0006 キセルを見つけた所。
つんつん。
んー?
つんつん。
なんか、つんつんされてる……
僕は寝ぼけながら、うるしちゃんがいることを思い出した。
ゆっくり目を開けると、目の前に生足があった。
「あ! うるしちゃん! ちょっと!」
巨大化してる!
僕は慌てて飛び起きた。そしてキセルをくわえた。
「何してるの? ビックリしたじゃない!」
するとうるしちゃんは、何か喋りたそうにして、もぞもぞしながらどんどん小さくなっていった。
「大きく息を吸って、ゆーーっくり吐き出さないと、どんどん元に戻っちゃうの。だから巨大化してる時は喋れないんだよ」
すっかりカラスだ……
ん? 僕はがっかりしてるのか?
「そうだったんだ……。小さい声で喋ってもダメなの?」
「あ! 喋る時はいつも全力だから試したことないかも!てへぺろ。」
確かにいつも、声は大きい。
僕は何時だろうと時計を見た。
え?
「うるしちゃん? いつもこんな早起きなの?」
「うん。カラスになってからは……」
3時半…………
夏でもまだまだ暗い時間だ。
「で、今日は……。あ、そうそう! キセルを見つけた所にいくんだっけ?」
「うん! ここから近いんだよ!」
ピッチャーさんの所は「そんなに遠くない」って言ってたけど、そこそこ遠かった気が……
「どこいらへんか、わかる?」
「うーんとね、飛んでいけば8分!」
飛んでいけば?
「自転車だとどれぐらいだろうな……」
「なに言ってるの? トリトンは私に乗っていくんだよ! 君は選ばれし者、クロウライダーなのだ!」
乗る?
「巨大化したうるしちゃんに乗るってこと?」
「そう! ほら! トリトン……あ、海の方ね。あのトリトンはイルカに乗ってたじゃない? こっちのトリトンはカラスに乗るの! 空のトリトンだね! きゃはは!」
無理だと思う……
でも、うるしちゃんには言えない。
やってみてダメだったら諦めてくれるだろう。
「じゃあ、試しにちょっとやってみよう! どこがいいかな……。あ、ちょっと遠いけど運動公園があるから、そこだったら広いからいいかも!」
「あ、知ってるよ! あそこの運動公園でしょ? ローラー滑り台とかプールとかある所。あそこなら飛んでいけば1分だね!」
自転車で10分かかる……
「あ、そうそう! トリトンはナイフをきちんと腰に付けるように! 髪とマントはもういいや、きゃはは!」
公園までは飛ぶのを遠慮させてもらって、僕が自転車を操縦しうるしちゃんはカゴに乗ってもらった。
カゴ付き自転車なんてカッコ悪いと思ってたけど、この時ばかりは良かったと思った。
公園に着くと当然誰もいなかった。
「では、これから作戦を発表する!」
うるしちゃんは本当にやる気だ。
「まず私が巨大化するから君はおんぶのように私に乗ってくれたまへ! 作戦は以上だ! 何か質問は?」
ざっくりすぎる……
「おんぶみたいに乗ればいいんだよね? 首にしっかりつかまればいいかな?」
「その通りだ! トリトン君! 君はなかなか筋がいいな!」
まだ何もしてないけど……
「じゃあ、巨大化するね」
うるしちゃんがうつむいた。
そして上を見上げると、どんどん大きくなって行く!
昨日と同じ大きさになって、生足が出てきておっぱいが膨らんだ。羽は生えてるけど。
「じゃあ、乗るからね……。ホントにいいんだよね?」
うるしちゃんは頷いた。
僕はうるしちゃんの首に両手でつかまった。
ちょっと勢い良くつかまったせいでおっぱいに触ってしまった。
「いやん! トリトンさんのエッチ!」
うるしちゃんは小さい声で言った。
僕は照れた。
「じゃあしっかりつかまっててね!」
うるしちゃんは大きく横に翼を広げた。
と、同時に宙に……
浮いた!!!
飛んでる!本当に飛んでる!
振り落とされないように、僕はうるしちゃんにしっかりとつかまった。
しばらく上の方に向かって飛んで、その後、地上と水平になった。
うるしちゃんは僕を気遣ってか、そんなに大きく翼を動かさない。
僕は試しに、座るような体勢を取ってみた。
座れる!
き、気もちいい……。鳥ってこんなに気持ちいいものなのか……。
これで立てれば本当に空のトリトンだ! 怖くて立てないけど……
ん? ちょっと待てよ……
「うるしちゃん! これ、降りる時どうすればいいの?」
聞こえてないみたい……
もう一度大きな声で言ってみた。
「うるしちゃーん! 降りる時って……」
「えーーー? なにーーー?」
途端にうるしちゃんは小さくなっていった。
え?
落ちていく……
僕は思わず目をつぶった。
ドサッ!
なんか柔らかい物の上に落ちた。
「トリトン大丈夫? 生きてる?」
うるしちゃんがつんつんしてきた。
「なんとか大丈夫……」
ん…… なんか臭い……
僕は辺りを見回した。
なんだかゴミみたいなものが見渡す限りにある。
これは……ゴミの山?
でもゴミのわりにはそんなに汚くはなさそうだけど……
「ねぇトリトン。ここブラブラ団の宝の山みたい……」
え? 宝の山?
「あのゴミ漁りしてるフリして集めてるっていう?」
「そう。ちょっとそれ開けてみて。」
僕が着地したところでクッションになったであろう柔らかいスーツケースだ。
僕はチャックを開けてみた。
「うわ〜! カワイイ! これ女の子の服だよね? あたし、似合うかな?」
想像つかない……
「ぎゅうぎゅうに詰まってる。まだまだ着れそうなのばっかり……」
「ねぇ、トリトン。これもらってっちゃわない?」
「え? ブラッディ・ブラックの宝なんでしょ?」
「だからもらってくのよ! あいつらゴミから集めてるんだから、一回誰かが捨てた物でしょ? だからいいの! ねぇ、いいでしょ?お願い」
あ、僕が運ぶのか……
「それよりブラッディ・ブラックの人たち、ここに来ないの?」
「今の時間は必死にお宝を取りにいってる時間よ。夜中のうちにゴミを出す人っているでしょ? それを狙ってるの。あと、ブラブラ団の人たち、じゃなくてカラスたちね! きゃはは! よし!やろーども! 今の内にずらかるぞ!」
「へい!」
僕はスーツケースを持った。
ちょっと早足で歩き、小走りになり、気がつけば全力疾走になっていた。
スーツケースにキャスターが付いてて良かった。
宝の山からだいぶ離れた所でスーツケースを転がし始めた。
うるしちゃんはスーツケースの上にちょこんと乗っかった。
「うるしちゃん、話しかけてごめんね、飛んでる時。」
「あー! トリトン、どこか痛い所ない?」
「ないかな……。あ! うるしちゃん! その足、どうしたの?」
うるしちゃんの足から少し血が出ている。
「あぁこれね。落ちる時に無理とは思ったんだけど、トリトンのこと捕まえて飛ぼうとしたの。そしたらやっぱり無理だった。てへぺろ」
巨大化してないのに、僕のこと持って飛ぶなんて無理に決まってる……
「ありがとう。ごめんね怪我させちゃって……」
「平気平気! こんなのカラスやってればしょっちゅうだよー」
カラスって大変だな……
徐々に空が青くなってきた。夏の早朝ってなんか気持ちいい。
体とスーツケースからちょっと臭いがするのがなんだけど……
キセルを見つけた所まで歩いていく途中、ゴミ置き場というゴミ置き場にカラスがいた。
あれ全部、ブラブラ団なんだろうか……
「ここだよー!」
目の前にはどでかい洋館があった。
「入ってみようか…」
え?
「冗談〜。入ったらミイラが出てきたり、温室のドアに「奈美」って書いてあったりするんだろうね。きゃはは!」
弟切草じゃないか!
「で、どこでキセルを見つけたの?」
「これだよ〜。この中」
洋館の塀に沿ってポリバケツのゴミ箱が何個も並んでいた。
不思議とここにはカラスがいなかった。
「そっか……って、うるしちゃん、ここ漁ったの?」
「うん。だってここのゴミ箱ってブラブラ団もいないし、生ゴミとか入ってないんだよー」
そうなんだ……
「ちょっと開けて確かめてみようよ」
え?
「なんかよそのうちのゴミ箱開けるのって気が引けるなぁ……」
「じゃあ、あたしがやる!」
うるしちゃんは器用にゴミ箱のふたを開けた。
興味本位でちょっと覗いてみた。
なんか機械の基盤やら金属製のものなど臭わなそうなものばかりだ。
「トリトン、こっちきて!」
うるしちゃんが全部のふたを開けてその内の一つの上にとまっていた。
なんだろう。
「ほら、これみて! 何かかわいくない?」
小さい金属製のロボットが入っていた。
胸の部分の大きなプラスティックの窓のような所を除いては、全部金属製だ。
他には何も入っていない。
まあ、かわいいと言えばかわいいけど。
「こんな所に捨てられて、なんかかわいそう……。トリトン、なんとかできないかな……」
うーん。簡単な作りだったら何とかなりそうだけど……
「とりあえず持って帰って、家できちんと見てみよう」
スーツケースの中に、さっとロボットをしまった。
「ところで、ここにこのキセルが?」
ゴミ箱のふたをひとつひとつ閉めながら僕はうるしちゃんに聞いた。
「うん。このゴミ箱の中に捨てられるのを見たの。その人、捨てる前にそれをくわえて大きな鳥と話してたんだ」
なるほど……。
それでこのキセルが鳥と話せる道具だと思ったのか……
「その人ってさ……」
「おい! ショートじゃないか! うちのゴミ箱になんか用か?」
あ!
「グランデじゃないか! ここって君の家だったの?」
大きい方の鈴木。すなわちグランデだ。
「ここはウチの会社の研究所だ。俺が継ぐ予定のな!」
なんか高圧的だ。グランデってこんなキャラだったっけ?
「そうなんだ! すごいね! ゴミ箱は……ゴメン。ここだけカラスがいないから何でかなと思って……」
「いるじゃないか、そこに!」
あ、うるしちゃん……
「このカラスはさ、あの……。悪い奴じゃないっていうか……」
「ところでショート、その首からぶら下げてるキセル、どうしたんだ? 拾ったのか? まあ、いらなくて捨てたんだからお前にやるけど。」
「グランデのだったのか……。ゴメン。返そうか?」
「だから、いらないって!」
怖い……
大きい体で怒鳴られると、なおさら怖い。
「ご、ごめん……」
それしか言えなかった。
「じゃあ、俺、今から帰るから。ふたを全部閉めといてくれよ!」
「うん。ホントにゴメン。」
グランデは後ろ姿で軽く手を挙げた後、敷地内に戻って行った。
そしてすぐに、真っ赤な左ハンドルのオープンカーに乗って出て行った。
「なんかやな奴ー」
うーん。イメチェンした?
「あんな奴じゃなかったと思ってたんだけどな……。少なくとも1年の時は……」
「まっ! いいや! あいつがキセルを捨てなかったら、あたしとトリトンは話せなかったわけだしね、きゃはは!」
そっか……。キセルがどんなものか知ってて捨てたんだよな……
「そうだね。ちょっと嫌な奴だけど、感謝しなくちゃね」
僕とうるしちゃんはゴミ箱のふたを全部閉めると帰路についた。
飛んで行くと8分の所、歩くとどれくらいかかるんだろう。
うるしちゃんが一緒だからいっぱい歩いても退屈しなさそうだけど……
※作者からの余計なお世話コーナー。
読み返すと、この回長いなぁw
2話に割っても良さそうですね^^;