今こそ、私のオンステージよ!
イール、そしてコニーが中へと続いていった。
どれくらいこの扉の前で待っているのだろうか。私は、悲しい気持ちを抑え込むのに精一杯で、時間間隔を忘れてしまっていた。
すると、扉がゆっくりと開いて院長先生が姿を現した。
「パイル、次はあなたの番よ。気持ちの準備はできているかしら?」
「はい、大丈夫です。」
「わかったわ。……私との約束は覚えているかしら?」
「ええ、もちろんです。このネックレスは、常に肌身放さず身につけますね。」
私がそういうと、院長先生は穏やかな表情で一つ頷いて、私を伴って再び部屋の中へと入室した。部屋の中央まで歩いて行き、私は首を垂れて胸の前で腕を交差させ跪いた。
「名を名乗れ。」
体の芯まで届いたかと思うほどの低く、綺麗な声が響いた。進行をしているということは、この声の主が神官長なのだろうか。イケメンな上にイケボとは、なかなかのハイスペックの持ち主の様だ。
「パイルと申します。」
「面を上げよ。」
私は「ありがとう存じます」と一言告げ、ゆっくりと立ち上がった。
私の目の前には、椅子に腰かけた老若男女の神官・巫女たちが揃っていた。あからさまに私の様子を舐めまわすように見てくる下品そうな神官たちがいるが、私は顔に微笑みの仮面を張り付けて素知らぬふりをした。
「調書は配布したとおりだ。この者を側仕えに希望する者は挙手せよ。」
調書……本当にあったんだ。まあ、孤児院での生活と成績、そして本人を前にして自分の側仕えにふさわしいか判断する場のはずだから、調書の1つや2つあってもおかしくはないか。おそらく、調書を作成したのは院長先生だろう。
っと、調書のことを考えているうちに、挙手タイムが終わったようだ。
周りを失礼にならない程度に眺めると、殆どの神官や巫女が手を挙げてくれていた。もしかして、私って人気者? それとも、調書がすさまじく高評価だったのかもしれない。下種な笑顔を浮かべている人たちは論外として、どうやって候補者の中から決めるのだろうか?
「し、神官長が手を……。」
「女性を一切近くに置かない神官長が……。」
すると、ざわざわと周囲が騒ぎだした。
え、いったい何事なの? 「神官長」という単語が聞こえてくるから、原因は神官長なんだろうけど……。普通に手を挙げている様にしか見えない。というか、イケメンすぎて眩しい。
「時に、其方。歌が得意と調書に書いてあるが、どれくらいのものかこの場で示すことはできるか? その結果次第では、成績がいいだけの其方などいらぬからな。」
……大丈夫。私はお姉さんだから、これくらいのことを言われた程度では動じない。
それに、孤児に対する貴族の発言としてみれば、これくらいが普通なのかもしれない。
「はい。ご命令、確かに承りました。」
「ふむ。孤児院では歌に触れる機会などないと思うのだが、どういうものを歌うのだ?」
「わたくしが作ったものにございます。」
「ほう。では、なんでもいいから歌ってみよ。」
……歌姫の私に向かって、何でもいいから歌ってみよ、ですって!? 何て、失礼な人なの! 顔に全振りしすぎて、その他がおざなりになっているのかもしれない。
まあ、いいとしよう。私の歌を聞かせて、そのイケメンフェイスを崩して見せるんだから!
ちらっと、院長先生の顔を見てみると、院長先生は不安の色が見えてしまうほど動揺していた。
あらあら、いつもの余裕のある笑顔がくずれているようだ。おそらく、この首元の石が熱を帯びたり、今まで起こったことはないが、光ってしまったりすることを心配しているのだろう。
だけど、大丈夫。ただ歌う分には、特に何も起きないのだから。練習するのと同じ感じだ。というとで、私は売られた喧嘩を買おうと思います。ごめんなさい、院長先生。
「承知いたしました。それでは、不肖の身ではございますが、歌わせていただきます。」
これは、私の人生の転機になるに違いない。こんな時は、着実な『一歩』をしっかりと踏み出したい。そんな時は、この歌を……『一歩』。
『行く当てもなく 身を隠す場所もない 誰かに見つけてもらえる、そんなことは決してないと思っていた 明日を信じて立ち上がろうとした 何から始めればいい、何が正解かもわからない そんな時に一つまた一つとみえない道たちが僕を呼ぶ声が聞こえたよ 最高の足と根拠のない勇気で自分だけの道をつくっていこう ゼロからの一歩は全然怖くない 僕が望む世界は僕自身の足で作って見せるから 恐れずに一歩を踏み出すから あなたのヒーローになって見せるから だからあなたの幸せを願わせてほしい 確かな一歩にかけて』
私はどこでだって、どんな時だって、最高の歌を届ける自信がある。だって、私は歌姫だもの!
私は歌い終わった後に、一礼をした。正直歌の可否に関係なく、誰かしらに途中で遮られてしまうかもとも考えた。だけど、神官長も含めてみんな最後まで聞いてくれたみたいだ。
……って、なぜ沈黙が続いているのかしら。拍手はおれかな。孤児風情にしたくもないと思っているのだろうか?
すると、沈黙を破るように神官長が口を開いた。
「……ふむ。私は、才能がある者は貴賎に関係なく登用されるべきだと考えている。その基準でいえば、其方には才能があると言ってもよい。事務の面でも登用できそうだと判断し、私の側仕えとする。手を挙げていたものの中で、反論のある者はいるか?」
神官長がそう問いかけると、何かは言いたそうな顔をしている神官や巫女がみられたが、発言する気はないようで、全員下を向いて反論の意思がないことを示した。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。先程は手を挙げていなかった、やけに身なりのいい小デブ親父……身なりと座っている位置からして神殿長と思われる初老の男が待ったをかけた。
「ちょっと、待ちたまえ。」
意外に渋い声が、部屋に響き渡った。うん、神官長に「ちょっと、待ちたまえ」と言える人物は、神官長より上位の神殿長しかいないよね。
「何でございましょうか、神殿長?」
「私もその娘が欲しいと思ってな。譲ってはくれまいか?」
「……お譲りしたいのはやまやまなのですが、あいにく、執務の手が足りておらず早急に人手が欲しいのです。」
「では、別のものを派遣しようではないか。」
「私は、神殿内の人事や財政をお預かりしております。故に、即戦力となるような優秀な者が必要なのです。私には教育に割く時間もあまりないですし、そのような人物がいればぜひお譲りいたしましょう。それから、神殿長は毎年1人は側仕えを迎えているではありませんか。今年は人数が少なかったとはいえ、滅多に側仕えを登用することのない私に、今回は譲っていただけないでしょうか。」
神官長は圧のある笑顔で、流ちょうにそう語った。
こ、怖い。とても怖いな。これが本物の貴族スマイルというやつだろうか。条件が揃えば譲りたいとは口では言っているけど、実際は選択肢があるようでないものだ。舌戦では、神官長に軍配があがりそうだ。
「……ふん。仕方がないな。私は其方と違って、懐が深いからな。側仕えも碌に雇えないような其方に、今回ばかりは譲ってやろうではないか。」
「ありがたき幸せに存じます。神殿長。」
慇懃無礼ともとられかねないほどかしこまった礼をした神官長は、再び貴族スマイルを顔面に張り付けていた。
ちょっと、待って。もしかして私、とてもやばい人に目をつけられてのではないかしら?
こうして、今年の選別が終わり、当事者の私は神官長のあとをまるで、連行される罪人かのように付いて行った。




