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この作品は東方projectの二次創作となります。苦手な方は戻られることをお勧めします。
この作品は鬱要素を含みます。苦手な方はお戻り下さい。
「…………沙、魔理沙!」
ふと気付けば、誰かに揺さぶられる視界の中に、必死な形相のアリスの姿があった。その背後には鬱蒼と茂る木々が枝を広げ、その隙間からうっすらと木漏れ日が差し込んでいる。どうやらここは、私の慣れ親しんだ魔法の森のどこからしい。場所こそわからないが、いつもの森の匂いが鼻を突いていた。
どうやら、私は倒れているらしい。仰ぎ見る虚空には障気が漂い、木漏れ日もどこか霞んでいる。目を擦ろうとしてみたが、それすら適わないらしい。腕は鉛のように重く、気付けば瞼すら開いておくのは億劫だ。
「……あぁ、アリスか。どうしたんだ、こんな所で」
「どうしたんだ、じゃないわよ! 貴方、こんな障気の濃い森に無防備な人間が入るなんて、死ぬ気なの!」
必死な形相のアリスは、私を抱き起こしたかと思えば横抱きに抱え上げ、重たそうな足取りで歩き出す。額には、汗が滲んでいた。
「なぁ、何でそんなに必死なんだ?」
「貴方が死にかけだからよ! 早くこの森から出ないと!」
「そうか……」
段々と、記憶が繋がってくる。
……結局、私は見つけ出されたのだ。一人でいたい、という私の願望は、願望のままで終わってしまったようだった。
少しだけ悲しくなって、私は瞼を閉じる。薄い肉に隔たれた光は届くことも叶わず、閉ざされた漆黒の闇に私は渦を巻くように落ちていくのがわかった。
「魔理沙!」
「……なんだよ、うるさいなぁ」
「目を閉じては駄目! 意識をしっかり保って!」
再び開いた瞼から、暖かな木漏れ日が届いている。心なしか、障気は薄くなってきているようだ。
「霊夢との勝負はどうなったの? 図書館の本を読み切るっていう目標は? 本物の星を作るって言ってたじゃない!」
「……あぁ。そんなこともあったな」
霊夢との勝負なんて、絶対に勝てる筈がない。あんな人間離れした、いや、妖怪すら適わない奴に適う筈がない。図書館の本なんて増え続ける一方で読み切れる訳がないし、本物の星なんて、人間の私が頑張ったところで、精々光る物体を高速で飛ばすくらいが関の山だ。どれもこれも、私になんて出来るはずがない。到底、無理だ。
諦めが私を支配して、心ない笑みが勝手に零れた。
「……っ! そんな顔しないでよ! 魔理沙らしくもない」
「……私らしい、か。私らしさって一体、何なんだろうな」
「魔理沙……」
アリスが泣きそうな顔をする。本当に今にも泣き出しそうな、悲しい顔。こいつのこんな顔は見たくなかった。想定外だった。
アリスの歩みが止まる。少し首を動かせば、少し古ぼけた洋館が見える。青い屋根が木漏れ日によく映えていたことが、印象的だった。
扉に近付けば、人形が自ずからか扉を開けた。アリスは体を捻って私が壁にぶつからないように館へ入ると、居間にあるソファへと私を運ぶ。そしていそいそと暖炉に火を燃べた。それを相変わらず鉛である両手で顔を覆うまで、見続けていた。
暫く経って、薄れかけていた記憶がはっきり繋がり始めた。意識が曖昧だったとはいえ、自身の呟いた言葉を思い出すと、どこか気恥ずかしい。
「……アリス」
「何?」
「……すまんな。色々と」
「別に」
素っ気ない態度で返事をするアリスは、紅茶を啜っていた。障気のつんとした臭いとは違った、胸の透くような匂いが部屋には漂っていた。一度だけ、私は胸一杯に空気を吸い込む。その中には、紅茶に混ざって嗅ぎ慣れたアリスの家の匂いが隠れている。それに少しだけ、安堵する自分がいた。
「なぁ、どうしてあんなに必死に私を助けてくれたんだ?」
「……」
「私なんて、ただの邪魔な存在だろう? 本は盗むし、どこでものさばるし。……くたばった方が、良かったと思う奴は沢山いる」
「……」
「なぁ、何とか言ってくれよ」
否定して欲しい。それが正直な気持ちだった。死にたいと思っていたのは事実。だが、その中で自分は特別だ、という甘えた考えが脳裏を掠めて、私の価値を正当化してしまっているのだろうと思う。……寂しい奴。その言葉が今の私に似合っているのは、自分が一番わかっていた。
「魔理沙らしさって、何なんでしょうね」
「……え?」
「本を盗むのも魔理沙。物を壊すのも魔理沙。でも、笑顔を、元気をくれるのも、魔理沙なの。そんな魔理沙に、笑顔でいて欲しいと思うことは、悪いことなのかな?」
「笑顔って……お前」
「私は魔理沙がいなくなるのは嫌だよ。だって、悲しいもの」
アリスは微笑んだまま、涙を流していた。透き通るように白い両頬を伝う涙は、ぽつりぽつりと衣服を濡らす。その姿はまるで精巧に出来た人形のようだった。
きっとアリスは私の笑顔を望んでいる。元気な私が、またやんちゃをすることを望んでいるのだ。そうやって望んでくれる人がいるならば、私はまだもう少し、頑張れそうな気がする。もう少し、生きられそうな気がする。
あぁ、私はこんなところで寝ている場合ではない。立たなければ、笑わなければ、私としての価値が無いのだ。そう心に言い聞かせ、足に、体に、力を込める。万全とはいかないものの、どうにか動いてはくれるようだ。
ソファから立ち上がろうとした刹那、アリスは唐突に抱きついてきた。その反動で私はソファに押し戻さる。アリスは、力強く私を抱きしめた。
「無理をしちゃ駄目! そんなに頑張らないで! そんなに自分を攻めないで! もっとゆっくり……。ゆっくり歩いて行こうよ。大丈夫だから、私が、いるから」
アリスが話す端から私の感情が爆発し、涙が止め処なく溢れ出した。自分でもよくわからないがきっとこれは、嬉し涙なのだろう。
いつの間にか、私はアリスをぎゅっと抱きしめていた。