6 Induction
鉄旋は次代と未来の二人を見比べる。
あらゆる攻撃を弾く《硬化防壁》を持つ鉄旋からすれば、自身の勝利は揺るがない。それを疑っていなかった。となれば、どちらかを特別危険視するようなこともしない。だが、二人を同時に倒すことはできない。そのためにどちらを狙うか、それを決める必要があった。
とりわけ警戒するのであれば、手の内がほとんど晒されていない双葉次代だ。一度負かしている未来よりも用心すべき相手だと言える。
「……っ!?」
現れた鉄旋を前に、未来の表情が険しくなる。先刻為す術なく敗れた相手だ。さっきと状況が違うと言え、策を持たずに対峙すれば結果は同じになることが見えていた。
「思ったより早かったな……」
次代はぼやき、鉄旋を見据える。
鉄旋の索敵能力が高いのか、単に運が良かったのか。何にせよ、気にするべきはそこではなかった。迷宮エリアの通路の横幅は校舎の廊下ほどで、お世辞にも広いとは言えない。狭さゆえに横の動きが制限され、戦いは自然と力と力のぶつけあいになるのが想像できる。パワープレイを通しやすい環境で戦えば、鉄旋に分があると次代は考えた。
一度撤退した際、逃げることを優先してこの場所で戦うことになる裏目を考慮していなかった。とはいえ、今になって反省するべきことではない。次代は真っ先にするべきことを考える。
「未来、あいつを迷宮エリアの外まで誘導する。道案内頼めるか?」
「え!? う、うん。リンクスを使えばなんとか……」
未来は次代の脈絡のない頼みごとに戸惑いながらも実行に映す。リンクスを取り出してマップを開き、周辺の地形を表示させる。マップには迷宮エリアの詳細が載っていた。そこには自分たちの座標が表示されていて、それに従えば複雑な迷宮エリアを迷うことなく進むことができる。
次代は未来を背にして、鉄旋と向き合った。
「ようやく見つけたぜ。てめえのことをぶん殴りたくてたまらなかったんだ。今度は逃げるんじゃねえぞ」
鉄旋は次代をまじまじと見て、準備は万端だと指を鳴らした。音を鳴らしたのは骨ではなく、鉄旋の全身をコーティングする鋼鉄だ。
「随分と嫌われたみたいだな」
次代は威嚇に臆することなく、じっと鉄旋を観察する。拳銃の威力では【手札】の貫通に至らなかった。なんとなく戦っていれば、勝手に消耗してくれる相手とも考えられない。
〝これがゲームなら必ず攻略法が用意されているものだが……〟
「ジダイ、こっち」
リンクスのマップを用いて迷宮を出るためのルートを確認した未来は、次代の誘導を始める。しかし、それを易々と見過ごしてくれる鉄旋ではない。
「どこに行こうってんだ!」
またしても逃亡を図ろうとする次代たちに鉄旋は激昂する。
鉄旋の迫力ある声に、未来の肩がびくりと震えた。幾つになっても人に大声で怒鳴られるのには慣れないものだ。
「未来、走れ!」
次代はそう言って優しく未来の背を押す。恐怖で固まり動かなかった足がゆっくりと雪解けしていくように動き出した。
その間にも鉄旋は迫っている。機動力は《硬化防壁》を受けて落ちるどころか、上がっている。ルート選択をする次代たちに主導権があるとはいえ、純粋な追いかけっこで逃げ切れる保証はない。
〝足止めするなら……〟
すぐに思いつくものの中で、次代の要求に応えられるもの。《幻想魔手で手榴弾を呼び出すとすぐに安全ピンを抜き、通路に転がした。
爆発を鉄旋に直撃させたところで大したダメージは見込めない。そう考えた次代は爆発が起こす副次的なものに期待した。
手榴弾は地面に落ちたことで時限信管が打撃され、次代たちが走り出した数秒後に爆発する。
爆発は地面を抉り、瓦礫を飛ばす爆風を引き起こした。黒煙が爆発地点を覆い、視界を悪くさせる。視界、足場共に悪ければ、無敵の鉄旋であっても一度は足を止めるだろう。次代はそう踏んでいた。むしろそうであってもらわなければ困る。しかし、鉄旋はその程度で止まることを選ばなかった。
足場が悪いことを考慮した鉄旋は跳躍で煙幕を突破する。
この時点で鉄旋との距離は保てていたが、その対応力に次代は眉をひそめた。生半可な妨害では止まってくれない厄介な相手だ。
〝ハッタリが通用する相手じゃなさそうだな〟
着地の直後、煙幕を抜けた鉄旋はすぐさま周囲の状況確認を終えて次代の背中を追う。その一連の動作に無駄はなかった。
「ジダイっ!? 爆弾投げるなら言ってよ!」
「え?」
未来は走りながらも振り向き、次代に文句を言う。それもそのはず、爆発による強風に煽られて未来の髪はぐちゃぐちゃに乱れていた。戦いの最中とはいえ、女の子である以上、多少は見た目を気にするものだ。
「わかった。どんどん投げるからよろしく」
「うん、わかった……って、全然わかってないじゃん!! 言えば良いって話じゃないからね?」
「いいから前を見ろ。転ぶぞ」
「後ろでドンパチされたら、安心して前を見て走れないじゃん!」
「そこは俺を信じろ」
「信じろって……」
次代の発言に配慮はないが、何もおちゃらけているわけではない。未来は次代がすべて本気で言っているのだと受け止めるしかなかった。
「信じるからね」
未来は次代を信じ、後ろを任せて前方に集中した。100%信用したわけではない。ただ、次代に未来を騙そうとする意思、悪意は感じられない。そもそも理由もない。ならば、あとは未来が信じる以外にできることはなかった。
次代は鉄旋に届くと同時に爆発させるよう投げるタイミングを見計らう。爆発する前に拾われて投げ返されるリスクを減らすためだ。また、爆発による煙幕をジャンプで通り抜ける鉄旋に対し、次代は着地点を予測して手榴弾を転がしておく。致命傷は望めないが、迷宮エリアを抜け出すまでの時間稼ぎになってくれることを期待した。
「未来、あいつの【手札】がどれだけ頑丈かわかるか?」
次代は道すがら未来に情報共有を求める。
ばっと振り向いた未来の顔は少し不機嫌だった。
「急に話しかけないでよ! それで、なに?」
未来は案内の役目を果たすため、自分の責務に集中しているようだった。それでも、改めて聞き直すところに人柄の良さが見える。
「それは悪かった。あいつの【手札】がどのくらい頑丈かって話だ」
「私の全力を受けても平気な顔をしてた」
未来は鉄旋の《硬化防壁》の強度について不服そうに話した。それだけで自身の力が通用せず、屈辱的な思いをしたのだと理解が及ぶ。
「なるほどね」
次代は未来の全力が如何様なものか知らない。故に鉄旋の具体的な硬さはわからないが、対鉄旋において火力面で未来に頼るのは難しいと判断がつく。
〝あの鋼鉄の身体を銃弾で貫通するのは無理そうだしな。まさか最初から面倒な奴を相手にすることになるとは〟
鉄旋の攻略法を考えながらも、次代は手榴弾を撒くことを忘れない。
「次代の【手札】でなんとかなったりしないの?」
「悪いな。エグザルフ曰く、俺の【手札】はハズレらしくてな。御覧のようにこれくらいのことしかできない」
次代は未来の隣に並ぶと《幻想魔手》を用いてどこからともなく手榴弾を取り出して見せる。それを見た未来は、まるで手品のような次代の【手札】に口をぽかんと開けた。
「何それ? 一体どこから取り出したの?」
「俺の【手札】はこんな風に物質を呼び出す能力なんだよ。ある程度制限はあるけどな」
「四次元ポケットじゃん」
「四次元ポケット?」
「知らないの?」
「え、わかんねえ」
「えぇ……」
国民的なアニメに出てくる道具を知らないという次代に呆れる。その最中に未来は名案を思い付いたと口を開いた。
「それならあいつを一発で吹き飛ばす武器を呼び出したらいいじゃん」
「……どんな武器だよ」
「戦車とか?」
「戦車って、武器通り越して乗り物だろ。あと呼び出せるのは俺が自分の手で持てるものだけだ」
「ふーん」
「途端に興味なくすじゃねえか」
最初の思案が通らなかった時点で未来の関心はなくなっていた。
「じゃあ、ロケットランチャーで」
未来は興味がないながらも代案を出す。それは未来にとってテキトーな意見であったが、次代にはない発想だった。
「それは……あるかどうかはわからないが、試してみる価値はありそうだな」
「あ、次の角を曲がれば、ここから抜け出せるよ」
未来は行く先を人差し指で示して言う。
マップに表示されている次代たちのマーカーが迷宮エリアの終わりに示されていた。
「そろそろ反撃返しと行くか」