紫温
登場人物、物語の一部は実際のものです。
凄く恥ずかしい気持ちだけれど、これが今の自分から贈ることの出来る、人生初めての最大の贈り物です。
肌寒く感じてくる10月の中旬頃、俺は今、とある駅へと向かっている。
聞くところによると、その駅には雲海が広がっており、たくさんの花が満開に咲いていると言う実に神秘的な世界。
「俺はどうしてもそこへ行きたい。いや、行かなければならない‥‥」
肌寒くなってきたこの時期に、薄着はちょっと厳しさはあるが、動きやすさを重視してきて良かった。なんたって山へ登るのだから。天候も快晴でとても心地よい。
「替えの服を持ってきておけば良かった」
肌寒くなったとは言え、これだけ動けば汗もかいていて、服から伝わる冷ややかなものに気持ち悪さを感じる。
「もう少しだ」
目の前には草や花でいっぱいに覆われた駅の看板が建ってあった。
「花の駅‥‥」
俺が目指してた駅、ここにはあの人がいるはず。息を切らしながら俺は無我夢中で走っていた。
「あの人の気持ちが分からない以上、自分でもどうしたら良いのか分からない。でも、やっぱり伝えたいんだ」
周囲の自然がまるで俺の頭を撫でてくれてる感じがして、気づけば涙を流していた。
「ここが頂上」
目の前にはまるで、自分が別世界に来たような、視界に広がる雲海と綺麗な紫色の花が一面いっぱいに咲いていた。
「やっぱり来たんだね」
声のする方へ向くと、まるで俺がここへ来る事が分かってたみたいにあの人がそこへ立っていた。
彼女は少し、悲しげな表情を浮かべながら俺にそう言った。
俺は彼女に聞きたいことが山ほどある。
「まだ、ちゃんと名前も聞いてなかったから」
やっと会いたかった人に会えたのに涙は止まっていた。
「その為にわざわざこんなところまで探しに来たの?これあげる」
差し出された物は、一面に咲く紫色の花と同じキーホルダーだった。
「俺にとっては何よりも大切な事だからここまで来たんだ。とりあえず少し話しをしないか?」
そう言い、景色を一望できるベンチへと座り込んだ。
もう後になって、ああ言っておけば良かった、こうしておけば良かったなんて思いたくない。彼女もきっと察してるかもしれない。
少し沈黙が続いた後、彼女が花に指を指した。
「この一面の花の名前は何でしょう〜?」
まるで話しをとりあえず作るかのように振ってきた。
「さぁ何だろう‥‥コスモス?」
「残念でーす」
今は花よりも彼女のことで頭がいっぱいだった。
「答えはお話しの最後に教えようかなぁ?」
「‥‥‥なぁ、なまえ‥」
「あっ!覚えてる?私たちが初めて出会った時のこと」
俺の言いたいことを阻止してくるように言葉を重ねてくる。あれは2年ほど前に、初めて彼女を見かけたのが最初だった。
「あぁ、あれは職場で君が作業しているところ、俺が話しかけたのが始まりだったな」
いま思えば、あの頃の俺はただひたすらに"人"の役に立って、自分の存在価値を確かめたかったんだろうな。
「最初は私もビックリしてさ、どう接したらいいのか戸惑ってたんだよねぇ」
彼女は少し笑いながらそう言ってくれた。
「でもさ、私ほんとは嬉しかったの。あの時からずっと話しかけてくれて、何の色にも染まらなかった日常にあなたが色を塗ってくれたみたいで楽しかった」
「あの職場には年寄りばかりで、気軽に話せれる人がいないと思って、俺が君にとってのそういう存在で居たかったから放っておけなかったんだ。俺がそうだったように」
俺も彼女と一緒で本来ならまだ遊び盛りな時期、18歳でこの職場に入ったからこそ分かる。周りが自分の親以上の人達ばかりだと、喋りたいことなんて限られる。
「俺も初めは同級生みたいな若い人なんて一人もいなかったから、どこか窮屈に感じてて、でも若い人が入ってくると心のどこか嬉しさがあったんだよね」
「そうだよね、同じ年代の人がいることは嬉しいよね」
「あぁ‥‥」
だが、俺はこの話しをしたいんじゃない。頭の中では分かってても上手く口を開けない。
彼女は温めるかのように両手を握っていた。
「今日は少し肌寒いね」
確かに少し寒い、山の上だからだろうか。手も少しずつ冷えてくる。
時間は一刻一刻と過ぎ、気づけばもう太陽がオレンジ色に染まっていた。
この時間になると星も顔をだし始め、一番最初に現れるのが金星だと言う。
「夕日も綺麗だし星も綺麗だね」
彼女はまたしても、沈黙を破るように話しを振ってくれた。だけど俺の頭の中は伝えたいことでいっぱいだった。
‥‥‥
「さてと‥‥」
彼女から出たその言葉に、僕はもう終わってしまうと凄く焦りを感じた。
「あのさ、俺の話しを聞いてくれないか?」
もうここを逃せばきっと後悔する、きっともうこの人とは出会えない、そう思った。
「何?さっきの花の答え?」
彼女はまたも話しの舵を切るようにズラしてくる。だけどもうここで一歩も引き下がれない。
「君の名前が知りたい」
俺はいったいどんな表情をして、彼女の目にはどう写ってるのだろうか。
「ん〜じゃーじゃんけんしよう」
よくありそうな展開だが、勝てば知れる負ければ知れないと言う、いまの俺にとっては不憫すぎるものだ。
「いくよーじゃーんけーん‥‥ポン」
‥‥‥
「はいっ私の勝ち〜」
負けた‥‥絶望感に襲われ、俺の思考が停止していた。
「じゃー私はもう行くね」
彼女は俺に背を向け歩きだそうとしている。だけど、もうこれ以上なんて声をかけたらいいんだ。俺は負けた、それ以上でもそれ以下でもない。あるのは、さようならと言うお別れのこの瞬間だけ。
どうしたらいい、どうすればいい、嫌だ終わってしまう。俺が大切に想ってる人のことを名前も知らないまま、これから先、俺は‥‥‥。
‥‥‥
「‥だ」
‥‥‥
「ん?いまなんて?」
彼女は足を止め、俺の方へと体を向け、目は見開き、驚いた表情をしていた。咄嗟にでてしまった言葉に自分自身もビックリしている。
「あっいや‥‥名前が知りたいなぁって」
なぜか必死に誤魔化した。本当に聞こえてなかったのかは分からないが、上手く名前までもっていけた。
すると彼女は微笑みを浮かべ、花に指を指した。
「これが答えだよーーーっ!まぁ全く同じではないけどね」
距離が少し離れているからか、彼女は少し大きな声で俺にそう教えてくれた。けれど、花に詳しくない俺には答えが何なのか分からない。
「本当に今まで楽しかったし、感謝してるよ!今日もとても幸せだったよ!ありがとうね!」
彼女はそれを捨てセリフに、再び背を向け歩き出した。俺は目を疑ったが、彼女の肩が小刻みに震えている。間違いない、彼女は涙を流している。
俺も伝えたいことはちゃんと伝えれたのだろうか、考えてると再び涙が溢れでてきていた。彼女の震える背中をしっかりと目に焼き付けながら、彼女の姿が見えなくなるまで、この神秘的な自然に見守られながら見送った。
「はぁ〜あ、どうしたもんかなぁ」
震える声で貰ったキーホルダーを取り出した。よく見るとこの花の名前が小さく書かれていた。
「紫苑‥‥」
不思議と俺の心はもの凄く温かくなっていくのを感じる。
この花は、初めて出会った日からいつも俺の傍にいてくれた。どうして今までこんな大事なことに気づけなかったのだろう。
一面に咲く紫色の花を見ていたら、涙は止まり、表情が明るくなっているのを自分でも分かる。きっと、今の俺の顔は誰が見ても優しい顔をしているのだろう。
「紫温と‥‥そう呼ぶよ」
この温かい心と紫の花を結び、俺はあの人をそう名付けた。
ここに来てから彼女の言葉を振り返っていると、どこか彼女らしくなく"引っかかる言葉"がいくつかあったが、今はただただ、この神秘的な自然と向き合いながら呟いた。
「紫温の為なら千年の冷たい水にも耐えよう。そしてあなたを忘れない」
本文の最後にあった"引っかかる言葉"とは、彼女のセリフに注目していただくと、深い意味が込められている事に気づけます!
そして今、思っていることを書きます。
今の僕には、誰よりもとても大事で大切にしたい人が一人います。
でも、その人は自分の人生と向き合い、前に進もうとし、物理的に遠くなってしまう存在の人です。
静かな人だけど隣にいると温かく、心地よく、時間を忘れ何もしてないのに楽しく、幸せなひとときを感じさせてくれる人です。
でも本当は、人に迷惑をかける事に凄く抵抗を持っているけど、明るくて頭の中ではよく喋ってるんだろうなって俺は思う。笑
願わくば、隣で一緒に生きていきたい。ですが、そんな自分勝手な欲でその人の人生を動かそうとしてはいけない、迷惑をかけたくもない、邪魔をしたくない。
これから先、その人にはまだまだ出会いもたくさんあるでしょう。
だからせめて、陰ながら応援していたい。
いや、違うな。
本当は、誰よりも近くであの人と幸せな人生を贈りたいし送りたい。
だから、あの人にだけは全エネルギーを使ってでも、いつも全力を捧げたい。
だけど、実際には何も力になってあげられることが出来なくて本当に悔しさでいっぱいです。
でもだからって、あの人から離れたいとは思わないんです。
繋がっている限り、必要とされている限り、いつかお別れになることがあるならその時まで、自分が成せる無償を届け続けたい。
けれど、あの人の気持ちが分からないから自分でもどうしていいのか分からなくなる。
何か力になりたくて、元気?とか大丈夫?って聞いたとしても「大丈夫」って流されるのがオチだ。
人を100%理解することは出来ないから、ならいっそ嫌われても良いくらいの覚悟でいるつもりです。
ゆえに、嫌われても僕はあの人を大切に想い続けれます。
もう分かった‥‥ようやく‥‥。
いや、本当はもう気づいてた分かってた。
俺はどうしようもないほど、あの人のことが大好きで愛しくてたまらないんだ。
この出会いで俺自身、何かに気づけたのかは定かではないが、出会えて学ばせてくれたこと、本当にありがとう。
幸せだよ。




