0007 喫茶店のバイト。
日が昇りかけてきて、すっかり暑くなってきた。
重たくないけど、スーツケースを転がして歩いていると汗が出てくる。
今から連絡すれば今日のバイトに間に合いそうだな……
「うるしちゃん。今日ってこの後の予定は?」
「そうね~。いっぱいやりたいことがあるけど……。トリトン、なんか用事があるの?」
「できれば、バイトに行きたいんだけど……」
「いいよ~。働かざる者食うべからず、だもんね。じゃああたしは、もうちょっとブラブラ団について調べてみる!」
「危ないことはしないでよ……」
うるしちゃん、無茶なことしそうだからな……
「ねぇ、トリトン。グランデって『鈴木グランデ』じゃないよね?大きい方の鈴木でグランデなんだよね?」
「うん。本名は鈴木勝人。見ての通り長身でイケメン、成績優秀、スポーツ万能、親は金持ちと僕には持っていないものが全て揃っている……。僕がどう転んでも勝てない奴だよ。ああ見えて一年の時はすごくいい奴だったんだよ。そのうち付き合いがなくなっちゃって、今日久々に会ったんだけど……」
「ふーん。あたしはトリトンの方がイケメンだと思うけどなぁ……優しいし……」
カラスになると美的感覚もおかしくなるのだろうか……
「ところでうるしちゃんは、なんで僕をクロウライダーに選んだの?」
「うーんとね。選んだっていうか、探してたんだよ。小さくて優しそうな人をね。大きかったらあたしに乗れないし、優しくない人だったらカラスなんか相手にしてくれないでしょ? だからトリトンは選ばれし者なのだ! きゃはは!」
ああやって色々な所のゴミ置き場の前でずっと探してたんだ……
苦労したんだろうな。
カラスだけにクロウ……なんちゃって。
家に着くと、スーツケースを置いてうるしちゃんと別れた。
バイトに行く前に銭湯に行っておこう。
汗もかいたし、ちょっとゴミ臭い。
僕は汗をかきながら銭湯へ行き、汗をかきながら銭湯から帰ってきた。
あんまり銭湯に行った意味ないな……
自転車に乗ってバイト先まで行くとさらに汗をかいた。
もう別にどうでもいいや。
うるしちゃんだって、真っ黒な羽に覆われてて暑いだろうに我慢してるんだから……
「おはようございます!」
「おおー、ショートくん! 今日は元気いいね! その調子で接客も頼むよ!」
「あ、はい」
僕がバイトをしているこの喫茶店は、ものすごく暇だ。
サーフィン好きのマスターが、趣味でやってるような店だから、あんまり客を入れないようにしている。
「今日は行くんですか?」
「うん。ショートくんが来てくれたから、任せていいよね? 波が俺を待っているぜ!」
僕が頷くのを確認して、マスターは出て行った。
シーズン中は暇さえあれば波乗りだ。
僕が来ない日は仕方なく店番をするか、店を休みにしてしまう。
店はログハウス調の作りになっていてなかなかおしゃれ。
夏場はマスターの意向で窓を開けっ放しにして冷房はなし。
だから特に夏場はお客さんが来ない。
これで商売が成り立ってるんだから不思議だ。
今日もどうせ2~3組しか客は来ないだろう。
僕はカウンターの中で適当に雑誌を読んだ。
カランカラン。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
女の子が一人で喫茶店に?
僕はメニューを渡して、お決まりになりましたら声をかけてください、と言うとカウンターに戻った。
女の子はメニューを真剣に見ている。
よく見ると、かわいい女の子だな……
女の子がこっちを見た。僕は寄って行きながら聞いた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ええと、アイスティーをひとつください」
「はい。アイスティーですね?」
「あの……。ここで本を読んでもいいですか?」
「もちろんです。ごゆっくりどうぞ」
喫茶店で本を読んでもいいか聞く人なんて初めてだ。
みんな当然のように飲み物一杯で長居するのに……
「お待たせしました、アイスティーになります」
アイスティーをテーブルに置くと女の子はもじもじしている。
「あ、あの……。他になにか注文がありますか?」
「い、いえ……。ミルクもらってもいいですか?」
「あ! 失礼しました。すぐにおまちします。てへぺろ」
「てへぺろ?」
しまった!うるしちゃんのマネをしてしまった!
「いや、なんでもないんです。忘れてください!」
女の子は笑った。笑うとまた可愛い。
慌ててミルクを持っていくと女の子はお辞儀をした。
「ここって冷房がきいてなくていいですね。私、冷房が苦手なので」
「マスターの意向なんですよ。店員にとっては地獄ですけどね、ははは」
また女の子は笑った。
女の子に洒落を言えるなんて、僕も変わったもんだ。
うるしちゃんのおかげかな。
「私、白鳥真白って言います。店員さんは?」
「あ、僕は鈴木鳥屯です。あだ名はショートです」
ましろちゃんは首をかしげた。
「あ、あの……もう一人鈴木って奴が同じ大学にいまして、僕はちっちゃい方だからショート。大きい方はグランデなんです。スタバ的な意味で……」
ましろちゃんは、また笑った。
「ましろちゃんは……あ……」
「いいですよ、ましろで。じゃあ私はトリトン君って呼びますね。」
僕は照れた……
「ましろちゃんは、このあたりに住んでるんですか?」
「ええ。それと……。敬語、やめません?あ、やめない?歳も近そうだし……」
「はい。いいですよ。あ、いいよ」
二人して笑った。
喫茶店には生暖かく、それでいて気持ちいい風が流れ込んできた。
※作者からの余計なお世話コーナー。
こんな店、成り立つワケがないですよねw
でも、こんな店を経営してみたいですw