サイレントキリング(※神官長視点)
「あちらの派閥が隣のサウザンドブレイクに魔石を横流ししていた証拠を押さえた。さらに、瘴魔石を引き取り、この神殿に紛れ込ませていることも証拠をつかんでいる。」
「改めて聞くと、愚か以外のなにものでもないな。ミレッジナーベの数少ない聖女たちが瘴気を除去した魔石を隣に横流しし、さらにその隣から魔石を購入していたとは。歴代聖女たちに、申し訳が立たない。」
「あの愚か者は、毎年何着もドレスを仕立てていたな。領の財政で賄いきれない分を、裏取引で得た金の一部で賄っていたのだろう。ドレスだけ着飾っても、着る者が腐っていれば余計に醜くなるだけだろうに。さっさと葬り去りたい。」
証拠はそろっているため、領への重大な損害をもたらしたことは明白。今すぐ表舞台から退場願いたい。領のためを考えると、幽閉等の処罰をした上で、瘴魔石の除去という労働を最後までやらせるのがもっともよい。これならば、実質1人の聖女を処刑し聖女がいなくなってしまうことを危惧する領主派や中立派も納得するだろう。
しかし、処罰した後が問題なのだ。反領主派筆頭の愚か者を処罰したところで、そのすべてが我々の派閥の傘下に加わることはない。
一部は最大派閥となる領主派かもしくは中立派に移るだろうが、少なくない数の者たちは不穏分子として残り続けるだろう。人の心理として、旗頭を潰した我々の派閥に素直に下ることはあまり考えられない。
ただ、我々は貴族だ。時には利害関係を鑑み、敵とも手を取らなければ生きてはいけない。愚か者を処罰した後、我々が提示し最大の効果を発揮できる利益は、新たな聖女の擁立だ。いくら幽閉した先で瘴魔石の瘴気の除去が行えるとはいっても、瘴気に侵された場所や人がいるところに出向き、瘴気を除去することはできない。
つまり、幽閉後は、自由に動ける新たな聖女が必要となる。
もしもパイルが本当に聖女だったとしたらと考えると……やはり物事とはそう都合よくいくものではないな。
しかし、だからといって、愚か者たちを野放しにしておくわけにはいかない。実質1人の聖女がいなくなることよりも、その聖女が領に与える負の影響の方が大きいのは明らかだ。
「新たに聖女の力を持つものが現れるのを待っていたが、証拠がそろったならばもう動くべきだな。二月後、母上と神殿長に罰を与える。その間に必要な準備や根回しを整えるぞ。」
「わかった。パイルの調査は打ち切っていいな? ユットゲーを遊ばせておく暇はなくなるからな。」
「瘴魔石の瘴気が除去された件については謎が残っているが……仕方ないか。特に目新しい情報はないのだろう?」
「馬車内でめぼしい情報が得られなかったことは聞いているが、その後何か有益な情報はあるか、ユットゲー。」
私がそういうと、背後に控えていたユットゲーが私とイングランドの前に跪いた。情報収集能力に長けたユットゲーが情報を得られていないのだ。ないものを得ることはできないため、そもそもパイルが聖女の力をもっているという考えが間違っていたのだろう。
「裏取りがまだでしたので、報告しておりませんでしたが、興味深い話を、町の兵士から聞くことができました。」
「町の兵士だと? 相変わらず其方は想像もつかぬ所から情報を集めているのだな。して、どんな情報なのだ?」
イングランドが興味深そうにそういった。
ユットゲーが話すということは、ある程度裏取りが済んでいるのだろう。私は視線で、話の続きを促した。
「兵士によると、今年の秋の終わりに森に行った孤児たちがクマに襲われて、門まで逃げてきたことがあったそうです。子どもを逃がすために残った少年少女がいたそうでしたが、無事に全員怪我無く事なきを得たとのことです。獣害の発生を鑑みて、森への立ち入りを制限する必要があるか確認するため、森の様子を調査するために熊が出たと思われる場所へ兵士たちが行ったそうです。しかしそこには、地面に倒れ込んだレッドグリズリーがいたとのことです。ただの動物のクマではなく、魔獣だったのです。」
レッドグリズリーが現れたのは、さして驚くことではないな。森の恵みを求めて、浅いところまでやってきたのだろう。しかし……。
「孤児たちを逃がすためにその場に残った少年少女が、無傷で生還したとはどういうことだ? それに、うまく撒いたわけではなく、レッドグリズリーが倒れていたということは……ありうべからざることだが、その者たちが討伐したのか?」
「いえ、そういうわけではないようです。レッドグリズリーには目だった外傷はなく、その場で倒れていただけの様です。その少年少女の話では、別の個体が現れて同族同士の争いを始めたとのことです。兵士たちは倒れているレッドグリズリーに目だった外傷がない事を不思議に思ったようですが、放置すれば危険な魔獣が復活すると考え、倒れているレッドグリズリーの息の根を止めたとのことです。」
ふむ。確かに興味深い話ではあるな。
同種の魔獣同士が争って餌の取り合いをしたのならば、外傷がなく倒れていたのは不思議な話だ。だが、目立った外傷がないだけで頭部に強い衝撃が加わったり、毒かなにかを受けたりと、倒れた原因が他にあるかもしれない。嘘であると断言するには根拠がないな。
「ちなみにだが、その少年少女とはどのような者だったのだ。」
イングランドがそう聞くと、ユットゲーは待ってましたとばかりにいつもの胡散臭い笑顔をさらに深めた。まあこの状況で話すのだから、誰が聞いてもあの者のことを思い浮かべるだろうがな。
「その者たちの特徴は、少年の方は白い髪だったようです。少女の方は、桜色の髪をしていたそうです。目立つ外見だっため、よく覚えているとのことです。……捕捉になりますが、白い髪の少年の名前はウィルというの様で、パイルと私の側仕えのミーアが馬車内で会話をしている時に、何度か名前があがっていました。」
「あの者はたとえ聖女でなくとも、何か特別なものを持っているのかもしれぬな。楽師としても申し分ないが、側においておけば面白いことを色々とやらかしてくれそうだ。ハルウォーガン、私に其方の楽師を譲ってくれないか?」
……この状況で、何を頓珍漢なことを言っているのだ、其方は。
私はあきれを前面に出すように深い溜息を吐いた後に、イングランドをギロリと睨みつけた。
「却下だ。あれ以上の楽師など、そうそう手に入れられるものではない。…だがそれ以上に、領主の其方の周りで厄介なことを頻繁に起こされもしたら、迷惑以外のなにものでもない。楽師として、しかるべきところに置いておく方があの者の真価を発揮できる。」
「普段は素直に口には出さぬが、やはりパイルの楽師としての才能をかなりかっているようだな。まあそれはいいとして、関係ないと切り捨てるには少々興味深すぎる話だ。瘴魔石の件も併せて、あの者に何かある可能性は極めて高いと考えられる。たとえ聖女でなくとも、このミレッジナーベに生かせるものであるならば、知っておいた方が良い。」
「前半はともかく、後半部分については私も同感だ。魔獣の核になっているのは瘴魔石だ。やはり、瘴魔石関係であの者には何かあると考えていいだろう。浅い森に魔獣が出ると被害が出る可能性があるため、魔獣に出会ったと思われる者に話が聞きたいとでも言って、パイルに話を聞いてみることにしよう。」
「うむ、そうしてくれ。だが、母上と神殿長を罪に問う方が重要だ。くれぐれも優先順位を間違えないようにな。」
「其方に言われなくともわかっている。むしろ、私から其方に言いたい内容だ。」
「……相変わらず、其方はかわいげがないな。兄としての威厳がなくなるではないか。」
「他人に、可愛げがあるなどと思われたいと思ったことは一度もない。そろそろ時間だ。城に帰るぞ。」
私がそういうと、イングランドはため息を一つついた後に席を立った。




