仮定が正しいとは限らない(※神官長視点)
~ハルウォーガン(神官長)視点~
「パイル、急遽だが明日この部屋で客を招くことになった。其方には楽師としての仕事を命じる。前回と同様に、シュトラウスの演奏をしながら歌ってもらう。準備を怠らぬように。」
「承知しました。」
一週間の城勤めを終えて神殿へと帰還した私は、パイルに楽師としての仕事を命じた。イングランドに瘴魔石の件を報告したところ、すぐにでも確認しに来ると言い出した。
来ると簡単にいうが、領主がそうやすやすと城を抜け出して神殿に来られるわけがない。つまり、人目を欺いてこちらにやってくるということだ。領主一族しか知らない道を通てくるとは言え、城にいない間の空白の時間をそう何度もごまかせるわけではない。
だが、すぐに確認したい気持ちもわからないではない。もし仮に、パイルに聖女の力があるというのなら、最高の切り札になる。加えて、通常の聖女と異なる方法で聖女の力を行使できるのならば、瘴気に苦しめられているこの領を救うことのできる光となる可能性がある。
私も早々に確認したいと思っていたところだったため、イングランドの来訪を渋々了承した。
それにしても、あの愚か者は相変わらず愚かで低能だったな。そうそうに、表舞台から退場させなければこの領は腐りきってしまう。あの愚か者さえいなくなれば、少しは風通しがよくなるだろう。パイルの力が確認でき次第、すぐに行動に移すことにしよう。あの愚か者をすぐに排除するのは難しいが、派閥の者たちを切り崩す準備は整っている。さて、明日の結果が楽しみだな。
ーー
次の日。予定通りの道を通って、イングランドがやってきた。その顔はいつになく、真剣さを帯びているようだった。やるときはやるというスタイルのためたちが悪い。
「今日は真剣なのだな。ようやく領主らしくなってきたではないか。」
「……其方、私のことを何だと思っているのだ? それに、この件については私は最初から本気だ。今日は、聖女不足に一石を投じられるかもしれぬ日なのだぞ。軽口をたたいていないで、さっさと案内しろ。」
「其方にそのように言われると、はらわたが煮えくりそうなほどの怒りを感じるがまあいい。事実確認を速やかに行い、対策を練る方が先だ。ユットゲー、指示どおりに魔封じの箱を私の部屋に運んでおくように。」
「かしこまりました。」
本日は、パイルの聖女の力の有無を確かめる日だ。先日の騎士団の一件から、私たちはパイルの歌に瘴気の除去能力があるのではないかと仮定した。その理由は、パイルの歌が唯一のイレギュラーだったからだ。それ以外は、特段変わりはなく、瘴魔石の瘴気が取り除かれる理由がないと思われるからだ。
仮定してしまえば、後は確かめるのはまったく難しくない。魔封じの箱をセットした部屋で、歌が好きな歌馬鹿に気持ちよく歌わせればよいだけだからだ。歌で瘴気を除去できるなど聞いたこともないが、検証にさほど労力を使わないゆえ、早めに真偽を確かめておく方が良い。
神官長室に入ると、早く歌いたそうな顔でシュトラウスを眺めているパイルがいた。この者は相変わらず能天気な顔をしているな。私たちが領政について頭を悩ませているにもかかわらず、この能天気で歌のことしか考えていない者はある意味で羨ましいかもしれない。孤児は悩みなぞなさそうで、大変羨ましい。
まあ、そんなことはどうでもいいか。私はアルミーに茶の用意をさせて、さっそくパイルに歌わせる手はずを整えた。
「では、パイル。騎士団の前で歌った歌を歌ってくれ。ミス無く完璧に歌うように。(検証に影響が出るかもしれないからな。)」
「かしこまりました。」
きれいな作り笑顔で返事をしたパイルは、すぐにシュトラウスに目を向けて穏やかな笑みを浮かべた。気持ちの切り替えが早いようで、何よりである。
そしてパイルは、以前と変わらず圧巻の歌声を披露した。求められて事をしっかりとこなす者はやはりいいな。まあ、私の周りではそのような者しかいないがな。
パイルが歌い終わったのを確認して、私は部屋の隅に置いた魔封じの箱の隣に立っているユットゲーに視線を送った。ユットゲーは心得たと言わんばかりに一礼すると、魔封じの箱を少し開封して中身を確認した。少しの間確認したユットゲーは蓋を閉じると、首を横に振った。
……ふむ。そう簡単に結果出るとは思っていなかったが、さてどうしたものか。
実際、パイルに聖女の力がないことだってある。むしろ、そちらの可能性の方が高いと思っている。だが、そう判断するには、騎士団の時とできるだけ条件を合わせて検証してからでも遅くはない。あの時と時間帯はほぼ同じであるからして、目だった差異と言えば後は歌った曲数か……。あの時は2曲歌ったゆえ、もう1曲歌わせてみよう。
「変わらぬ演奏で何よりだ。次も、騎士団の前で歌った曲を歌ってくれ。もちろんだが、ミスの無いようにな。」
「かしこまりました。」
作り笑いで笑ったパイルは、ゆっくりと深呼吸をしてシュトラウスを構えた。
これで瘴気の除去ができればよいが……出来なかったときは、より条件を揃えてやり直した方がいだろうか? まあ、それについては、結果を見てから考えよう。
そして、2曲目の歌が始まった。「星」を題材とした歌だ。室内で聞いても素晴らしいが、やはり星空の下で聞いた方が響くな。
演奏が終わり私は再び、ユットゲーに視線を送った。
しかし、しっかりと箱の中身を確認したユットゲーは、ゆっくりと首を横に振った。
……空振りだったか。瘴魔石の瘴気が除去されたのは、パイルの歌以外に原因があったのか? だが、パイルの歌以外に特筆して気になるものはなかった。他に何が原因だというのだ。
すると、イングランドが口を開いた。
「今回も素晴らしい演奏だったぞ。流石はハルウォーガンの琴線に触れた楽師だな。」
「ありがとう存じます。」
「其方の歌を聞いていたら、私もあの時のように楽器を弾きたくなってきたな。ハルウォーガン、其方はどうだ?」
ふむ。あの時のように、私たちが楽器を弾き、パイルに歌わせてみようということか。いくらングランドでも、ただ弾きたくなったから弾こうと言っているわけではないだろう。こうすれば、あの時と状況はほとんど同じだ。次こそは、何か結果が出るかもしれない。
……、演奏してみたが結果は何もでなかった。検証の仕方が悪かったのか、それともそもそも原因が別にあるのかは定かではなくなったが、今の時点ではこれ以上検証のしようがない。いったん終わりにして、話し合いの場を設けた方が良いな。
「パイル、演奏はもうよい。充分な働きだった。本日はもう下がっていい。我々は話があるため、この場に少し残る。」
「かしこまりました。」
パイルはそういうと、我々に一礼して部屋をあとにした。




