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ブサイクの逆襲  作者: 黒田 容子
本編
4/33

働き蜂だって、感情があるんだ。

 ウチの会社に限った話じゃないと思うけど。

噂話って、ホント皆好きだね


『今回の立ち上げ、横浜事業部からは、権田だって』

 横浜事業部の権田ことあたしが立ち上げメンバーにいることは結構、早く広まったらしい。さっきも、「立ち上げどーおー?」噂好きな社員から世間話狙いの社内電話が掛かってきた。


 あーあ。

 今頃、ウチの職場もオトコどもが、好き勝手に喜んでるんだろうなあ。連中からしてみれば、あたしは、ウチの職場のアイドル 庄内カナコを制する御局みたいなもん。アイドルの敵はファンの敵との認知も、薄々感じていたわ。


 …そんなん扱いなんじゃこっちも、アンタたちの面倒見ずに済むなんて、極楽ですよーっと。




 また外線が鳴る。今度は誰だよ…ヒマ人だな?

「立ち上げって、いつ頃ケリがつきそうなの?」

うわ、お前もかよ。電話の相手に、テンションが一気に下がった。

「…さあ…?」

 あたしは、気合い入れ直して全力で、すっとぼける。

 電話の相手は、あたしが一番嫌いな男。庄内カナコ(字は忘れた)を甘やかした末に、彼氏に収まった前の上司。警戒心が、臨戦態勢を強めていく。


「さあ?じゃえよ。立ち上げメンバーに入ってるんだろ?」

 アンタなんかに話す義理なんて無い。こっちは、売上上げる最前線で身体張って、登録作業員と一緒に作業してんのに、ね?事務所でぬくぬくしてるアンタたちに、ネタを提供するわけ無いでしょ?


 でも。一応は、ヘルプメンバーの仕事をさせて貰おうか。


「全体的な運営は悪くないですよ。お客さん側のマニュアルが相当シッカリしてるので、後は生産性の問題ですね。」

 今回の立ち上げは、何故か、簡単に軌道へ乗りそうで乗らなかった。

「何でか、ピックが終わった最後の最後で、余ったり足りなくなったりするんですよね…」

 入荷総数は、合ってる。出荷総数も、データ上合ってる。でも、出荷オーダー伝票通り抜いていくと、最後の残数がいつも合わない。

 単純に登録作業員たちのポカミスなんだけど、コレがそろそろ減っても良いはずが、減らない。

「ふーん」

 前上司は、聞き流した風にいう。この人の悪い癖。鼻だけで発音するような返事は、興味がない時。


「現場の空気が、ピリピリしてるのも一つなんです。突発な事に対応出来なかったり、未経験の展開が乗るたびに、おどおどしてるから、ますます数が合わない。」

 イチオウ説明したけど、どうせ聞いちゃいないんだろうな。さて、アンタの本題はなんだい?

「人は、足りているんだろ?」

 あ、読めた。

「足りてます。後は、常駐作業員たちの中から、リーダー サブ、一軍、一般が色分け出来るようになれば…管理は楽になってくると思います。」

 たぶん、少しは満足してくれる返答だけど、完全な正解じゃない。だって、前上司が欲しいのは、そんな経過の噂話じゃ無いと思うもん。 

「…で? いつ、戻るんだよ」

 あーあ、やっぱりそこか。前上司の声がイラつき始めたことに、確信した。コイツ、彼女に泣きつかれたんだ。

 

 庄内カナコも、面倒くさいなー

 大方、彼氏の前で「権田さんの仕事まで振られて、生懸命頑張る健気で(可哀相な)ワタシ」とか、やってるんでしょ?

 

 あー、面倒くさ。前上司経由で現実に突き落としてやるわ。


「この状態なので、スタッフが慣れない限りは、無理ですよ?ヘルプ社員は現場から抜けられないです。」

 特に、あたしのいる事務部門は、最後の最後だと思う。向こうのシステムを使って伝票出力とかやるけど、エクセルを思いっきり使いこなせないと、まず難しい。マジで、フツーのOL並の要求値だ。

 庄内カナコでも、ギリなんとかかも知れない。アイツ、入社二年目で今更エクセルとか聞いてくるし。そろそろ独学で勉強しやがれとか思うんだけどね?


 前上司が言う 

「お前の後任は、お前が探して育てないと、いつまで経っても決まらないんじゃないか?」

 いやいやいやいや、勘弁して下さいよ

「現場の仕事しながら、ですか?」

「お前なら出来るだろ。」

 オイコラ、現場ナメんなよ。いくらヒマだからって、向こうの客先にどっぷり浸かって仕事してんのに、自分の会社の内職は出来ないわよ。だから、あたしは言ってやった。

「他店に当たって貰ってますよ?そちらでいえば、大島さんに伝えてます。」

 チクッと、前上司の部下の名前を出してやった。

「…そういえば、大島から報告きてたな…」

 ハイ、狭い事務所なんだから、ちゃんと連携取って下さいねー コレ、上司の仕事ですよー 大事ですからねー


 一呼吸分の沈黙の後、会話の続きが出た。

「早く出てこいよ、そこから」

 電話口から、風の音が聞こえる。…前上司の奴、外なんだ。あ、いま昼だから、可愛い彼女と電話した直後なんかしらん?

「…ウチの営業所なら、大丈夫なんじゃないですか?ちゃんと引き継ぎしてきましたし。」

 アンタなら言わなくても分かるよね、どうせ聞いているんでしょ?あたしが、誰に引き継ぎしたか。

「あの量、カナコが出来るわけ無いだろ」

 うふふ、やっぱ言ってきたか。そこが聞きたかったのよね。

「入社2年目で出来ない、は『ナイ』ですよ。」

 あの女、入社2年目ですよ? 入って3ヶ月とか半年じゃないんですよ?


 ところが、前上司は、引き下がらない。

「お前は、入社2年目で出来たかも知れない。…恵まれてたんだよ。周りに教えてくれる人がいて、環境的に良かったからな。」


 めげないなー そんなに、彼女が可愛いか。

「あたしが入社した時は、『教えてくれる人』を『教えてくれる人』には恵まれましたけど…」

 入社当時の苦労は、いまでも覚えてる…あの当時 逆に必死に『教えてくれる人』を求めて、あちこちに電話しまくったっけなあ。

 だって「聞けるのは、新人社員と名乗れる今だけ」じゃない?もう割り切って、頑張った。とにかく努力して勉強した。


…教えてくれる人は、来るまで待つんじゃない。自分で探して見つけるもの。


 けど、前上司は、平然といった。

「アイツは、あれでいいんだ。ポーっとしてるから、人より手が掛かる。仕方ないと思って付き合え。」


 なんで?

 なんで、そんな 淡々と言うの?


 怒りが遂に隠しきれなくなって、表情に出始めた。多分、隠せてないと思う。


「出来なきゃ努力する。

 給料もらってんなら、それぐらい当然ですよね?

 登録作業員たちにも、普段 同じ事いってますよね? 登録作業員に言ってる事か、何故 あたし達正社員には当てはまらないんですか?」


 あたしの訴えから、しばらく沈黙が続いた。

 でも、前所長が呟いた。


「現場を回すっていうのは、そう言うことなんだ。」

 静かな片隅に、静かに響いた一言だった。ぼそりと呟いた一言が、小さかった割には、はっきりとあたしの耳に届く。


 そう、なんだ。

 その呟きに、色んな想いが交錯した気がした。


 所長としての役割は、色々ある。

 売上が欲しい。

 でも、どんなに売上の種があっても、実際には、手間と時間が掛かる。

 契約書類を作成し、取り交わしとともに、登録作業員を現場へ送り込む手配をしないと、売上は計上出来ない。もちろん、仕事はそれだけじゃない。必要経費の支払い、請求書の発行、登録作業員たちへの給与精算、有給取得対応…あらゆる管理も存在する。


 全てを把握してるのが、あたしだった。実際は、直接関与してなくても、全客先の見積もりと作業員の給与ベースを暗記しており、派遣業務に関わるあらゆる法律も、理解している。


…簡単なことをいえば、最低線、あたしさえいれは、営業所は回るのだ。


 でも、皆はそこに甘えた。給料貰ってる義理で出勤して、怠け心と折り合いながら仕事してる。いうなれば、サボリを覚えた馬鹿ばかりだ

 どしよもない奴らは、そこで止まるどころか、キャンキャン煩いあたしから逃げるように、「可愛い庄内カナコちゃん」へ癒やしを求め流れた。


 曰わく。

 何が起きても、ぽーっとしてるんだよね、可愛い可愛い庄内カナコちゃん。見てるだけでなんか癒される…んだって。


 どうしようもないな、お前ら。


 だけど、前上司は、そこを利用して事業所を調整してたんだ。

 終わらない仕事は、やってくれる奴に回せばいい。やる気が起きない奴は、庄内カナコという、アイドルで釣って働かせればいい。


 でも、その政策も長く続かなかった


 まず、庄内カナコがさらに腐った。誉めて伸ばすつもりが、甘えに繋がり、向上心どころか、怠け心に化けた。

 次に、アタシは永遠の働きアリな面が周囲の目に留まり、上から現場立ち上げの召集が掛かった。


 振り返ってみれば、何も生まずに終わったということ。

 庄内カナコは、永遠の女王蜂どころか 賞味期限を気にした方がいいアイドルになった。


 ざまあみろ。

 働き蜂だって、感情はあるんだ。

 誰が、心配なんかしてやるか。


 ついでに、トドメの爆弾を落としてやった。

「…そちらであたしの後任を捜して貰えれば、現場から帰れるんですけどねー」

 あたし並みに都合のいい作業員を見つけてみやがれ。

「そっからが引継ぎなんで…

  ちゃんと馴染んで 仕事にも慣れて貰えるまでは、最低1ヶ月は掛かると思いますけど…」

 誰がすぐに帰ってやるかよ?むしろ、庄内カナコが、本気だして乗り切らないとヤバい状況作ってやる。


 前上司が 呻くような返事をした。


 心から、ざまあみろ。


 どうにもならないはずの、不協和音なカップルを想像してあたしはワラった

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