悪徳商法には気を付けないとね
視界不良のため転ばないように慎重に歩くのはとっても疲れるな。
何とか無事に、馬車が用意されている玄関前に来ることができた。すっころんで、神官長に叱責されずにすんで一安心だ。
「私とカジケープは前の馬車に乗る。ユットゲーはパイルと側仕えと共に後方の馬車に乗るように。」
「かしこまりました。」
ユットゲー様がそういうと、神官長はさっさと馬車に乗り込んでしまったようだ。てっきり一台の馬車にきつきつで乗るのかと思ったけど、そこはお貴族様仕様で快適な空間を確保するため馬車の台数1台ぽっきりではないらしい。もしかすると、荷物用の3台目の馬車があるかもしれないね。
「私が先に乗ろう。其方はこの巫女を、馬車の中までしっかりと誘導するように。」
ユットゲー様は馬車の前に待機させていたという側仕えにそういうと、馬車へと乗り込んだようだ。馬車の中で側仕え同士おしゃべりをしたいが、私は巫女という設定になっているからそうはいかないよね。
いや、もしかすると巫女の格好だけをしているだけと知っている可能性もあるかな? まあどちらにしても、お貴族様のユットゲー様が同乗しているから仲良くおしゃべりなんかできないか。
「お、お足元にお気をつけてお乗りください。馬車に乗るまで、一段踏み台がございます。」
「……ええ。」
若干の緊張をはらんだ声掛けに対して、私は一応巫女っぽそうな返事をした。
……だけどこの声、聞き覚えがあるというか、1年前まで毎日聞いていた。大人の女性の声とは言い難い、少女の声だった。まさか、まさかそんなことって。
動揺が抑えきれなかったが、周りを待たせることになってしまうため、私は足元に気を付けてゆっくりと馬車に乗り込んだ。
馬車が動き出し、少し経った後、高鳴る心臓の鼓動を抑えながら私はゆっくりとフードを外した。
すると、見覚えのある顔よりも少しだけ大人っぽくなった顔がそこにはあった。相手も目を見開いて私を凝視していた。
「パ」
ミーアお姉ちゃんはそこまで言いかけると、すぐに手で口を押さえつけた。同じ場にお貴族様が、それも直接の主がいるため勝手に口をひらいてはいけないとすぐに気づいたのだろう。私もそれに習うようにして、手で口元を覆った。
「おや? 2人は知り合いなのか? まあ、それもそうか。年が1つしか違わないのだから、孤児院でなんども顔を合わせているか。」
ユットゲー様は、いつもの人好きのしそうな笑顔を浮かべながらそう言って頷いた。
まさか、ミーアお姉ちゃんがユットゲー様に召し上げられていたなんて。主同士が毎日のように一緒にいたにもかかわらず、全く知らなかった。それだけ、主が異なる側仕え同士の交流がほとんどないということだろう。
「あーいいことを思いついた。」
私たちが衝撃を受けすぎて固まっていると、ユットゲー様から暢気な声が聞こえてきた。ちょっと反応できそうにないが、というか感動的な再開シーンなのだからもう少し大人しくしていて欲しいが、側仕えである以上主の言葉はしっかりと聞かなければいけない。
私たちはなんとかお互いに固定された視線を外して、ユットゲー様の次の言葉を待った。
「日々献身的に仕えてくれている側仕えと、至高の神官長に献身的に仕えている側仕えに褒美を与えようと思う。積もる話もあるだろう。発言を許可する。今から私をその辺の空気とでも思い、存分に語り合ってくれ。」
……なんとなくだけど、嘘くさい。神官長は基本的に無表情だから考えていることを読み取れないけど、このユットゲー様も人好きのしそうな笑顔をいつも浮かべているため真意が読み取れないのだ。貴族教育の賜物なのか、孤児の私では太刀打ちできそうにない。
だけど、なんとなく嘘くさいと感じる。ただの側仕え相手に、普通の貴族がこのようにおしゃべりを許可するとは思えないからだ。
……本当に何を考えているのだろうか。ミーアお姉ちゃんも真意を測りかねているようで、視線をすこしさまよわせている。私たちがどうしたものかと沈黙していると、再びユットゲー様が口を開いた。
「どうした、私が許可したのだぞ? 私は目的地まで仮眠をとるゆえ、気楽に語らうがいい。」
ユットゲー様はそういうと、本当に目を閉じて背もたれに体重を預けた。
孤児の側仕えの前で寝るふりをするあたり、何か考えがあるのは当たりっぽいな。
……だけど、ここまで譲歩されているにもかかわらず黙ったままでいるのは、この場合は失礼に当たりそうだ。まあ、考えすぎの可能性もあるから、無難な会話で乗り切るとしよう。
私がミーアお姉ちゃんに視線を合わせて一つ頷くと、ミーアお姉ちゃんも一つ頷き返してくれた。
「久ぶりだね、ミーアお姉ちゃん。元気だった?」
「ええ、久しぶりねパイル。私は元気だったわ。パイルも元気そうね。……それにしても、パイルが巫女様の衣服を着ていてビックリした。今回お仕えするのが、パイルだったなんて全然知らなかったわ。」
「うふふふふふ。私も知らなかったよ。知っていたら嬉しすぎて、寝不足になっていたかもしれないよ。」
「まあ!」
くすくすと笑い合いながら、ちらっとユットゲー様に視線を送ってみると、本当に眠っているかのように先程と特になにも変化がなかった。
このまま、とりとめのない会話をしていて大丈夫そうかな。それにしても、話題選びが難しい。いっぱい話したいことがあるんだけど、言ってしまっていいものかわからない。互いの仕事内容についても、主から外部に漏らさないように言われているかもしれないし、私の仕事も神官や巫女たちの支出内容にかかわるものだから安易に話すことはできない。
天気の話でもしようかな。……あからさまに無難すぎたら、警戒していると思われるかもしれない。なにか、なにかないかな。
「ウィルたちは元気かしらね?」
すると、ミーアお姉ちゃんが口を開いた。ウィルたち……そうか! 孤児院にいる皆に思いを馳せる作戦かな? その作戦乗った!
「元気かなー。ウィルは張り切って、お兄さんをしてそうだね。」
「うふふふふふ。そうかもしれないわね。年少組のみんなは、パイルの歌を聴けずに寂しがっているかもしれないわよ。」
「そうだとうれしいな。神殿の窓から大きな声で歌って、孤児院まで声を届けてみようかな。」
「まあ! 怒られてしまうわよ!」
そんな会話を繰り返しながら、孤児院にいる皆に思いを馳せていると、不意に馬車が停止した。出発からまだ30分くらいしか経っていないけど、もう目的地に着いたのだろうか? 目的地は知らされていないけど、案外早いというか何というか……。
それからしばらく、動きのないまま微妙な時間がすぎていった。
このお貴族様は本当に眠っているの!? 私たちが起こした方が良いのかな……。私たちがどうしたものかと視線を交わし合っていると、「コンコン」と馬車の扉を叩く音が聞こえた。
すると、ずっと起きていたかと思うほど自然な動きで、ユットゲー様が立ち上がった。
「少し所用があるゆえ、席を外す。其方たちは、馬車内で待機している様に。それから念のため、私が戻るまでフードをかぶっている様に。」
「「かしこまりました。」」
ミーアお姉ちゃんが扉を開くと、ユットゲー様は軽やかに馬車を下りていった。その時に、空いた扉の向こうに、一軒家が見えた。外観は年季が入っているように見えるため、貴族の家とかではなく平民の家に見える。その家の前には、カジケープ様がちらっと見えた。なにやら、鎧らしきものを着ている様に見えたけど……。
私たちは大人しく、馬車内でユットゲー様の帰りを待った。




