運命の分かれ道は知らぬ間に通っていることがある(※神官長視点)
~ハルウォーガン視点~
私はハルウォーガン。領主の弟であり、いわゆる領主一族の1人だ。今わけあって、神官長という役職についている。
側近のユットゲーの知らせを受け、カジケープと共に魔封じの間に来ている。
魔封じの間とは、瘴魔石を格納した魔封じの箱が 収められている部屋のことだ。
部屋の大きさはかなり広いが、今は、我々が入るのもやっとのくらい魔封じの箱で埋め尽くされている。
元々、魔封じの箱はこの魔封じの間に収められるくらいの量しか存在しない。存在しないから作ればいいのかと言えば、そう単純な話ではない。材料となる素材も貴重なものというものがあるが、何よりもこれ以上増えれば、魔封じの間に入りきらず瘴気を抑えることが出来なくなるのだ。
瘴気を抑える仕組みはというと、まずこの魔封じの間に跪き、床に魔力を流す。流れた魔力が神殿という神の祝福を受けやすい場所ということと、光の女神の像の恩恵により増幅され、魔封じの箱へと流れて瘴気を抑え込むという仕組みだ。
あの忌々しい愚か者め……。自らは瘴気の除去を行わないにもかかわらず、さらにミレッジナーベ全体で瘴魔石が溢れかえっているというのに、他領から瘴魔石を受け入れるとは、愚かというほか言いようがない。そうそうにケリをつけねばならないな。
「神官長、こちらをご覧ください。昨日、騎士団から受け取った魔封じの箱の中身でございます。」
ユットゲーがそういって、箱を開封したので、中身を見てみると、私は驚きのあまり不覚にも目も見ひらいてしまった。
瘴魔石は辺りに瘴気をまき散らすのが特徴だが、視覚的にわかりやすい特徴として、黒く濁っていることが挙げられる。
しかし、箱の中身の半分ほどが、それぞれの属性を表す淡い色を帯びたものになっている。つまり、瘴気が除去されて、普通の魔石になっているのだ。
理由について考察してみるが、まず、瘴魔石が辺りに瘴気をまき散らしたことによって、瘴魔石内の瘴気が自然になくなる可能性は無い。
周りに瘴気をまき散らした分だけ、空気中から魔素と負のエネルギーを取り込み続け減ることがないのだ。
もちろん騎士団の者が瘴気の除去を行えるはずもないし、ましてや実質1人しかいない聖女が除去したなんてこともない。
つまり、何らかの原因で騎士団が魔獣を討伐してからユットゲーによって魔封じの箱が開封されるまでの間に、瘴気が除去されたということになる。
原因が何であれ、瘴気を除去できる何かがあるのなら、領のために必ず探しださなければならない。
……原因。聖女以外に瘴気を除去できるなど聞いたことがないが、原因に心当たりはあるかと言えば無いとは言い切れないな。
私は頭を冷やす意味で、ユットゲーに問いかけた。
「原因に心当たりはあるか?」
「想像の域をでないので、ありませんというのが私の答えです。聖女の力以外に、瘴気を除去する方法は知られていません。ということは、聖女の力によって除去されたのか、それとも何かしら他の方法で除去されたのかどちらかです。実質1人しかいない聖女があの場に現れたという報告はないので、前者は考えられないです。……いえ、考えられる可能性がもう1つありますね。聖女が新たに現れたという可能性が。」
ユットゲーはそういうと、いつもの胡散臭い笑みを浮かべた。ふむ、聖女にしか瘴気の除去ができないと考えると、新たな聖女が現れたという線しか残っていないのは確かなようだ。
あーそうだ。ユットゲーから、まだ報告を受けていないことがあったな。
「時に、ユットゲー。馬車の中では何か収穫はあったのか? 確か、パイルと仲の良かった者を側仕えとして同乗させたのだろ?」
「申し訳ございません。大きな収穫はなかったです。側仕え同士の会話を簡単に許可してしまったためか、警戒されてしまったようです。当たり障りのない近況報告と昔話をしていたので、有益なパイルの情報を得ることはほとんどできませんでした。」
「ふむ。まったく得ることができなかったわけではないだろう?」
「左様にございます。パイルと同じ代の側仕えの話の中で、ある少女の体調を気遣う発言が何度かありました。どうやらその者は、幼少のころから病弱だったにもかかわらず、ここ数年の間ですっかり良くなったとのことです。その少女は、特にパイルの歌を好んでいたそうです。引き続き、詳しく調査したいと存じます。」
「なるほど。調書に確か、病弱との記述があったものがいたな。その者のことか。引き続き、調査を頼む。」
「承知しました。時に、瘴気が除去されたこれらの魔石はいかがいたしましょうか。神殿長などに見つかれば厄介なことになりますので、私が処分しておきましょうか?」
「いや、私の部屋に運ぼう。貴重な魔石だ、いくらあっても困ることはない。来るべき日が来たら、存分に活用しよう。」
「かしこまりました。私が責任をもって運んでおきましょう。」
「ああ、頼んだ。調査も可及的速やかに頼んだ。この領には、もう時間がない。実際にやらせてみるのが早いだろうが、真実ならばこちらの最強の切り札となる。周りに漏れぬよう、証拠がそろい次第真偽を確かめる。」
私がそういうと、ユットゲーは跪いて首を垂れた。
ーー
魔石の処理を終え、私たちは執務室へと戻ってきた。
あと少しで夕食の時間だ。旅の疲れもあってか、いつもより疲労を感じるな。
……旅の疲れというよりも、頭の痛い問題を抱えてしまったからだろうか。
まあよい。着実に反領主派を切り崩す用意は出来てきている。このまま順調に進むように、詰めていこう。
……と、忘れるところであった。イングランドから、パイルの働きを称して何か褒美を与えるように言われているのだった。孤児の側仕えに対して褒美が必要とは思わないが、仮にも領主命令だ。逆らうことはできない。
私は机に向かっているパイルを呼んだ。
「お呼びでございましょうか。」
「ああ。其方の働きに対して、何か褒美をやろうと思う。何か希望はあるか?」
「……ありがとう存じます。ただ、私は神官長にお仕えできるという栄誉をすでに頂いております。他に望むものは何もございません。」
私の前で跪いて首を垂れているパイルは、流れるようにそういった。
そこらの神官たちなら喜びそうな言葉だ。
「そうか。だが、其方に褒美をやると決めたのは領主だ。つまり、褒美を受け取らないということは、領主の言葉に異を唱えるということだ。そういうことなのか?」
「め、滅相もございません。ありがたく頂戴いたします。」
「ふむ。それで、何を望むのだ?」
「で、では……ご迷惑でなければ月に1度、ほんのわずかな時間で構いませんので、孤児院を訪れることをお許しいただけないでしょうか。」
……ほう。月に一度、孤児院に行く権利が欲しいということか。この者にどのような利益があるのかはわからないが、孤児院という場所をそれだけ大切に思っていることはわかった。孤児の側仕えが褒美として何を要求してくるか想像も出来なかったが、ある意味わかりやすい願いだ。
「よろしい。では、月の最後の金の日の夕食の時間から就寝の時間までの間、孤児院に行くことを許可する。名目上は、実践的な側仕えの仕事を孤児たちに教えることとしておくので、優秀な側仕えを輩出できるよう指導に当たるように。」
「かしこまりました。ありがとう存じます。」
パイルはそういうと、今までは見せなかった穏やかな笑顔を浮かべた。




