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同じくらい汚れたら

作者: 小雨川蛙
掲載日:2025/12/11

 姉やは十三で街へ行った。

 たまには戻ってくると話していたのに一度も戻ってこなかった。


 前を向いて生きるべきだったのだろうと思う。

 幼い頃の心なぞすぐに忘れるべきだったとも。

 あるいは実際にそうだったのかもしれない。


 ただ。

 十年近くも過ぎたあの日。

 街で偶然見かけた姉やが煙の中へ消えたのを見て不意に蘇った。

 全てが。


 煙は大人のにおいだ。

 女の人が吸っても、男の人が吸っても、灰色の息を吐く。

 口に咥えた棒の形は様々で。

 出てくるものもまたいくつかの種類がある。

 煙も水も息も、涙も。

 姉やは器用に使い分けていた。


 客として姉やに会う。

 取り戻そうとしたのだと思う。


「あの坊主が?」


 からからと笑う。

 日に焼けた肌はもう街の白々しい色に染まって死人のようだ。

 聞き慣れた声は喉が変わったようにがらがらだ。

 口調だって違う。

 突き放しているみたい。


「抱かれんのかい。あんたに」


 十年以上隠していた気持ちを爪で剥がされる。

 深々と突き立て。

 時に勢いをつけて。

 時に這わせるように。


 わざとそうしていると思おうとした。

 こちらをこれ以上傷つけまいとしているのだと感じようとした。


 しかし、真相は単純だ。

 姉やは下品になった。

 そう思った。

 姉や本質が変わったのだ。

 そう理解した。


 また来れば姉やは普通に迎えるだろう。

 その次も、そのまた次も。

 姉やからすればただの客だから。


 何度目かのとき。

 半裸の姉やがぽつりと言った。


「柿。また食べたいねぇ」


 街なら柿の一つや二つすぐに手に入る。

 いつだって手に入る。

 だから、子供の頃を話しているのだとわかった。


 帰らないのかと問えば姉やは笑う。


「帰ったところでな」


 それで十分だった。


 無理矢理唇を奪う。

 抵抗はなかった。

 もう抵抗したところで姉やは敵わない。

 こちらは男で姉やは女だから。


「金。もう一度抱くんだろう?」


 分かりきったことを問う姉やに首を振る。

 侮蔑の目がこちらを射抜く。


 姉やの目。

 記憶にあるものでなく、今を生きる姉やの目。


「商売女に恋をしてどうする」


 過去を求めてどうする。

 煙に包まれたこの街では目的なんてすぐに見失う。

 灰色の世界では息をするだけで苦しい。

 そんな場所でくだらない想いを持ち続けてどうする。


 自ら離れた距離が恥ずべきものだと感じた。

 熱だけで歩めるほど街は甘くない。


「馬鹿馬鹿しい」


 姉やの言葉が突き刺さる。


「帰んな。もうくんな」


 突き放す言葉。

 不思議と。

 その時になり過去と今が初めて繋がった気がした。


 息を吐いた。

 言葉に変えて、白い息を。

 想いを込めたものを初めて。

 分かりきっていたものを。


 姉やの顔から色が落ちた。


 少し、安心した。

 自分の知っている顔が初めて見えた気がした。


「馬鹿馬鹿しい」


 姉やは呟き、付け加える。


「同じぐらい汚れたらまたおいで」



 あれから随分と経つ。

 街は相変わらず灰色で満ちていた。

 薄汚れた金は人から人を渡るのにそこに想いは乗りはしない。


 それで良いのだろう。


 きっと。

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