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馬車で出かけましょ


「またな、楽師。次も素晴らしい歌を頼む。」


神官長にイングランドと呼ばれていたお客様は、悪戯っ子のような笑みを浮かべて帰っていった。神官長たちもどうやら付いて行くらしい。


……またなとはどういう意味だろうか? またここに来た時に、歌を聞かせて欲しいということ? とすると、またしても私のファンが増えてしまったようだ。

よしよし、当初の目的は達成だ。私は、聞こえているのかいないのかわからないシュトラウスの演奏を終えて、跪きながらイングランドたちを見送った。





そして、その日の夕食の前。給仕の準備を始めようと書類を片付けていると、神官長に名前を呼ばれた。午前中はイングランド様がいらっしゃっり執務ができなかったため、その分を挽回するため、いつも以上に午後の執務時間は忙しかった。全員必要以上に席を立たずに、黙々と書類と格闘した。思ったんだけど、神官長がこんなに忙しいなら、神殿長の執務室はどれほど忙しいのだろうか? 財政と人事以外にあまり思いつく仕事がないけど、きっと私の知らない業務に忙殺されているのだろう。


それはそうと、名前を呼ばれた理由について、今日は確信が持てる。イングランド様に私の歌をほめていただけたのだから、充分に仕事をこなしたはずだ。そのことについて、神官長からお褒めの言葉があるのだろう。



「今日はご苦労。前回聞いた時と同程度の歌で何よりだった。褒めて遣わそう。」



……うんうん。歌うごとにクオリティーを下げることなく、同レベルのパフォーマンスを発揮できることがとてもすごい、と言っているようだ。



「ありがとう存じます。」


「明日だが、楽師として私の外出に同行するように。」



外出ですって!? もしかして、屋外ライブステージへのオファーなの!? ついに、ついにここまで来てしまったのね! 急なオファーでも、歌姫の私ならいつでも大丈夫よ!



「かしこまりました。」


「明日の注意事項だが、現地に着いてからは歌うこと以外に声を出さぬように。それから、明日は巫女服を着用し、顔が見えぬようフードを目深に被ってもらう。」


……えーと、はい? 

大丈夫、落ち着いてパイル。言葉の意味はわかっているから、私のキャパシティ的には問題ない。屋外ステージに着いたら、ファンサービスやトークは禁止。衣装は巫女服で、フードを目深に被ると。顔バレ禁止というやつかな。まあ、孤児だと知られれば色々面倒なことがあるのだろう……って、うん? 巫女服を着用するということは、私を巫女に偽装するということなの? ということは、フードを目深にかぶった正体不明の巫女になって、ライブをしろという命令ね。よし、そういう整理にしておこう。

それにしても、この神官長は10歳の少女相手に説明が足りないと思う。私は中身がお姉さんだからいいけど、普通の10才児だったらショートしかけてしまうのではないだろうか。



「かしこまりました。」


「恐れながら神官長。一言よろしいでしょうか?」


私が返事をすると、ユットゲーが前に出て、神官長に発言の許可を求めた。巫女に偽装することには、問題があるのではないかという苦言だったらうれしいな。



「なんだ。」


「明日は、パイルに側仕えをつける予定でしょうか? 巫女が側仕えが1人もつけずに外出するのは、少々問題があるかと思われますので。」


「ああ、そのとおりだな。神官や巫女が側仕えを1人も付けずにいるのは不自然だな。この者は一応女であるから、女の側仕えが必要だがここにはいない。どこからか、借りてくるしかないが……。」



おさえて、おさえるのよパイル。心のよりどころの枕まで、踏ん張るのよ。

というか、自分たち自身が側仕えをつけずに外を出歩いているのに、何を当たり前のように問題があるだとか不自然だとか言っているのだろうか?



「私の側仕えに1人、女の側仕えがおりますので、その者をつけるのはどうでしょうか?」


「ああ、確かそうだったな。手配を頼む。」


「承知しました。」



え? ユットゲー様って、側仕えがいたの? この部屋にいつもいるから、自身の部屋がないのかと思っていた。私たち側仕えが神官長の寝ずの番をしているにもかかわらず、ユットゲー様とカジケープ様は、なぜか当たり前のような顔をして神官長の寝ずの番をするのだ。まあ、神官だから自分の部屋や側仕えをもっていても不思議ではないか。そういうことにしておこう。 





ーー




そうして、次の日がやってきた。

アルミ―から巫女服を渡されて、神官長からのありがたい伝言をきいた。曰く、「出発まで時間がないから、急いで着るように」とのことだ。

もし許されるのであったら、「巫女服をすぐに準備できるなんて、もしかして趣味で集めていらっしゃるのですか」と言ってやりたいくらいには頭にきている。


まあ上位者の命令であるから、急がないとまずいのでさっさと着替えよう。側仕えは、主の着替えを手伝うのも仕事の内のため、巫女服の着用の仕方は孤児院で習っている。


鏡の前で自身の姿を確認し、乱れや間違いがないか確認する。よし、大丈夫そうだ。

うふふふふふ。自分で言うのもなんだけど、黒の巫女服に桜色の神がよく映えている。まあ、今回はフードを目深にかぶる必要があるため、全人黒づくめ少女になってしまうのだけど。今日1日変装するということは、神殿内部でもフードをかぶっていた方がよさそうだ。私はフードをしっかり目深にかぶって、神官長室へとやってきた。足元がギリギリ見えるか見えないかくらいの視界の悪さなので、歩くのがちょっと怖い。




「準備できたか。……視界が悪そうで、シュトラウスを正確に弾けるか不安があるな。」


「確かにそうですね。万が一にでも間違えたら、神官長の品位に傷がつきます。」



おのれがフードを目深にかぶれと言ったんじゃろがい! わざとなの、ねえ、わざと言ってるの?

フードで視界が遮られていることをいいことに、私は冷ややかな視線を声のする方向に向けた。


「しょうがない。イングランドも来ることになっている。失敗のないよう、私がシュトラウスを演奏しよう。」


「神官長のシュトラウスを拝聴できることは大変喜ばしいことですが、楽譜はいかがいたしましょう?」


「いらぬ。2回演奏を聞いているゆえ、私には必要ない。」


「流石にございます、神官長。」


へーへー、左様ですか。


「では、行くとするか。ユットゲー、パイルの側仕えはどこにいるのだ?」


「馬車の前に待機させております。」


「よろしい。パイル、馬車の中ではフードをとることを許可する。」


「ありがとう存じます。」



声に感情が乗らないように、細心の注意を払って返事をした。

それよりも、馬車に乗って移動するのは初耳だ。貴族の移動手段が馬車ということなら、この世界では馬車が主流なのだろう。それ以上のものがあれば、貴族が乗らないはずがないからね。馬車での移動って、初めてだな。車内ではフードをとる許可も出たし、外の景色をみるのも楽しそうだ。



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