0005 GO!GO!トリトン。
家に着く頃にはすっかり夜になっていた。
さっと自転車を片づけて、階段を駆け上がり、慌ただしく自分の部屋に入ると、僕は窓からうるしちゃんを呼んだ。
バサバサという音を立ててうるしちゃんが窓から入ってきた。
「へぇー、トリトンの部屋ってこんな感じなんだ」
うるしちゃんはキョロキョロと部屋を見回した。
6畳一間で、あとは形ばかりのキッチンと、ちっちゃいトイレがあるだけの部屋だけど、じっくり見られるとなんか照れるなぁ。
「えっと……。あ、そうだ! うるしちゃんおなか減ってない?」
今日は朝から飲み物しか口にしてないからペコペコだ。
「減ってるけどいいよ。明日早起きして新鮮な青虫でもたべてくるから」
やっぱりカラスなんだなぁ……
「今からおにぎり握るから一緒に食べようよ!」
「えぇ~! いいのー? ダメって言われても困るけど、きゃはは!」
僕はちょっと待っててと言うと、冷蔵庫におにぎりの具があるかチェックした。
なにもない……
「あのさうるしちゃん……。塩のおにぎりって好き?」
「おまんまが食べられれば文句はありません! 贅沢は敵だー!」
ホントに優しい子だ。
僕は石鹸をつけてよーく手を洗って、今朝食べようと思っていた昨日の残りご飯で、塩のおにぎりを作った。
「ほかほかのご飯、超久し振りなんですけどー! いただきまーっす!」
お皿の上に乗ったおにぎりを器用にくちばしを使ってつついている。
僕もおにぎりを食べた。
うるしちゃんは食べながら何かを言ってるようだったけど、理解できなかった。
キセルをくわえながら食べるわけにもいかないし……
慌てて食べ終えると、僕はすぐさまキセルをくわえた。
「お! 食後の一服だね!」
「ところでうるしちゃん。色々聞いてもいい?」
「食べながらで良ければお答えしますとも!」
僕は頷いた。
「ブラッディ・ブラックってなに?」
「うーん、いきなりそうきましたか! では説明してしんぜよう! ブラッディ・ブラックとは不良カラスの集団で、ゴミを漁ってるカラスはほとんどブラブラ団の一員なのだ!」
ブラブラ団?
「カラスって、生ゴミを漁ったりしてるでしょ? あれって食べのもが欲しいわけじゃないんだよ。ゴミの中にはたまに凄いお宝が入ってるの。まだ使えるおもちゃだったり、貴金属だったり、お金だったり、個人情報だったり……。ブラブラ団は生ゴミを漁ってるふりをして、そういったお宝を集めてるの。そしてそのお宝が彼らの資金源になるの」
「資金源……。なんか悪者っぽい響きだな……」
「だって悪者だもん。奴らはスズメとかハトみたいな弱い者から餌を奪ったりもするの。同じカラスとして許せない! だって奴らのせいでカラス全員が悪者扱いされてるんだから。だから懲らしめたいと思ったの!」
正義感の強い子だ。
しかし……
「僕って今、からかわれてないよね?」
「きゃはは! ごめんごめん、これは本当! トリトンって素直だからね」
本当なんだ……
「今度はあたしから質問していい?」
「もちろん」
「トリトンは、なんでトリトンって名前なの?」
おおー! 僕の持ちネタをうるしちゃんの方から振ってきた!
「それはね……。僕のお父さんとお母さんが子供の頃に“海のトリトン”ってアニメがあってね……。あ、そうだ。ネットで見られるかもしれないから検索してみようか?」
僕は机の上のノートパソコンを開いた。
検索してみるとすぐに動画が見つかった。
再生しながら僕はネタを披露した。
「このね“海のトリトン”が僕の両親は大好きでね。こんな子に育って欲しいから鳥屯って名前にしたんだって。でもさ『海の』なのにさ『鳥』っておかしいよね。あはは!」
うるしちゃんは画面に食いついて、僕の話を全然聞いてない……
「かっこいい! ねぇトリトン。この格好してみない? まず、髪は緑色にするでしょ、赤いマントはどこかで買うかな……」
「ちょっと待って! 何で僕がこの格好しなくちゃいけないの?」
「いいじゃん! このイルカの役はあたしがやるからさ! あっ! こんなところにナイフがあった! ちょっとこれ持ってみて!」
机の上にあったペーパーナイフをくわえてる……
「無理だよ……。髪の毛を緑になんかできないし、それにこのシャツ、どこにも売ってないと思うよ」
「探してみないとわかんないじゃん!」
「無理! 無理! 無理! 無理ィ!」
「トリトン、何でDIO様みたくなってんの! もういい! トリトンのケチ!」
そう言うと、うるしちゃんは窓から飛んで行ってしまった……
「DIOは無駄無駄無駄ァー! だし……」
僕の独り言は虚しく宙を舞った。
うーむ。
帰ってこなかったらどうしよう。
こういう時は捜しに行くもんだよな。
でも、一人になりたいのかもしれないし。
どうしよう……
ホント優柔不断だな……
机の上を見るとうるしちゃんの羽がひとつ落ちていた。
捜しに行くっ!
「トリトン! 行きまーす!」
僕はキセルとうるしちゃんの羽を握りしめて外へ飛び出した。
飛び出たものの、どこを探せばいいんだろう……
とりあえずあそこに行ってみよう。
僕は走って、朝にうるしちゃんと話した公園へ行った。
うるしちゃんと話したベンチに着くまでの間、いちゃつくカップルを3組も見た。
ある意味、名所だな。
うるしちゃんと話をしたベンチに近づくと、男女の声が聞こえた。
「しっ! しっ! ちょっとこのベンチ使いたいんだからあっち行ってよ!」
「なんなんだよ、このカラス! 全然動こうとしないぞ!」
僕はちょっと離れた所から、わざと大きい声で叫んだ。
「うるしちゃーーーーーーん! どこーーーー!」
すると
「やべっ、誰か来た。あっち行こうぜ!」
成功成功。
ベンチを見るとうるしちゃんが座っていた。
「あのー。うるしちゃん……」
「怖かったよー! 変な奴に叩かれるかと思った。もっと早く来てよ! トリトンのアホ―――!」
うるしちゃんは僕の胸に飛んできた。
僕はうるしちゃんを受け止めた。
腕の中にいるうるしちゃんに向かってゴメンと言った。
そしてうるしちゃんを肩の上に乗せて
「アホちゃいまんねんパーでんねん!」
「ホント、トリトンはツメが甘いなぁ~。肩にカラスをのっけてるのは『知っとるケ』だよ! きゃはは!」
古い番組なのに、良く知ってるなぁ……
「それとね……。これでいい?」
と僕は腰の辺りを見せた。
「トリトン、腰にナイフ付けてる! トリトンがトリトンになった!きゃはは!」
すっかりご機嫌は治ったみたいだ……
うるしちゃんの羽はお尻のポケットにそっとさして、Tシャツを上からかぶせて隠した。
部屋に戻ると、眠気が急に来た。
今日は早起きだったしな……
汗をかいたからお風呂に入りたいけど、銭湯に行くのは面倒だな。
「うるしちゃん。ちょっと今裸になって体を拭いてもいい?」
「いいよ~! 見ないから安心して!」
別に見てもいいけど……
タオルを濡らして全身を拭いた。
風呂なし部屋に住むものにとっては、これがお風呂になることもある。
そういえば……
「あの……。うるしちゃん、お風呂ってどうしてるの?」
「うーん。適当に水浴び。臭かった?」
僕は首を横に振った。
ピッチャーさんと比べれば……なんて口が裂けてもいえない……
「もし良かったら洗ってあげようか? これ、お風呂にして。」
食器用の桶……
「いやーん。トリトンさんのエッチ!」
お前はしずかちゃんか!
「じゃあここにお湯を張って、ボディソープを薄めておくから入りなよ。見ないから安心して!」
「えー。洗ってくれないの~?」
どっちやねん!
「いいよ。じゃあおいで」
うるしちゃんはバサッと食器桶に入った。
「あー気持ちいい! しっかり洗ってもらったの、カラスになって初めてだー」
女の子なのに、かわいそうに……
「かゆい所はございませんか?」
「んーとね、頭!」
僕は頭をごしごしとあらった。
こうやって洗う分には、人間とカラスで別に興奮もしない。
「一回お湯を捨てて、新しいお湯を入れるからゆっくり浸かってね」
「ありがとー」
うるしちゃんは、ふんふん言いながらゆっくりお湯に浸かっている。
カラスの行水って言うけど、あれは嘘だな……
そんな事をぼんやり考えていると、いよいよ睡魔が襲ってきた。
もっとうるしちゃんと色々話したいんだけど……
心とは裏腹に、僕の体は眠りについてしまった。
※作者からの余計なお世話コーナー。
知っとるケ
http://goo.gl/nX1f2
DIO様というか、ザ・ワールドがいってるかな…w
http://debulog.up.seesaa.net/image/1164284703777.jpg
「海のトリトン」動画ありましたw
http://www.youtube.com/watch?v=MqnknEoNF1M