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7~8話

― 7 ―



翌朝,少女の地球への帰還の日はよく晴れた.

カリーヌ伯爵とともに馬車で,少女は王宮へ向かう.

服は,この世界へやってきたときに着ていた高校のセーラー服だ.

伯爵に女性は素足を見せるものではないと注意されたので,スカートの丈は最大限に長くしている.


王宮へは,一度しか行ったことがない.

前庭に馬車がとまると,黒髪の男性が迎えてくれた.

「ご機嫌麗しゅう.」

洗練されたしぐさで,ひざまづく.

そのくせ顔を上げては,少女に対していたずらの合図のようにウインクしてきた.

彼がこの王国の王子,シンである.

「私の機嫌は,あなたの顔を見たせいで最悪ですわ,シン殿下.」

カリーヌが,一緒にいる少女が困ってしまうほどにつんと冷たくそっぽ向く.

「おや,それはいただけない.」

たくましい肩をすくめて,王子はにやりと笑う.

「私の機嫌は,あなたの美しい顔を見つめるだけで踊りだしたいほどですが.」

さりげなく女伯爵の手を取り,口づける.

映画のようなシーンに,少女は一人で赤面した.


王子がカリーヌに求婚し続けていることは,この王国の公然の秘密である.

ちなみに,カリーヌが彼を憎からず思っているが意地を張り続けているのも,公然の秘密だったりする.


「さぁ,ヤヨイ.中庭へ案内するよ.」

王子は,ともに並ぶと親子のように見える少女の手を引いて,王宮内をエスコートした.

少女はこれから,王子が調べてくれた失われた古き神人の歌によって世界を越えるのだ.

「これが歌詞だよ.」

「ありがとうございます.」

少女は渡された紙を,大切に胸のポケットにしまいこむ.

たどり着いた中庭では,管弦楽団の人々がすでに準備を整えていた.


静かだ.

ここは,なんて静かなのか.


ひとり,広い図書館内で少年はあたりを見回す.

とたんに,誰を探しているのかに気づく.


いったい,自分は何をやっているのか.

図書館の仕事など,一日どころか二日三日休んでも支障はないのに.

少年は疲れたように,本棚にもたれた.

なぜ,少女の見送りに行かない?

もう二度と逢えなくなるのに.


少年が一人でうつうつとしていると,かたかたと少年のもたれている本棚が震え出した.

そして少年が振り向くひまも与えずに,何冊もの本が落ちてくる.

「な!?」

少年はあわてて逃げる.

するとぎぃとかすかな音を立てて,外に通じる扉が開いた.


けれどそこに,少女はいない.

あの日,少年のもとへやってきた少女はいない.

不安そうなまなざしで,手紙を手渡してきた少女は.


われ知らず,少年は駆け出していた.

間に合わないと知りながら.



― 8 ―



「遅い!」

息を切らして王城の中庭まで走ってきた少年にかけられた第一声が,それである.

「は,はい.」

普段の運動不足がたたっている.

少年はぜいぜいとあえぎながら,声の主を見上げた.

「ヤヨイは泣きながら,故郷へ帰ったぞ!」

華やかな美貌の,カリーヌ伯爵である.


「ヤヨイは,なんてかわいそうなんだ.おぬしはなぜ,もっと早くに来なかった.」

大仰に嘆く女主人の前で,少年はうなだれた.

「もう二度と,ヤヨイには逢えないのですね.」

少年を責めるカリーヌの横で,シン王子は何とも言えない気分になる.

少女はつい先ほど故郷へ帰ったが,別に悲しみに心を濡らしながら別れたわけではないのに.

「そうだ.おぬしが悪い!」

きっぱりと断言するカリーヌに,さすがに王子は少年に同情した.

繊細そうな少年は,カリーヌの怒声に吹き飛ばされそうだ.

「サライ君,初めまして.私はシン・クローディアです.」

まずは自己紹介をし,少年を慰めようとすると,

「ヤヨイは,」

隣のカリーヌから,黙れと鋭い視線を送られた.


愛しい女性ににらまれて,王子は何も言えなくなる.

少年はふしぎそうな顔で言葉の続きを待ったが,王子が何も言わないことを悟ると無難なあいさつを返した.

「お目にかかれて光栄です,殿下.私は,」

少年の心を,乾いた風が吹き抜ける.

静かに降り注いでいた光に,失って初めて気づいたのだ.


図書館まで馬車で送ろうという王子の申し出を辞退して,少年はとぼとぼと王城から出ていった.

いつもと変わらない街中を歩き,図書館へ戻ると,重くため息を吐く.

館内は薄暗く,静かだった.

いや,この図書館は常に静寂に包まれていた.

少年が一人で働いていたときから,少女とともに働いていたときもずっと.

少女はけっして,大声を出して騒ぐ人間ではなかった.


けれど,今の静けさと昔の静けさでは種類がちがう.

生きているものすべてが,息をひそめている静かさだ.

少年を押しつぶし,息苦しくさせるような.


夕方になり家に帰ると,

「なんて顔色だい?」

母親があきれた顔で,少年を迎えた.

「わが息子ながら鈍いとは思っていたけれど,ここまでとはね.」

やれやれ,と首を振る.

確かに少年は今まで,そういった方面には興味がなかった.

本に囲まれて,自分だけの聖域で安穏としていた.

それを後悔する日が来るとは思わずに.

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