嵐の前のフォルテッシモ
支出項目は主に4つある。食費、交際費、消耗品費、雑費だ。支出の根拠として、前世のような領収書が一緒に提出される。この領収書を支出項目ごとに計算して、請求額と合致しているか、支出が神殿生活に必要なものか否かを審査するのである。計算はいいとして、神殿生活に必要か否かについては、ペーペーの私には判断することができない。そこで、「神殿生活費に関する取り決め」という規約をもとに一つずつ確認していく。といっても、アルミ―曰く、明らかにおかしいものはほとんどないらしい。
さてと、始めるとしますか。私は1つ1つ数字を追っていきながら、おかしなところがないか確認していく。
「……これは!」なんてことはなく、淡々と処理していくだけだった。その途中で、追加で2名分の支出簿が持ち込まれたが、これと言っておかしな点はなかった。強いて言えば、若干合計額が異なっているという計算ミスくらいだ。いかにも、ぺーぺーの私向けの仕事といったところだ。
うん、これでよしと。おかしなところがないのは仕事が円滑に進むから助かるのだけど、ちょっとくらい指摘できるような間違いがあった方がやりがいが感じられるという気持ちもある。まあ、ぜいたくな悩みだよね……。ただ、気になるところがあるとすれば「消耗品費」が人によってかなり金額に差があることだ。その差を生み出しているのは、「魔石」の購入金額の差だった。
孤児院にいたときは、洗濯や湯あみ、火おこしなど自分たちの力で行っていた。もちろん、 電気はないため、光源もろうそくの火に頼っていた。ところが、側仕えになってからの生活は一変した。お湯は沸かさなくてもいいし、自力で火を起こすこともない。光源もろうそくの火に頼ることもないのだ。その理由は、魔導具の存在だ。魔導具とは、魔力で動く道具のことだ。昨日アルミ―から魔導具関連の説明を受けたときには、とても驚いた。この世界には、魔力があるらしい。ただ、私たちのような孤児ひいては平民は、自身の魔力を活用できないため関係のないことらしい。
しかし、関係がないのならどうでもいいか、と割り切れるほど私は大人ではなかった。無い物ねだりをしても仕方がないのだけどね。
ただ、平民でも魔導具を使うことはできるのだ。というのも、魔力のこもった結晶こと魔石を使えばいいとのことだ。自身の魔力を活用できるお貴族様である神官や巫女が魔石を購入している理由はおそらく、自身の魔力では賄いきれないからもしくは、自身で魔力を流すのは不便で効率的でないからかもしれない。生活に密接にかかわっている魔石の購入費に大きく差があるというのは、何とも興味深いことである。
淡々と業務をこなしていると、神官長たちが帰ってきた。なんとなくだけど、神官長から不機嫌オーラが漂っている気がする。触らぬ神に何とやらだ。黙々と書面とにらめっこすることにしよう。
だけど、その願いは届くことなく、私の名は神官長に呼ばれてしまった。私はすぐに手を止めて、神官長の前に跪いた。
「来週、客人が来る。その際に、其方には楽師としての仕事をしてもらう。曲については、選別の時に歌った曲を歌ってもらう。それ以降茶を飲んでいる間、昨日渡した3曲を繰り返し弾くように。」
「かしこまりました。」
お貴族様のお茶会の間、楽師に音楽を奏でさせるのはマナーとなっているとのことだ。私がここに来るまでの間、神官長は楽師をどこから調達していたのだろうか? もしかすると、神殿お抱えの楽師がいるのかもしれない。
まあそんことよりも、久しぶりに聞く相手のいるライブだ! 明日からの練習はよりいっそう、気を引き締めて頑張らなくては!
ーー
シュトラウスが手にしっかりと馴染み始めたころ、神官長のお客様を迎える日がやってきた。私を楽師にした時点で、神官長はすでに私のファンになったと考えていいだろうから、今日やってくるお客様も私のファンにさせてみせる!
それにしても、お口が悪い神官長にも、訪ねて来るお客様がいるんだな。まあ、お顔と歌は素晴らしい人だから、知り合いの一人や二人いてもおかしくはないか。
私が自室でのウォーミングアップを済ませ神官長室にやってくると、そこはいつもの落ち着いた部屋から高級サロンのような内装に早変わりしていた。アルミ―とマールの2人だけで行ったとは思えないほどの代り映えだ。
だけど、部屋の掃除をするだけではなく、わざわざ部屋の内装も変えなければいけないあたり、お貴族様って大変だなと思う。まあ実際大変なのは、準備をする私たち側仕えなんだけどね。神官というものが世間的にどんな立場の人なのか知らないけど、いったいどのような人がやってくるのかな。
すると、扉がゆっくりと開かれて神官長たちが戻ってきた。神官長たちはお客様を出迎えにいくといっていた。随分と手厚い待遇である。見慣れた3人のほかにもう1人、黒の衣をまとってフードを被った人物がいる。……お茶会に来たのにフードをかぶっているのは、マナーかなにかなのか。それとも、魔術師的な職業についているのか。どちらにしろ、怪しさ満載の登場だ。
扉が閉まると、お客様はゆっくりとフードをはずした。
……あらあら、またもや顔面偏差値が高い人が現れたみたいだ。年は神官長と同じくらいだと思うから、ご友人だろうか。お客様は部屋の様子を見て1つうなづくと、私に視線を固定した。そして、値踏みするような視線で私を見ながら近づいてきた。どうやら、私のあふれ出る歌姫オーラに引き寄せられているようだ。
「ハルウォーガン。この者が其方が新しく召し上げた側仕えか?」
「ああ、そうだ。見ればわかるだろう。」
神官長がそういうと、お客様は私を二度見した後に、お腹を抱えて笑い出した。
「あはははははは! 其方が少女を召し上げたと聞いた時には耳を疑ったが、まさか本当だったとは! 少女趣味にでも目覚めたのか?」
「馬鹿なことを言っていないで、さっさと用事を済ませて帰れ。」
おかしな発言をするお客様を、神官長は冷たい視線で一瞥しながらそう言った後に、静かに席へと着いた。お客様が座る前にさっさと座るのはマナー的にはアウトだから、随分と親しい間柄なのだろう。神官長相手に軽口を叩けるなんて、このお客様はもしかしたら大物なのかもしれない。それにしても、この人はなぜ神官服を着ているのだろうか? 外部から来た人だし、本物の神官ではないと思うけど。
「少しはゆっくりさせてくれ。其方も知っていると思うが、最近忙しいんだ。」
「忙しいことを知っているから、さっさと用事を済ませて帰れと言っているんだ。忙しい時期に主がふらふらとして、迷惑をこうむっている其方の部下が哀れだ。」
「……まあ、それもそうだな。後で苦言を呈されるのも面倒だし、用事を済ませることにしよう。早速だが、そこの楽師。ハルウォーガンの琴線に触れたという其方の歌を早速聞かせてくれ。」
「琴線に触れたのではない。利用価値があると判断したのだ。」
「どちらでもいいではないか。さあ、聞かせてくれ。」
……この2人、両極端だな。なぜ友情が成立しているのかと思うほど両極端な2人だが、真逆のタイプだからうまくいくこともあるのだろうか。バンド内も、熱意の溢れるタイプと冷静なタイプの両方がいる方がうまくいくと思うし。
「かしこまりました。」
私はシュトラウスを構えて、大きく息を吸い込んだ。




