0004 ホントに女の子カラス。
「こいつホントにいい奴でな。俺の所にちょくちょく遊びに来ては、ビールやらチューハイやらのアルコールを持ってくるんだよ。どこから持ってきてるのかは俺の知ったことじゃないけどな」
どこから持ってきてるんだろ……
「そんでさ、その日はこいつ、日本酒を持ってきたんだよ。あの葬式ごっこで菊の花を挿すちっちゃいビンの奴な」
葬式ごっこって……
「それもさ5本でワンセットになってる奴でさ。俺は心から喜んだよ。だってチビチビ飲まなくていいんだぜ? だからさ、勢いよく飲んだんだよ、4本までな。そしたらどうなったと思う?」
うーん……
「吐いた?」
「ばっきゃろー! 吐くなんてそんな勿体ないことするか! ベロベロになっちまったんだよ。俺としたことが……。で、ベロベロになった俺は迂闊にも家の横で寝ちゃったんだよ。家の横ってここな」
ダンボールハウスの横を指さしてる。
「家の外で寝るなんてよ、お行儀が悪いだろ? でもよ、確かにここで寝ちまったんだよ。それでよ、ふと気がついたら、親切な誰かさんが俺を家の中まで運んでくれたんだよ。えっちらおっちらとな。なあショート、誰だと思う?」
誰だろ……
「おまわりさんとかですか?」
「お前はホントにバカだなー。ポリ公が俺の相手なんかすると思うか? あいつら俺に触るときだって警棒を使うぐらいだからな。まあ、いいや。俺もさ、朦朧としてたもんだからその時は誰だかわからなかったんだよ。でもよ、よーく思い出してみるとよ、こいつだったんだよ」
え??
ピッチャーさんは、うるしちゃんを指さしている。
「どういうことなのかさっぱりわからないんですけど……」
「だろ? 俺もよくわからないんだよ。でも確かにこいつだった。いや……」
え? なに?
「こいつだったというか、巨大化した、カラスだった……」
巨大化?
ピッチャーさんの様子を見る限り、嘘は言ってなさそうだけど……
「そうだ! ショートお前、こいつがメスだって言ってたよな? な!」
僕は頷いた。
「そのカラス、カラスのくせに妙に色っぽかったんだよ。なんつーか顔とか翼とか見た目はどう見てもカラスなんだけど、足の所だけ女の生足でよ、おっぱいの所も羽は生えていたが膨らみがあったんだよ。あれはおっぱいだ!」
はあ?
「良くわからないんですけど、その巨大化した色っぽいカラスがうるしちゃん……このカラスだったということなんですね?」
ピッチャーさんは首がもげるぐらいの勢いで首を縦に振っている。
僕はうるしちゃんの方を見た。
表情だけじゃわからないや……
思い切ってキセルをくわえた。
「ピッチャーさんの言ってることって本当?」
「うん、それあたしだよ~」
「え? じゃあ、そのー、できるの? なんていうか……」
「もう! じれったいな! 巨大化できるんだよ!」
「えぇ~~~~~~!」
「おい! ショート! お前どうした? なに独り言いってるんだよ!」
あ……
僕はキセルのことをピッチャーさんに説明した。
試しにピッチャーさんもキセルをくわえてみたけど、うるしちゃんの声は聞こえないみたいだった。
「で? こいつはなんて?」
「巨大化してたのは彼女だそうです。ピッチャーさんが風邪を引いたらいけないと思って家の中に運んだそうです。」
「そっか。でもホントか? 俺が見たのは確かだけど、目の前で巨大化してくれないと信じられないっていうか……。今巨大化できないか聞いてみてくれよ。」
僕は頷くと、こっそりキセルを拭いて口にくわえた。
酒臭いのと何かの臭いが混ざってなんとも言えない……
「うるしちゃん。今ここで巨大化できる? あのー、嫌だったら断っていいんだからね」
「嫌じゃないよー。でも二人以外に見られるのは嫌かなー」
「わかった。ピッチャーさん。ちょっとだけ家にお邪魔してもいいですか?」
「ん? あ? いいよ。ワンルームで狭いけどくつろげよ」
もうここまで来ると、臭いとかそんなの全然気にならなくなる。
気にしない、気にしない。
僕は嗅覚だけをものすごく鈍くした。
ピッチャーさんの家の中はあれやこれやでゴチャゴチャだった。
視覚も鈍くしよう……
なるべく物を踏まない位置に立つとうるしちゃんが言った。
「じゃあいいかな? ホント一瞬だからね」
僕は唾をごくりと飲んでうるしちゃんに注目した。
ピッチャーさんの方からもごくりと聞こえた。
うるしちゃんがゆっくり下を向いた。
そして上をぐっと向き始めると……
うるしちゃんの体がどんどん大きくなっていく!
そして僕よりちょっと小さいぐらいの大きさになると、白くてきれいな生足が出てきてる!
おっぱいの所もきちんとふたつ膨らんでる! 羽は生えてるけど……
これは女の子だ! 女の子カラス!
僕は腰を抜かしそうになった。
しかしピッチャーさんがうるしちゃんに近づいて
「ちょっとおっぱい触ってもいい?」
なんて言うから、僕は思わず
「ダメ!」
とうるしちゃんの前に大の字で立ちはだかった。
そしてうるしちゃんの方に振り返ると、うるしちゃんがどんどん小さくなっていく……
どんどんどんどん小さくなって、元のサイズに戻っていった。
戻ってしまった……
なんだったの? 今の。
「な? 俺の言ったことは間違ってなかっただろ?」
僕はただ頷いた。
「ちょっとぐらい触らせてくれても良かったのに……減るもんじゃあるまいし」
僕が呆然としてポロリと放してしまったキセルを、うるしちゃんはくわえて僕の口に差し出した。
「へへ~カッコ良かったでしょ? トリトン、びっくりした?」
僕は頷くことしかできなかった。
「おい! ショート! 大丈夫か? おーい!」
ピッチャーさんが手のひらを僕の目の前で往復させた。
「だ、大丈夫……です」
あんまり大丈夫じゃなかった。
普通の人だったら、あんなものみたらビックリするに決まってる。
ピッチャーさんはある意味普通じゃないし……
「トリトン。もしかして……。あたしのこと、嫌いになった?」
僕は大きく首を横に振った。
でも、ちょっと気持ちを整理させて欲しい。
一人で考えたい……。臭いのしない所で……
「ちょっと外で深呼吸してきます。」
そう伝えると僕はピッチャーさんの家から出た。
頭がぼーっとする。
ちょっとトンネルも出よう。
トンネルを出て、少し傾きかけた、でもまぶしい夏の光をうけながら海に向かって深呼吸をした。
落ち着け……落ち着け……
僕はスポーツドリンクをグビグビと飲んだ。
アイスコーヒーにしとけば良かった……
さて。
さっきのは夢じゃないよな……
僕は拳の部分の皮を思いっきりつねった。
ここも、いくらつねっても痛くないんだけどね。
一人コントも今は笑えない。
とにかく……
うるしちゃんは巨大化した。巨大化した時、色っぽかった。
これはまぎれもない事実だ。
でもどうやって巨大化したんだろう?
巨大化することになんの意味が?
生足とおっぱいの必要性は?
……。
あっ!
僕は慌ててピッチャーさんの家に戻った。
「ピッチャーさん、入りますよ!」
ビールで酔っぱらったのか、ピッチャーさんは寝ていた。
うるしちゃんは、その横でピッチャーさんの寝顔を見ていた。
僕はちょっとホッとした。
ピッチャーさんを起こそうと揺すったけど起きなかった。
僕は内側の壁のダンボールに
「今日はありがとうございました。またいつかお会いしましょう。ショート。」と爪で書いてうるしちゃんと外に出た。
「まったく。おじさんってばさ、もう一回巨大化しろってうるさかったんだよ。きゃはは」
やっぱり……
「でも、無理!って何回も断ったら諦めて寝ちゃった」
「うるしちゃん……。もう、僕以外の前では巨大化しないでね。ピッチャーさんみたいな人もいるし……」
「おじさんのは冗談だよ多分」
「冗談でもなんでもダメ! わかった?」
「うん……わかった。ゴメン」
ちょっとキツく言いすぎてしまった……
「謝らなくてもいいよ。だた、女の子は色々気をつけないとね」
「色々ってなぁに?」
僕をからかうような声を出している。
「色々は……色々だよ!」
「なにそれ~。きゃはは」
それにしても……
「うるしちゃん。あれってどうやってやってるの?」
「あれ? あー巨大化ね。すごーーーくいっぱい息を吸い込むの。そうすると、なんでか知らないけど大きくなるんだよね~」
深呼吸か!
「どうやって発見したの?」
「うーん……なんとなく……」
まあ、いいや。
「で、あれをするとなんかいい事があるの?」
「いいことっていうか……」
なに?
「たぶん人を乗せて飛べると思う。」
え?
ええ??
「そんなに大きな人は無理だと思うけど、トリトンぐらいの人だったら乗せられると思うよー」
なに言ってんだ?
「乗せてどうするの?」
「そりゃあ決まってるじゃない! トリトンと二人で、悪の組織“ブラッディ・ブラック”を壊滅させるのだ!」
はぁ? またアニメかゲームかなんかのパクリか?
「ブラッディ・ブラックって何? ごめん、元ネタわからないや。」
「元ネタなんかないって! これホント!」
ホント?
「そうなんだ……」
僕の精一杯の答えだ……
「あ、そうだ! キセルを見つけた所に行かない?」
「あっ! えっ? ちょっと展開が早すぎて、かなり物語を見失ってるんだけど……」
「そうだよね。今日は色々あったもんね。もう夕方だし……。よし! トリトン君! じゃあ今日は家に帰ってゆっくり休んでくれたまへ! 次なる指令はまた明日! どこで待ち合せようか?」
「え? この後うるしちゃんはどこに行くの?」
「カラスの勝手でしょー。なんちて。そこいら辺の木で寝るよー。カラスって木に停まって寝れるんだよー」
「ダメダメ! 僕のうちにきなよ! ペットは禁止だけど、僕がなんとかするから大丈夫! そのかわり、静かにね」
「でも……」
ん?
「でもさ……あたしみたいな女の子が男の子の家に泊まりに行くって事はさ……」
あっ!
僕は自分が大胆な事を言ったことに気づいて、急に恥ずかしくなった。
「冗談だよ! じょーだん! トリトン。耳まで真っ赤だよ。きゃはは! 巨大化しないから安心して! きゃははは!」
まったく……
からかわれてたことに気づいて、さらに恥ずかしい……
「耳が真っ赤なのは夕焼けのせいさー」
「おお~。言うじゃないトリトン」
来た時と同じように、僕は自転車でうるしちゃんは空。
来た時と違って、空は真っ赤になっていた。
「かーらーすー、なぜ鳴くの~。カラスの勝手でしょ! カァカァ」
父親がよく歌ってた替え歌を鼻歌まじりに歌いながら、僕はアパートに向かって自転車をこいだ。
途中、明日のバイトを断る連絡を携帯でこっそりしたのは、うるしちゃんには内緒にしておこう。
※作者からの余計なお世話コーナー。
「ワンカップ」と言えればどんなに楽なことだろう…w