コークハイにはストローを
私は心を込めて、『一歩』を披露した。歌の練習ももちろん楽しいけど、やっぱり聞いてくれる人がいるのは格別な楽しさがある。
神官長は表情筋がないかのように思われるいつもの無表情で私の歌を聞いていたが、お客様の方は目を閉じて頷きながら歌を聞いてくれた。歌う側からすると、多少なりともリアクションをしながら聞いてくれた方が嬉しいものだ。
「うむ。ハルウォーガンに聞いていたよりとてもいではないか! 歌詞も曲もいい! このようなものが孤児院にいたのだと考えると、世界は広いものだ!」
うふふふふふ。たいそう喜んでいただけたようだ。孤児院を出て1か月もたっていないが、なんだかこういうリアクションが懐かしく感じる。
「ありがとう存じます。」
「其方がつくったという歌はもうないのか? あるなら、引き続き歌ってくれ。」
もちろんです! 私が全力で頷こうとすると、冷ややかな空気が神官長から放たれたのを感じた。
……危ない危ない。神官長が怒る姿を見たことはないけど、絶対に怖い。私はそ知らぬふりで、お客様に困った顔を向けた。
「イングランド。昨日、この者の歌を聴くのは1曲までだと言ったはずだが?」
「……いいではないか! 曲の1つや2つ聞いたところで、そんなに変わるものではないだろ!」
「ダメだ。そのような時間はない。話すことが山積みのはずだ。其方が大事なところ以外では基本的に阿呆なのは知っているが、今はその阿呆さに構っている暇はない。」
「……其方は私に対してことさら厳しいな? まあよい。その代わり、私から提案があるからな。」
「何の交換条件にもなっていないため却下する。いいから、話し合いを始めるぞ。」
仲がいいのかよくないのかわからない掛け合いが終わると、神官長は台座にクリスタルのような石が乗っている物を取り出し、その石の部分に手を置いた。
そしてなにやら、口を開いて話し合いを始めた。だけど、2人の声が全く聞こえないのだ。
え、どういうこと? まさか、読唇術を用いて会話をしているとか? それとも、あのクリスタルらしきものが魔導具で音を遮断しているとか? もしそうだとしたら、あの魔道具を使えば、歌の練習をし放題じゃない! まあ、私が手に入れることは難しいというよりは不可能に近いかな。例え手に入れても、魔力のない私では動かすことができないし……。
よし、一旦おいておくとして、自分の仕事をしよう。この後は、シュトラウスでBGMを奏でることになっている。シュトラウスを演奏するのも楽しいし、さっそくはじめようかな。……だけど、こちらからの音って、2人に聞こえてるのかな?
ーー
〜ハルウォーガン視点〜
パイルの歌の披露が終了すると、イングランドは私の思ったとおり大いに興味を示した。いつもどおり軽く流した後、私は遮音器を取出し魔力をこめた。遮音器は、使用者の指定した範囲に見えない結界を張り、結界内の音を外部に漏らさないようにするための魔道具である。なお、外からの音はこちらへ聞こえる。
イングランドは、密談をするために神殿にやってきたのだ。パイルの歌を聞くというのはついでにすぎなかった。だが、そのついでであるものがあまりに興味を引くものだったようで、遮音器を張ってからも、イングランドの興味はパイルの歌に向いたままのようだ。
「イングランド。いいかげん、真面目な話をするぞ。」
「そうだな、真面目な話も大事だな。……だが、時には明るく前向きな話をするのも大事だ。そうは思わないか?」
「それについては否定しないが、今はその時ではない。それに、其方の明るく前向きな話には、あまりいい予感がしない。」
「まあ、そういうな。だけどいいのか、ハルウォーガン。私が其方に話さず、独断で動いてもいいのだぞ?」
……チッ。わざと言っているのか素で言っているのかは知らないが、事実そうできる立場なのだから脅しの効果としては充分だ。聞かないよりは聞いておいた方が対処が楽というものか。
「……5分だけだ。それ以降は本題の話をする。」
「其方ならそういうと思っていたぞ!」
イングランドはそういうと、少年のように無邪気にほほ笑んだ。いい年をして、なぜそんな笑顔ができるのか理解に苦しむが、こやつはこれで私にはない才を持っているのだ。
「それで、なんだ?」
「うむ。私からの提案は、パイルの歌を疲弊した騎士たちに聞かせるというものだ。」
「却下だ。ただの孤児を討伐現場に連れて行っても足手まといにしかならない。」
「現場に連れて行くなど言っていないだろ。安全地点で野営している所に連れていき、騎士たちに歌を聞かせるのだ。」
「却下だ。安全地帯に行かせるにしても、人をつけなけれないけないだろう? ただの楽師に人員を付けられるほど、私たちに余裕がないことは其方が一番理解しているはずだ。」
「ああ、理解している。その上で、提案しているのだ。」
私が言っていることの方が正論のはずだ。だけど、イングランドは全く引く気配がない。
いつもこうだ。イングランドは簡単に自分の意見を曲げないのだ。私の役割は、こうしたイングランドの考えを精査し、間違いだと判断したら叩き潰すことだ。
「平民のそれより下の孤児である灰色側仕えの歌を聞かせるとして、貴族である騎士たちが簡単に受け入れると思うか? 聞かせた後が難しいのではない。聞かせるまでが問題なのだ。」
「……ハルウォーガン。ミレッジナーベは現在、瘴気の除去が出来なずに、魔獣が溢れている状態だ。騎士たちは日々戦っているにもかかわらず、何とか倒した魔物の魔石すら浄化されず、根本の問題が解決されない状態だ。」
「それは十分理解しているつもりだ。だから、その状態と付随する問題を解決するために我々が行動しているのではないか。」
「そうだな。だが、我々が動いていることを知っている者は何人いる? ほとんどのものは知らないのだぞ? 知らない者たちは、いつ収まるのかもわからない魔獣の連続出現と高額な魔石の購入に希望を見いだせない状況なのだ。そんな状況に、小さくとも明かりをともすことが出来るなら、やるべきではないか? 私は其方の楽師の歌に、勇気をもらったぞ。『一歩』を踏み出せ続けるようなそんな勇気を。其方はどう思うのだ、ハルウォーガン。」
反論は思いつく。だが、いくら反論を重ねようとも、領民のこととなると其方は意見を譲らぬではないか。いつも、私が折れることになるのだ。そのことに腹が立つのと同時に、そんな其方を主と認めている自分もいる。其方の尻拭いをこれから先、何度していけばいいのか。
「領主としての判断ならば、私は従うまでた。」
「昔から素直ではなないな、其方は。ふっ、安心しろ。其方の楽師の歌ならば、多くの者が勇気をもらえるであろう。だが、灰色側仕えの歌を騎士たちが受け入れにくいということについては、私も同感だ。だから、その点については私に考えがある。」
「……参考までにきかせてくれ。」
「うむ、聞かせるまでもない。今の私の姿を見てくれ。」
イングランドはそういうと、自信満々とばかりに両手を広げ、勝ち誇ったような顔をした。其方が領主でなければ、今頃切り刻んでいたところだが、まあよい。
「神官でもないのに神官服を身につけ、中身が子どものままの間抜けな男がいるように見えるが……まさか。」
「良い考えであろう? そのために色分けをしているのだから、利用すればいいではないか。皮肉なことこの上ないが、あはははははは!」
なにもおかしくはない。其方は、其方が皮肉っている貴族の最上位にいるのだぞ。
まあ、考え自体は悪くないのかもしれない。
「もういい。どうせ細かいところは、いつものように私に押し付けるのだろ? パイルの話は終わりにして、本日の本題に入るぞ。」
そして私は、神官・巫女たちの支払簿を取り出した。




