必ず晴れはやってくる
~ウィル(孤児院)視点~
「ウィル、部屋に水を運んでもらってもいいかしら?」
「わかりました。……院長先生も休んでください。顔色が悪すぎます。」
「ありがとう、ウィル。だけど、私は大丈夫ですよ。私は大人ですから、みんなよりもたくさん動けるので問題ないわ。」
院長先生は穏やかな笑みでそう言うと、みんなの看病に戻っていった。
いくら大人でも、碌に休息もとらず動き回っていたら、ぶっ倒れるだろ……。
俺はのどまで出かかった言葉を飲み込んで、言われたとおり水を汲みに向かった。
パイルとミーアが来てから、約2週間が経過した。
風邪だと思われていた孤児たちは、一向に回復の兆しを見せず、むしろ病に伏せるものが増える一方だ。今は、まともに動けるのは俺と数人の大人たちくらいだ。
パイルたちが来る前から、この事態の兆しはあった。人数自体は今ほどではなかったものの、なかなか体調が回復することはなかった。症状は咳や熱、食欲不振といった風邪のような症状だ。俺たちは治りにくい風邪だと思っていたが、パイルたちの来訪に合わせて、院長先生は現状をパイルたちに知られないよう指示を出した。
俺たちは家族思いのパイルたちが現状を知って、主のお貴族様たちに無理を言って酷い目にあってしまうことを危惧してのことだと納得して指示に従った。
きっと、みんなよくなる。パイルたちが次に来る頃には、みんなは元気になって、また楽しく過ごすことができる。そう思っていたのに……。
病人がいる部屋へ大量の水を運び、水を飲ませることが俺の役目だ。他の大人たちも同様に自分たちの役目をひたすらこなしている。院長先生は俺達全員の補助と指示を、不眠不休で行っている。だが、毎日1時間ほど、院長室にこもることがある。きっと、その1時間で休息をとっているのだろう。額に汗を浮かべて戻ってくるのも、きっと寝苦しいからに違いない。この様な状況の中で、悪夢にうなされているんだ。きっと、そうに違いない……。次にパイルが来る頃には、元通りの日常になるんだ。
しかし、1週間たっても状況は全くよくならなかった。むしろ、病に伏せるものが増えて、全員を看病しきるには限界の人数だ。
すると、いまだ動ける数少ない大人の内の1であるクルルが、意を決したように院長先生に声をかけた。
「院長先生、私たちはもう限界です。声を上げて、お貴族様たちの力を借りましょう。孤児が減り側仕えになれる者がいなくなるのは、あちらにとっても喜ばしいことではないはずです。」
クルルがそういうと、作業していた手を止め院長先生はゆっくりと俺達を見渡した。そして、悲痛な思いを浮かばせた表情で首を横に振った。
「声を上げても、救いの手は差し伸べられないでしょう。」
「なぜです!? 先ほども申しあげたとおり、新たな側仕えがいなくなって困るのはあちらも同じはずです! 言ってみる価値が、全くないとは思いません!」
普段からは想像もつかないクルルの大声に俺達はあっけにとられたが、院長先生は冷静に再び首を横に振った。
「ええ、新たな側仕えがいなくなって困るのはあちらも同様でしょう。もし現状を伝えたら、助けてくださる可能性はもちろんあるかもしれません。」
「それならなぜ、行動に移してはいけないのですか!」
「それは、この状況が治療可能なものではないからです。つまり、お貴族様の手を借りようとも、この状況を打開することは難しいということです。」
「それはどういう……」
「ですが、安心してください。時間がかかってしまい申し訳ございませんが、原因はわたくしが必ず除去いたします。……わたくしの身に何が起ころうとも。……ですから皆さん、ここにいる皆のために今一度、力を貸していただけないでしょうか?」
院長先生はそういうと、確かな意思を感じさせる緑色の瞳で、俺達を見つめた。
それはまるで、俺の人生を変えたあの歌姫の力強くも優しい瞳の様で……。
院長先生にそこまで言われたら、俺達に否やはない。俺達は1つ頷いて、自分たちの作業へと戻った。
ーー
そして、怒涛の1週間が過ぎた。
もう動ける人は、俺と院長先生しかいなくなった。実際は俺自身も、今にも倒れてしまいそうなほど体の自由が利かなくなっている。もう、気力だけで動いている状態だ。何度も倒れそうになった。何度もあきらめようとした。
だけど、俺は何とか踏ん張った。諦めなかった。なぜなら、ここは俺の居場所だからだ。初めてできた俺の居場所。あいつがつくってくれた俺の居場所だ。病気なんかに、俺の大切な居場所を奪わせてたまるか。それに、俺は孤児院のみんなのことを頼まれたんだ。
俺は水を運び続けてそして、濡れタオルを替えながらみんなの体を冷やし続けた。みんながいつも通り過ごせる、そんな日が必ず戻ってくると信じて。
「ちょっと、ウィル! なんて顔色をしているのよ!」
最初はとうとう幻聴が聞こえたのかと思ったが、どうやら本物のパイルが目の前にいるようだ。
そうか、目に来た時からもう1か月が経っていたのか。ひたすらにやるべきことをやっていたから、時間の感覚がなくなっていたな。
「ウィル、返事をしてよ! ウィル!」
返事をしない俺に対してしびれを切らしたように、凄まじい顔でパイルが俺の肩に手をかけた。こいつって、たまにものすごい顔をするよな。素がいいんだから、ずっと笑っていればいいのにな。
それはそれとして、この状況を隠し通すのは無理そうか。隣には、目を見開いて固まっているミーアもいるし、隠し通すことはできなさそうだ。
だけど、院長先生に隠すように言われている。あの言葉は今も有効だ。最後まで、やってみるか。
「……な、なんでもない。」
「その状態が何でもないわけないでしょう!? とりあえず、その大量の水を一旦床におこう。何が起きているのか話してくれる? それか、、みんながいるところに案内してちょうだい。」
「か、風邪が流行っていて、ほとんどのやつらが寝込んでいるんだ。でも大丈夫だ。俺も動けてるし、看病できる大人もいるからな。」
「風邪って……1か月前にここに来た時も、風邪と言っていたよね? 期間も長くて、罹る人も増えているなんて、ただの風邪じゃないよ! 風邪にしたって、普通の風邪とは違うもっと感染力が強くて症状も重い物なんじゃないの? ……教えてよウィル! みんなが心配なんだよ。」
「い、いや……。」
そんな目で見られたら、はぐらかすのは難しい。だけど、違う何かの病気だとしたら、余計に2人を近づかせるわけにはいかない。だから、何とかして帰ってもらうしか……。
すると、今まで目を見開いて固まっていたミーアが、パイルの体をそっと引いてたしなめるように声をかけた。
「パイル。みんなが心配で、いち早く情報を知りたい気持ちは私にもわかるわ。だけど今は落ち着いて。」
「落ち着いてられないよ! ミーアお姉ちゃんも状況を知りたいでしょ?」
「ええ、知りたいわ。だけど、まずやるべきことはこんな様子になるまで懸命に働いてみんなを守ってくれたウィルに感謝することだわ。きっと、この大量の水は病で臥せっている皆のために何度も運んでいるものだわ。」
ミーアはそういうと、俺のことをそっと抱きしめた。
「ウィル、ありがとう。私たちの大切なひとたちを守ってくれて。本当にありがとう。」
「……お、俺は……みんなのことを守りたくて……。」
涙が勝手にあふれて自力ではとめることができない。去年から俺は泣いていない。たまった涙があふれ出るかのように、ボロボロと溢れてやまない。
「……ミーアお姉ちゃんのいうとおりだね。私が間違っていたよ。ごめんね、ウィル。ウィルの気持ちを考えないで、一方的に自分がききたいことを聞いちゃって本当にごめん。改めて、本当にありがとう。みんなを助けてくれて。」
「いや、俺、何もできなくて……。」
「ウィル、1人で戦わせてしまって本当にごめんなさい。その役目を、私たちにも背負わせてもらってもいいかな? 私たちも一緒に戦うよ。」
確かな意思を感じさせる翡翠の瞳。人生を変えられたあの時と同じ目だ。1人で戦っても、どうにもならないと頭ではわかっている。1人で抱え込んでも解決できずに、みんなを苦しめてしまう。
パイルなら、パイルなら何とかしてくれるかもしれない。根拠はないがそう感じた。だから……。
「……みんながいるところに案内する。」
そうして俺は、部屋へ行く道中に事のあらましを2人に説明した。




