同じくらい汚れたら
姉やは十三で街へ行った。
たまには戻ってくると話していたのに一度も戻ってこなかった。
前を向いて生きるべきだったのだろうと思う。
幼い頃の心なぞすぐに忘れるべきだったとも。
あるいは実際にそうだったのかもしれない。
ただ。
十年近くも過ぎたあの日。
街で偶然見かけた姉やが煙の中へ消えたのを見て不意に蘇った。
全てが。
煙は大人のにおいだ。
女の人が吸っても、男の人が吸っても、灰色の息を吐く。
口に咥えた棒の形は様々で。
出てくるものもまたいくつかの種類がある。
煙も水も息も、涙も。
姉やは器用に使い分けていた。
客として姉やに会う。
取り戻そうとしたのだと思う。
「あの坊主が?」
からからと笑う。
日に焼けた肌はもう街の白々しい色に染まって死人のようだ。
聞き慣れた声は喉が変わったようにがらがらだ。
口調だって違う。
突き放しているみたい。
「抱かれんのかい。あんたに」
十年以上隠していた気持ちを爪で剥がされる。
深々と突き立て。
時に勢いをつけて。
時に這わせるように。
わざとそうしていると思おうとした。
こちらをこれ以上傷つけまいとしているのだと感じようとした。
しかし、真相は単純だ。
姉やは下品になった。
そう思った。
姉や本質が変わったのだ。
そう理解した。
また来れば姉やは普通に迎えるだろう。
その次も、そのまた次も。
姉やからすればただの客だから。
何度目かのとき。
半裸の姉やがぽつりと言った。
「柿。また食べたいねぇ」
街なら柿の一つや二つすぐに手に入る。
いつだって手に入る。
だから、子供の頃を話しているのだとわかった。
帰らないのかと問えば姉やは笑う。
「帰ったところでな」
それで十分だった。
無理矢理唇を奪う。
抵抗はなかった。
もう抵抗したところで姉やは敵わない。
こちらは男で姉やは女だから。
「金。もう一度抱くんだろう?」
分かりきったことを問う姉やに首を振る。
侮蔑の目がこちらを射抜く。
姉やの目。
記憶にあるものでなく、今を生きる姉やの目。
「商売女に恋をしてどうする」
過去を求めてどうする。
煙に包まれたこの街では目的なんてすぐに見失う。
灰色の世界では息をするだけで苦しい。
そんな場所でくだらない想いを持ち続けてどうする。
自ら離れた距離が恥ずべきものだと感じた。
熱だけで歩めるほど街は甘くない。
「馬鹿馬鹿しい」
姉やの言葉が突き刺さる。
「帰んな。もうくんな」
突き放す言葉。
不思議と。
その時になり過去と今が初めて繋がった気がした。
息を吐いた。
言葉に変えて、白い息を。
想いを込めたものを初めて。
分かりきっていたものを。
姉やの顔から色が落ちた。
少し、安心した。
自分の知っている顔が初めて見えた気がした。
「馬鹿馬鹿しい」
姉やは呟き、付け加える。
「同じぐらい汚れたらまたおいで」
あれから随分と経つ。
街は相変わらず灰色で満ちていた。
薄汚れた金は人から人を渡るのにそこに想いは乗りはしない。
それで良いのだろう。
きっと。




