【ジェシー=ジェリーは副料理長】 2
アンバーの後ろにいた、びっくりした顔をしている使用人にジェシーは声を上げる。
「おいっ、男爵が体調不良で倒れたんだ! 早くその部屋の椅子を並べて横になれるようにしろ! 介抱するんだ!」
ジェシーは命令口調だったが、使用人達はそんなことよりもアンバーの身を心配した。疑問を持つ余裕もなく、椅子を並べてアンバーを寝かせていく。
その間に、ジェシーは店長に言った。
「店長、ちょいと厨房を借りるよん」
「へ? い、いや素人が勝手に」
「いーからいーから」
店長の返事に構うことなく、すたすたとジェシーは厨房へと向かっていく。
店長は彼女を追いかけようとしたが、それよりはアンバーのほうを優先すべきだと思い直したのだろう。はらはらとした様子でアンバーのことを見守っていた。
厨房に入ったジェシーが、なかにいたコック達に声を掛けた。
「やあやあ、ちょいと厨房を借りさせてもらうよ」
「何だあんた? ここは客の入るとこじゃ」
「いーからいーから。店長の許可は取ってるから」
「は?」
コック達は目を丸くした。まさか本当に店長が許可したのか?と思った。
「おい、店長に聞いてこい。急げ!」
「は、はい!」
コックの一人が近くにいた者に言い、その者が店長のいる部屋へと慌てて向かっていく。
その隙を突いて、ジェシーは手近にあった鍋や調理器具を取ると、そばの調理魔法具の前に立った。魔力を込めて、魔法具に火を灯していく。
「さあ、急ぐかね」
ジェシーは調理を開始した。
○
店員から話を聞いた店長が、その店員にアンバーの様子見を言い付けてから、慌てた顔で厨房へと現れる。
何食わぬ顔で調理しているジェシーを見て、店長が声を上げた。
「おい君っ、何してるんだ⁉」
「お、来たね。何って、調理だよ?」
「そういうことじゃない! ここは料理人の聖域だぞ! 早く出てい」
「まあまあ、とりあえず味見してみなって」
ジェシーが小皿を店長に差し出す。小皿にはいま作っている料理が少量入っていた。
「そんなことより早」
言おうとした店長が、声を途切らせる。小皿からは香ばしい匂いが立ち上ぼり、無意識のうちに口中に唾液が分泌されていた。
「こ、これは……?」
ごくり。店長の喉が上下した。
「ただのスープだよ。男爵が起きるまで時間がないからね。簡単に出来るものをいくつか、同時進行で作らなきゃいけないから大変さ」
「ただのスープ? 同時進行?」
店長が周囲によく目を向けてみると、魚料理やソルベ、肉料理などが作られていた。
すべてジェシーが一人で調理していた。
「さ。文句はこのスープを飲んでから言ってくんなってね」
ごくり。店長の喉が再び動く。
他のコック達も喉を鳴らしていた。コックが言う。
「て、店長、もし毒味が嫌なら、俺がしますよっ。店長はこの女が変なことしないか見張りを」
「いやいや毒味なら俺が。店長や皆を危険に晒すわけには」
「おいずるいぞ! 味見なら俺が」
ついに本音が漏れてしまっていた。
ジェシーはにやりとした。他の小皿にも素早くスープを入れていき、コック達の前に出す。
「さあさあ、味見したい奴は飲んでみな。男爵に出す分のスープならまだあるからさ」
「「「「っ!」」」」
店長も含めて、コック達は小皿を受け取り、そのスープを一息に飲み干していく。
コック達が絶句するなか、店長が静かに声をこぼした。
「…………美味すぎる……」
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