「騙されましたね、魔王様」
「お初にお目にかかります、魔王エリンジウム様」
巨大な力を前に、片膝を地面について敬意を表する。
魔王の魔力が肌にひしひしと突き刺さる。
「ふむ。お前がアルストロメリアの推薦したメイドか。確か、名は…」
「フィサリスと申します。私のことを呼ぶ際は、フィサリス、フィサ、あるいは女メイド、下僕など…
――ご自由にお呼びくださいませ」
人間関係と同じく、第一印象が重要。
言葉に温度を孕み、忠誠心を帯びた表情を貼り付け、一言一句言葉を慎重に選ぶ。
「ではフィサリス。アルストロメリアの推薦と、お前自身の意志を尊重し、ここで働くことを許可する」
「感謝いたします。このフィサリス、全て…いえ、そこそこを魔王様に捧げ、あなた様の側近になれますよう尽力いたします」
「うむ。励むことだ、フィサリス」
――と、ここまでは完璧。
声、顔、心――その全て、上手く演じられた。
信頼を勝ち取り、ここでの労働を認めさせることに成功。
流れは確実に、こちらに来ている。
ええ、本当に感謝していますよ、魔王様。本当に。
よく私の演技に騙されてくれました。
魔王エリンジウムに仕えるメイド、フィサリス。
――その正体は、スパイ活動を得意とする人間軍、序列第三位、ホオズキ。
魔王を騙し、人間軍に勝利をもたらす。
これこそ、私の任務である。
◑
最初の二ヶ月間は行動を起こさず、信頼を得ることに注力した。
掃除、洗濯、庭の手入れ。
嫌々ながらも、人間の勝利のためと思い、これらの仕事をこなしてきた。
「フィサ~っ!」
「…?えーっと…何?」
廊下の掃除中、焦った顔の魔族メイドが一人、こちらに向かって走ってきた。
フィサリスがここで最も話しているメイドだ。名前は忘れたが。
「ヤバイよ、大変だよフィサ!魔王様があんたを呼んでるよ!あんた死んじゃうよ!」
「!?」
明察で不動心、冷静沈着で理知的。
周囲からはよくそう評価されてきた。
焦りや恐怖は、出来る限り顔に出してこなかった。
しかし…
「あばばばばばば……」
「あのフィサが、死ぬほど震えてる…っ!?」
全部バレて、この二ヶ月間の努力が水の泡になる。
人間軍に貢献できず、魔王に殺される。
――そう思ったら、震えが止まらなくなってきた。
「フィサ、一旦!一旦深呼吸しよ!」
「う、うん…すーはー、すーはー……ふう、結構落ち着いてきた…」
少し早い深呼吸で、自分自身を落ち着かせる。
それにしても、どうして魔王に呼ばれたんだろうか。
魔王がメイドを呼ぶことなんて滅多にない。
それに目立つ行動も控えてきたはずだ。
「マジ何やっちゃったの、フィサ…」
「なんにもしてない…皿を割ったり、窓を割ったり、…魔王様に出すお茶のカップを割っちゃったこともあるなぁ…でもそれぐらい」
「割りすぎでしょ、ふつーに!!!」
今までの行動に、問題は無かったはず。
「で、どうすんの?魔王様のとこ行く?それとも逃げる?
あたしだったら逃げるかな、死にたくないし」
「…魔王様の命令は断れない。死なないように頑張る」
「えぇ~、行っちゃうの?なら気を付けるんだよ!
――って、もう行っちゃった…足はやぁ…」
正体とは別問題。
そう信じて、フィサリスは緊張しながらも魔王室へと足を運ぶ。
「……あ。アイビーって名前だったっけ、さっきの」
◑
そして大きな扉の前に辿り着いた。
禍々しい魔力が扉越しに伝わってくる。
コンコンコン。
扉を軽くノックし、「フィサリスです」と名乗るために口を開けた。
しかし声が発される前に、「入れ」という魔王の声が聞こえ、フィサリスはゆっくりと扉を開ける。
「私にお話があると、メイドからお聞きしました。魔王様、お話とは一体?」
頬杖をつき、魔王は威厳ある座り方でこちらを見る。
「フィサリス。お前、何か隠しているんじゃないか?」
「……!」
最悪だと思っていた予想が、その通りになってしまった。
恐らくこの男は、私の正体に気づいているんだろう。
「…嫌ですね。魔王様に隠し事なんて、するはずないじゃないですか」
(やばいやばいやばいやばい…!)
見た目は冷静、中身は大焦り。
手の震えを必死に抑え、小さく深呼吸する。
「なら、こう言えば伝わるか?――俺を殺そうとした重罪人が見つかった、と」
「…!!!」
「メイドという立場を利用し、茶に毒を入れた――姑息な真似をしてくれたものだ。無論、その者には後日、相応の罰を受けてもらう」
鋭い目つきが、フィサリスに突き刺さる。
魔王の言うことひとつひとつが、フィサリスを追いつめる言葉となる。
「……」
腰に携えられた一輪の花に触れる。
フィサリスは、花の匂いを相手に嗅がせると、相手に幻覚を見せたり眠らせたりできる。
魔王に効果があるかは分からないが、この場を切り抜ける突破口があるとしたら、これしか――――
「感謝するぞ、フィサリス」
「……は?」
「あの時、茶の入ったカップを割っただろう?あれが無ければ、俺は毒で体調を崩していたかもしれん」
頭の中が「?」で埋め尽くされる。
いきなり感謝され、知らず知らずに魔王を助けていて…?
「茶に入れられた毒に気づき、馬鹿な謀略を防いでみせたこと、大義である。
――ありがとう、フィサリス」
「……あ。い、いえいえ!そんなそんな!魔王様をお守りすることは、私の義務ですので!あはは~」
「そう謙遜せずともよい。――して、フィサリス。何が欲しい?」
「はい?」
「なんでも欲しいものを言うがよい。俺からの感謝と、少しばかりの報酬だ」
(…なんか知らないけど上手いこといってる~!)
思いがけない最高の機会だ。
なんでも、なんて言われたら、遠慮なんてできない。
「ならば、魔王様。実は、欲しいものがあります」
欲しいものはすぐ思いついた。
目標達成のため――魔王を騙すために…
「どうか私に、あなた様の側近になる権利を」
「……」
魔王との接触を多くするためには、魔王の側近になることが最も手っ取り早い。
この二ヶ月間は、そのためのものでもあった。
「よかろう。俺もそろそろ、側近が欲しかったところなんだ」
こちらの計画が着々と進んでいるというのに、魔王はそれを知らずのまま、少しずつこちらの沼にはまっていく。
――人間軍の勝利は、確実に近づいてきているはずだ。
「これからよろしく頼むぞ、フィサ」
「はい。尽力いたし……えっ?フィサ?」
「あ、ああ…側近だからな、話すことが多くなるだろう。故に、名は親しい呼び方がよいと思ったんだが…気にさわるか?」
「――いえ……」
魔王は目を少しそらしながら話す。
なぜか、先程までの威厳ある雰囲気は感じられなかった。
それに、少し顔が赤いような…
(うーん…魔族の体感温度って、人間より高かったりするのかな?)
魔族とはまだ謎の多い生物だなぁ、と思ったフィサリスなのであった。
――コンコンコン。
と、そこへ扉を軽快にノックする音が聞こえてきた。
「ああ、そうだ。実はフィサを呼び出した後、重要な会議があってな」
「会議…?」
「ふむ…本当なら、フィサには仕事に戻ってもらい、俺とあいつらで話し合うはずだった。
しかし、側近ならば問題は無いだろう」
魔王は扉に向かって「入れ」と、扉を開ける許可を出した。
そして、大きな扉がゆっくりと開き、五つの影が姿を現した。
「紹介しよう、フィサ。彼らは、俺が認める実力者の五人――」
ひとつひとつの影が、信じられないほどの魔力を持っている。
恐らく彼らが、魔王軍の幹部クラスの存在。
そんな彼らを、魔王はこう呼んだ。
「シンクフォイルだ」
シンクフォイルと呼ばれた五人は、フィサリスの存在に気づくや否や、こちらを見ながら言葉を発する。
「あら?あらあら?今から会議だというのに、メイドさんがいるの?どうして?」
「あ~っ!フィサだーっ!久しぶりフィサ!元気~?」
「フィサ…あ~、あなたがフィサリスちゃんなのね!メリアちゃんからお話はたっくさん聞いてるわよ」
大きい帽子を被った魔女のような女には見覚えがない。
しかし、その隣にいる元気な少女には見覚えがある。
魔王軍潜入初日、なぜかフィサリスをメイドに推薦してくれた少女アルストロメリアだ。
「しょ、初対面で、会議……終わった……」
他にも、なんだか自己肯定感の低そうな女や、
「アルストロメリアの言っていた女か…ふむ、女にしてはかなりの力を秘めているようだ」
(…私の強さが見えてるの?うーわ、厄介そ…)
刀を携えた目隠しの男。
「魔王様、会議なんかやめて、もう寝ようっス…」
他四人とは雰囲気が一転して眠そうにしている男。
彼らこそが、魔王軍幹部「シンクフォイル」
フィサリスにとっての、魔王に次ぐ強敵だ。
◑
会議室に移動し、円卓に腰を掛ける。
魔王とその幹部たちに紛れているフィサリスは、魔力で作った自分の角に触れる。
「それで魔王様?説明をしてくれませんこと?」
「説明?なんのだ?」
「メイドちゃんがここにいる理由を、です!しかもこの子はまだ二ヶ月目の新人さんでしょう?」
こうなる理由は頷ける。
なにせ、無名の新人メイドが、魔王と幹部の会議に堂々と参加しているのだから。
「つい先程、側近になった」
「……え?」
「はぇ?」
「…?」
「は?」
「zzz」
魔王の説明一文で、この場は「?」で満たされた。
数秒間の沈黙が続いたのち、困惑と驚きの感動詞の叫びが会議室に響き渡る。
同時に、寝ている幹部の鼻ちょうちんが破裂した。
それから魔王は、幹部たちからの質問責めを受けた。
「どういう経緯で?」「なぜ側近にした?」
「なぜ新人をそこまで信頼するのか?」
「さすがあたしの推薦したメイドちゃん!」「睡眠時間をください」などなど。
魔王はそれら全てに答え、一旦この場の熱は治まった。
「いい加減、本題に入るぞ。…此度の会議は、隣国ラクリマとの戦いについてだ」
(ラクリマ…確か、魔族の国の一つだったね。
…トロイアと争ってるって本当だったんだ)
魔族は三つの国に分かれており、そのうちの一国ラクリマは、フィサリスがいるトロイアと喧嘩中。
なんでも、信仰する神様の違いが原因なんだとか。
「数年続くこの戦いに、いい加減決着をつけようではないか」
魔王のその言葉に、シンクフォイルの顔が強張る。
いや、一人だけずっと眠そうな顔をしているから、それ以外。
「これよりトロイアは、ラクリマを討ち滅ぼす。以前手を出してきた者たちに、制裁を下すのだ」
「おおお~っ!皆殺しだーっ!皆殺しだよバーベナちゃん!手加減しちゃめっ!だよ?」
「分かっているわメリアちゃん。敵だもの、手加減するわけないでしょう?」
「あ、あの…終わらせるってことは、つまり…」
「ゼラニウムにも、前線で戦ってもらうぞ」
「ふぇぇ……」
やる気満々のアルストロメリアとバーベナ。
その真反対で、自信無しのゼラニウム。
ゼラニウムの雰囲気は、まるで魔王軍の幹部とは思えない。
…どうやってシンクフォイルになれたんだろう?
「魔王様、俺は寝るんで、戦いは任せるっスね…」
「何故魔王様にそんな要求が通ると思うんだ、お前は」
「スイレンにもリンドウにも、当然前線を任せるぞ」
「ええ…嫌っスよ」
ずっと眠そうな男スイレンは、眠いから戦わないとかいう馬鹿げた理由をずっと述べている。
もちろん、それは魔王も、目隠しの男リンドウも認めていない。
「ラクリマは決して弱くない。舐めてかかれば死ぬ。
――それにこちらは、手加減する気は無い」
魔王は立ち上がり、棚から地図を取って机に広げた。
どうやら、作戦会議がついに始まるらしい。
「俺たちが行動を起こせば、ラクリマはすぐそれに気づき、奴らも行動を始めるだろう。故に…」
「戦場となるのはここ、スウォンク平野ですわね」
「うむ。ここは障害物がなく、戦闘にはもってこいの場所だ」
魔王とバーベナは、地図を指でなぞりながら話し合っている。
…魔族の作戦会議って、人間のとあんまり変わらないんだな。
「恐らく、戦闘にはラクリマの幹部三人が出てくるはずだ。
奴らの討伐については、バーベナ以外の四人に任せる」
「成程。広範囲攻撃を得意とするバーベナは、幹部三人より雑魚千匹の対処に向いている、ということか…」
「ああ。幹部対処の方は、『腐獣』をアルストロメリアに、『天獣』をゼラニウム、『双獣』をリンドウとスイレンに任せることとする」
「ちょ、ちょっと待ってください…!」
突然、ゼラニウムが手を挙げて待ったをかけた。
「わたし一人で幹部なんて無理っ、無理ですぅ…!」
「はあ…ゼラ、もっと自分に自信を持ちなさい。
あなたの強さは、メリアちゃんと並ぶぐらいなのだから」
(そうなの?全然そんな感じしないんだけど…)
か弱そうなゼラニウムが、アルストロメリアほどの力を持っているとは到底思えない。
アルストロメリアの強さの気配をライオンレベルとしたら、ゼラニウムはダンゴムシ程度。
…変な女だ。
それから会議は進んでいき――
「三日後、我々はラクリマを討ち滅ぼす!」
魔王のその決定の声に呼応するように、シンクフォイルは一人ずつ言葉を発していった。
「皆殺しだーっ!!!」
「皆さん、どうか死なないよう祈ってますわ」
「遺書…遺書、書かなきゃ……」
「容赦はしない」
「ふわぁぁ…終わったら寝かせてくださいっスね…」
幹部たちの意気込みを聞いた魔王は、窓の外からラクリマの方向を見てこう言った。
「覚悟するがいい、ラクリマよ」
…覚悟?
(ふん、覚悟するのはラクリマだけじゃないわ)
敵はラクリマだけではない。
本当の敵は、もっと近くにいる。
「覚悟しなさい、魔族の王。
――私が、あなたを騙してみせますから」
魔王軍のメイド、フィサリス。
――否、人間軍序列第三位、ホオズキ。
魔族のフリをして魔王軍に潜み、人間に勝利をもたらすスパイ。
…さて魔王様。
私に騙され、敗北する時…あなたは一体どんな顔をするんでしょうか。
……本当に楽しみでなりませんね。




