【ウォール=エインズは静かにコーヒーを飲む】 1
「いやはや大変でしたなあ、エインズ卿」
「何のことですかな?」
「貴方の娘のアイラ嬢のことですよ」
エインズ邸の応接間。来客のザンド伯爵がソファに座りながら言う。目の前にはもてなしのコーヒーと菓子が置かれているが、彼はまったく手をつけていなかった。
「聞きましたよ。アイラ嬢の方から婚約破棄を申し渡したって。いやはやお転婆ですなあ、いったい誰に似たことやら。相手はあのジグソウ家でしたし、婚約相手が勝手に没落してくれたから良かったものの、危うくエインズ家の名誉を傷付ける所でしたなあ」
「…………」
「あははは、全く親の顔が見てみたいものですな。おっと、いまのはただの冗談ですよ、冗談。お気を悪くされたかな?」
アイラの父親、ウォール=エインズは黙ったままコーヒーを飲んでいる。
今日はエインズ家の他の家族は皆外出していた。妻は社交パーティー、アイラは習い事、キャロルは学園である。
ザンド伯爵は機嫌良くしゃべり続ける。
「次女のキャロル嬢の学園では逮捕者が出たそうですね。しかも聞いた噂によると、その学生はキャロル嬢を襲おうとしたんだとか。可愛らしい見た目をしていますが、何かキャロル嬢が非情な仕打ちでもしたんじゃないですか? なんて、これも冗談ですよ、わははは」
「元学生です」
「え?」
「その逮捕者ですよ。退学していたので、元学生です」
「……ああ、そうでしたね」
……チッ、細かいことを指摘しやがるな、運が良かっただけの無能が。事業経営の才能も実力も私の方が上だ。
ニコニコと笑いながらザンド伯爵はそう思っていた。
無論、口には決して出さない。いままでの発言も、冗談に聞こえるように誤魔化しながら、相手を馬鹿にしていた。
「そうそう、本題がまだでしたね、エインズ卿。実は今日足を運んだのは他でもない、新規の事業を始めましたのでね。どうです、決して損はさせませんから、一口乗っかって資金を提供する気はありませんか? 半年後には倍、一年後なら四倍にしてお返ししますよ」
……ま、上手く誤魔化して金だけ頂きますけどね。金しか能がないのだから、上手く利用しなければね、クク。金さえふんだくれば後は用済みなんだ、返せと泣きついてきた顔を踏みつけてやれば、さぞかし気持ち良いでしょうなあ。
「……考えておきましょう」
「良いお返事をお待ちしておりますよ。では私はこれで」
ザンド伯爵がエインズ邸から出ていく。
ウォール=エインズが執事に命じた。
「あいつを調べておけ」
「かしこまりました」
執事は恭しく一礼した。
○




