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軌跡

扉を開くと、そこには孤児院のみんなが苦しそうに臥せっている姿があった。そして、先程は見えなかった黒い靄が……瘴気が部屋全体に充満していた。



「これは……酷い有様だな。」



部屋の内部の状況を見たイングランド様たちが、顔をしかめながら各々感想を漏らしていた。


私の役割は、この瘴気を取り除くこと。それが例え、この身に瘴気を取り込むことであっても、そして取り込むことによって何らかの悪影響があろうとも関係ない。なぜなら、私はここが、みんながとても大切だから。


私は涙がこぼれそうになるのを何とか抑え込みながら、ゆっくりと、息を吸い込んだ。


すると、ゆっくりと肩が引かれた。

見ると、今にも倒れそうなウィルが私の肩を引いていた。



「どうしたの、ウィル? ここは私に任せて、ゆっくりと休んでいて。ね?」


「……俺にはまだ、状況がよくわかっていないが、お前にしか解決できない状況だということはわかっている。だけど、先程神官長がおっしゃっていたが、今からすることでお前に何らかの危険があるんじゃないのか? みんなが助かる代わりに、お前が犠牲になるなんて……そんなことはないんだよな?」



もう倒れてしまってもおかしくない状態にもかかわらず、ウィルの目はすがるような、そして有無を言わせないようなそんな目だ。


聖女の舞ではなく歌を歌うからといって、私の体内に瘴気が取り込まれないという保証はどこにもない。

絶対に大丈夫だなんて、いうことはできない。だけど、私は皆を助けたいんだ。



「ごめんね、ウィル。私がここで引かないことは、ウィルがよくわかっているよね?」



私が笑顔でそういうと、ウィルは苦虫を嚙み潰したような表情で下を向いた。そして、体の限界がきたようでその場に膝から崩れ落ちてしまった。

私はすかさず体を支えて、地面にゆっくりと横たわらせた。



「大丈夫、私に任せて。」



私は気持ちをリセットする意味を込めて、再び息をゆっくりと吸い込んだ。


私は歌うことが何よりも大好きだ。この歌で、大好きなみんなを救えるのなら本望というものだ。


私に聖女の力をお与えくださった光の女神様。

どうかみんなを、お救いください。





ーー





※ ウィル視点


俺には大切なものを守る力がない。

孤児院の仲間が倒れていくのをただただ見ているしかなかった。俺にできたのは、水を運ぶくらいのものだった。


……そして、今また力がないことを痛感した。

パイルは、俺達のために自分を蔑ろにすることがある。熊の囮になったことや、今回だってそうだ。自分の命に危険があることがわかっているにもかかわらず、「私は大丈夫だから」と、何の迷いもなく言いやがった。


そんなパイルをかっこいいと思いながらも……酷く心が荒れるんだ。


パイルはこの状況を何とか出来る力があるらしい。

神官長を含めた他の貴族たちでもできないことなのに、なんでパイルが……。

いったい何をするんだよ。


するとパイルは、ゆっくりと深呼吸をした。

それは、一緒に過ごしていたときによく見ていた動作だ。本気で歌う前に見せる、ある種の型のようなものだ。それを今やるということはまさか……本当に歌うつもりなのか?


確かにパイルの歌を聞けば、心は休まるだろうがこの痣自体には……。


そんな俺の考えなど気にしていないとばかりに、パイルはハミングをし出した。

パイルのいうところの前奏というやつだろうか? 聞いた限りだと聞き覚えがないものだから、新しく作った曲だろう。

そして、歌が始まった。



『いつもどおりの明日が来ることが当たり前のように 気づかないふりをして過ごしていた』


ああ、そのとおりだな。俺たちの日常は、いつまでもつつくものじゃないんだ。

ミーアやコニー、そしてパイル、お前も遠いところにってしまった。


『悲しみで胸がつぶれそうなときは瞼を閉じて思い返そう

 楽しさに満ちていた毎日はとても大切なものだから 

 揺らめく淡い炎は ほら とてもきれいだから』



パイルが言葉を紡ぐたび、周囲に光の粒子のものが見え始めた。その光は、パイルを中心に周囲に降り注ぐようにして煌きだした。


本当だな、とてもきれいだ。


 

『ありがとう 歌をうたい ひたすら喜びを口にする

 あふれ出すこの想いは あの星々のように煌くから』


パイルの歌が盛り上がるのにつれて、周囲がさらに煌きだした。それはまるで、星が降ってくるようにきれいで、それでいて荘厳さも持ち合わせているようなそんな光だ。


『ありがとう このほしは永遠に回り続けている

 触れ合えない距離にいても 

 切れることない確かな絆があるから』


周囲の光は、孤児院のみんなの身体を優しく包み込んだ。

もちろん俺の身体も、優しい光に包まれた。その光は、温かくてきれいで、身体が浄化されていく、そんな感じだ。


いや、今までほとんど感覚がなかった右半身に、少しずつ感覚が戻ってきている。

……本当にパイルが……パイルにこんな力が。


 『終わることない軌跡を歌うよ』




歌が終わると、周囲に現れた光はゆっくりと霧散していった。そして、光りが消えるのと同時に、俺を含めた孤児院のみんなを蝕んでいた黒い痣は消えていった。



「……きれいだ。」


「うふふふふふ。ありがとう、ウェル。」


っ!!

俺は咄嗟に、自分の口を手の甲で押さえつけた。

あまりにも現実離れした光景に、口元が緩んでしまった。



「……まさか、ここまでの力があるとは。だが、あの量の瘴気を身体に取り込んだと考えると……パイル、身体に異常はないか?」


「ご心配頂きありがとうございます、イングランド様。……ですが、特に異常はないと思います。」


「異常がない? 今まで見てきた聖女たちは、聖女の舞を行い瘴気をその身に取り込んだ後、かなり疲労していたはずだが……。」


すると、神官長がゆっくりと首を振って部屋全体を見渡して、口を開いた。



「これは、瘴気を自身に取り込んだのではない。……おそらく、瘴気を浄化したのだ。ゆえに、パイル自身の身体に異常はないと思われる。」


「……浄化だと? それは、光りの女神様のみが行えるもののはずだ。力の一端を授かっているに過ぎない聖女は、自身の身に瘴気をとりこんで、瘴気を除去できるにすぎない。それを、パイルが行ったということは……聖女の犠牲がなくなるということではないか!」


「ああ、そのとおりだな。……パイル、本当に異常はないのか?」


「はい、異常はない……」


すると、パイルの体がぐらっと傾いた。

パイル!

俺は咄嗟に、パイルの体を支えた。


「おい、パイル! しっかりしろ! おい、パイル!」


顔を覗き込むと、酷く顔色が悪かった。

俺は必死にパイルの肩を揺さぶった。



「やはり、身体に瘴気を取り込んでいたのか……。」


「いいや、違うな。イングランド、よく見ろ。これは、魔力を大量に使用したことによる反動が来たものだ。今まで大規模に魔力を使ったことがなかったのだ、無理もない。魔力の使用に慣れていけば、問題ないはずだ。」



神官長は、パイルの手首に指を当てながらそう言った。

……言っていることがよくわからないが、パイルは大丈夫ということか? 混乱していた俺は、神官長に詰め寄った。


「……パイルは、大丈夫なんですか!」


「小汚い顔を寄せるな。……一時的なショック状態だ。休めば問題ない。」



神官長は心臓が縮み上がるほどの冷たい視線を俺に向けながらも、そう答えてくれた。


よ、よかった……。とりあえず大丈夫ということだよな。












 

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