尋問とは言葉だけで裏取りをするわけではないみたいだ
ここ最近、神官長たちの神殿にいる時間が少なくなっている気がする。
今までも、神殿を空ける日は何度かあったけど、こうも連続でいなくなる日はめったになかった。
といっても、書類の決裁が滞るということもないため、神官長のスーパーマンぶりに驚いているのだけど……。
神官長たちはお貴族様なわけだし、社交的な何かをしているのかもしれない。私が知らないだけで、今の時期は社交シーズン真っ只中の可能性もある。
まあ私には、縁のない世界だけど。
ユットゲー様もいないわけだし、ミーアお姉ちゃんとお茶でも飲みながらおしゃべりしたいな。ユットゲー様のお部屋にいるだろうし、執務の間にちょろちょろっと抜け出して会いたいな……。
「パイル。執務の手が止まっているようですが、何かありましたか?」
そんなことを考えていると、神官長のような冷気を放つアルミーの冷ややかな声が聞こえてきた。
見ると、とても素晴らしい笑みを浮かべていた。
「ご、ごめんなさい。……神官長がお忙しそうなので、楽師としてご気分を変えられるような新曲をつくれないかと、思案していました。」
「そうなのですね。良い心がけだと思います。ただ、今は執務中なので手を動かすことを忘れないようにしてください。」
「はい、気を付けます。……神官長たちは、いつもこの時期に神殿を離れることが多いのですか?」
「そうですね、今は社交シーズン中ですので珍しいことではないです。ただ、いつもと比べて神殿を開ける頻度が多い気はしますね。」
なるほど。今は、お貴族様たちの社交シーズンだったようだ。
お貴族様の社交って、どんなことをするのだろうか?
きらびやかな空間できらびやかな衣装をまとって、キャッキャウフフするのかな。それとも、腹の探り合いをするのだろうか。
どちらにしても、楽師として徴収されて巻き込まれることは怖いけど、歌う機会が来るのなら歓迎するばかりだ。
いつもと比べて頻度が多いということは、社交が難航しているのか、社交が盛り上がっているのか……。
神官長って、お顔がいいし能力もすごいから女性にモテそうだよね。ただ、辛辣すぎて長続きしなさそうだけど。
「そうなのですね。楽師としての仕事がいつあるかわからないので、万全の準備をしておきます。」
「ええ、お願いします。執務の方も万全を期して望んでください。」
「かしこまりました。」
私とアルミーは、笑顔で微笑み合った後に、それぞれの執務へと意識を戻した。神官長2号であるアルミ―は、怒らせてはいけないのだ。
ーー
その夜。
久しぶりに神殿へと戻ってきた神官長に、私は呼び出しを受けた。久しぶりのライブのオファーかもしれないと、期待で胸を弾ませて神官長の前に跪いた。
「其方に楽師としての仕事を命じる。先日、騎士団の件で世話になったメイウッド公爵が、其方の演奏を聴きたいとのことだ。少し先のことになるが、準備をしておくように。」
「かしこまりました。」
うふふふふふ。やはり、ライブの依頼だったようだね。
メイウッド公爵というと、騎士団の皆さんの前でライブをするために出かけた先で、休憩場所と宿を提供してくださった方だ。
公爵というとかなりの上位貴族だと認識しているけど、すでに領主であるイングランド様の前で数回演奏している。今の私は、怖いものがない無敵状態なのだ。
「メイウッド公爵に聞いたのだが、其方の歌を聞いた騎士たちの士気が上昇し、魔獣討伐の速度が上がったそうだ。礼を言っていたぞ。」
「もったいないお言葉に存じます。」
「魔獣と言えば、ここ最近下町の近くでも目撃例があるようだ。其方たち孤児がよく出入りしてる森にも現れたそうだ。そこで、被害拡大を防ぐために、今は少しでも多くの情報を募っているところだ。其方も何か、知っていることはないか?」
「……誠に申し訳ございませんが、魔獣というものがどのような存在なのかわたくしは存じておりませんので、ご提供できる情報は持ち合わせておりません。申し訳ございません。」
「ふむ、確かにそうだな。魔獣は外見的な特徴として、赤い目を共通して持っている事が挙げられる。そのような存在を見たことはないか?」
赤い目と言えば……ウィルと一緒に遭遇したあのでかい熊がそうだった。うすうすそうなんじゃないかと思っていたけど、やはり普通の動物ではなかったようだ。
それにしても、なぜ私にそのようなことを聞くのだろうか。森に入るのは孤児だけではなく、下町の人たちも入るから町の人やそう言った情報が集まるであろう兵士から聞く方が効率的だと思う。わざわざ私に聞いてきたのは、ただの世間話の一環か、それともあの時の出来事を確認するためか。
忙しい時にわざわざ聞いてきたのだから、後者の可能性が高い気がする。だとすると、何かしらの情報を掴まれていると考えた方がよさそうだ。ここは素直に、見かけたと話すことにしよう。
「赤い目が特徴というと……選別の少し前に、森で赤い目をした大きな熊に遭遇いたしました。」
「ほう。魔獣は非常に好戦的だ。魔獣と戦うすべを持たない其方ら孤児が、どのようにして事なきを得たのだ?」
「別の個体が現れて、私たちから興味をなくしたかのように睨み合っていました。そのすきに、逃げることができたのです。」
「なるほど、それは幸運だったな。熊型の魔物と言えば、その森で原因不明のまま倒れている個体がいたという報告が兵士からあがっていたようだ。兵士の話によると、その魔獣が発見される前に孤児たちが襲われていると助けを求められたそうだ。その個体は、其方が見た魔獣ではないだろうか?」
「確かに私ともう一人が囮となり時間を稼いでいる間に、他のみんなが兵士に助けを求めてくれたのは事実ですので、倒れていた魔獣は私が見た魔物かのうちどちらかの個体かと存じます。」
「ふむ。その兵士たちは、魔獣同士が争ったと考えられるにもかかわらず、目立った外傷もなく倒れていることに疑問を持ったそうだ。其方から見て、何か気付いたことはないか?」
「……申し訳ございません。別の個体が現れてからは逃げることに夢中で、お話しできるような気づいた点はございません。魔獣という存在について詳しく存じませんので、なぜ目立った外傷もなく倒れていたのかについてはわたくしには想像出来かねます。申し訳ございません。」
私がそういうと、神官長は何かを考えるようにあごに手を添えた後に、一つ頷いた。まるで尋問されているような気持ちだ。早く終わってほしい。
「なるほど、よくわかった。兵士の証言とも一致しているゆえ、浅い森に魔獣が出現したと確認できてよかった。今一度、注意喚起をすることにしよう。もう下がっていいぞ。」
私は一礼した後に、その場をあとにした。
よ、よかった……。何とか無事に、尋問から逃れることができたようだ。ウィルが咄嗟に話をつくってくれて助かったよ。
それにしても、下町の兵士の話を聞きつけてくるとは思わなかったな。
神官長が情報収集能力に長けているのか、それとも部下の報連相がしっかりしているのかわからないけど、危ないところだった。この件が、みんなの記憶から早く薄れていくことを祈るばかりだ。




