魔境には入場料が必要なようです
20分ほどすると、ユットゲー様が戻ってきた。
なぜか着替えを行ったようで、神官服から、品位が感じられるいかにもお貴族様っぽい白を基調とした服を着用している。……私服なのかな? お貴族様の私服を見たことがないから、今の格好がどのレベルの服装なのかわからない。
それにしても、服を着替えた理由は何かあるのだろうか? 神官服では、移動したくないということだろうか。
停車した理由がよくわからなかったけど、何やら準備が整ったようで、馬車は目的地に向けて再び動き出した。
ーー
衣服チェンジした時から、どれくらい時間がたっただろうか。
体感では、数時間以上が経過した。地球と同じく冬になると日の入りの時間が夏場よりも早いようで、窓から見える外の景色は昼間よりも少し暗くなっている。
ユットゲー様からの会話許可は、着替え後も続いていたようで、寝たふりなのか実際に得ているのかわからないユットゲー様の様子に気を配りながら、私とミーアお姉ちゃんはぽつぽつと会話をしていた。
そろそろ、膀胱の許容量が心配になりかけてきたが、馬車がゆっくりとスピードを落として停車した。ようやく、目的地に到着かな?
「到着だ。」
やっぱり起きていたんですね? と思えるほど良いタイミングでユットゲー様がそういった。ユットゲー様は私にフードをかぶるように指示し、ミーアお姉ちゃんには扉を開けるように指示した。
ミーアお姉ちゃんが扉を開けると、ユットゲー様が颯爽と馬車を下りていき、続いて私も降りた。ミーアお姉ちゃんから、「恐れながら、お手をお貸しいたしましょうか?」と声をかけられたので、私は快く返事をした。視界不良だが、ミーアお姉ちゃんなら安心して案内を任せることができる。
少し歩くと、ミーアお姉ちゃんが「こちらでお立ち止まりください」と声をかけて来た。まだ地面しか見えていないが、今から何が行われるのだろうか? 私がそう考えながら言われたとおりに立ち止まり、様子をうかがっていると、最近聞いたような聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「メイウッド公爵。出迎えご苦労。突然の訪問となってしまい、すまなかったな。」
「とんでもございません。領主に仕える騎士団長家の当主として、当然のことですわ。滞在中は何なりとお申し付けくださいませ。」
領主? 公爵?
とてつもなく、不穏な単語が聞こえてきたのだけど、気のせいでは……なさそうだね。
私はいったい、どんな魔境につれてこられてしまったのか。巫女服を着ているだけではごまかせないほど、私の場違い感が半端ないね。
「ああ、感謝する。これからの予定だが、貴殿の屋敷でしばし休憩をした後、騎士団の野営地に向かおうと思う。問題ないか?」
「かしこまりました。部屋と軽食を用意してございます。……それから、お耳に入れたい情報がございますので、少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか。」
「ああ、構わない。」
「恐れ入ります。では、中へお入りくださいませ。」
周りは地面しか見えないし、言っていることもよくわからないからさっぱり状況がつかみきれないけど、とりあえず付いて行かないと。……だけど、なぜだか緊張してしまって、うまく体が動かせない。隣にいるミーアお姉ちゃんも震えが抑えられないようで、私を誘導するために腕を支えている手から、震えが伝わってくる。
「何をしている。早く来なさい。」
私たちが動けないでいると、神官長から冷たい声がかかった。
早く来いと言われても、緊張でうまく力が入らないんだって! こんな場違いなところに連れてきたのなら、しっかりと面倒て欲しい……とは思うけど、いくら巫女服をきているからと言って、私たち孤児にそんな配慮はしないか。
私たち孤児にとって、神官であっても公爵であっても、ましてや領主であっても、等しく上位者であることに変わりはない。いつもどおり、いつもどおりに行動しよう。
私は自分に必死にそう言い聞かせて、暗示をかけた。そのお陰か、少しは体が動くようになった。私はミーアお姉ちゃんにだけ聞こえるくらいの声で、「行きましょう」といって半ば引っ張るように歩き出した。
貴族の命令に対して、黙って立っているのは大変まずいことになる。何とか、何とかやり過ごそう。
「あなた方はこちらです。」
てっきり、全員同じ部屋に通されるのかと思ったけど、どうやら私たちは別の部屋に案内されるらしい。
通された部屋に入り、パタリと扉が閉まったことを確認すると、私は少しだけフードをずらして、周りの状況を確認した。そして、ミーアお姉ちゃんの様子をうかがった。ミーアお姉ちゃんは青白い顔をして、まだ少し震えていた。いや、私の顔色もきっと悪いと思う。
「……ミーアお姉ちゃん、大丈夫? 全然状況がわからないし、その……領主様までいらっしゃったなんて、本当に混乱しちゃうよね。」
「う、うん……。とても怖かったわ。今回私たちがここに連れてこられた理由って、なんなのかしら?」
ミーアお姉ちゃんは、私が楽師の仕事をするためにここにきていると知らされていないのかもしれない。単に、巫女の側仕えとして同行するように、とだけしか言われていない様だ。
「ミーアお姉ちゃん。私ね、神官長の側仕えだけではなくて、楽師としての仕事も仰せつかっているの。楽師というのは、音楽を奏でたり、歌を歌ったりする人のことだよ。今回は、楽師としての仕事をするために連れてこられたんだよ。」
「……楽師? 歌ということは、もしかしてパイルの歌が、神官長に評価されたということなの!?」
「評価されているのかはちょっとわからないけど、利用価値はあると思っていただけているみたいだよ。」
私がそういうと、ミーアお姉ちゃんは今まで震えていた手で口元を覆い、涙を浮かべた。そして、私の手を取ると満面の笑みを浮かべた。
「おめでとう、パイル! お貴族様に認められるなんて……本当にすごいわ! 私は幸せ者ね。毎日のように、パイルの歌を聞いていたんですもの。」
「ありがとう、ミーアお姉ちゃん。どのような形であっても、歌を歌えることは私にとってとてもうれしいことだよ。今回も全力で歌うから、ミーアお姉ちゃんも楽しみにしていてね。」
「ええ。パイルの歌を聞くのは、私の選別の時以来ね。パイルの歌をもう一度聞きたいとずっと思っていたのよ。私も側仕えとして、私にできる精一杯で応援するわ!」
「うん、ありがとう!」
すると、ノック音が聞こえた。
私はすぐにフードをかぶって、「どうぞ」と扉に向かって声をかけた。
「ハルウォーガン様がお呼びでございます。」
私たちを呼びに来た女性の誘導に従って、私とミーアお姉ちゃんは外へとやってきた。
ユットゲー様の指示で再び馬車に乗ると、ユットゲー様から馬車内で発声練習をする許可が出た。お貴族様の前で発声練習をするのは気が引けるが、馬車を下りた後すぐに出番があるのだろう。許可が出たということで、私は少し緊張しながら声出しを行った。




