咲き誇る追放された庭師は元家族から全てを奪い返す〜それは私のものだから返してもらうね〜
このパターンには、飽き飽きしている。
「出て行け、役立たず!」
冷たい声が、リーリアの背中に突き刺さる。
誰が役立たずか。
豪華な装飾が施された応接室で、父である公爵は顔を歪め、忌々しそうに彼女を見下ろしている。
隣には、美しく着飾った義母と、意地の悪い笑みを浮かべる二人の異母妹。
使い古された設定ですね、と皮肉に笑う。
彼女たちにとって、おとなしいリーリアは邪魔な存在でしかなかった。
こっちも向こうが邪魔だけど。
前世、日本の片隅で庭師として生きた記憶が蘇ったのは、数日前のこと。
土の匂い、植物の息遣い、剪定鋏の感触。
それらは、この異世界の貴族令嬢である今の自分には無縁のものだったはず。
「お前のような出来損ないが、わが家の名を汚すのだ!」
婚約者の王子に袖にされたことを理由に、リーリアは一方的に断罪された。
真実は違う。
王子の態度は傲慢で、リーリアを見下し。
尊厳を踏みにじるような言葉を、平気でぶつけてきた。
「お言葉ですが」
耐えかねて、一度だけ言い返したことが、彼らの逆鱗に触れたのだ。
器が極小すぎるでしょ。
「今日限り、お前はわが家の人間ではない!」
有無を言わさぬ宣告。
最低限の荷物だけを押し付けられ、冷たい夜の街へと放り出された。
(私なら、こんな理不尽、絶対に許さない!)
心の中で、前世の自分が叫んだ。
土と植物を愛し、どんな困難にも屈しなかった庭師の魂が、今のリーリアの中で静かに燃え始めた。
前の職業は女庭師。
凍えるような寒さの中、あてもなく歩いた。
貴族令嬢としての知識も教養も、今の彼女には何の役にも立たない。
肩書きがなくなったのだな。
「あの、毒家族達めっ」
空腹と不安が、じわじわと体を蝕んでいく。
そんな時、路地の奥からガラの悪い声が聞こえた。
「おい、そこのお嬢ちゃん!こんなところで何してんだ?」
警戒しながら振り返る。
そこに立っていたのは、黒い革のジャケットをラフに着こなし、銀色のピアスをいくつも着け。
いかにも“やんちゃ”という雰囲気の、青年。
鋭い眼光が、獲物を定めるようにこちらを射抜く。
「……別に」
精一杯の強がりで答えるリーリアに、青年はニヤリと笑った。
「ふーん。もしかして、行き場がないのか?」
図星だった。
リーリアは何も言えずに俯く。
「まあいいや。俺はキール。あんたは?」
「リーリア」
「リーリア、ね。面白い。よかったら、うちに来るか?少々騒がしいけど、野宿よりはマシだぜ」
キールの言葉には、警戒しながらもわずかな希望を感じた。
他に頼る人もいない。
意を決して頷いた。
キールに連れられたのは、街の裏通りにある、酒場のような賑やかな場所。
様々な身なりの人々が酒を飲み、騒ぎ、中には剣を磨いている者もいる。
場違いな場所に足を踏み入れてしまったと、一瞬後悔した。
「おい、みんな!新しい仲間だ」
キールがそう言うと、周囲の視線が一斉に集まった。
好奇の目、訝しむ目、中には下卑た視線を向けてくる者も。
うわぁ。
「こいつはリーリア。今日からしばらく、ここで厄介になる」
キールの言葉に、ざわめきが起こる。
そんな中、一人の屈強な男が近づいてきた。
「キール、こんなお嬢ちゃん、連れてきてどうするんだ?足手まといになるだけだろ」
男の言葉に、身をすくませた。
しかし、キールはニッと笑って男の肩を叩く。
「心配すんなって、ゴルド。意外と役に立つかもしれねえぜ?」
その言葉の意味が、すぐに明らかになる。
数日後、キールが率いる盗賊団(どうやら、彼らはそういう集団らしい)が、とある貴族の屋敷に忍び込む計画を立てた。
リーリアは、庭の手入れ具合を見ただけで、屋敷の構造や警備の配置、抜け道を的確に言い当てたのだ。
前世の庭師としての知識が、思わぬ形で役に立ったのである。
「へえ、あんた、本当にただのお嬢ちゃんじゃないんだな」
キールは目を丸くしてリーリアを見つめた。
「庭師をしていたの」
「庭師?そんな知識が、こんなところで役に立つなんてな!」
キールは豪快に笑った。
この一件以来、リーリアはキールたちにとって、単なる厄介者ではなく、頼れる仲間として認められるようになった。
リーリアの中で、ある計画が静かに芽生え始めていた。
自分を追い出した、元家族への復讐。
彼らに、自分が無能な役立たずではないこと。
理不尽な行いの代償を、思い知らせてやりたい。
そのためには、もっと力をつける必要がある。
リーリアは、キールたちに様々なことを教わりながら、生きるための術を身につけていった。
彼らは、ただの盗賊集団ではなかったのだ。
盗賊としての隠密行動、護身術。
前世の知識を応用した奇襲作戦。
キールもまた、リーリアの成長を面白がり、積極的に協力してくれた。
粗野な言葉遣いとは裏腹に、彼は仲間思いで、面倒見の良い男だ。
いつしか、彼のことを単なる庇護者以上の存在として、意識するようになっていた。
彼の不器用な優しさや、時折見せる真剣な眼差しに、心が惹かれていく。
「おい、リーリア!ぼーっとしてる暇があったら、もっと動きを早くしろ!」
キールの声が、訓練場の隅に立つリーリアに飛んだ。
「ごめん」
少し頬を赤らめながら、リーリアは再び訓練に集中する。
これは自分が悪い。
剣の扱いも、最初はぎこちなかったが。
キールの熱心な指導のおかげで、ずいぶんと様になってきた。
数ヶ月後、かつての自分とは見違えるほど成長していた。
精神的にも。
冷静な判断力、素早い身のこなし、強い意志を。
ついにその日が来た。
キールたちが、元実家である公爵家の財産を狙う計画を立てたのだ。
その計画に積極的に参加することを申し出る。
「私も行く。私が、あの家の中のことは一番よく知っているから」
キールは少し、心配そうな顔をした。
「危ない真似はするなよ」
「大丈夫。今度の私は、簡単に追い出されるような弱い女じゃない」
夜の闇に紛れ、リーリアたちは公爵家の屋敷へと忍び込んだ。
襲うことに、罪悪感なんてあるわけがない。
この数ヶ月で培った技術を駆使し、警備の目を掻い潜っていく。
庭の手入れの甘さ、見張り番の配置の隙。
全てが、頭の中で鮮明に浮かび上がってくる。
ついにたどり着いたのは、公爵の私室。
そこで、父と義母、二人の異母妹が、奪った財産を前に醜く笑い合っている光景を目にする。
「これで、あの出来損ないの娘がいなくても、私たちは安泰ね」
義母の言葉が、リーリアの胸に突き刺さる。
よくも。
怒りと憎しみが、静かに確実に燃え上がった。
合図と共に、キールたちが部屋に突入する。
突然の襲撃に、公爵一家は驚愕し、喚き散らし始めた。
「な、何者だ!」
狼狽える父に、冷たい視線を送った。
「久しぶりね、お父様」
元娘の声を聞いた瞬間、公爵の顔はみるみる青ざめていく。
「リー、リア……!?お前、まさか……!」
「まさか、生きていて、こうしてあなたたちの前に現れるとは、思ってもいなかったでしょうね」
この数ヶ月の間に考え抜いた言葉を、一つ一つ丁寧に紡ぎ出した。
「あなたが私を役立たずと罵り、追い出したあの日から、私は変わりました。あなたたちが踏みにじった私の尊厳を、もう二度と誰にも汚させない」
義母や異母妹たちは、何が起こったのか理解できずに震えている。
話すだけ話す。
きっと、最後だ。
キールは、そんな彼女たちを面白そうに眺めている。
「お前のような出来損ないに、一体何ができるというのだ!」
なにができるというが、今こうやって押し込んでいるではないか?
父は最後の抵抗とばかりに叫んだ。
「私に何ができるか、教えて差し上げましょう」
リーリアは、キールから預かった短剣をゆっくりと構え。
それは、かつて庭師だった自分が、大切に手入れしていた、剪定鋏を思い出させた。
「腐敗した部分は剪定しないと」
言葉の刃で、彼らの傲慢さ、冷酷さ、そして愚かさを容赦なく抉り出す。
王子に袖にされたのは、自分のせいではないこと。
最初から気に入らなかっただけ。
彼らが真実を見ようともせず、一方的に自分を断罪したこと。
最初から、機会があればやろうとしていただけ。
そして、追い出した娘が、今こうして自分たちの前に立っているという現実。
「きっともう貴族として生きてはいけないと、暗示されていたのです」
言葉の一つ一つが、公爵一家の心を蝕んでいく。
毒を流し込む。
特に、かつて自分が蔑んでいた娘の、堂々とした態度。
鋭い眼光は、彼らに大きな衝撃を与えた。
遠慮なく不正を言ってやったのだ。
「あなたたちが私を追い出したおかげで、私は大切な仲間と出会い、強くなることができた。感謝こそすれ、恨みはないわ」
リーリアはそう言いながらも、その瞳には確かな怒りが宿っていた。
「でも、あなたたちが犯した罪は、決して許されるものではない」
キールがニヤリと笑い、公爵の肩に手を置いた。
「お嬢ちゃんの言う通りだ。あんたらがやったことは、タダじゃ済まねえぞ」
結局、公爵家の財産はキールたちの手に渡り、公爵一家は失意のどん底に突き落とされた。
リーリアは、直接的な暴力を振るうことはしなかったものの。
彼らの築き上げてきたものを奪い、精神的に打ちのめすことで、十分な報復を果たしたのだ。
騒動の後、キールはリーリアに優しく語りかけた。
「よくやったな、リーリア。見違えるほど強くなった」
「ありがとう、キール。あなたと、みんなのおかげ」
初めて心からの笑顔を見せた。
その笑顔は、かつての陰鬱さを微塵も感じさせない、明るく輝くものだった。
「なあ、リーリア」
キールは少し照れたように言葉を続ける。
「もしよかったら、これからもずっと、俺たちの側にいてくれないか?」
リーリアは、キールの瞳をじっと見つめた。
粗野だけれど温かい眼差し。
自分を信じ、支えてくれた大切な人。
「ええ、喜んで」
数日後、街の片隅でやつれ果てた公爵一家が、惨めな姿で施しを受けているのを見かけた。
当主の証も奪ったので、身元が証明できないからだ。
一瞬だけ憐れみの情を抱いたが、すぐにその思いを振り払う。
これは、彼らが自ら招いた結果。
キールと共に新たな道を歩み始めた。
盗賊団の一員として、弱きを助け、強きを挫く。
前世の庭師としての知識も活かし、人々の生活を豊かにする活動も始めた。
荒れた土地を耕し、花を植え、実りをもたらす。
その噂は広まり、人々から感謝されるようになった。
かつての家族は、失った財産と名誉を取り戻そうと画策するだろう。
しかし、今のリーリアはもう、あの頃の弱々しい少女ではない。
彼女の傍には、頼れる仲間たちと、何よりも大切な、素敵な恋人がいる。
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