多い。


 勧められた席に座り、さっそく世間話から話を始めてみた。

「月末締め、そっち、どうですか?」

 こんな押し込み泥棒まがいな方法で来たのは、ワケがある。


「今月は、繁忙期サマサマよ。…後少しで終わるけど。」


 牧瀬さんは、意外に社歴が長い上に、仕事もデキるので、経理の締めとかも全般的に任されてる。だから、真面目故に、月末間近の土日なら、こっそり出社してるはずだと賭けたのさ。



「…現場入って、一つだけラッキーだったのは、締めから解放されたことでした。

 そういや、日々の単発手配からも離れられたのもデカいかな」


 場が和んだら、本題を切り出そう。…人の目をはばかる話だけに、わざと今日を選んだのだから。

 世間話をしながら、いつ核心へと会話を近づけようか考えながら、牧瀬さんの返答を待った。


「権ちゃん抜けた横浜に、今月は勝つかな?と思ったけど、厳しそうね」


 牧瀬さんが笑う。…権ちゃん、か。社内では、あたしを「権ちゃん」と呼ぶ人もいる。牧瀬さんもまた「権ちゃん」と呼んでくれるなら、思ったより、あたしは好かれてるのかもしれない。

 本題を切り出すのはもう少しだけ待って、あたしは、世間話を続けた。


「…あたし、引き継ぎ漏れ起こしちゃって、何回も客先に謝り電しましたよ。」


 ちなみに。

 今回のヘルプ騒動に伴い、あたしが抱えてる案件は、上司と庄内カナコに引き継いだ…はずなんだけど、フル放置しやがった。

 お陰で、作業中に色んな客先から「返答ないんだけど?作業員でるの?出ないの?」クレーム電を受けた。

 客先からみたら、そんな人間事情なんて無関係でしかない。あたしは、「引き継ぎ漏れ」として、何度も謝っていた。


 牧瀬さんは、何かを察してくれたように呟いた。

「立ち上げやりながら、フォローもやってるのね。」

 庄内カナコの使えないっぷりは、西東京にも響いてるんだろうな… いや、もしかしたら、牧瀬さんは牧瀬さんで、似たような苦労をしてるのかもしれない。


「今月が終われば、また閑散期よ。もう少しの辛抱だから。」


 ため息のような言い方だった。牧瀬さん…それは、あたしに言ってくれてるんですか?それとも、ご自分に言い聞かせていらっしゃるんですか?


 牧瀬さん。

 たった一人で、何年も、経理業務の責任者を任されているひと。

 疲れてみえた。でも、牧瀬さんは、なんだかキレイだと思った。

 

「現場終わって、横浜に帰ったときがマジで怖いですよ。客先全部に嫌われてたりして…あたし、これで作業員達にも棄てられたら、泣いちゃうなー」


 牧瀬さんに比べて、あたしは、やっぱりブサイクかもしれない。投げられ続ける無責任な仕事を、粛々とこなし続けられるだけの包容力、無いもん。

 牧瀬さんの落ち着いた雰囲気に、何だか甘えたまま、弱気な本音を…漏らすあたしがいた。


 イイオンナって、牧瀬さんみたいな人を言うのかな。無理しても、挑戦しても、自然体。

 あたしみたいに、通常を越えた戦いを挑んだりしない…自分の限界を分かっているひと。


「権ちゃんが会って謝れば、解決するんじゃない?」

 牧瀬さんが、売りチェックをしながら、ゆっくり諭すように話した。


 ソレで済めばいいけど。…あー。済むかもしれない、と思ってくれる人が居るなら、それで済むと思うことにしようか。


あたしは、「そうですね」と答えて笑った。そしてその笑顔が、本題へ繋げるための合図だった。



 牧瀬さん、お願いがあるんです。

「大林さんのトコから、転籍で人を回して欲しいんです」


 それは、派遣業にとっては、最大のタブーなお願い。

 あたしが今いる現場の親元は、牧瀬さんの彼氏がいる部署だ。そこを知った上で、「人材が揃えられないので、そちらの従業員をウチに下さい」お願いをするという意味。


 派遣業は、人材を揃えて労働力を提供するのが仕事だ。今回、それを「出来ません。」と言うばかりか、「ウチで用意出来ないので、そっちから人を下さい」と言ってることを指す。

 しかも、お願いしてる分際で、「それでも料金は頂きます」と言うのだから、図々しいにも程がある。


 牧瀬さんが無表情で聞いてくる。

「転籍?」

 そう、転籍です。


 普通は、呆れる話だ。牧瀬さんが、そんな顔をするのは想定内。大林、という名前を知っていることも驚いたと思う。驚くのは無理もない。


 だけど、こっちは、腹を括った上で切り出している。今更 驚いたりしない。


 あたしは、貴女より女としては未熟かもしれません。ですが、これだけは胸を張って言えるんです。


 …あたしの方が、ずっとずっと稼いできた。物流業界に浸かって、苦労してきた。

 年貢のように売上と手柄をむしり取られ、ノルマだけが水増しされようが、それでも頑張ってきた。


 あたしは、あたしなりに負けない自信があるんです。


「売りとか払いとか、お金の話は これからです。今は、そうでもしないと、現場が無くなります。」


 作業員は、どうなりますか?

 貴方の彼氏もまた、立ち上げ難航すれば、火の粉は飛びますよ?


 牧瀬さんが、顔を背けた。あたしの決意に気圧された感じだった。


「あっちだって、在籍中の作業員ワーカーを抜くことは出来ないわ。

 でも、退職者なら回してもらえるかもしれない。」


 奥歯に物が詰まったような言い方…それは、アテがあるんですね?


「品川の物流センターのドンが、去年定年退職したの。嘱託で続けるかと思ったけど、本社と仲が悪い人でね…切られたと言った方がいいかしら。

 禍根あると思うけど、そこが動いてくれれば、権ちゃんのセンターは生き延びるわ」


 …凄いアテだわ。でも、その反面、凄いダークやね。

 今の日本社会、こんだけ雇用が保護された法律に溢れ出るのに「切られた」なんて。

 どんだけの闘争だったんだろろ。男のプライドと会社の威光と、入り混じった冷戦だったろうな。


 でも、そのドンは、キーマンであることには、変わらない。最大のカードは見つけ出した。あとは、ここをどう動かすか。


 やるしかない。やれるとも思う。現に、あたしは、何度も乗り越えてこれたんだから。


 まずは手始めに、名前から聞こうか。

「何て方ですか?」

「武藤正一郎さん。退職時は課長だったわ… でも私、会ったことないの。」

 牧瀬さんの歯切れが悪い。まあ、仕方ないか。存在ばかりか、名前まで教えて貰えたんだから、これで十分前進だ。

「連絡先とかって分かりますか?」

 でも、まだありがとう、は言わない。

「…知らないわ。」

「家で聞けますよね?個人ケータイとか、住所とか。」

 ありがとう、を言っては 会話が止まってしまう。本人の中で会話が終わってしまっては、あたしの勝負も終わってしまうのだ。緊張ゆえに唾液が溜まる…不快すぎてごくりと飲んだ時だった。

「…聞いてみるわ…」

 牧瀬さんが、小さく返事をした…



 静かな事務所に、牧瀬さんのパソコンの音だけが響いていた。

「立ち上げ、手伝えなくてごめんなさいね」


 そこ、前々から気になっていたのよね


「西東京って、牧瀬さん頼みで回ってるから、現場に出せないのは仕方ないですよ」


 そうは返したけど、牧瀬さんほか、西東京事業部からヘルプ人員が出ないのは、ズルいというか、不自然だと思っていた。


「…疲れる、わよね。売上の取り合いに」  牧瀬さんが呟く。そして話し続けた。

「第二センターが軌道に乗ったら、その売上は、どこの事業部で計上するか…前から会議の議題になってるわ」


 …!!


「今は、運営がうまく行ってないんでしょう? 各事業部からしてみたら、早くヘルプを引き上げて、関わらないようにしているけど。ここでもし、権ちゃんがお手柄出せば、横浜に売上が回るわよね…だから横浜事業部は、ウチにくれぐれも出てきて欲しくないでしょうね」


 アホクサ!!

 会社が儲かるんだから、そんなこと どうだっていいじゃん!

 所長連中の売上の取り合いなんて、興味ないわ。だったら、求人の掲載費とか、接待の飲み代の予算ちょうだいよっ!


「大林さんの会社も、少なからずは有るみたい、だわ

 武藤さんもまた、そこで苦労したみたい…」


 最後に牧瀬さんは、良しっ!と呟いて立ち上った。


 一台だけ取り残されたパソコンには、大林さんの会社に出入りする全下請け会社の名前とドライバーが記された作業員名簿。

 ご丁寧に、年度毎に更新してきた履歴まで残ってる…


 …持って行っていいってこと?


 あたしは、遠ざかっていく牧瀬さんの足音を聞きつつ、すぐに自分のケータイへ転送した。



 牧瀬さん、ありがとう。

 攻めるルートを他にも教えてくれて。


 あたしは、決意を新たに ケータイの新着メールを確認しながら、そんなことを思った。


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