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3~4話

― 3 ―



ふしぎと違和感を覚えない.

少年は,隣国から届いたばかりの新書の一覧表を確認する少女の背中を見やった.

異なる世界から来た少女は,ずっと昔からここにいたように空気に溶けこんでいる.

ずっと一人で働いていた少年に,違和感を与えないほどに.


少女が図書館に来てから,もう何日になるのか.

最初のころ,着ていた異国の服は,最近では着てこない.

この国の服を着て,若い娘らしく髪飾りをしてくる日もある.

けれど少女は,赤い目をして図書館へやってくる.


突然,別れることになった故郷の家族や友人たちを思っているのだろう.

夜は眠れないにちがいない.

赤い目をして,なのに弱音を吐いてくれない少女に,少年は胸がちくりとした.

「おはようございます,サライさん.」

ある日,少女は赤い目ではなく,甘いにおいをさせてやってきた.

一瞬,驚いて,しかし少年はすぐに驚きを笑みに隠す.

「おはようございます,お菓子のにおいですか?」

少女は,ほおを染めてうつむいた.

「は,はい.あの,よかったら,休憩時間に,」

すぐに口ごもる.

けれど少年には,好ましく感じられた.


「ならば今日は,僕がお茶をいれましょう.」

少女の言葉の続きは,一緒にお菓子を食べましょう.

包みの中に入っているのは,きっと少女が作ったものだ.

「いえ,お茶ぐらい私がいれます.」

少女はあわてて首を振る.

仕事の合間にお茶を用意するのは,普段は少女の仕事だ.

「たまには僕がいれますよ.」

いつも暖かいお茶をいれてもらっているのだから.

少年は弾むような軽い足取りで,仕事に向かう.


休憩時間が待ち遠しい.

さっさと仕事を終わらせようと考えていると,本棚から薄い小冊子が頭の上に落ちてきた.

貴族の若い娘たちが好む小説だ.

自分はこの手の本は読まないと冊子を本棚へ返すと,別の本棚から分厚いハードカバーの本が落ちてくる.

本は,音を立てずに床に軟着陸する.

そして風もないのに,ぺらぺらとページがめくれた.


「僕は恋愛小説は読まないよ.」

少年は苦笑して,本を拾う.

「あぁ,そうか.ヤヨイが読むかもしれないね.」

理由は判明していないが,少女はこの国の言葉をしゃべれるし,文字も読める.

この国の言葉はすべて,ニホンゴというものに聞こえるらしい.

「さぁ,ふざけるのはやめて,お客様ご所望の本を探してくれないか?」

今日の仕事は,三件ある.

依頼主は,ツィーダ男爵夫人とカリーヌ伯爵とシン王子だ.

「夫人には,幼い子どもに読み聞かせる物語を,」

少年はいつものように本に呼びかける.

自分の背に少女の視線が注がれていることに,少年はまだ気づいていない.



― 4 ―



お母さん,お姉ちゃん,そして天国のお父さん.

私は,なんとかやっています.


図書室の大きな窓から見える青い空に,少女は祈りをこめる.

どうか心配しないで.

この世界の人たちは皆,とても優しいですと.


振り返れば,少年が本と静かに対話をしている.

まるでおとぎばなしの世界のようだ.

文章が少年の脇をくぐり抜け,さし絵の空が柔らかな髪を揺らす.

本に愛される少年は今,物語の中にいる.

幻のようにかすかな立ち姿は,影すら消えいりそうに.

少女と同じ年ごろなのに,長いときを生きる仙人のような雰囲気を持っている.

彼が,この図書館の主だ.


お昼休みに少年に促されて焼いたクッキーを見せると,少年は珍しく驚いた顔をした.

またたきをした後で,してやられたと苦笑する.

「このクッキーの作り方を教えたのは,ユウヒですね.」

「なんで分かるのですか?」

友人の名前を当てられて,少女はびっくりした.

ユウヒは少女と同じ歳の,カリーヌ伯爵邸のメイドである.

「このクッキーが焼けるのは,うちの家族だけですから.」

少年はおかしそうに,くすくすと笑い出す.

「ということは,」

混乱したままで,少女は問いかける.

それに,この人間臭さの感じられない少年の口から,家族という言葉が出てくるとは思わなかった.

「サライさんは,ユウヒのお兄さんでマイカさんの息子さんですか?」

マイカはユウヒの母親で,同じくメイドとして働いている.

身寄りのない少女をいつも気にかけてくれる,優しい女性である.


「そうですよ.僕にもヤヨイにも黙っているなんて,母さんもユウヒも人が悪いな.」

少年は楽しげに笑うばかりだが,少女は赤面する心地だ.

まさか少年の家族とは思わずに,求められるままに仕事の話を何度もした.

館長の少年は優しいだの,落ち着いていて同じ年ごろに思えないだの,重い図鑑を軽々と持ち上げるから意外に力持ちだの.

「わ,私,いっぱいサライさんの話をしました.」

少年の瞳に,いたずらっぽい光が輝く.

その表情に,少女は妙に,彼は同じ年ごろの男の子なのだと実感した.

「どうりで最近,ユウヒに『お兄ちゃんはじじむさい.』と言われるわけだ.」

「そんなことは言ってないですよ!」

とんでもないせりふに,少女はあわてて否定する.

すると少年は初めて,声を立てて笑った.


生身の少年の顔で.

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